1-29 謁見の間
謁見の間。その厳かな場所の両脇には国の重鎮たちが並ぶ。中央の玉座には国王陛下がゆったりと座り、その横に第二王子アレクシス殿下が並ぶ。そして、そのもう少し横には、ディカルドがちゃんとした服装で立っていた。
目線を合わせたら嬉しくて泣くか笑い出しそうで、そっと目を逸らす。
ディカルドの近くにはレックスも立っていた。今にも泣き出しそうな顔で、私を見ている。その向こうには重鎮の外交官のトップ、ダメール様。そして横には美女バージョンの薬師長もいた。
みんな、心配そうに私を見ている。
大丈夫。必ず、そっちへ戻るから――
「じゃあ、話を聞いてもいいかな、アニエス」
アレクシス殿下がそう微笑んで私に語りかけた。ユリウス様が、私の背後でそっと耳打ちする。
「さぁ、アニエス様。貴女の気持をお伝え下さい――先程のように」
私はぼんやりと顔を上げながら、両手を胸元で組んだ。その神々しい仕草に、皆の注目があつまる。
「――ディカルド、様……」
私はその瞬間、胸元で組んだ手をぐいっと服の中にツッコミ、予めツルペタの胸に仕込んでおいた便箋に包んだパンと、封筒に入れたケトロシヤの粉をディカルドたちの方向へぶん投げた。
「ケトラディキシン、エリトヤ!!」
大声で薬効成分の名前を叫ぶ。薬師長がいるなら必ず伝わる。そして、教会の人には瞬時にわからないだろう。即座に止められないよう、敢えてその専門用語を選んだ。
呪文のような意味のわからない私の叫びに、護衛が慌てて陛下の前に飛び出した。私の方向へ槍が向けられる。でも、まだダメだ。
再び思いっきり大声で皆に伝えるために再び口を開く。
「それは私の食事と部屋に炊かれた香です!教会は――」
どくん、と胸が脈打ち、声が引き絞られるように出なくなった。思わず俯いて胸を押さえる。
頭に霞がかかったように何もわからなくなる。
そのまま、私の顔がゆっくりと上がっていった。
「――教会は、私を陥れようとしている……そう言うようにと、ディカルド様に言われました」
そう言ってディカルドを見ると、ディカルドは目を見開いて、呆然と私の方を見ていた。
そんな顔をさせたくない。そう思うのに、言葉が勝手に口から出ていく。
「私と離縁したくないという気持ちはわかります。でも、前聖女様の教えを引き継いだ私の気持ちは変わりません」
どうして、こんな事を言わないといけないのだろう。悲しいのに、涙も出なくて。嫌だという気持ちが、胸の中で渦巻いているのに、吐きだせない。
レックスも、アレクシス殿下も、驚いた表情で私を見つめている。違う。私は――
「父上、良いのですか、ここで聖術を――」
背後で押し殺した声が聞こえる。顔にかかった布の向こう。ユリウス様が、大司教へ密かに話しかけている。
「掟破りだが、他に手がない。話しかけるな、気が散る」
そう言った大司教は、白い布の向こうで、かすかな声で何かを唱えた。
「――私は、聖女アニエス。私は、ディカルド様と――――」
嫌だ、言いたくない。ぐるぐるとその気持ちが渦を巻く。違う、私は聖女じゃない。深い心の奥底で、必死で抗う。
大司教が、背後で語気を強めたのが分かった。
「――――ディ、カルド、様と――り、え……」
「……アニエス?」
ディカルドが前に進み出た。いけない。直感でそう思う。
だめ……きたら、だめだ――大司教は、私に近づく人を、きっと許さない。
背後で大司教が唱える術の声色が変わった。
「――――許しもなく聖女に近づくとは。貴方は精霊の怒りを買いました」
勝手に手が持ち上がり、ディカルドの方へと向けられる。瞬間、ディカルドの足元に白い文字のようなものが浮かび上がった。
「っう、ぐ……」
ディカルドが喉元を押さえて跪く。苦しそうなその顔に、心の中では慌てるのに、何もできない。
「ディカルド様、悔い改め、私を解放してください。そうすれば、精霊の怒りは消えるでしょう」
背後で大司教の念じる声が加速する。
「父上、まさか、本当に――!?」
「話しかけるな!」
カッと、より強くディカルドの足元の光が輝いた。
「さぁ、ディカルド様」
「アニ、エス……」
酷く苦しそうなディカルドが、私を見上げている。
レックスや、アレクシス殿下までもがディカルドを助けようと一歩踏み出すけれど。慌てて近衛兵が押さえつけていた。
そう、来たらだめだ。大司教は、きっと、私に誰かが近づこうとするのを、許さない。
再び口が勝手に動く。
「ディ、カルド様、私を、解放して」
「……っ、戻って、こい……アニエス、っ……」
ずる、と前に進み出たディカルドが、私の投げた便箋と封筒をがしりとつかみ、背後のアレクシス殿下やダメール様の方向へと放り投げた。慌ててそれを近衛が回収していく。
ディカルドは横目でそれを確認すると、もう一歩、私の方へズルリと進んだ。
「アニ、エスっ……」
もう少しで、手が届きそうな場所で。
ディカルドは、がはっと咳き込んで、口から血を吐いた。
「……ディ、カ……ルド………」
ディカルドは、ぐいっと口元を拭って、私の方へ手を伸ばした。
そして、思いっきり、胸元の首飾りのチェーンを両手で引き千切った。
そのまま、ドサリと倒れる。
「――っ、ディカルド!!!」
慌ててディカルドに飛びつく。床には飛び散った血痕と、引き千切られたチェーン、そして透明な石。
その異質な透明さに、ハッとする。
これは、聖水晶と同じ石だ。
だんだん意識がはっきりとしてきた。私につけられていた、聖水晶のネックレス。恐らくこれが、私にかけた聖術の発動条件だったのだろう。
急いでディカルドの身体を確認する。大丈夫、息はある。この様子からして、少なくとも致命傷や重症までには至っていないはずだ。
私はディカルドに寄り添ったまま、ゆっくりと大司教を見上げた。
「薬物と聖術による聖女の洗脳、監禁、そして聖術による殺人未遂。どう言い逃れされますか?大司教」
「……何の話だね?」
大司教は白い布の向こう側で、ふ、と笑い声を上げた。
「何か勘違いをしているようだが。私はそんな事など一切していないよ?もし君がそう言うのなら、証拠を出して欲しいのだが」
「……先程私が放り投げた便箋と封筒の中身を調べれば薬物の件はすぐに分かるでしょう。私の食事に混ぜられ、部屋で炊かれたものです」
「そんな事が?驚いたね、誰がやったのだろう」
余裕たっぷりの大司教を白い布越しに睨みつける。あくまでしらばっくれるつもりなのだろう。恐らく、実行犯にすべてをなすりつけ、逃げるつもりなのだ。
確実に、大司教が悪事を働いた証拠。食事も、香も、そして聖術すら、直接の証拠がない。
言葉に詰まり、ぐっと手を握る。
「――サンピートの領主からの賄賂はどうだ?」
ゆっくりと起き上がったディカルドが、静かにそう言った。その顔色は悪いけれど。強い視線が大司教を射抜く。
「都合の悪くなった取引商社の男も殺しているな。――どうせ後ろ暗い何かの取引先なんだろう?」
「なに……?」
「そればかりか、聖職者たちの中にも行方不明者がいる。恐らく、秘密を暴露されそうになった者か、抜け出そうとした者たちだろう?死体は、大聖堂の地下あたりか。調べればすぐに分かるだろうな」
ディカルドがサッと手を挙げると、第三騎士団のみんながザッと謁見の間に現れて、木箱の中から書類や瓶を取り出し始めた。
レオン君がニコニコとしながら証拠品を指し示し始める。
「先程ちゃちゃっと大聖堂を調べてきました。いやー出るわ出るわ、おっそろしいですよ?団長の読みどおりでしたよ、裏帳簿と札束の山。それから大量の違法精神薬の保管庫、地下には複数の白骨死体。大聖堂のボスが知らなかったで済みますかね〜?」
「誰の許可を得て大聖堂へ侵入したのだ貴様!」
「アレクシス殿下ですけど?」
向こう側でアレクシス殿下がニコリと笑っている。そして、その横から、美女がコツコツと前へ進み出た。
「薬師長のロマーナです。簡単ですが、先程アニエスさんが提出されたものを調べました。アニエスさんの言うとおり、二種類の違法精神薬が入っているようでした。特にケトロシヤは燃焼させていたのだとしたら、完全に摂取を避けるのが難しい薬物です。そして、体内に蓄積します……身体を調べればすぐに、ケトロシヤを使用したかどうかが分かるでしょう」
静まり返った謁見の間で、しばし重い沈黙が流れる。
突然、大司教は大声で笑い始めた。
「なるほどな。だが結局、どれも直接私と結びつくものではないではないか。私とて広い大聖堂のすべてを知り尽くしている訳ではない。誰かが隠れて悪さをしていても、分からないのだよ」
「……確かに、仰る通りです。でも、これならどうですか?」
ディカルドは、ポケットから、一枚の紙を取り出して、大司教の前にぺらりと掲げた。
「前聖女が亡くなってすぐに死んだ商人の家に厳重に保管されていた売買契約書です。この契約書のサインは、間違いなく貴方のものだ」
「ハッたかがその紙切れがどうした。ただの売買契約だろう?私は別にそいつから違法な薬物など購入していないし、殺してもいない」
「……本当ですか?」
「くどいわ!証拠があるなら持ってこいと言っているだろう!
怒号が鳴り響き、そして再び静けさが謁見の間を満たす。ディカルドは、ゆっくりと立ち上がった。
「――どうして、この商人が『殺された』と知っているんですか?」
コツ、コツと、ディカルドの足音が謁見の間に響く。
「この商人の表向きの死因は『事故死』。そして、業種は服飾の販売業。薬の売買はしていません。……表向きはね」
そして大司教の顔にかかった白布を剥ぎ取ると、間近でボソリと呟いた。
「この男が薬物販売をしていたと知るのは当事者だけだ。――自ら罪を公にした気持ちはどうだ、大司教」
白布の向こうにあった大司教の表情は、醜いほど歪み、ブルブルと震えていた。
「――っく、はははは!」
突然、大司教は大声で笑いだした。そして、バサリとディカルドから距離を取ると、妖しい形に手を組んだ。
「死ね!!!」
急に身体が動かなくなり、同時に大量の白く輝く文字が私や皆の足元に浮かび上がった。ディカルドにも、私にも、国王陛下や他の貴族達にも、そして、聖職者達にも――
「父上!?」
「破滅するのなら皆一緒だろう?」
「なっ――!??」
文字が一気に光り輝く。
まずい、そう思ったけど。光が突然ふっと消え、身体が自由になった。
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
大司教が苦痛の声を出し跪く。大量の血と、美しい蔓薔薇が法衣の中から飛び出してきた。
『――人間っていうのは、本当に愚かね』
その声に振り向くと。
そこには、私と同じ背丈になった、大人の姿のリップルがいた。
読んでいただいてありがとうございました!
リップルが助けてくれました!
「聖職者の風上にも置けぬ奴め!成敗!!!」と大司教を処分したい将軍になれそうなあなたも、
「いやいやリップルガチギレじやん!?大丈夫これ!?」と不安が止まないあなたも、
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