1-3 結婚!?
「――――けっ、こん!?」
驚愕の表情のディカルドを見て、事の深刻さをより実感した私はごくりとつばを飲み込んだ。驚くのも無理はない。麗しい第二王子と結婚する聖女がこの私だなんて、トチ狂ったと思われても仕方が無い。
順を追って説明するしかない。私は完全に固まってしまったディカルドに諭すように語りかけた。
「聖女は、第二王子の婚約者になるんだって」
「な……んで」
「国との結びつきとか、精霊の加護を思うままにしたいからとかかな?よく分からないけど」
「だ、から、なんで、お前が……」
「だから、私が精霊の愛し子で……聖女になれるから。今教会が探しているのは、聖水晶が聖女として予言した、王都にいる未婚の女性だって。確かに、私は未婚で王都に住んでる女だけどさ。私だって嫌だよ、話したこともないキラキラの王子様と分不相応な結婚だなんて」
ディカルドの顔色が徐々に悪くなってきた。多分、だんだん状況を理解してきてくれたのだろう。
そりゃ顔色も悪くなるよね。私だってゾッとしてるのだから。こんな薬草と土に塗れたチビな女が、実は聖女様で、今をときめくキラキラの第二王子と結婚するだなんて。しかも大聖堂の中から出られないなんて……
無理。絶対無理。そう決意を新たにした時だった。
聖職者達が小屋の前を通りかかったのだろう、ざわざわと声が聞こえてきた。
「――これで未婚の女性は全てですか?」
「はい、もちろんでございます」
「分かりました。もし本日不在の未婚の女性がいたら、後追いで構いませんので教会までお知らせ下さい」
「畏まりました」
息を潜めてその声を聞く。ディカルドの屋敷にも聖女探しの聖職者達が来ていたようだった。もう対応は終わったようで、暫くすると、外は再び静けさを取り戻した。
「………行ったようね」
ホッとして干し草の上にどさっと腰を下ろす。見るとディカルドは何か半分呆然とした様子で床を見つめていた。
「ディカルド?どうしたの?」
「……………お前が、精霊の愛し子で――この国の聖女として探されている事は、分かった……」
「そう、やっと信じてくれたのね。ありがとう」
今日は珍しくディカルドに勝利し続けられる日だ。何だか嬉しくて、信じてもらえた事にほっとしつつ、呆然とした顔のディカルドを見つめる。
するとディカルドは、ユルユルと顔を上げて私を見た。
その顔は妙に真剣で、急な表情の転換にキョトンとする。
「過去の聖女は、確かにこの国の王族と結婚している」
「そうね……」
「なんで、聖女は王族と結婚しないといけないんだ?」
「知らないわよ!」
「……王族以外と結婚したら、この国が荒れるなんてことがあるのか?」
「え、そんなことあるの?」
『あるわけ無いじゃん。むしろアニエスが望まない事をして、アニエスを不幸にしたら許さない』
プンプンとした様子のリップルが木箱に腰掛けて怖い顔をしている。
そうよ、私は不幸になんてなりたくない。あの遠目からでもわかるキラキラの第二王子と結婚させられるなんて無理だ。そして私だって聖女としてキラキラの笑顔を振りまけるとは思えない。そんな未来を想像して泣きそうになる。
「私は嫌だよ、分不相応な結婚をして、ずっと大聖堂の中に閉じ込められるなんて……」
私は藁がくっついた垢抜けないスカートをきゅっと握りしめた。
「――私は、薬師の仕事が好きだし、休みの日だって家族で過ごしたり、のんびり薬草園をいじっていたいの。弟も、あと少しで、成人なんだから………」
その声が、思ったより悲しげに小屋の中に響く。
ディカルドが私に視線を投げかけている気配がするのだけど、落ち込んだ表情を見られたくなくて、顔を俯かせる。
不意に、コツ、とディカルドの靴の音がして。顔をあげると、すぐそばに真剣なディカルドの顔があった。
思わず息を呑んで、真っ直ぐにこちらを見る赤銅色の綺麗な瞳を見つめ返す。
「…………それが……お前の望むその生活が叶う相手となら……結婚しても良いんだな?」
「それが叶う相手なら逆プロポーズだってするわよ!!!」
「分かった。結婚するぞ、今すぐ」
突然の提案。なに、どういうこと?意味が分からなくて一瞬フリーズする。
「……………え?王子と?」
「阿呆。俺とだ」
「………………………は!???」
ディカルドと!?
ビックリしてディカルドを見上げると、ディカルドはチッと顔を背けながら横目で睨むように私を見た。
「何だよ、聖女になりたくねぇんだろ?」
「え、あ、うん」
「じゃあ俺が貰ってやるよ。結婚するぞ、今」
「えっ………え!??」
「未婚じゃなくなれば聖女対象外だろ」
「あ……なるほど!!!えっ待って、でも、いいの?」
「何がだ」
「ディカルドは、わ、私と結婚しても、いいの……?」
そう、それが最も心配だった。ま、まさか……
「さては私に惚れた?」
「っはぁ!?ふざけんな!」
ぎょっとしたように素っ頓狂な声を上げたディカルドに、そんな風に言わなくてもいいのにと口を尖らす。
ディカルドはきまりが悪そうな顔で頭をガシガシとかくと、はぁぁと深いため息をついた。
「正直香水臭え女なんて要らねぇ。だからお前は丁度いい」
「……というと?」
「薬草まみれの土臭いぐらいだから問題ない」
「酷くない?」
「うるさい。お前は聖女にならなくて済む、俺は無駄な見合いとやらをしなくて済む、利害の一致だ」
「見合い!?」
初耳だった。びっくりしてディカルドをまじまじと見つめると、ディカルドは不機嫌そうに顔を背けた。
「そんなデカい目ひん剥いてこっち見んな」
「いや、だって、そんな話初めて聞いたし」
「言ってねぇから当たり前だ」
「えっディカルド結婚したかったの?」
「……そろそろ親父も引退して領地でクソババアとまったりしたいんだと」
「あぁ、そうか……ディカルドもなんだかんだ長男だもんね」
そう、我が家のお隣さんではあるんだけど。我が家は貧乏貴族で、ディカルドは騎士の家系かつ商売にも成功している勢いのある有力貴族だ。土地もお屋敷も我が家の数倍は大きい。そんな家を継ぐご長男なのだから、ご結婚が必要なのは間違いなかった。
「えっ、でも待って。本当にいいの?未婚のかわいい貴族のお嬢さんなんて、ディカルドの家ならよりどりみどりなんじゃ……」
「どこぞのフワフワした儚げな女なんて要らねぇ」
「また酷い言い草ね。私だって柔らかくて儚げな乙女よ」
「平然と言い返すガチガチの頑丈な女だろ」
「心は頑丈でも体はそれなりに細いし柔らかいわよ!」
「……アホか」
ディカルドはまた不機嫌そうに顔を反らしてしまった。酷い。酷すぎる。私だってレディなのに………チビだけど……
狭い小屋の中に、私達二人の、はぁぁというため息が重なった。変に行動が合ってしまって、微妙に気まずい思いをしながらディカルドと視線を合わせる。
「………とにかく、お前は俺の結婚相手としては丁度いい」
「……丁度、いい」
「ブリブリしてねぇし面倒くさくねぇし男みてぇだしムカつくほどに自立してる」
「ねぇそれ褒めてる?」
「一応」
「失礼にも程があると思うけど」
「うるさい。お前だって、俺となら家も隣だし、いつでも弟に会えるだろ。一応夫婦の体裁は必要だが、2日に一度帰るぐらいはどうってことない。それにお前の家の薬草園に一番近いのは俺の家だ。毎日薬草園の手入れだってできるだろ。そして未婚だとかいう聖女の条件からも外れる。……俺も助かる。そういうことだ」
「私も、ディカルドも、助かる……?」
「そう言ってるだろクソチビ」
そう吐き捨てたディカルドをまじまじと見る。本当に、私と結婚なんてしていいんだろうか……?
「私は、面倒くさくない、自立した、ブリブリしてない男みたいな女だから?」
「……そうだ」
「趣味悪いわね」
「むしろツルペタのドチビでいいって言ってんだから感謝しろよ」
また暴言が聞こえてきたけど。でも、確かに、と今の話を頭の中で整理する。
隣の家に引っ越すだけ。だから実家もこの上なく近く、2日にいっぺんは帰っていいのだとすると、半分は弟と暮らせる。勤務先の王宮への距離も数歩しか変わらない。聖女の条件からも外れる。そして、ディカルドも面倒なお見合いをする必要がなくて助かるらしい。確かに、このディカルドが可愛らしいお嬢様のお相手をニコニコしてこなす姿など想像できないし、きっと本当に嫌なんだろう。
なるほど、そうか。つまり…………
「お互いの利害のための、偽装結婚ということね!!!」
悪くない。そうスッキリとした気持ちでディカルドに顔を向けた。
ディカルドは、何だか嫌そうな顔で私を睨んだけれど。
偽装結婚。私はこのどん詰まりの状況の中、ディカルドとの偽装結婚という希望の光を見つけて、満面の笑みで微笑んだ。
読んでいただいてありがとうございました!
ディカルド君はツルペタのドチビでいいそうです。
「信じらんない!暴言だわ!!」と怒り心頭な清らかな心をお持ちのあなたも、
「素直じゃないねぇ」と微笑んだ玄人なあなたも、
いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!
また遊びに来てください!




