1-37 二人の場所
誤字脱字報告して下さった方、ありがとうございました!!
「まさか本当に光ってたなんて……」
しかめっ面のディカルドを眺める。その赤銅色の瞳は、諦めたように周囲を見渡していた。
「お前本当に今までこんなに精霊見えてたのかよ」
「え?あ、うん、まぁ……今日は数多いけどね」
「目ぇ回りそう」
「うーん、慣れじゃない?」
リップルがディカルドの手に触れたあの時、人と精霊の交流がとても眩しく見えたのだけど。なんとリップルはあの時ディカルドに加護を与え――そして二人は本当に眩しく光っていたのだった。
精霊の愛し子の夫は、精霊の加護を受け、無条件に全ての精霊が見えるようになった。そして、ディカルドはリップルの加護のおかげで……手のひらサイズまでの可愛らしいお花を出せるようになった。
「俺にこの力は似合わなさ過ぎる……」
「ふふ、でも私は嬉しいよ?」
「お前絶対他のやつに言うなよ。特に騎士団の奴ら」
「なんで?」
「茶化される未来しか見えない」
そう苦々しい顔で言うディカルドがおかしくてクスクスと笑う。そんなに嫌がることもないのに、やっぱり恥ずかしいみたいだ。
私は本当に嬉しいんだけどな。そう思いながら、次はどんな花をリクエストしようかなと考える。
あれから、夫婦の寝室には、毎日可愛いお花が飾られている。枯れる頃には精霊がお花を持っていって土にしてしまうので、いつの間にか花瓶は空っぽだ。それを見ると、ディカルドがぼそりと私に、どんな花がいいかと尋ねるのだ。
色とか、形とか。色んな注文をつけるんだけど、ディカルドは嫌がらずに手のひらからそっと花を出してくれる。そして、少し照れながら私にそれを差し出す。
なんだか、それがすごく幸せで。さすが、リップルは愛に寄り添う花の精なんだなと、妙に感心してしまった。
そんな風にご機嫌に思いを馳せていると、ディカルドは私を柔らかい表情で見下ろして、そっと手を宙に差し出した。
白い美しいバラが手のひらに現れる。器用に棘を取り除いたディカルドは、それを私のまとめた髪の毛にそっと差し込んだ。
「綺麗だな」
「なに自画自賛してるのよ」
可笑しくて吹き出すと、ディカルドは私を眩しそうに眺めて、幸せそうに笑った。
「アホか。花じゃねぇ」
「え?じゃあ何」
「お前のことだクソチビ」
きょとんとしてディカルドを見上げると、ディカルドは可笑しそうに笑ってから、甘さのある表情で私の頬を撫でた。
「綺麗だ、アニエス」
「――――っ、へぇっ!?」
あまりの甘い恋人っぽさに胸が跳ねる。変な声が出た。どうしよう、私、この後耐えられる気がしない。だって、今日のディカルドは――一段と格好いいのだ。
シンプルな白シャツに上等なジャケットを羽織ったディカルドは、硬そうな髪の毛がいつもより綺麗に整えられていて、少し違う人みたいだった。
「お前、今目そらしただろ」
「み……見逃してください」
「ダメに決まってんだろ」
グイッと抱き寄せられて顔が近づく。まずい、これはまずい。もうダメだ。
「〜〜〜〜っ、勘弁してください〜っ」
「はぁ?何が、」
「っディカルドが、格好よくて、つらい」
堪らず顔を覆う。視界が遮られたら少し落ち着いてきた。呼吸を整える。
危ない、やられるところだったと精神統一をする。そう言えば静かだなと、指の間からディカルドの顔を見上げた。
赤くなったディカルドが、目をまんまるにして私を見下ろしていた。
「っ、見んな」
「え、っえ!?まさか照れた!?」
「お前、バカ、そういうこと言うなクソチビ」
ディカルドも大きな手のひらで顔を覆ってしまった。それなら反対側の私の腰に回した手も離せばいいのにと思うけど、想像以上にガッチリと固定されている。
なんかもういいかと、諦めてディカルドの胸に顔を埋めた。
「……髪くずれるぞ」
「抱き寄せたの、ディカルドでしょう」
そう言って、一応大丈夫そうな横顔あたりでディカルドにスリスリとくっつく。
美しく結い上げられた、私の平凡な柔らかい茶色の髪の毛。そこにはディカルドが挿してくれた白い薔薇。それから――同じぐらい真っ白な、柔らかで美しいドレス。オフショルダーの上品なドレスは、滑らかな透ける素材の生地が重なり、レースのトレーンがキラキラと輝いていた。
「……このまま帰るか」
「えぇ!?」
「…………それか俺ら以外、全員帰ってもらおう」
「そんなのある!?」
本当にそうしたいような雰囲気のディカルドが面白い。確かに面倒だという気持ちは分かる。
「まぁ今日は詰め込みすぎだよね。ディカルドの爵位継承と愛し子のお披露目、精霊との友好宣言に、正式なオーギュスティン家の結婚披露宴……で合ってる?」
「……あと意味わからんパレード」
「…………それは逃げ出してもいいかな」
「やっぱり帯剣させてもらえば良かった」
「第三騎士団がガッツリうちらの逃走を防ぐって言ってたもんね……」
先日の訓練の様子を思い出す。みんな汗水垂らしながら、嬉しそうに、そして酷くニヤニヤとしながら「「「団長の晴れ姿を見ないわけにはいかないっす!!!」」」とディカルドを逃さないための過酷な訓練を喜々としてこなしていた。
……恥ずかしがるディカルドを眺めてからかうのがみんなの楽しみなのだと、レオンくんが教えてくれた。
ちょっと気持ちは分かるけど、自分にも火の粉がかかるとなると話は別だ。王族でもないのにパレードだとか、本当に意味が分からない。
「アレクシス殿下は何を考えているのかしら……」
「教会解体の暗い雰囲気をぶち壊したいんだと」
「それ、うちらのパレードで掻き消せるの?」
「知らん」
そう投げ捨てるように言ったディカルドは、私をギュッと抱きしめた。
「……誰にも見せたくない」
「え?」
「綺麗にされ過ぎだ、クソチビ」
そう言ったディカルドは、私を頬をそっと撫でると、柔らかく額に口付けを落とした。
「……アニエス」
低音の、ディカルドの真剣な声が響く。
「死ぬまで、ずっと一緒にいろよ」
赤銅色の、ちょっと目つきの悪いその瞳は、今日はいつもよりずっと綺麗に見えた。
うん、と少し涙声になりながら答えた私をもう一度しっかり抱き寄せたディカルドは、耳元で小さく、愛してる、と呟いた。
見晴らしのいい、大きなテラスの窓が開く。
集まってくれた沢山の人々。かき鳴らされる華やかな音楽。薄い雲が流れる空から爽やかな風が吹いて、輝く真っ白なドレスがはためくのと一緒に、精霊達が嬉しそうに踊った。
ディカルドと一緒に沢山の人々に手を振る。レックスや薬師課のみんなが私達を嬉しそうに見上げているのが見える。
『ねぇ、アニエス、ディカルド。私からもお祝いしてもいい?』
パタパタとリップルがやってきて、私の手のひらに乗った。
「もちろん!ありがとう、リップル」
『ふふ、派手にやっちゃうわよ!アニエス、私を両手で空に飛ばすみたいに、美しさを見せつける感じでふわぁ〜って手を広げて!』
「なにそれ?」
『派手にやるには触媒に愛し子の力がいるのよ』
「そうなんだ?こう?」
可愛らしいリップルが空に羽ばたきやすいように、優しく宙に手を伸ばして、言われたとおりに手を広げる。
リップルは、ひらひらと薔薇色のスカートをたなびかせながら、宙に飛び出した。
『おめでとう、アニエス、ディカルド!』
空いっぱいに花びらが舞う。
それを捕まえた精霊達が、くるくると舞い踊り、あちこちで花びらを舞い上がらせていく。
突然起こった奇跡のような光景に、人々は湧き上がった。みんな空を見上げて美しい花吹雪に見入っている。
「……チャンスだな」
「え?」
「騎士団の連中、見とれてる」
ニヤリと笑ったディカルドは、私を横抱きにした。
「逃げるぞ」
「えぇ!?」
トントンっとテラスを軽やかに飛び降りたディカルドは、嬉しそうに走り出した。
「ちょっ、!?」
「チッ、追いかけてきやがった」
慌てた第三騎士団のみんながうおぉぉぉ!と凄い勢いでこちらに迫ってきた。
「飛ばすぞアニエス」
「嘘でしょう!?」
愉快そうに笑ったディカルドは、沢山の人達が集まる街道を、私を抱きかかえたまま軽快に走り出した。
盛り上がった沿道の人々が、旗を振ったり色とりどりの紙吹雪を撒き散らして私達を応援してくれている。
なにこれ。私は可笑しくなって、ディカルドにつかまったまま、お腹が痛くなるほど笑った。
後に、『爆走結婚パレード』と呼ばれた私達の逃走劇は、新郎新婦が逃げ切れれば愛し子夫婦のように幸せになれると国中の一大ブームとなるのだけど。王太子となったアレクシス殿下までやると言い始めて頭を抱えるのをまだ私達は知らない。
「ディカルド」
「何だよ」
面白がった街の人に匿ってもらったり、逃してもらったりした私達は、ハァハァと息をしながらオーギュスティン家の小屋の物陰にたどり着いていた。
「あのね」
ギュッとディカルドを引き寄せ、頬に口付けを落とす。
「大好き」
きょとんとした顔のディカルドは、次いで幸せそうに、少年のような満面の笑みを浮かべた。
「クソチビ」
「何よ!」
「俺も好き」
小屋の裏の草むらの中、二人で笑いながら抱き合う。
ふわふわと精霊達が楽しそうに舞う、オーギュスティン家の庭の中。
私達は小さかった頃のように、二人で無邪気に笑い合った。
――――おしまい――――
最後まで読んで頂いてありがとうございました!
無事完結まで書ききれたのも、いつも応援してくださる神読者様や、
こうしてここまで読んで下さった画面の向こうのあなた様のおかげです。
本作でも沢山の応援をありがとうございました!!!
「アニエス、ディカルド、おめでとうー!!!」と拍手喝采してくださった神読者様も、
「面白かった!いい暇つぶしになったぜ!」と思ってくださった神様のようなあなたも、
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お読み頂いてありがとうございました!