1-23 色
「すごい……」
鏡の前で呆然とつぶやく。
黄みが強いゴールドの、深い色合いのシックなドレス。ノースリーブの上半身は同じゴールドの刺繍糸やビーズが全体的にあしらわれていて、とても上品だが華やかだ。腰から下は柔らかなシフォン素材が重なった軽やかなスカートで、可愛らしく、でもスッキリとして落ち着いている。合わせるアクセサリーはワインレッドのルビー。耳元で揺れる長めのチェーンに小ぶりのルビーをあしらったイヤリングは、落ち着いた大人っぽい印象だが、とても綺麗だった。
馬子にも衣装と言われればその通りなのだけど。それでもきちんと髪を編み込んでまとめ、上品に仕上げた今の私は、きちんと貴族の若奥様だろう。
……多分。若干不安だ。
何となく扇を口元に持ってきてみたり、ふんぞり返ってみたり、しおらしく手を口元に持ってきてみたりする。
……良くわからない。貴族の若奥様ってどんな感じが正解なんだろう。
「っふ……くく……」
不意に笑い声が聞こえてきた。びっくりして声の聞こえる方へ視線を走らせると、案の定ディカルドが口を抑えて肩を震わせていた。
「ちょっと!いつからいたの!?」
「お、お前が鏡を見つめて不安そうにして……突然変なポーズを取り始めたあたりから」
「声かけてよ!」
そう怒ってディカルドを睨みつけたけど。次いで目に入ったディカルドの姿に、一瞬思考停止した。
黒っぽい暗めの生地に紫が差し色で入ったデザインの正装は、騎士服に似た形だったけど。ディカルドは結婚式の時と同じように、着崩さずにきちんとそれを着こなしていた。
耳には控えめな琥珀のピアス。その姿が妙に様になっていて、思わずまじまじと見入ってしまった。
「なんだよ」
「いや……ちゃんと正装もできるんだなって」
「ったりめぇだろ」
「首周りのボタンとか苦しいっていつも閉めたがらないじゃん。今日は着崩さないの?」
「……帰りの馬車に乗るまでは耐える」
「やっぱり耐えてるんだ」
可笑しくてクスクスと笑う。ディカルドは少し照れたように私を睨んでから、私の近くまでやってきた。
「で……さっきの謎の百面相は何だったんだよ」
「あぁ、あれ?どうやったら貴族の若奥様に見えるかなって……」
「……バカだろお前」
「ちょっと!一応それなりに見えるように頑張ってるのよ!」
むくれてディカルドに突っかかると、ディカルドは少し目線を逸らして困ったような顔をしてから、再び私の方を見た。
「別にそんなことしなくていい」
「なんでよ!一応私だって、」
ちゃんとオーギュスティン家の若奥様っぽく見えるように!と言おうとしたところで、おでこをピンッと弾かれた。
「そのままでいい」
「だから、」
「似合ってる」
思ってるのと違う言葉が返ってきて、キョトンとしてディカルドを見上げる。
ディカルドは、ちょっと照れたように視線をずらした。
「ちゃんと貴族の女性に見えるし……かわいい」
「……へぁ!??」
変な声がでた。まさか。
「ほ、褒めたの!?」
「なんだよ不満か」
「い、いいえ!?」
でも、まさかディカルドが私を褒めるなんて。茹で上がりそうになりながら。挙動不審に手を上げたり下ろしたりする。
「……落ち着け」
「いや急に無理だよね!?」
「なんでだよ……」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
呆れたように笑ったディカルドは、一通り挙動不審な私を観察すると、おもむろに私の左手を取った。
何かごそごそとポケットから取り出す。
「これもつけていけ」
「なに?」
左手を見下ろす。ディカルドは、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、大事そうに私の手を持ち上げた。
そして、少し私の手を見つめてから、そっと薬指に指輪を通した。
シンプルで繊細な指輪には、イヤリングと同じ、ワインレッドの小粒のルビーがはまっていた。
「これ……」
「結婚指輪な」
そう、急な結婚だったから、私達には結婚指輪はなかった。呆けたようにその綺麗な指輪を眺める。
それからハッと気が付いて、ディカルドの手にも視線を走らせた。
ディカルドの男らしい少し骨ばった指にも、同じデザインの指輪がはまっていた。
手を伸ばし、その左手を持ち上げる。ルビーの代わりにピアスと同じ琥珀がついた指輪は、男らしいディカルドの指の上で、優しげな光を放っていた。
「ディカルドも、つけてくれるの……?」
「つけるに決まってるだろ。片方だけとかおかしいし」
「なんで色違い?」
「いや……お前気付けよな」
良く分からず指輪から顔をあげると、苦笑したような、でも優しげな表情をしたディカルドが、私の頬の横におろしていた髪の毛をそっと持ち上げた。
「お前の色だろ」
びっくりしてもう一度指輪を見る。大した特徴感もないぼんやりした私の茶色の髪の毛。まさか琥珀に例えてくれるなんて……と思ったところで気がついた。
「この、ディカルドの、差し色の紫も……?」
唯一鮮やかな色の紫の瞳。お父様とお母様が褒めてくれた紫だ。
その紫の瞳でディカルドを見上げる。
赤銅色の、深いルビーのような瞳が、優しく私を見下ろしている。
「っ、ディカルドの、色だ」
光に当たると金に輝く小麦色の硬そうな髪の毛。深く落ち着いた風合いの、赤銅色の瞳。
私は全身ディカルドの色で染められていた。
「……引いた?」
その間近で聞こえた声に再びディカルドに視線を戻す。ディカルドの表情は、思ったより真面目で、甘くて――でも、寂しげだった。
「俺、思ったより独占欲強かったわ」
そう言うと、そっと私の身体に手を回して、しっかりと抱きしめた。
ゆるゆるとその大きな背中に手を回す。
「……行かせたくない」
聞こえるか聞こえないかの小さな声が、耳元で聞こえた。
教会主催の、聖女を捕らえるための夜会。私達夫婦は、これからその場所へ向かう。
初めて聞いたディカルドの弱音に、私はせり上がる涙を、ぐっと飲み込んだ。
「大聖堂の窓も壁もぶち破って帰ってくるって言ったでしょ?」
ディカルドの背中をギュッと抱きしめて、心の底からそう呟いた。
「ディカルドの妻は、私だけだよ」
必ずあなたのところへ帰ってくる。
私はそう、強く心に刻み込んだ。
読んでいただいてありがとうございました!
ついに次回からは佳境!夜会です!!!
「よし、欠席で。」と二人の参加をやめさせたい応援団の神読者様も、
「今すぐ教会をまるごとぶっつぶそう」と怖い笑みを浮かべてくださった狂犬顔負けのあなたも、
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また遊びに来てください!




