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1-19 二人の休日

 休日の朝。窓際のテーブルで、のんびりとお茶を飲みながら窓の外の薬草園を眺める。水撒きをした薬草園は朝の日差しを浴びてキラキラとして綺麗だ。精霊たちが水滴を弾きながらぴょんぴょんと遊んでいる。


 聖女になりたくなくて、ディカルドと偽装結婚をして、バタバタとここまで来たけれど。


 今までいろんな事があったなぁと、ボーッとしながらこれまでの事を振り返っていた。


 物心ついた頃にはもうディカルドと遊んでいた。有力貴族と貧乏貴族。だけど、王都の貴族街で隣同士の両家は、母親同士の相性が良くて、家族ぐるみで仲良くしていた。


 広いディカルドの家の庭が楽しくて、何度も遊びに行った。そのうちただ走り回るだけじゃ物足りなくなって、ちょっと木に登ったり、池に入ったりして。その度にディカルドはふざけんな!やめろ!って怒りながら、私を追いかけ回して。そして何だかんだ協力してくれて、最後は一緒に怒られてくれた。


 荒っぽく口の悪い、狂犬と言われるディカルドだけど。何だかんだ、誰よりも優しかったんだと思う。


 お父様とお母様が亡くなって。まだ少年だったレックスと一緒に、二人で生きていかなければならなくなって。成人したばかりの私は、葬儀を執り行い、爵位の一時預かり願いを届け出て、家の体制と資金繰りを整え、給金もよく休みもしっかり取れる王宮薬師の仕事を選んだ。


 どれも何とか上手くいって。毎日が苦しいなりにも回るようになって。私はうまくやれていると思っていた。


 でも、あの日は、薬師の仕事がうまくいかなくて。更にはガストンさんに詰め寄られて。なんとか全て躱しきった私は、トボトボと帰路についていた。


 ――なに腑抜けたまま歩いてんだ。


 突然丸めた紙で私の頭を叩いたディカルドは、元気の無い私の顔を見るなりニヤリと笑った。


 ――慰めてやろうか?


 バカにすんな!と憤る私をからかうディカルドは、まぁ元気出せよと遠征先で貰ったという怪しげな木彫りの人形を土産だと私に押し付けた。


 妙に鼻の穴がでかい猿のようなセンスの悪い人形は滑稽で。見れば見るほど可笑しくなって、本当にいらないと笑ってしまった。


 そうやって、事あるごとに私にちょっかいをかけてくるディカルドのせいで、私は両親のいない貧乏貴族家を存続させるという橋の危なさに、真正面から向き合って怯える隙がなかったように思う。


 本当は、薄々気付いていた。


 あれも、ディカルドの優しさだったんだろう。


 お父様とお母様がいなくなって。走り過ぎるように目まぐるしい日々の中で、オシャレもお茶会も色恋沙汰とも縁遠い日々を過ごしてきた。安定して仕事を貰えるよう、人が嫌がる仕事はどんどんやった。王宮のサポートを受けながら、領地のあれこれを整えた。弟としっかり会話をして、家庭の暖かさを忘れないようにした。貧乏貴族と攻撃してくる人々には、毅然とした態度で対応した。


 自分のことを省みる時間は、あまり無かったのかもしれない。だから、自分の心の動きに鈍かったと言えば、言い訳になるかもしれないけれど。


 そんな心の余裕は無かった。それは、事実だと思う。


 それでも、振り返って思うのは。


 私が笑っていたのは、ディカルドと一緒の時が多かったと思う。


「おい」


 げし、と頭にチョップをされて現実に引き戻される。振り返ると、怪訝な顔をしたディカルドがいた。


「ボーッとし過ぎだろ」


「っ何でいるの!?いつから!?」


「ちょっと前にきて、レックスが通してくれた」


 そう言いながら、ディカルドは私の斜め向かいの椅子に座った。ディカルドも今日は休日なのか、いつもの騎士服じゃなくて、ラフなシャツ姿だ。捲った腕はしっかりと鍛えられていて、その男らしい引き締まった腕に、何となく目のやり場に困って、また薬草園に視線を戻した。


「お前、今目逸らしただろ」


「いいえ、薬草園が見たかっただけです」


「次やったら片足立ち10分間だからな」


「はぁ!?嫌だ!私バランス悪いから無理!」


「余計やったほうがいいじゃねぇか。体幹は大事だ」


「私は騎士団所属じゃないからね!」


 いつものやり取りが始まる。ぽんぽんと交わされる言葉。そうしながら実感した。


 私はこうしてディカルドと過ごすのが好きなんだ。


 それが、しっかりと実感できて。そして、私にとって、とても大切な時間だというのが分かって。そうか、好きだったんだなと、妙に納得してしまった。


 そんな居心地の良さや気恥ずかしさを感じていたら。ディカルドは言葉を切って、少し何かを悩むように黙った。


「どうしたの……?」


「……今日、ヒマ?」


 何を改まってるんだろうと疑問に思いつつ暇だと答える私に、ディカルドは一通の招待状をポケットから取り出した。


「今度、夜会がある」


「へー!そうなんだ!」


「……お前も行くんだぞ?」


「私も!?」


 ウォーカー家にくる夜会のお誘いなんて、年に1、2回程度の、ほとんどの貴族が参加する大規模で定例のものだけだった。なのに私にもお誘いが来るだなんてと驚いていると、ディカルドは封筒に入ったままの招待状で、私の頭をベシッと叩いた。


「オーギュスティン家の跡取り夫婦への招待状だ。お前あんまり自覚なさそうだけど、一応オーギュスティン夫人になるんだからな?」


「そっ……そうでした!」


 完全に自覚が無かった。全然だめじゃないかと頭を抱える。ディカルドはそんな私を可笑しそうに眺めると、招待状をポケットにしまった。


「あれ?招待状見せてくれないの?」


「……詳細は後で教える。その前に急いでやらないといけないことがある」


 そう言うと、ディカルドは私を立ち上がらせた。


「出かけるぞ」


「出かける……?」



 数十分後。私は王都で一番人気の……しかもとってもお高い服飾店の前にいた。


「えっ……えっ!?目的地、ここ!??」


 洗練された美しい門構え。私達は夜会のドレスを仕立てるために、王都の中心街にやってきていた。


 が。こんな超高級店にくるだなんて。


 完全に狼狽えてしまった私に、ディカルドは不思議な顔をした。


「何だよ。不満か?」


「いや、不満っていうか、ここめっちゃ高いとこだよ!?」


「あのな」


 そういうことかとため息をついたディカルドは、私の頭をガシッと掴んで顔を寄せた。


「お前は何者だ」


「え!?えぇと……その、アニエス=オーギュスティンです……」


 そう、もうウォーカーじゃないのだ。改めて言うと恥ずかしい。


 頬を染める私に、ディカルドは満足そうにニヤリと笑った。


「そうだ。だから安っちいドレス着させるわせにはいかねぇんだよ」


「っで、でも私、そんなにお金持ってないよ!?」


「アホか、俺が払うに決まってんだろ」


 そうしてまた私の頭にぐいっと力を入れ、引き寄せた。


 ディカルドの顔が間近に近づいて、息を呑む。


「俺はお前のなんだ?」


「お、夫……」


「そうだ、忘れんな」


 赤銅色の目に真剣な色が宿っている気がして、どきりと胸が跳ねた。


「じゃあ行くぞ」


 そうして手を引かれて入った店の中は、とても洗練された上質な空間で。私達は更にその先の個室に通された。


「こ、個室……」


「慣れろ。いちいち狼狽えんな」


 そんな私達の様子を微笑ましく見守っている店員さんたちは、私の前に沢山のドレスと布を広げていった。


「何かお好みはありますか?」


「え、えぇと……」


 普段は着れそうな既製品の中から選ぶだけだった私は、完全に面食らってしまった。こんな大量の中から選ぶだなんて至難の業だ。


 目を白黒させていると、ディカルドが少し悩む素振りを見せながら口を開いた。


「あまりゴテゴテしていないけど、それなりに流行の形で、子供っぽくなくて、着心地がいいやつ」


「そ、そんな我儘言っていいの?」


「違うなら言え」


「ううん……そうだと、嬉しい……」


 呆気にとられている私に、綺麗な女性の店員さんがクスクスと笑いながらドレスをあてていく。


「旦那様はよく奥様の事を見てらっしゃいますね」


「えっあ、はい……」


「こちらの形はどうですか?もしくはこっち」


 小柄だからか、サイズの合う既製品は子供っぽく、リボンやフリルが沢山ついているものが多かったのだけど。形重視で選んでもらったドレスは、スッとしたデザインで、可愛らしいけど大人っぽかった。


「うーん、どっちも可愛い……」


「この中なら、こっちだろ」


「こっち?」


 チューブトップのドレスと、肩のあるノースリーブのドレス。ディカルドが選んだのはノースリーブのドレスだった。


「なんで?」


「飛んだり跳ねたりしてもずり落ちないだろ」


「そんな選び方ある!?」


「逆にお前こっちの肩無いのでも大丈夫なのかよ」


「……ノースリーブの方にします」


 確かに私のことよく分かってるなと納得しながらノースリーブのタイプがいいと店員さんにお伝えする。


 美人な店員さんはまたクスクスと笑いながら、今度は色とりどりの布を持ってきた。


「お色はどうしましょうか?」


 優しげなグリーンや落ち着いたピンク、淡い水色に……なぜだか妙に黄みがかったゴールドと、大人っぽいワインレッドの生地が沢山あった。


 ゴールドとワインレッドが流行りの色だろうかと首を傾げながら、色とりどりの布地を手に取る。


 私の肌色に合わせるなら、ゴールドか淡いピンクだろうか。


「うーん、どちらがいいと思います?」


 ここはプロの意見を聞こうと、美人な店員さんに話しかける。店員さんはニコニコと布地を手に取り私の顔色と合わせながら答えた。


「そうですね、どっちの色もお肌に合っていますしお好みでいいと思いますが、最近の流行と旦那様のい「こっちで」


 突然ディカルドが店員さんの話を遮って黄みの強いゴールドを選んだ。怪訝な顔でディカルドを見る。


「いいけど、なんで?」


「……こっちの色の方がガキに見えないだろ」


「形が大人っぽいならどっちでも大丈夫だし!」


 ちょっと不満に思いながらディカルドに突っかかると、ディカルドはなんとなく気まずそうな顔をした。何なんだろう。


「ふふ、かしこまりました。そうですね、確かにこちらのゴールドのお色のほうが今の流行にも合いますし、きっと小物に赤系の差し色を入れるでしょうから、バランスもいいと思いますよ」


「赤系ですか……?」


「はい、差し色は落ち着いた赤系が良いのではと。いかがですか、旦那様?」


「……それで」


「かしこまりました」


 やたらニコニコとしている店員さんは、ご機嫌な様子でデザインの詳細を詰め採寸を終えると、奥に引っ込んでいった。


 ふぅ、と疲れたように個室に備え付けられていたソファーに沈む。


「慣れないことしたから疲れた……フルオーダーのドレスなんて初めてだよ」


「……あんまり、楽しくなかったか?」


「え?」


 その言葉にキョトンとしてディカルドを見る。


 ちょっとしゅんとしているように見えなくもないその姿に、まさか、という気持ちが湧き出してきた。


 まさか、楽しませようとしてここに連れてきてくれたんだろうか。確かに、巷のお嬢様方はこのお店でフルオーダーのドレスを選ぶのに憧れていると思うけど。


 分かりにくいディカルドの優しさが、なんだか微笑ましく思えてきて、思わず笑みが溢れる。


「っふふ、楽しかったよ!」


「何で笑うんだてめぇ」


「別に?」


 ご機嫌にディカルドをニコニコとして見ていると、ディカルドは少し機嫌を取り戻したように、でも照れくさそうに私を睨んだ。


「……普通の服も見るからな」


「え!?まだ買うの!?」


「オーギュスティン家の夫人らしく普段用のそれなりな服も持っておくのは普通だろうがよ」


「……そうですわね」


 確かに、私の服といえば、シンプルなワンピースか薬師の制服ぐらいだった。今思えばオーギュスティン家に相応しくなかったかもしれないと反省する。


 ディカルドはふぅと息を吐きだしてから、ワンピースの山を物色し始めた。


「この辺なら着やすそうだけど」


「なかなかセンスいいねディカルド」


「茶化すなら選ばねぇぞ」


「ごめんなさい」


 褒めたんだけどなと思いつつ、進められたワンピースを広げる。


 シンプルだけど上質で腰にアクセントのリボンがついたワンピースや、柔らかな透ける素材が同色の滑らかな生地に重なった軽やかなワンピース、胸の下で切り返しがある、ブラウスとスカートが一体になったワンピース……どれも私の好きな雰囲気のもので、なんだか嬉しくなる。ほんとに、ちゃんと私のこと見てる。


 結局私は何着か普段着も買ってもらって、早速胸の下で切り返しのある白のブラウスと臙脂のスカートが一体となったワンピースを着て店を出た。店員さんがヘアメイクまでしてくれたから、とてもオシャレになっている。


「人気店の理由がわかった気がする……」


 最初はタジタジだったものの、お店を出るときには夢見心地だった。服装やヘアメイクを整えるだけで、こんなに気持ちが変わるなんて。思い出す限り何年もしていなかったオシャレに心が弾んだ。


 薬師課のチビっ子。それは酷く外見を揶揄する言葉では無かったとは思うけど。一般的な貴族のお嬢様とは違う人生を歩んできた私は、飾り気のない女だっただろう。


 オーギュスティン夫人という立場は、実感のないまま私の所へ近づいてきている。この有力貴族の女主人となるのであれば、やはりこれからは振る舞いや服装にも気を使わなければいけないだろう。


 ディカルドは一歩先を行って、私に必要なことを教えてくれている気がした。


 店の外に私をエスコートしてくれているディカルドの横顔に声をかける。


「ありがとう、ディカルド」


 ディカルドは私のその声を聞いて、少し私の顔を見てから、また前を向いた。


「気に入った?」


「うん。可愛い?」


「まぁ……馬子にも衣装だな」


「酷くない!?これでもダメなの!?」


 人生史上、一番可愛くなった自信があったのに。むくれて口を尖らせる。


「……冗談だ」


 ボソリとそんな声が聞こえた。なにそれ、と不思議に思ってディカルドの方に視線を戻す。


 ディカルドはチラッと私を横目で見てから、また前を向いて口を開いた。


「可愛い」


 そんなディカルドの低い声が聞こえて、処理しきれずに固まる。


 今、なんて言った……?


 ディカルドはまた私をチラッと見てから、少し照れたように顔を顰めた。


「んだよ、聞いてきたのお前だろ」


「っへ!?」


「もう言わねぇ」


 そう吐き捨てるように言ったディカルドは、言葉とは裏腹に、私を優しく馬車に乗せた。


「え、あの、」


「腹減った。飯行くぞ」


「あ、はい……」


 ドキドキしながら二人で馬車に揺られる。


 空耳、だったのかな。


 いや、でも…………


 会話の止まった馬車の中、ディカルドの表情をそっと盗み見る。


 窓の外を見ているその横顔が、ほんのり赤くて。


 私は上手く息が吸えなくなって、真新しいワンピースの胸元を、思わずギュッと抑えた。


読んでいただいてありがとうございました!


ディカルド赤くなっちゃった……

「うぐぅぅぅ」と二人のじれじれに身悶えちゃった読者様も、

「うふふ、ゴールドと赤なのね?」とニヤついてくれた玄人なあなたも、

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