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1-22 約束

『ゲキカラ、ワタシタチノデントウリョウリーヨ!タベルスル!!』


『むっ無理です!!辛いの苦手なの!』


『ワタシタチノクニノリョーリタベナイ、ユルセナイ!』


『お願い!せめて、その、一緒に飲む甘いドリンクちょうだい!』


『アマーイアマーイッテトナエタラアゲルヨ』


『あ、あまーい?』


『アマーイアマーイ』


『あまーいあまーい……』


 すると突然どこからか笑い声が聞こえてきた。


 あれ、この笑い声……と思ったら。


 どろどろのゲキカラスープの中に、ニヤついたディカルドの顔が浮かんでいた。


「わあっっ!!」


「っちょ、急に叫ぶな!」


 目の前には驚いた顔のディカルド。背景は……いつもの爽やかな夫婦の寝室だった。


「スープに……浮かんでない……」


「スープ?」


「ディ、ディカルドの、ニヤついた顔が、どろどろのゲキカラスープの中に浮かんでたの……」


 バクバクという自分の心臓の音を聞きながら、真剣にディカルドに伝えた。するとディカルドは、は?という表情をした後で、突然吹き出して笑い始めた。


「っおまえ、なんつー夢見てんの」


「えっ……え!?」


「あまーいあまーいはあの店で出てきた甘いジュースのことか?」


 だんだん目が覚めてきて、うっかり夢の話を真剣に話してしまったことに気が付いた。恥ずかしすぎると思ったところで、爆笑しているディカルドに段々ムカついてきた。


「そんなに笑うことなくない!?」


「いやだって、突然お前があまーいあまーいってブツブツ唱え始めるから」


「そ、それ……寝言で言ってたってこと?」


 恥ずかしすぎる。そう思って天井を仰ぎ見たら――もっと凄いことを思い出して固まった。


 恐る恐るディカルドの方を見ると、ニヤリと……でも甘い表情で、ふわふわの枕の上で頬杖をついてこちらを見ていた。


「嫌わねぇって、約束したからな」


 そして私の髪の毛を一房取って、くるくると指で弄び――いたずらっぽい表情で、それにチュッと口付けた。


「おはよう?」


 私は、ひゃぁぁぁ!と叫んでディカルドを突き飛ばすと、一目散に寝室に備え付けのお風呂場へと逃げ込んだ。




「……本当に酷いと思う」


「ごめんなさい……」


 朝食前。身支度を終えた私はすごすごと寝室へ戻った。いつも通り着替えを終えて、そして拗ねた表情のディカルドに、流石に申し訳なかったと素直に謝る。


 そう、大切なことを一切知らなかった私は――恐らくかなりディカルドに無理をさせていたのだろう。本当に申し訳ない気持ちで、爽やかな朝日の中、しょげた気持ちで俯く。


 すると、背後からぐいっと抱き寄せられた。


「……嫌いになってないよな?」


「な、なるわけないでしょ」


「またするけど」


「う……うん……」


 そうボソボソと答える。するとディカルドは背後から私の顔を覗き込んで――嬉しそうに笑うと、私の頬に優しく口付けた。




「あ、甘かった……」


 薬師課の調薬室でゴリゴリと薬草をすり潰す。今日は薬草の仕込みの仕事が多く、調薬室はかなり賑わっていた。近くで私の呟きを聞いてしまった先輩が、新しい薬草をジャブジャブと洗いながら私に話しかけてきた。


「もしかして、流行りの異国のスープ屋さんのドリンクの話?あれ、あまーいよね!」


「あ、アマーイですよね……」


 なんだこれ。正夢だったのだろうかとぞわりとしながら薬草をすり潰す腕に力を込めた。その話から例のゲキカラスープの話をする先輩方が盛り上がり始め、また夢に出そうだとブルリと震える。


 流行りや噂話が大好物の先輩方のお喋りは留まるところを知らない。ゲキカラスープの話が終わっても、まだまだ話し足りないようだった。


「ねぇ、そういえば!聖女様の話って聞いた?」


 その声にどきりとしてすり潰す手が一瞬止まる。聖女様の、話。私はすり潰す手を止めないように気を付けながら、耳をそばだてた。


「聖女様がなかなか見つからないって話でしょう?ここ最近、教会が毎日お祈りしてるよね」


「どうぞ我々をお助けください……って常に祈ってる感じするよね」


「そんなにヤバいのかな、うちの国」


「うちの領地はあまり酷い話は聞かないけどね……場所によるってお父様が言ってたわ」


「小麦の一大産地が今は本当に不作らしいもんね」


「大司教の頭、より薄くなったらしいよ」


「やだ、早く聖女様を見つけてあげなきゃ!」


 ワイワイと盛り上がる調薬室で、密かにため息を吐く。すり鉢の端にいた精霊たちが、はぁ、と私の真似をした。その姿が愛らしくて、思わずクスリと笑う。そんな可愛い精霊たちを見ながら、最近の教会の祈りに思いを馳せた。


 聖女が現れることを願う教会の祈りは、大聖堂の中ではなく、王宮のエントランスや街の広場の中で行われていた。信心深く天に祈るように行われているその祈りは――恐らく、大衆の目に止まりやすいよう考えられた、パフォーマンスの意味もあるのだろう。


 どうぞ、聖女様、いらしてください。


 私達を、助けてください。


 その祈りは人々の心を少しずつ揺り動かし、早く聖女様が見つかりますようにと、大衆の心を動かしていった。


 大聖堂には入りたくない。聖女にはなりたくない。国のために自己犠牲を果たそうとしない私は、間違っているのだろうか。


「……会えなくなったら寂しくなるね」


 ふわふわと近くを漂っていた精霊を手のひらに受け止め、話しかける。


 小さな精霊は、ふわふわと手のひらを転がりながら、仄かに光った。


 戸棚の中にも、机の下にも、窓の外の植え込みの中にも。どんな場所にも精霊たちがいて、楽しそうに遊んでいたり、何かを運んだりしている。


 それをずっと当たり前のように見てきた私は、精霊たちがいなくなった世界で、生きていけるのだろうか。


 しとしとと、ひんやりとした雨が降る。濡れた薬草園では、精霊たちが瑞々しい葉の上で跳ねたり泥遊びをしながら、私の育てた薬草に育て育てとエールを送っていた。




「大丈夫?姉さん」


 その言葉に現実に引き戻された。早めに帰宅した私は、すっかり真っ暗になった薬草園をぼんやりと眺めていた。


 心配そうな表情のレックスが私の顔を覗き込んでいる。


「また義兄さんとケンカした?」


 ううん、と首を振ると、レックスは余計に心配そうな顔をした。


「……誰かに何かされたりしてない?それとも……悩みでもあるの?」


 想像以上に心配してくれているレックスにびっくりした。そして、その親身な様子に、少し前までただ強がって反抗的だった弟がすっかり大人になったのを感じて、まじまじとレックスを見る。


「え……今度は何だよ」


「……大人になったなぁと思って」


「いやだから、姉さんは俺のこといつまでも小さい弟だと思いすぎなんだって」


 苦笑したレックスは、私の隣の椅子に腰掛けた。雨に濡れる真っ暗な薬草園に視線を走らせる。


「もうすぐ俺はウォーカー家の当主だよ?その立場に耐えられるようにしっかり教育を受けさせてくれたのは姉さんでしょ?」


 その横顔はしっかりと強さのある表情で。私は思わず涙ぐんだ。


 大人に、なったんだなぁ。


 ぽろりと涙が零れ落ちる。


「っは!?ちょっと何!?今泣くところあった!?」


「せ、成長したなぁって……」


「ばっかじゃないの!?」


 慌てた様なレックスが、私にハンカチを差し出した。ちゃんと真新しい、綺麗なハンカチだった。小さい頃はポケットの中でダンゴになったしわくちゃのハンカチだったのに。


「し、紳士にもなってる……」


「普通でしょ……」


 呆れたように笑うレックスは、少し落ち着きを取り戻して、やれやれと椅子に深く腰掛けた。


「姉さん、もう一日置きに家に帰ってこなくていいよ?」


 笑ったようにそう言うレックスの声は、からかうような声色だったけど。何となく柔らかなその響きには、優しさがにじみ出ていた。


「僕はこのままちゃんとウォーカー家の当主になる。だから、逆に安心させてよ。俺を最後まで育て上げてくれた姉さんが、ちゃんと幸せになったって」


 驚いて目を丸くしてレックスを見ると、レックスは少し気恥ずかしそうに笑った。


「時々、顔を見せてくれたらそれで十分だから。まぁ、隣の家だから嫌でも見えちゃうかもだけど」


 ――時々、元気な顔を見せられたら。そうしたら、レックスは、このまま前に向かって歩いて行ってくれるのだろうか。


 もし、このまま大聖堂に囚われて、時々あの高い塔から顔が見えるだけになっても。レックスは前を向いて歩いて行ってくれるだろうか。


 しっかり成長した弟を眩しい気持ちで眺めながら、自分がいなくなった未来を、祈るような気持ちで想像した。


「――私がこの家からいなくなっても、時々しか私の顔を見られなくなっても、元気でいてくれる?」


 そう伝えた私の顔をキョトンとした表情で見たレックスは、可笑しそうに吹き出して、少年のように笑った。


「あったり前だろ。心配しすぎなんだって」


「約束だよ?」


「はいはい、わかった、約束ね。大丈夫、何があっても絶対約束守るから」


 その言葉に、泣きながら笑ってしまった。


 なら、きっと、大丈夫だろう。


「約束したからね、レックス」


 二人だけの大きな屋敷は、冷たい雨の中でも、今日も穏やかで暖かかった。


読んでいただいてありがとうございました!


雨音や緑が雨に濡れる景色が好きなんですが、皆さんはどうですか?

「わかる〜癒やされるよね〜」とほのぼのして下さった癒やし系の読者様も、

「いやそこじゃなくて!約束が切なすぎる(´;ω;`)!!」とこのあとの展開に不安を抱いて下さった優しい読者様も、

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また遊びに来てください!

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