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1-31 分かれ道(sideアレクシス)

第二王子視点です。

佳境につきじゃんじゃん投稿するよ!

 突然現れた薔薇色の髪の美しい女。それは人の形を取っていたが、明らかに人ではなかった。


 この場にいた誰もが、それを実感していた。


 だからだろうか。


 皆が待ち望んでいた愛し子がその薔薇色の女と忽然と消えるのを、誰も止めることができなかった。


 謁見の間の中央。愛し子が消えたその場所を、呆然と眺める。


「ねえ、さん……」


 アニエスの弟がふらりと前に進み出て、なんの姉の痕跡もない床を眺めて膝をついた。薬の分析をした薬師のダメール夫人が、ショックを受けたように両手で顔を覆い、ダメール卿に支えられていた。


 ――帰ろう、と言っていたか。それは、その帰る場所は、何処にあるのか。


 都合の良い結論がないかと思考を巡らせるが、家に帰ろうなんていう雰囲気ではなかった。恐らく、精霊界――人が行くことのできないその場所へ、愛し子アニエスは精霊と共に消えてしまったのだろう。


 視線を少しずらして、消えた愛し子の夫の背中を見る。


 先程まで血を吐き、辛そうにしていたその男の背中は、驚くほどに静かだった。


「庭が!!」


 窓際にいた者から慌てた声が聞こえた。そちらへ視線を向けると――窓の外がおかしい。慌てて走り寄り窓の外を見ると、そこには美しい庭園が様変わりした風景が広がっていた。


 黒ずんだ葉。地面に落ちた花と蕾。美しさを失った庭園は、淀んだ空気を纏っていて、恐ろしくさえあった。


「っくくく、ははははは!」


 突然、大司教が笑いだした。身体に巻き付いていた蔓薔薇は精霊と共に消えたようだったが、血だらけのその身体はゆらめき、視線も宙を彷徨っている。


「愛し子が消えたせいで、この国から精霊の加護がなくなったのだ!元は精霊の加護無くしては暮らしにくい土地なのだ。もう、この国は潰れる」


 大司教は虚ろな目で宙を見つめながらニヤリと笑った。


「私に任せておけばよかったのだ。そうすれば、聖女に祈りを捧げさせ――」


 シャン、と金属音が鳴り、大司教の声が止まった。


 静かだったディカルドが、大司教の首元に剣を突きつけている。


「大司教アゾリアーヌ=ロドリゲス。王族への反逆罪及び大量殺人未遂の罪で拘束する」


「……ハッ好きにするがいい。どうせもうこの国は終わりだ。愛し子がいないのだからな。お前も無駄なこの国の騎士など止めたらどうだ。妻も失った今、この廃れゆく国に何を求める」


 大司教がそう諦めたように言うと、ディカルドは剣を喉元に突きつけたまま、静かに答えた。


「――アニエスは帰ってくる」


「……なんだと?」


「アニエスは、帰ってくる。必ずな」


 そう淡々と述べられた声は静かだが、動かし難い強さを放っていた。その自信は何処からと、探るようにディカルドの背中を見つめる。


 大司教は、暫し沈黙した後、顔を歪めて笑った。


「夢物語を。愛し子は、そのもの自身に力はない。精霊に愛され、精霊が愛し子のために力を振るうから崇め奉られてきた。その精霊に拐われた今、どうやって帰ってくるというのだ」


「どうにかして帰ってくる」


「……なに?」


「アニエスは俺より頑固だ」


 ディカルドの低音の声が、静まった謁見の間に響く。


「アニエスは頑固で、突拍子もない奴で、めったに考えは曲げないし、約束は守るやつだ。なんとしてでも、信じられないバカみたいな手を使ってでも帰ってくる。――そういう女だ」


「世迷い言を」


「俺は信じる」


 そう言うと、ディカルドはすっと剣先を外し――ドカッと大司教を蹴り倒して踏みつけた。


「……だからアニエスが帰ってくるまでに俺はやるべきことをやる。洗い浚い自供してもらうぞアゾリアーヌ」


「話すことなどない」


「トットイ村」


 その言葉に大司教の顔色が変わった。これまでの尊大な態度から想像もできないほど狼狽えた大司教は、かすかに震えながらディカルドを見上げる。


「――――大切な人を人質に取られる辛さを味わえ」


 そう言うとディカルドは大司教を蹴り倒しつつ足をどけた。抵抗する気の無くなった大司教は、転がって呆然とうなだれている。恐らく、内縁の妻や子供がいるのだろう。


 さすがオーギュスティン家……と感心していたら、ディカルドが自分の方を振り向いた。何だと首を傾げて答える。


「教会の奴ら全員拘束していいか、アレク」


「あー、そうだね。うん、いいよ。ついでに教会も差し押さえよう。そこにいる者も全員逃さないように拘束で」


「分かった」


 ディカルドが手で合図を送ると、第三騎士団の者たちがササッと出ていった。恐らく教会へ向かったのだろう。自分も近衛兵に指示を出し、謁見の間にいる教会の者を全て拘束させる。


 大司教やその息子が縛られ、連れて行かれる。その姿を黙って見送るディカルドを、そっと眺めた。


 その姿は、淡々としているけれど。この完璧なまでに公の場である謁見の間で、俺をアレクと呼び砕けた物言いをするディカルドは――恐らく、見た目以上に動揺している。


 当たり前だ。ショックを受けないはずがない。


 あれから何度も面会し話したが、ディカルドは第三騎士団の狂犬という表向きの強さから想像もつかないほどの繊細さと、したたかさと――愛情深さを持つ男だった。むしろ、その繊細さと愛情深さがあるが故に剣術のような強さも追い求めたのだろう。


 強くなければ守りたいものも守れない。それを知る男が、全力で守ってきたものが、目の前で消えた。


 この王子である自分に誓約書まで書かせた強者だ。これですぐに折れることはないだろうが……


 その心の内を慮って、自分まで胸が痛くなってきて、それを打ち消すようにその肩にバンッと手を置いた。


「まずは教会の解体作業だね。支部もあるからかなり骨が折れるだろうけど……もちろん最後まで付き合ってくれるよね、ディカルド」


「……もちろんです」


「良かった。じゃあアニエスが帰ってくるのと、僕らが国を整えるの、どっちが早いか競争だ」


 ほんのり捨てられた大型犬のような表情を覗かせたディカルドを見て吹き出す。なんて顔してるんだ。


 大丈夫、僕も、アニエスの帰りを信じてる。


「僕らが国を整える方が早かったら、君に新婚旅行をプレゼントしてあげるよ。まだ行ってないでしょ?」


「……約束ですよ」


「分かった分かった。誓約書書く?」


 そういたずらっぽく笑った僕に、ディカルドは力の抜けた笑みを向けた。


 そう、今はそれでいい。止まるな。……止まったら、だめだ。押し潰されないように、孤独に殺されないように。僕ができるのは、君を忙しくさせることだ。


 それから、もう一人。足元にいる若者を見下ろす。


「レックス、君ももうすぐ爵位継承だろう?頑張ったら馬車でもプレゼントしようか」


「ありがとうございます……でも、大丈夫です」


 ゆっくりと立ち上がった愛し子の弟は、若者らしいしっかりした表情で、僕に向き合った。


「姉と約束しましたから。姉がいなくなっても、時々しか顔を見られなくなっても、元気でいるって」


 それから、寂しさをかなぐり捨てるように、笑顔を見せた。


「一応時々顔は見せてくれるって約束なので。僕も姉は帰ってくると信じています」


「……そうだね、僕も信じてるよ――アニエスは、帰ってくる」


 そう言うと、レックスは少し安心したように笑った。


 思ったよりも、強い。この様子なら、とりあえずは大丈夫だろう。


 少し心が整理されてきて、ふぅと一息つく。それから、再び窓の外を見た。


 瑞々しさを失った庭園。その異様な景色に眉をひそめながら、この事態をどう動かすべきか頭を悩ます。


「――アレクシス」


 重い声が響いた。


 王座にゆったりと座る父王ラスリオンが、自分を見下ろしている。


「どうするつもりだ?」


 半分笑っているようなラスリオンは、動く気は無いようだった。呆気にとられている第一王子の兄を横目で見つつ、悠然と微笑む。


「まずは各地の状況を調べます。精霊の加護が消えた影響は、恐らく地域差があるはずです。それにより対策を練ります。食糧については備蓄があるので何とかなりますが、収入減に対する補助は必要かもしれません」


「そうか……では、対応は全てお前に任せる」


 その声に、はっと兄上がこちらを見たのが分かった。その視線に気付かないふりをしながら、分かりましたと頭を下げる。


 父上が何も言わずに全て自分に任せた意図。これは間違いなく、王太子指名の分かれ道だ。この対応がうまく行けば、その功績として対応をした自分が王太子指名を受けることになる。――反対にうまくいかなければ、父上は第二王子の失態として切り捨て、事態の収拾をはかることができる。


 国王として、至極真っ当な判断だ。この状況で国が上手くいくためには、寧ろそれしかない。


 そして、自分が王太子指名されるには、またとないチャンスだ。


「……アレク」


 ディカルドが静かに近くに寄ってきた。そっと耳を傾けると、音量を抑えた低めの声が響く。


「各地のざっくりとした状況が来た。やはり地域差がある。ほとんど影響の無い土地もあるが、教会との癒着が強かった領地は作物が一気に枯れ出した。そして王都の中心地と教会近辺の庭園が壊滅的だ。――城下では呪いだ祟りだと混乱が凄い。暴動が起こる前に何か対策をしたほうがいい」


「……調べるの早くない?」


「当然だ」


 ディカルドは、憂いの残る強い視線で俺を真っ直ぐに見た。


「帰ってきたアニエスに荒れた国を見せるわけにいかねぇだろ」


「……愛妻家だねぇ」


 徹底したその様子に思わず笑みを浮かべながら、心強い味方がいることに感謝した。


 自分も負けるわけにはいかない。――これは、好きな女を手に入れるための、男二人の戦いなのだから。


「――ついてきてディカルド。これから大々的に演説を行う」


 バサリと王家の紋章が刺繍された左肩のペリースマントを翻す。


 慌ただしく周囲が動き始めた。今、国の危機を救うのは、人間である自分たちだ。精霊の加護に頼らなくても、きっと生きていける。何故かそんな自信があった。



 ただ、願わくば。精霊の愛し子に帰ってきてほしいと願う。



 ――精霊の愛し子アニエスは、人にも愛されている、大切な存在なのだから。


読んでいただいてありがとうございました!


王子いいやつでした。

「ディカルドが寂しくて死なないように見張ってて殿下……」と涙を浮かべた優しいあなたも、

「信じてる夫ディカルドかっこいい……けどぉぉぉアニエス早く帰ってきてぇぇぇ」と一緒にアニエスの帰りを願ってくれた素敵なあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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