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1-21 夫婦の夜(sideディカルド)

「ぼっちゃん……気を確かに」


 その言葉にハッとして現実に引き戻された。


 オーギュスティン家の鍛錬場。俺はぶった切る為に立てた木の柱の前で、剣を片手にボーッとしていた。


「生きてます?」


「……生きてる」


 現実味のないままそう答える。


 キュリオスは、そんな俺を見て、堪らず吹き出して笑いだした。


「っいや、ほんと……狂犬も形無しですね。ふふ、いやいや、よかったですほんと。悩みに悩み抜いてデートに連れてって大成功だったじゃないですか。まぁ、愛の告白はまどろっこし過ぎて先を越されてましたけど。あげくボロボロに泣かせたし」


「……言うな」


 堪らず顔を覆う。


 ――アレクと約束したから、手は出されない。だから、必ず俺の所に帰ってきて欲しい。


 そう、今日は最初から、そう伝えるつもりだった。なんて言えばいいのかと夜通し考えて、考え過ぎて遠回りになってしまった感はある。


 挙げ句、とんだ勘違いを生んで、アニエスを怒らせてしまったけど。あんな風に――俺を好きだと、俺じゃないと駄目だと、アニエスが言うだなんて。


 思わず、ふっと笑いが溢れる。


「やめてくださいぼっちゃん……本当に恐ろしいことを企んでいる悪の帝王みたいなんで」


「なんとでも言え」


 キュリオスに何と言われようとどうでもいい。


 積年の想いが報われた俺は、心の底から夢見心地だった。


 そんな俺の様子を見て、長い付き合いのキュリオスは、俺の爺やのように微笑んだ。


「……無事、悪の帝王の企みが叶うように、我々も頑張らないといけないですね」


「…………そうだな」


 嵐の前の静けさ。国を救う筈の聖女を、独り占めしようとする、悪の企み。


 でも、アニエスが望まないのなら。国を救う大義名分が、偏った偽善に覆われた私欲で埋め尽くされているのなら。


 アニエスは絶対に渡さない。


 再びそう心に強く誓って、目の前の太い木の柱をぶった切った。


 夜会まで、あと少し。できることは全てやる。俺は執務用の自室でいくつか処理を終えてから、いつも通り汗を流して夫婦の寝室へ向かった。


 ほのかな灯りに照らされた寝室には、柔らかな夜着を着たアニエスが、膝を抱えて丸くなってソファーに座っていた。俺が部屋に入ったのに気が付いてパッと顔を上げてから、照れたように目を逸らした。


「おい、また悪い癖出てるぞ」


「きょ、今日は多目に見て……」


「嫌に決まってんだろ」


 そうしてアニエスに圧をかけると、アニエスは赤い顔で睨むように俺を見上げた。


 その様子が、あまりにも可愛くて。


 俺はそっと視線を外した。


「ちょっと!目逸したのディカルドの方じゃない!」


「うるせぇ。今日は多目に見るんだろ」


「さっき嫌だって言った!」


 どうしようもなくなって、再びアニエスに視線を戻す。


 今度はアニエスが、ぐっと何かを飲み込むように俺の目を見つめた後、目を逸らした。


「お前もかよ」


「〜〜〜〜〜っだって!」


 顔を覆ったアニエスは、小さくなって身悶えた。


「は、恥ずかしい!!」


 その様子に、俺も天を仰いだ。


 どうしたらいい。


 可愛すぎる。


 目を瞑って何とか気持ちを落ち着かせようとするけど、かえってテラスでのあれこれが目の前に蘇ってきて、全く落ち着けなかった。


 諦めるようにドサッとアニエスの隣に座る。


 暫し、生ぬるい沈黙が夫婦の部屋を満たす。


「ディ、ディカルド」


「なに――っ!?」


 突然、がばりとアニエスが抱きついてきた。


 柔らかいその感触と女性らしい香りにぐらっとしながら、何とか己を叱咤して冷静さを取り戻す。


「突然どうした」


「そ、その、この空気に耐えられなくて」


「余計悪化させてるだろ」


 そう言うと、アニエスはモゾモゾと動いて、俺を見上げた。赤い顔の、潤んだ目が俺を見上げる。


「逆に突撃したほうが、平気になるんじゃないかなって」


「……は?」


「だ、だから、その……い、いつも通りしましょう!夫婦のイチャイチャ!」


 俺はそのあまりの破壊力に大きくため息を吐きながら、俺に抱きつくアニエスを見下ろした。


「クソチビ」


「っなによ!私だって努力して……」


「お前は何も分かってない」


「は!?」


「どこまでも俺を振り回しやがって」


 そう言ってアニエスの柔らかな頬に手を伸ばす。


 全く何も分かっていないアニエスが、赤い顔をしながら俺を見上げている。


 勘弁してくれと再び天井を見上げる。


「お前、本当に王宮務めの薬師なんだろうな?」


「当たり前じゃない!」


「多分、やらされてない仕事、あるだろ」


「え……?まぁ、そういえば作ったことない禁書の薬はあるけど。それなりの年齢にならないと調薬の本も読んだら駄目なんだって。それがどうしたの?」


「…………なるほどな」


 そういうことかとため息を吐く。恐らく、未婚や若い女性には作らせない方針なんだろう。夫婦についての教育は、基本は家の方針に従って行われるのがこの国の習わしだった。母親に先立たれ女性の集まる茶会にもほとんど出ていないアニエスが何も知らないのは、無理のない話だった。


 これは困ったなと、もう一度ため息を吐いた。


「何?なんなの?ちゃんと教えてよ」


「多分後悔するぞ」


「は?なにそれ、後悔なんてしないわよ!」


「……俺のこと嫌いになるかもしれない」


「はぁ!?そんな訳ない……じゃない……」


 途中で自分が何を言ってるか気がついたのだろう。はじめの勢いが衰えたその言葉を、最後までしっかりと聞く。


 嫌いに、ならない。俺を、嫌いになる訳がない。つまり、ずっと好きでいてくれるということ……そこまで俺を好いてくれているということだ。……幸せすぎて、溶けそうだ。


 夢見心地で可愛らしい顔を見下ろす。


 それなら……もう、いいだろうか。


 そっと、真っ赤になっているアニエスの顔に、自分の顔を近づけた。


「本当に、教えてもいい?」


「えっ……うん、それはいいけど……」


「絶対に、嫌いになるなよ」


「だから!ならない――っ……」


 全部言い終わらないうちに、アニエスの唇を塞いだ。いつもより、ずっとしっかりと。びっくりした顔のアニエスが、もっと潤んだ瞳で俺を見上げている。


 結婚を神に誓った時の約束を思い出す。無理に手は出さない――アニエスが、俺がいいと、俺が好きだと言うまでは。その神への約束は、ちゃんと守った。


 なら、もう、いいよな。


 自分の最後の枷を外した俺は、何だかスッキリとした気持ちで、アニエスを抱き寄せた。


「お前な、勘違いしてんだよ」


「……へ?」


「今までの、全部夫婦のイチャイチャじゃねぇから」


「…………え!??」


「どアホ」


 そう吐き捨てて、アニエスを抱き上げる。


「えっ!?何!?なんで持ち上げるの!?」


「教えろって言ったの、お前だからな」


 何だか面白くなってきて、あまりにも幸せで。俺は抱き上げたアニエスを運びながら、ニヤリと笑った。


「覚悟しろよ」


「え!?」


 大混乱中のアニエスが面白くて、笑いながら柔らかな体を運ぶ。



 ずっと、こんな日が続けばいい。


 俺は腕の中の優しい温もりを感じながら、心の底から、そう願った。


読んでいただいてありがとうございました!


もう何も言いません。

「あらあらまぁまぁ」とニヤついてくださった二人の応援団の神読者様も、

「よかったねぇディカルド」と母のように微笑んでくださった優しさあふれるあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!


※朝からこんなの投稿してすみません……連投計画だとこうなってしまい。。。笑

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