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1-2 幼馴染み

 その日の夕方。王宮薬師の仕事を終えて帰宅した私は、ボロい塀に張り付いて家の様子を伺っていた。


 家に白装束の者たちが来ている。間違いなくあれは聖女探しの聖職者達だ。


 一応我が家は主不在の貧乏なれど貴族の家。少ないが使用人もいるから、聖女候補の未婚の女性を探すにはちょうどいいのだろう。


 隣の家と自分の家の壁の間から息を潜めて様子を窺う。早く帰んないかなあの人たち………


「何してんだお前」


「わっっ!」


「うるせぇな。驚きすぎだろ」


 突然聞こえた低音の声に冷や汗をかきながら振り返ると、例の腐れ縁の幼馴染み、ディカルドがいた。呆れたような不機嫌な顔で私を見下ろしている。騎士団の制服を着崩している様子からすると、ディカルドも今日は仕事だったんだろう。


 硬そうな金に近い小麦色の髪に、少し鋭い赤銅色の目。捲ったシャツからのぞく引き締まった腕には、古傷がいくつか見える。そんなまさに武闘派な雰囲気のこの男は実力を買われて王宮騎士団に所属しているが、花形の職場にいるくせに『怖い』『睨んでる』『噛みつきそう』とか言われて、第三騎士団の狂犬と呼ばれている。黙っていれば顔はお母様に似て綺麗めなのに勿体ない。目つきと言葉遣いが悪すぎるのよ、こいつは……じゃなくて。


「ディカルド!助けて!!!匿って!!!」


「あぁ?」


 訝しげに首をひねるディカルドは、腑に落ちないというように私を見下ろした。


「何やらかしたんだお前」


「せ、聖職者たちが、家に来てて……」


「あぁ、あれだろ、新しい聖女候補の、精霊の愛し子を探してるっていう」


「っ私が愛し子なの!」


「ハァ?なにトチ狂ってんだお前」


「ほ、ほんとなのよ!?」


 疑うのも分かる。私だって俄には信じられなかったのだから。


 困ったなと悩んでいたところに、聖職者の一人が私の家の敷地から出てきて、こちら側へ歩いてきているのが見えた。


「っやばい、とにかく、いったんこっち!」


「は!?いや待っ……」


 ディカルドの手を取りグイグイと引っ張って連れて行く。何故か私に手を引かれるディカルドが変な雰囲気だけど。とにかく今はそれを気にしているところじゃない。私はそのままディカルドの家の小さな通用人口に飛び込み、敷地の端にある庭園管理用の小屋に一緒に逃げ込んだ。もちろん両家仲良しなため、警備も顔パスである。


 私は息を弾ませながら、慣れ親しんだ小屋の扉を閉めた。


「離せクソチビ」


 小屋に入ってすぐ、繋いだ手を不機嫌そうに振りほどくディカルドを睨みつける。


「なによレディに向かって、このクソ猿」


「レディがそんな汚ねぇ言葉使うわけねぇだろ」


「あら貴方にしか言わないから問題ないわ」


「……そうかよ」


 チッと顔を背けるディカルドを勝ち気な顔で見上げる。顔を合わせれば大体こうしてケンカになるのだけど、今日は微妙にしおらしい。何が効いたのか分からないが、今日は私の優勢だろうか。


 不思議な様子に首を傾げていると、ディカルドは不機嫌そうな顔で再び私を睨んできた。


「で、なんだよさっきの。お前本当に自分が精霊の愛し子だなんて思ってんの?」


「う……うん………」


 なんとなく認めたくなくて言い淀む。よく考えたら「私が愛し子です」なんて言い出す女とかキモすぎる。自己顕示欲強すぎだ。そんなつもりはないんだけど……なんとなく、ディカルドに変な女だと思われるのは嫌だった。


 それに、私だってまだ実感すらないのだから。本当は突然のことで不安だし、信じたくない気持ちもある。でも、精霊たちは、私に嘘をつかない。だから、信じるしかないのだ。


 何だか心細くなってきて、しゅんとした気持ちのまま、ディカルドをちらりと見上げた。


「………そう思った理由はなんだ」


 思ったより優しい声が降ってきた。もしかして、一応心配してくれたんだろうかと、ちょっと嬉しくなる。


 そんな私を見下ろして、ディカルドはまた顰めっ面をした。


「喜ぶなアホ。お前がまた何かやらかす前に状況把握してやってるだけだ」


「やらかさないわよ!もう子供じゃないんだから!」


「どうだかな」


 確かにお転婆でのめり込みやすいタイプだった自覚はあるのだけど。そこまで迷惑はかけてなかった……と思う………多分……………


「で、なんでそう思った。早く言え」


「あ、そうよね、えぇと……リップルがそう言ったから……」


「誰だよそいつ」


「精霊だよ。一応、ここにいるんだけど」


「………どこにも見えねぇけど」


 ですよね。そう、精霊の姿は私にしか見えない。困ったなと思いながら、リップルに話しかける。


「ねぇリップル、どうやったらディカルドに精霊の愛し子だって分かってもらえるのかな」


『私が姿見せたらいいんじゃない?』


「えっそんな事できるの!?」


『できるよ。アニエスが望むなら』


 なんてこった。今まで全く知らなかった。それなら話が早いと胸をなでおろす。


「じゃあお願いします」


『は〜い!こんにちはディカルド』


「…………………は!??」


 怪訝な顔をして私の独り言を見ていたディカルドが、リップルの姿を見て驚愕の表情になった。


 いつも動じないつれない表情なのに、こんなにビックリした顔を見れるなんて。なんだか可笑しくてニヤニヤしてしまう。


「いや、待て、何だこれ………」


『コレとは失礼ね!私は花の精霊リップルよ!』


「本、物……」


『当たり前じゃない!鼻毛毟るわよ不機嫌男!』


 呆然としたままのディカルドの周りをリップルがプンプンと怒りながらグルグルと回っている。


「……っうそ、だろ……」


「信じていただけましたでしょうか……」


「まじかよ」


「他の精霊達にも姿見せてくれるように頼む?」


「他にもいんのかよ!?」


「えっ、うん。あっちこっちにいるよ?」


 ちらりと後ろを振り返ると、綿毛のようにフワフワ浮かぶ精霊や、枯れ枝を運ぶコビトのような精霊、ひらひらと風に舞う透明な精霊たちがいた。


 試しにお願いしてみたところ、どうやらディカルドにも姿が見えるようになったらしい。ディカルドが驚いた表情で周りを見渡している。リップル以外は小さな精霊だからおしゃべりはできないんだけど……


「……信じた?」


「…………お前、これ、いつから……」


「え?生まれたときからずっと見えてるけど……」


「…………」


 呆然とした顔のディカルドは、あくびをしているリップルに、ゆっくりと顔を向けた。


「おい、……アニエスは、本当に精霊の愛し子なのか?」


『もちろん。こんなふうに精霊と戯れる子なんて見たことないでしょう?』


「……他にも愛し子はいるのか?」


『いないわ。この国の愛し子の魂は、一つの魂にしか宿らないもの』


「…………他に聖女候補はいないのか」


『人が作った聖女っていうお役目のことはよく分からないけど。仮にアニエス以外が聖女に任命されたって、別に精霊とは話せないわ。それになぜだか聖職者とかいう人達はちゃんと愛し子かどうかを確認できるみたいだし』


「……………」


 何かを考えるように目を泳がせたディカルドは、再び私の方を見た。その顔は、思ったより不安そうで。私もなんだか心許なくなって、思わずきゅっとスカートを握った。


「……この国の聖女には、なりたくないの」


「…………なりたく、ない?」


 コクリと頷く。


「私は精霊の愛し子みたいだけど、この国の聖女っていう肩書は欲しくない。大聖堂の中に入ってしまったら出てこれなくなるでしょう?……薬屋を開く夢もあるし、薬師の仕事も続けたいし……なにより、成人前の弟を、一人残して大聖堂なんかに行けないわ」


 聖女としての豪華な待遇なんて期待していない。自由を奪われたくない。私が望む未来は、そんなのじゃない。


「私は豪華な大聖堂に住むんじゃなくて、いつか自分の薬屋を持ちたい。だから休みの日は自分の薬草園に手をかけたいし、ゆっくり眠りたい。たった一人の家族として、成人後の弟とも時々でもいいからちゃんと会いたいの。豪華な部屋もドレスもお金もいらないし――第二王子とも結婚したくない!」


「――――けっ、こん!?」


 埃っぽい小屋の中。ディカルドの驚愕の声が響く。


 その声に、あまりにも信じがたい自分の状況が思い知らされるようで。


 私はごくりとつばを飲み込んだ。


読んでいただいてありがとうございました!

早速ブクマして下さった方!うれしいです!ありがとうございます!!!


さて、早速出てきました幼馴染み!

ディカルド君です。よろしくお願いします。


「あらあら、ぼーっとしてると結婚しちゃうわよアニエスちゃん」と、おせっかいなおばちゃんばりにニヤついたあなたも、

「もしかして、彼は……ツンデレ的な?」とニヤニヤとしてくれたあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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