表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/38

1-23 色

「すごい……」


 鏡の前で呆然とつぶやく。


 黄みが強いゴールドの、深い色合いのシックなドレス。ノースリーブの上半身は同じゴールドの刺繍糸やビーズが全体的にあしらわれていて、とても上品だが華やかだ。腰から下は柔らかなシフォン素材が重なった軽やかなスカートで、可愛らしく、でもスッキリとして落ち着いている。合わせるアクセサリーはワインレッドのルビー。耳元で揺れる長めのチェーンに小ぶりのルビーをあしらったイヤリングは、落ち着いた大人っぽい印象だが、とても綺麗だった。


 馬子にも衣装と言われればその通りなのだけど。それでもきちんと髪を編み込んでまとめ、上品に仕上げた今の私は、きちんと貴族の若奥様だろう。


 ……多分。若干不安だ。


 何となく扇を口元に持ってきてみたり、ふんぞり返ってみたり、しおらしく手を口元に持ってきてみたりする。


 ……良くわからない。貴族の若奥様ってどんな感じが正解なんだろう。


「っふ……くく……」


 不意に笑い声が聞こえてきた。びっくりして声の聞こえる方へ視線を走らせると、案の定ディカルドが口を抑えて肩を震わせていた。


「ちょっと!いつからいたの!?」


「お、お前が鏡を見つめて不安そうにして……突然変なポーズを取り始めたあたりから」


「声かけてよ!」


 そう怒ってディカルドを睨みつけたけど。次いで目に入ったディカルドの姿に、一瞬思考停止した。


 黒っぽい暗めの生地に紫が差し色で入ったデザインの正装は、騎士服に似た形だったけど。ディカルドは結婚式の時と同じように、着崩さずにきちんとそれを着こなしていた。


 耳には控えめな琥珀のピアス。その姿が妙に様になっていて、思わずまじまじと見入ってしまった。


「なんだよ」


「いや……ちゃんと正装もできるんだなって」


「ったりめぇだろ」


「首周りのボタンとか苦しいっていつも閉めたがらないじゃん。今日は着崩さないの?」


「……帰りの馬車に乗るまでは耐える」


「やっぱり耐えてるんだ」


 可笑しくてクスクスと笑う。ディカルドは少し照れたように私を睨んでから、私の近くまでやってきた。


「で……さっきの謎の百面相は何だったんだよ」


「あぁ、あれ?どうやったら貴族の若奥様に見えるかなって……」


「……バカだろお前」


「ちょっと!一応それなりに見えるように頑張ってるのよ!」


 むくれてディカルドに突っかかると、ディカルドは少し目線を逸らして困ったような顔をしてから、再び私の方を見た。


「別にそんなことしなくていい」


「なんでよ!一応私だって、」


 ちゃんとオーギュスティン家の若奥様っぽく見えるように!と言おうとしたところで、おでこをピンッと弾かれた。


「そのままでいい」


「だから、」


「似合ってる」


 思ってるのと違う言葉が返ってきて、キョトンとしてディカルドを見上げる。


 ディカルドは、ちょっと照れたように視線をずらした。


「ちゃんと貴族の女性に見えるし……かわいい」


「……へぁ!??」


 変な声がでた。まさか。


「ほ、褒めたの!?」


「なんだよ不満か」


「い、いいえ!?」


 でも、まさかディカルドが私を褒めるなんて。茹で上がりそうになりながら。挙動不審に手を上げたり下ろしたりする。


「……落ち着け」


「いや急に無理だよね!?」


「なんでだよ……」


 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。


 呆れたように笑ったディカルドは、一通り挙動不審な私を観察すると、おもむろに私の左手を取った。


 何かごそごそとポケットから取り出す。


「これもつけていけ」


「なに?」


 左手を見下ろす。ディカルドは、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、大事そうに私の手を持ち上げた。


 そして、少し私の手を見つめてから、そっと薬指に指輪を通した。


 シンプルで繊細な指輪には、イヤリングと同じ、ワインレッドの小粒のルビーがはまっていた。


「これ……」


「結婚指輪な」


 そう、急な結婚だったから、私達には結婚指輪はなかった。呆けたようにその綺麗な指輪を眺める。


 それからハッと気が付いて、ディカルドの手にも視線を走らせた。


 ディカルドの男らしい少し骨ばった指にも、同じデザインの指輪がはまっていた。


 手を伸ばし、その左手を持ち上げる。ルビーの代わりにピアスと同じ琥珀がついた指輪は、男らしいディカルドの指の上で、優しげな光を放っていた。


「ディカルドも、つけてくれるの……?」


「つけるに決まってるだろ。片方だけとかおかしいし」


「なんで色違い?」


「いや……お前気付けよな」


 良く分からず指輪から顔をあげると、苦笑したような、でも優しげな表情をしたディカルドが、私の頬の横におろしていた髪の毛をそっと持ち上げた。


「お前の色だろ」


 びっくりしてもう一度指輪を見る。大した特徴感もないぼんやりした私の茶色の髪の毛。まさか琥珀に例えてくれるなんて……と思ったところで気がついた。


「この、ディカルドの、差し色の紫も……?」


 唯一鮮やかな色の紫の瞳。お父様とお母様が褒めてくれた紫だ。


 その紫の瞳でディカルドを見上げる。


 赤銅色の、深いルビーのような瞳が、優しく私を見下ろしている。


「っ、ディカルドの、色だ」


 光に当たると金に輝く小麦色の硬そうな髪の毛。深く落ち着いた風合いの、赤銅色の瞳。


 私は全身ディカルドの色で染められていた。


「……引いた?」


 その間近で聞こえた声に再びディカルドに視線を戻す。ディカルドの表情は、思ったより真面目で、甘くて――でも、寂しげだった。


「俺、思ったより独占欲強かったわ」


 そう言うと、そっと私の身体に手を回して、しっかりと抱きしめた。


 ゆるゆるとその大きな背中に手を回す。


「……行かせたくない」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声が、耳元で聞こえた。


 教会主催の、聖女を捕らえるための夜会。私達夫婦は、これからその場所へ向かう。


 初めて聞いたディカルドの弱音に、私はせり上がる涙を、ぐっと飲み込んだ。


「大聖堂の窓も壁もぶち破って帰ってくるって言ったでしょ?」


 ディカルドの背中をギュッと抱きしめて、心の底からそう呟いた。


「ディカルドの妻は、私だけだよ」


 必ずあなたのところへ帰ってくる。


 私はそう、強く心に刻み込んだ。


読んでいただいてありがとうございました!


ついに次回からは佳境!夜会です!!!

「よし、欠席で。」と二人の参加をやめさせたい応援団の神読者様も、

「今すぐ教会をまるごとぶっつぶそう」と怖い笑みを浮かべてくださった狂犬顔負けのあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ