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1-14 俺にできること(sideディカルド)

「お待たせしました団長」


 日も暮れた頃。訓練所の脇にある事務作業用の自室に、レオンが現れた。


「とりあえず正式に恐喝暴行強姦未遂に殺人の疑いで逮捕して第三騎士団管轄の牢屋にブチ込んでます。ボコボコにしといたので、今日のところは暴れることはないはずです」


「いや〜手に咲いた薔薇を抜き取った時のあの様子、見事でしたよ?下手な拷問よりよっぽどキツかったでしょうねぇ」


 次いで暗がりから現れたキュリオスが、嬉しそうにそう言った。こいつの悪趣味は本当に酷いが、何故か今日は全くそう思わなかった。


「……ちょ、まだ顔怖いですよ団長!ほら、これからお家に帰るのにその殺気はまずいですって!今日は奥様がお家にいる日でしょう?」


 家に送っていったアニエスは、治療を受けてゆっくり休んでいるはずだが。腫れた頬を思い出して、何かがバキンと音を立てた。


「わっちょっと!この机買ったばかりですからね!?あー高いのに……握力で割るとかどんだけですか……」


「まぁまぁレオン君、ぼっちゃまのさっきのブチギレ具合からすると可愛いもんですよ?」


「確かに、ほんとによく殺さなかったですよね。あの経理のおっちゃんの話聞いて走り出した瞬間の団長、鬼の形相通り越して悪魔か死神みたいだったのに」


「ぼっちゃまは我々と違ってお優しいですからねぇ〜。まぁ、ギリギリでしたけど」


「……少し黙れお前ら」


 レオンは第三騎士団所属だが、オーギュスティン家の者でもある。諜報活動をしつつも騎士の仕事もできて、俺の側近としてはかなり有能だが……軽い上に残酷なため、扱いが少々難しかった。


 が、今日のところは俺の方が酷いらしい。落ち着け落ち着けと、深呼吸をして心を鎮める。


 そんな俺を見て、レオンはカラカラと可笑しそうに笑った。


「俺だったらあいつの両腕切り落としちゃいますけどね。だって、団長より先にアニエスさんのおっぱい触っちゃったんでしょ?」


 バキィ!と、手を置いていた机の角が粉々に砕け散った。


「わ、ちょっと!冗談ですからね!?下着は無事だったから生では触ってないはず!」


「ほらほら、レオン君。あまり火に油を注がないでください。主で遊ぶんじゃありません」


「すいません、つい面白くて」


「それは認めますが……」


 明日の訓練はレオンは3倍キツくしよう。そう心に決め、鉛のように重い口を開いた。


「それで、馬車の事故の件は吐いたか」


「えぇ、本当に下らない胸くそ悪い話でしたよ。婿入りも資金援助のお願いにも失敗して、逆恨みだったみたいです。想像以上に放り投げた石の威力があった上に、土砂降りで証拠も何も残らなかった……それがここまで闇に葬られてきた経緯です」


「……裁けそうか」


「殺人については実際のところ、やっぱり微妙ですね……でも、間違いなく暴行強姦未遂にはできますから。あとはまぁ、ご命令頂ければいかようにでもしますけど」


 ニコリと笑ったレオンを一瞥して、重いため息を吐いた。


「分かった。今日のところはもういい。帰ってアニエスの様子を見る」


「えぇ、それがいいと思います……元気がないって、報告が来てましたから」


 その言葉に、胃に鉛が入ったように重くなった。


 殴られ、服を裂かれ、そのうえ両親の死の真相を知ったのだ。いくらいつも飄々としているアニエスでも、強いショックを受けているに決まっている。


 だから、どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。


 もし、本当の恋仲だったら、本当の夫婦だったとしたら、まだ俺にできる事があったかもしれない。



 でも、俺達の関係は、偽物だ。



 本当は、男の俺が近くにいないほうが心が穏やかかもしれない。


 ――最悪、別の部屋で寝よう。


 そう決めて、恐る恐る寝室のドアを開けた。その瞬間、俺の足は恐怖で凍りついた。


 ランプの灯りだけの、暗い部屋の中。


 真っ白な顔。


 ぽっかり開いた黒い穴のような目。


 幽霊のような姿をした女がいる。



 その女は、暗がりの中、ゆらりと立ち上がった。


「――――っ!??」


「おかえり〜」


 心臓が止まるかと思った。情けなく叫ぶところだった。お面を被ったアニエスだった。


 アニエスを舐めていた。突拍子のなさは健在だ。


 俺はなんとか呼吸を整え、平静を装ってパタンとドアを閉じた。


「お前は……相変わらずだな……」


「ふふ、びっくりした?」


「……その意味不明な行動にビックリだ」


 嘘だ。死ぬほどびっくりした。しかし悔しいから誤魔化すようになんとでもない風を装いアニエスに近寄る。


「何してんだお前……」


「うーん、この方が楽しいかなって」


 その声に、なんとなく元気の無さを感じて。


 俺はそっと、アニエスの被っているお面に手をかけた。


「……外していいか」


「…………このまま寝ちゃだめかな」


「怖くて眠れねぇ」


「ふふ、ディカルドおばけ苦手だもんね」


 結局バレていた。恥ずかしさを誤魔化すように顔をしかめながら、そっとお面を外した。


 痛々しい頬と、泣き腫らした目。


 アニエスは、力が抜けたように、へへへっと笑った。


「こっちのほうが、お化けみたい」


 その声が、想像よりずっと、寂しげで。


 気が付いたら、アニエスを抱きしめていた。



 こんなに、アニエスがボロボロになるなんて。


 ぎゅっと、アニエスを抱きしめる腕に力を込める。



 でも、この行動は、俺のエゴだ。こうして抱きしめて、俺が安心したいだけだ。


 あんな事があった後だ。男が怖いと思っていても不思議じゃない。そう自戒して、少しして、そっと離れようとした。



 アニエスの小ぶりな手が、俺を引き止めるように、ぎゅっと俺の背中のシャツを握りしめるように、抱き寄せた。



「……ディカルド」


 アニエスの弱々しい少し掠れた声が、俺の腕の中から聞こえた。


「今日……くっついて、寝てもいい?ちっちゃい頃、お泊り会したときみたいに」


「…………分かった」


 そのままアニエスを抱き締めるように抱えてベッドに入る。アニエスの柔らかな髪の毛を腕にのせるように腕枕をしたら、アニエスは俺の胸の中に埋もれるように寄ってきた。


 布団をかけて、反対の手をアニエスの背中に回し、ほんの少し、優しく触れるようにトントンとした。


「ふふ、ディカルドが優しい」


「……茶化すとやらねぇぞ」


「ん……ごめん」


 アニエスが素直に謝って、身じろいでまた少し俺の胸に寄った。


 少なくとも、この行動は間違いじゃなかったようで、ホッとする。


 暗い部屋の中、俺とアニエスの息遣いだけが聞こえる。


「ねぇ」


「……なに」


「ディカルドの、腕の中ってさ……安心するよね」


「……そうかよ」


 ドクンと跳ねた自分の心臓の音が聞こえないようにと祈る。


 アニエスは、そんな俺に気も知らず、俺の腕の中でクスクスと笑った。


「でもめっちゃ硬い」


「胸借りといて不満言うんじゃねえ」


「不満じゃなくて感想です〜」


 つまり嫌じゃ無いってことでいいよな?と心のなかで再確認する。


 そして、ちなみにお前はめっちゃ柔らかいからなと、うっかり言い返そうとしてやめた。


 だめだ、冷静になれ。その発言は多分今は不適切だ。


 でも。


 こうして頼られて――甘えられたことに、どうしても心が満たされてしまった。


 俺の腕の中でいいのか?


 そう問いかけようとした声を飲み込む。


 だめだ、今はアニエスの心に負担をかけるときじゃない。


 俺は柔らかなアニエスの頭を、ポンポンと優しく撫でた。


「……ディカルド」


 少しふにゃふにゃとした、眠りかけのアニエスの声が聞こえる。


「…………ありがとう」


「……ん」


 それから暫くして、アニエスのスースーという可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 俺はそんなアニエスの寝息を聞きながら、アニエスがこの先も幸せな気持ちで眠れるようにと祈る。


 ――まだ、俺にできることは、たくさんある。


 俺はアニエスが笑って暮らせるような未来を思い描きながら、そっと柔らかな身体を抱き寄せ、目を閉じた。


読んでいただいてありがとうございました!


ちょっと距離が近づいたかな……?

「ディカルド優しいじゃん!やればできる子!」と拍手を送ってくれた包容力のある神読者様も、

「お面とかアニエスなにしてんの(笑)!!でも泣ける(´;ω;`)」と面白アニエスの切ない姿に涙してくれた優しいあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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