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1-35 団欒

「どうしてこうなった」


 わいわいと皆で賑やかな夕食を囲む食卓。私はディカルドの膝の上にいた。


 ガッチリと腰に回された腕で、もちろんそこから逃げ出す事はできない。


「ねぇ、ディカルド……ちょっと恥ずかしいから離して」


「はぁ?」


「いや、だから……」


「離れんなっつったろ」


 そうしてぎゅっと私の腰に回した手にもっと力を入れたディカルドは――ぽやぽやと赤い顔をしている。


 そう、何を隠そう。


 ディカルドは、微妙にお酒に弱い。


 普通の人と同じぐらいまでは飲めるんだけど。一定量を超えると、真面目な部分が壊れてしまうのか、こんなふうになってしまうのだ。


 誰だこんなに飲ませたのは。ジトッと食卓を見渡す。


「はっはっは、いいだろうアニエス、こんな日ぐらい」


 ご機嫌過ぎるお義母様が酒瓶片手に笑ってお義父様と肩を組んでいる。犯人がわかった。全てディカルドと同じように微妙にお酒に弱いお義母様のせいだった。


 そうこうしているあいだに、ディカルドが私の肩にグリグリと頭をこすりつけ始めた。待て待て、ここで甘えられても困ると、なんとか抜け出そうとするけど。その度に腰のしめつけが強くなっていく。


 もう無理だと諦めたように身体の力を抜いて、開き直ってフォークを手に取った。目の前には美味しそうなフルーツの盛り合わせ。これを食べない手はないと、フォークをフルーツに向かって伸ばす。


「おい」


「え?」


「何勝手に食おうとしてる」


 急にグリグリから復活したディカルドが、私からフォークを奪った。


「ちょっと!なんで取るのよ!?」


「うるさい。勝手に食うのは禁止だ」


「はぁ!?」


「ほら」


 サクッとぶどうを刺したフォークが私の口の前に差し出される。


「っえ!?なに!?」


「食え」


「うそ!?いや待って!?恥ずかしいから!!!」


「うるせぇ早く食え」


 ぷにぷにとぶどうで唇を押されてしまい、諦めてパクリとぶどうを食べる。美味しい。美味しいけれど。この親しい人の中でいちゃつくことに、とてつもなく居た堪れない気持ちになって、隣に視線をちらりと向ける。


 レックスは思ったより平気そうな顔で自分のフルーツを食べていた。


「諦めなよ姉さん。どれだけいなかったか分かってるよね?」


「……3ヶ月と8日とのことで……」


「そう。そりゃ仕方ないよ。今日ぐらい好きにさせてあげなよ。……義兄さんがどれだけ頑張ってきたと思ってんの」


 そう言うレックスは、もうウォーカー家の爵位を立派に継いで、私がいない間に家のことをしっかりと整えていた。


 いや、寧ろ、もっと整っていたと言わざるを得ない。順調過ぎるウォーカー家の様子に驚いた私に、レックスは呆れた顔で、姉さんができたこと以上にできなきゃ駄目でしょと、いっちょ前のことを言っていた。


 約束は守ったからね。


 そう言ったレックスの言葉を聞いて、号泣したのは言うまでもない。


 そして、そんなレックスが言うとおり、ディカルドが頑張り過ぎるほど頑張っていたのは間違いなかった。


「はは、まぁそうだね。ディカルドはアニエスと結婚してから、かなり精力的に動いていたけど……ここ数ヶ月は、私が働きすぎだと言うぐらいは動いていたからね」


 絡むお義母様を宥めながら、お義父様が優しい笑顔を私に向けた。その表情は穏やかで――でも、少し心配の滲む表情だった。


「私からもお願いするよ、アニエス。少しディカルドの好きにさせてやってくれ。多分、君がいない間は、動いていないと平静を保てなかったんだろう。こんな脳筋っぽい奴だけど、流石にそろそろ休ませないと倒れそうだからね」


「はい……」


 その言葉に素直に頷く。


 3ヶ月。その間に、ディカルドは本当にびっくりするぐらい沢山のことをしていた。教会の解体に各地の被害状況の視察に支援、復興計画にアレクシス殿下の付き添い。


 アレクシス殿下の右腕と呼ばれるほどの働きを見せたディカルドは、第三騎士団の団長だけの時とは違う一面を見せていた。どこからともなく持ってくる情報。それを分析して対策を組み立てる頭脳戦。その手腕は間違いなくオーギュスティン家の才能を受け継いでいた。


 殿下の立太子がなされた後は、文字通り殿下の右腕として、そしてオーギュスティン家当主として並々ならぬ地位の方々と肩を並べるのだろう。狂犬の名こそ消えていないものの、巷のディカルドの評価は、すでに大きく変わっていた。


 第三騎士団の狂犬、アレクシス第二王子の右腕、そして――精霊の愛し子を待ち続ける、一途な夫。それは評判を呼び、美談となり、アレクシス殿下の人気とともに国中に広がっていった。


 でも、その背景にあったのは、殆ど休まず働き続けてきたディカルドの日常だった。それはそうだ、あれこれ掛け持ちしすぎなのだ。これでは身体を壊してしまう。心配して、どうしてそんなに無茶するのと問い詰めたら。


 ――アニエスが帰ってきたときに国が荒れていたら嫌だろ。


 ディカルドは、そう即答した。


 まさか、私のためだったなんてと、自惚れそうになるから止めてと言ったら。ディカルドは、いくらでも自惚れたらいいと言って、熱い瞳で私を見つめ、口付けた。


 びっくりするほど甘さの増したディカルドにソワソワとしながら、久々に帰ってきた人間らしい一日を過ごす。


 今私が帰ってきたことを知っているのは、本当に身近な人だけだ。


 精霊の愛し子が帰ってきたら大騒ぎになるから。涙を浮かべたレックスやお義母様と抱き合う私に、今日は家族だけで過ごそうと提案してくれたのは、お義父様だった。


 レックスも入れた夕食は、あたたかくて、楽しくて。


 私もほろ酔いの幸せな気分で、夫婦の寝室へ帰った。


 結局終始私にくっついたままのディカルドをベッドに転がす。それでも結局ディカルドは私にくっついたままだった。いつの間にやら私のお腹に向き合うように膝枕になっていて、またぎゅっと腰に手が回っている。仕方ないなぁと、ディカルドの硬い小麦色の髪の毛をよしよしと撫でた。


 静かな寝室には、ほんの小さな精霊がふわふわと浮いているだけで、お話できるような大きな精霊の姿は見当たらなかった。


 愛し子が力を持ちすぎないように。だから、会いたけど、会わない。


 それで、本当にいいんだろうか。


「……戻りたいのか?」


 ふと、私にくっついているディカルドが、私の体に顔を埋めたままボソリと呟いた。


 びっくりしてディカルドを見下ろすと、ディカルドは私の腰に回した手にぎゅっと力を入れた。


 まだ私が消えていなくなりそうだと、不安に思っているのだろうか。その甘えるような仕草が可愛くて、またよしよしと頭を撫でた。


「私のお家はここだよ?」


「……寂しそうな顔してた」


「それは……」


 言い淀むと、ディカルドは少しだけ体を離して、そっと私を見上げた。


「思ってること、ちゃんと教えろ」


 その表情は、さっきまでの酔っていた表情とは違って、しっかりと強さのある表情で。その真っ直ぐな瞳から目が逸らせない。


「……お前のことは、全部知りたい。それで、絶対にお前がいなくならないように、何でもする」


 手が伸びて、私の頬を優しく撫でる。膝の上から私を見上げるディカルドの様子が、甘くて、切なげで。胸がギュッとなって、頬にのったディカルドの手に、自分の手を重ねた。


「……色んな精霊がいたの」


「色んな精霊?」


「うん、ここにいる小さな精霊じゃなくて……精霊界には、子供みたいな精霊や、少年少女みたいな、話ができる精霊がいたの。でも、愛し子に大きな力を与えたら愛し子が利用されて辛い思いをするんじゃないかって、みんな会いたいのに我慢して会わないようにしてたんだって」


 私に群がる可愛らしい精霊達。最後に残念そうに私から離れていったあの子達は、今私が精霊界にいないことを知って、どう思っただろう。


「きっと会話ができる精霊と頻繁に顔を合わせるようになったら、愛し子はかなり強い力を得てしまうわ。だから、教会のように愛し子を利用しようとする人がもっと出てくるかもしれない」


 風を、雨を、竜巻を。言葉が通じれば願えてしまう。それを知られた時、愛し子にはきっと、今までとは比べ物にならないぐらい、色んな目が向けられるはずだ。


「……だからきっと、会話できる精霊とは、会わないほうが平和だと思うの。またみんなの事も巻き込んじゃう。だから、会わないほうがいいって、分かってるんだけど……少し、寂しいなって」


「会えばいい」


 ディカルドは簡単にそう答えた。もしかして深刻度が伝わらなかったのかと慌てて話を付け足す。


「いや、だからね?また教会みたいなのが出てきたり、王家だって愛し子の力が欲しいって言うかもしれないし、」


「渡さない」


 またそう言ってのけたディカルドは、私の髪の毛を一房とって、大事なものを扱うように、私の耳にかけた。


「ここで精霊に会えるなら、その方がいい。……精霊達も、アニエスを精霊界に連れて行く必要が無くなるだろ」


 暗がりの中、仄かに光りを宿したディカルドの瞳は、熱さや強さと一緒に、縋るような切なさを湛えていた。


「大丈夫、もうお前を誰にも利用させない」


 むくりと起き上がったディカルドは、私を腕の中に閉じ込めると、低い声で静かに囁いた。


「だからずっとここにいろ」


「――っ、うん」


 その切なさの混じる声に、また泣けてきてギュッと抱きつく。


「絶対、ここにいる。全力でここにいるよ」


「約束破るなよ」


「うん」


「ちゃんと精霊にも精霊界に連れてくなって説得しろよ」


「する、ちゃんと話す」


 そう、しっかり話せば――――


「……あ」


 私はある事に気が付いた。


「何だよ」


「そう、そうよ。話せばいいんだわ」


「は?」


 閃いた私は、ディカルドの不思議そうな顔を見上げて、にこりと笑った。


読んで頂いてありがとうございました!


ディカルドさんのアニエスべったり回でした。

「いやそれぐらい許してやれよ」とあたたかく二人を見守って下さる優しい読者様も、

「精霊たち、アニエスに会えるといいよね」と愛し子と精霊の未来に祈りを捧げて下さったあなたも、

残り2話!最後までぜひお付き合いください!

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