1-24 夜会へ
豪華な厚い絨毯の上を二人で進む。
頭上には輝くシャンデリア。
重厚な扉の先にあった夜会会場は、ふんだんに花が飾られ、ドレスがひらひらと揺れる美しい場所だった。
眩しすぎるその光景に思わず目を細める。
「めちゃくちゃ豪華だね……」
「教会の資金は潤沢だからな」
吐き捨てるように言ったディカルドと、会場の中を進む。チラチラと視線を感じて、不思議に思ってあたりを見渡した。
まさか……
そっとディカルドに顔を寄せて耳打ちする。
「もう私のことバレた?」
「アホ。んなわけねぇだろ。珍しいだけだ」
「……何が?」
「俺たちが」
なるほどと思って頷く。
「確かにディカルドと一緒に夜会に出たことないもんね」
スッキリとしてそのままスタスタと会場の中へと進んでいった。
「……お前、結構肝すわってるよな」
「え、例えば?」
「今だよ今」
確かにさっきよりも余計に視線が集まっている気がするけど。でも、どの人も教会の人じゃないから大丈夫だろう。一応だらしなく見えないように、しゃんっと背筋を伸ばしてすました顔をする。
とにかく、そんなことよりも。私はあるものを発見して、大喜びでクイクイとディカルドの腕を引いた。
「あれ!!!あれ食べたい!」
「は?」
「かなり珍しいフルーツだよ!薬効もあって滋養強壮にもいい超すごい果物だよ!」
大興奮でそうディカルドに告げると、ディカルドは一瞬呆けた顔をしてから、吹き出した。
「っほんっと、お前、バカだろ」
「なんでよ!買うとメチャクチャ高いんだよ!?」
「分かった、分かったから」
可笑しそうに笑い続けるディカルドは、一呼吸おいて何か考えるようにしたあと、私の手を引いてフルーツの前まで連れて行った。そして早速お皿とフォークを手にしてフルーツを突き刺すと、私の口元に持ってきた。
「ん」
「え?」
「食うんだろ?」
「……なんで食べさせてくれるの?」
「その格好だと汚すかもしれないだろ」
「え?別に、」
「いいから」
ぴとっと口元に持ってこられて、否応なく食べさせられる。とりあえずまぁいいかと口をもぐもぐとする。
そんな私を見て、ディカルドは嬉しそうに微笑んだ。
その瞬間、何故かざわっと会場がざわめいた。
「なに!?まさか聖――」
「いいから、ほら食え」
そしてまたフルーツを食べさせられる。一体何事かと気になりながら、フルーツを味わう。
うん、とても体に良さそうな味がする。……そして思ったより美味しくないなと、もういらないですと言おうとした時。別方向から可笑しそうに笑う声が聞こえてきた。
「なるほど、誓約書を書かせたくなるわけだ」
振り向いて、目を見開いた。そして慌てて頭を下げる。
第二王子、アレクシス殿下。ピカピカの金糸のような美しい金髪に明るい空色の瞳の完璧な王子様は、にこやかに私達に話しかけた。
「ほら、顔を上げて。君がアニエスだね?」
「はい、本日はお招き頂きありがとうございます」
「ふふ、ちっちゃくて可愛いね。会えて嬉しいよ。……おいディカルド睨むな。ここまで見せつけられて取って食おうという気にはならないからね?」
殿下を睨む!?驚いてディカルドを見上げようとしたら、ぐいっと腰を抱き寄せられ、よろついて叶わなかった。
アレクシス殿下はそんな私達を見て、感心したように頷いた。
「うん、すごい。全身から『俺のアニエスだ』っていう気迫を感じる」
「……からかうなら、このまま帰ります」
「からかってないよ?感心してたんだ。まぁ……帰してあげたいのは山々だけどね」
そう言うと、アレクシス殿下はそっと横目で会場の向こう側を見た。私もそちら側へ視線を走らせ、息を呑む。
聖職者達が、会場に聖水晶を恭しく運び込むところだった。
両の手のひらに乗るサイズの丸くて透明な聖水晶は、どこまでも透き通っている。その異質なまでの透明さが、何故か恐ろしく感じた。辺りを見ると、会場で遊んでいた精霊たちが、遠巻きに聖水晶を見ている。
「……聖女を僕の婚約者とする流れは、まだ変わっていない。だから、既に結婚している人妻たちに聖女候補として積極的に聖水晶に触ってもらうことはできない」
声量を抑えたアレクシス殿下は、穏やかな表情を保ったまま、私とディカルドに真剣な視線を送った。
「でも気をつけろ。恐らく、あの水晶を触らせる以外の他の手も持っている」
そう言うと、アレクシス殿下は他の招待客のところへ行ってしまった。
あの大きな聖水晶とは違う他の手。それは、なんだろう。
「……アニエス」
そっと、間近でディカルドの声がして、私の腰を抱いたままのディカルドを見上げる。すると、ディカルドは私のおでこにちゅ、とキスを落とした。
「は!?な!?何してるの人前で!??」
真っ赤になってワナワナしている私を見下ろして、ディカルドはニヤッと笑った。
「不安そうな顔よりはマシな顔になっただろ?」
「だっ……だからって……」
「それに、こんだけイチャイチャしとけば、俺たちを引き剥がすのに良心咎めるんじゃね?」
そう笑い飛ばしたディカルドの声色に、少し不安が滲んでいるのに気が付いて、ハッとしてディカルドの表情をもう一度窺う。
聖水晶の方へ視線を向けたディカルドの瞳には、いつもの強気な色とは違う、揺れ動く感情が浮かんでいた。
私はディカルドの腕に捕まって、うんと背伸びをしながら、ディカルドの頬に口付けた。
「……っは!?」
「ふふ、お返し」
すぐに顔を背け片手で顔を覆ったディカルドだけど。バッチリ赤くなったのは見てやった。
「逆は……やりすぎだろ……」
「あら、いい作戦だなと思って」
私はしっかりとディカルドの腕に寄り添った。
「あの二人を引き剥がしたら駄目だって、可哀想過ぎるって思ってもらえるよう、相思相愛を見せつけましょ」
「……まじかよ」
「頑張れる?」
挑戦的な表情でディカルドを見上げた。ディカルドは、まだほんのり赤い顔で顔をしかめると、照れたように私を睨みつけた。
「頑張るも何も、元からそうだろ」
「え?」
「相思相愛」
今度は私が赤くなった。ほんと、何言ってるんだろう。二人で少し照れつつ顔を見合わせる。
「……もう楽しんじゃおうか」
「それがいい」
華やかな王宮楽士達の奏でる音楽が鳴り響き、大勢の招待客達が楽しそうに踊ったり挨拶を交わしたりしている。
私達は開き直って無邪気に笑い合うと、寄り添って華やかな夜会の輪の中へ突入して行った。
揺れる色とりどりのドレス。芳しい香りに、沢山の花。談笑の声。そう、ここは、今国の中で一番美しい夜会会場なのだから、楽しまなきゃ損だよね。そう思いながら、同じように着飾った愛する夫の腕を取り、挨拶を交わしていく。
……が。楽しむというか。
次から次へと挨拶が絶えない。
そう、よく考えたら、ディカルドはオーギュスティン家という大貴族の跡取りだった。底辺の貧乏貴族のウォーカー家とは違うのだ。
あまり社交というものはやってこなかったけど。とりあえずニコニコしながらディカルドについていく。
「やぁ、ディカルド殿。ご結婚おめでとうございます。いきなりなことで驚きましたよ」
手を差し出しながら近づいてきた身なりのいいおじさんを見てぎょっとする。外交官のトップのダメール様だ。よく遠目で演説していたのを見かけたけど、こんな間近で、しかも挨拶に遭遇するとは。内心ドキドキしながらにこやかに挨拶を返す。
「いやはや、もうすぐ爵位を引き継がれるのですよね?オーギュスティン家は騎士も家業もありますし、大変ですね。これからは騎士一本ですかな?」
ハッハッハと笑うダメール様の表情を窺う。何となく、その表情から、ディカルドを舐めているのが見え隠れして心の中でムッとしてしまった。肩の上にいた精霊がポカポカとダメール様を殴っている。すごい、君もわかるのねと、今度は吹き出しそうになって、慌てて心を落ち着かせた。
横ではディカルドが澄ました顔で受け答えをしている。
「そうですね、父の家業もかなり手広いですから。ただ、ダメール様が隣国との友好を強めてくださったおかげで、以前よりかなりスムーズですよ」
「おぉ、それはそれは。頑なだった隣国もかなり軟化しましたからなぁ」
「本当に。余計な火種が回避できたのが良かったのでしょうね」
そう一言ディカルドが言うと、ダメール様は笑った顔のまま笑い声を止めた。
ディカルドはいつものニヤリとした顔じゃなくて、ほんのり目を細めた貴族っぽい顔で笑った。
「残党がまだいるはずですから、こちらで処理すればより有利かもしれませんね」
「……そこまでお父上の情報網は広がったのか?」
「いいえ、私の情報網が上乗せされただけですよ。職業上、荒くれ者の相手をすることは多いですから」
「なるほどな……」
ダメール様は静かに呟くと、暫し考えたように沈黙してから、チラッとディカルドに視線を送った。
「残党の場所は?」
「追って届けさせましょう。ただ、条件があります」
「……なんだ」
「私は騎士も家業も継ぎますが……家業については、最初は信頼する方にのみお伝えしようと思っていまして」
ダメール様は、一瞬呆けた顔をしたあと、ガッハッハと笑い始めた。
「なるほどな!いや、一本取られたよ。分かった分かった。先に教えてもらえて良かったよ。これからも仲良くしておくれ」
そう言うとディカルドとガシッと握手を交わした。
なるほど、こうやって社交していくんだなと二人を観察していた時。今度はカツカツと軽快なハイヒールの音が響いた。
「アニエスさん!今日は本当にお綺麗ね!」
そう言われた声の主を見る。スレンダーなマーメイドドレスに波打つ豊かな黒い髪。びっくりするほど大人っぽい美女が親しげに私に話しかけてきた。
「……………………薬師長!??」
「え!?えぇそうよ。あ、確かに今日は髪を下ろしてますからね」
「めめ、メガネもないです」
「そういえば?」
そういえば、じゃない。あまりにも違うその姿に目を白黒させていると、薬師長はダメール様の腕に手を絡めた。
ダメール様は薬師長にデレデレと微笑むと、私にもにこやかな笑顔を向けた。
「アニエスさん、妻がいつもお世話になってるね」
「え!?あ、そ、そうか旦那様……!」
「ハッハッハ、そうですよ。普段はあまり私の妻だと分からないような仕事ぶりでしょう?最近こっそり結婚したんですよ」
やたらと薬師長にデレデレのダメール様がそう言うと、薬師長は困ったように美しく笑った。
「あまりの権力者だから、お仕事に影響が出るのが嫌で。私は自分の仕事は自分の手で進めたいのです」
「な、なるほど……」
「でもやっぱりこういう場には出ないといけないですものね。お互い新婚同士頑張りましょうね、アニエスさん」
薬師長は、にこやかに私の手を取った。
「ふふ、さっきから見ていたけど。ふたりとも凄く仲がいいのね」
「えっ!?あ、そ、そう……ですね……」
「ディカルド様、アニエスさんは一生懸命で可愛いでしょう?」
「そうですね、目が離せないです」
「まぁ、うふふ、私達も頑張らないと!ね、あなた?」
薬師長がダメール様に寄り添うと、ダメール様はもっとデレデレとした顔になった。これは……さすがだ……私は薬師長の潜在能力に、さらに感心した。
その時、大きなファンファーレが鳴った。4人で備え付けられていた壇上のほうに目をやる。
豪華な法衣を着た恰幅の良い薄白髪の男――大司教アゾリアーヌ=ロドリゲス。
その男は、ゆっくりと会場全体を見渡しながら、慈愛を感じさせるにこやかな表情で微笑んだ。
読んでいただいてありがとうございました!
さぁ出てきましたよ、大司教。
「しねぇぇぇぇ!!!」と襲いかかる勢いの血気盛んな読者様も、
「なに、簡単なことよ。今すぐ大司教を土に埋めればよい」と悪代官顔負けの笑みを浮かべたあなたも、
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