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1-13 愛し子と精霊

「最近聖女探しのおじさんたち、見かけないね……?」


『ほんとだね!もう諦めたのかな……?』


 王宮の薬草園。サラサラと水を撒きながら、リップルとお話する。


「本当に諦めてくれてたらいいけど……なんか逆に怖いな」


『うーん、探ろうにも、あの教会のおじさんたちってすぐ大聖堂の中に入っちゃうから、盗み聞きできないのよねぇ』


 そのリップルの声に、ふとあることに気が付いた。


「……ねぇ、なんでリップルだけお喋りできるの?他の精霊たちはちっちゃくてお話できる感じじゃないけど………」


『あぁ、それはね。ホントは私みたいにお喋りできる精霊は沢山いるんだけど、敢えて出てこないのよ』


「どうして?」


 素朴に疑問を持って首を傾げると、リップルは少し悩んだような素振りを見せた後、パタパタと植え込みの葉っぱの上に降り立った。


『……あのね、私達精霊は、愛し子のことが大好きなの。だから、前の愛し子の時には、みんながたくさん愛し子の周りにいたわ』


 そうしてリップルは少し言葉を切り、新しい言葉を選びながらまた口を開いた。


『ねぇ、アニエス。人って、強い力を持つと、道を誤ったり色んなものに巻き込まれたりするよね』


「……うん、そうだね」


『だから、他の精霊たちは……アニエスに会わないのよ』


「わ、私の、ため……?」


 リップルは頷くと、風と雲の精霊達が踊る空を見上げた。爽やかな風の中、綿毛といっしょに飛んでいく小さな精霊や、土の中からポコポコと飛び出して畑を耕す、ごきげんな土の精霊たち。それは、本当に小さくて、大きな力を持つようには見えなかった。


『――アニエスが望めば、荒れ地に花が咲き乱れ、砂漠に雨が降り、敵地に雷が落ち、敵の戦艦がいる海に竜巻を起こせるわ』


「う、そ……」


『ほんとよ。だからきっと、王子に恋をした精霊の愛し子は、その力を知られてこの国に囚われてしまった』


 そう言ったリップルは、とても美しい顔で微笑んだ。それは、人とは違う冷たくも美しい笑顔で。


 リップルが人とは違う感覚を持つ精霊であると、嫌でも分からせるような、そんな力があった。


『精霊は、たとえ愛し子であっても、無闇に干渉したりしないわ。だから、愛し子が望めば、私達が会いに行けない大聖堂で暮らすとしても、それでいいの。――でもね』


 パタパタと飛んだリップルは、今度は私の手の上に乗った。綺麗な顔がじっと私を見つめる。


『なんだか、おかしいの。アニエスの中の愛し子の魂が――大聖堂を拒絶してる』


 その表情は、いつもどおりの可愛いリップルの表情なのに。何故か底知れぬ強い力を感じて、ゾワリとした。


 精霊を、怒らせたらいけない。本能が、そう訴えている。


『ねぇ、アニエス――――私達はね、』


 リップルは、私の目を見つめて、鈴のような声でしっかりと言葉を紡いだ。


『愛し子を傷付ける人間は、許さないわ』


 有無を言わさぬその声に、1000年を超える時を生きてきたリップルの人ならざる力を感じた。


 ゴクリと唾を飲み込み、なんとか声を絞り出す。


「どうして、精霊達は、そこまで愛し子を大切にするの?」


『愛し子は、精霊王の子供なのよ』


「こ、子供!?」


『そう、人として生きることを選んだ愛し子の魂は、永遠に人に宿り続けるの。そして今愛し子の魂は、アニエスの中にあるわ』


 そう言うと、リップルは嬉しそうに私の胸に飛びついた。


『だからね、アニエス――幸せに生きてね?』


 その言葉は軽やかだったけど。何故か重く私にのしかかってくるようだった。


 見渡すと、沢山の精霊達。この葉の陰からも、土の中からも、空の上からも。みんなが私を見ている。


 その異質さに、私は初めて気がついた。


「――――あ、」


『大丈夫よ、アニエス。みんな無闇に干渉したりしないから』


 リップルはにこにこと笑った。


『アニエスに、大きな不幸が訪れないなら、ね』


 ――――大きな不幸。なぜか、それがすぐ近くまでやってきているような、そんな恐ろしさを感じた。


「アニエスー!!水やりまだ?そろそろ薬師課の昼礼の時間だよー!」


「っあ!ご、ごめんなさい!今行きます!」


 先輩の声にハッと現実に戻る。私はザワザワとした心のまま、再び仕事の中に戻っていった。


 午後は、王宮のあちこちから依頼された薬を調薬し、届けるお仕事の日だった。皆が健康で仕事にあたれるようにとの国の配慮もあり、王宮での薬師の仕事の範囲はかなり広い。私は調薬した薬を配布用の籠に入れて、王宮の中を配達のためにあちこち歩き回っていた。


 王宮の石の壁や、花壇の中。本棚や紙の書類の束や、窓から吹き込む風。ランドリールームのシーツの中や、噴水の水の中。


 どんな所にも精霊はいて――――そちらを見れば、みんな嬉しそうに微笑む。


 気づいてしまった。そう、みんな………


 みんな、私を見ている。


「アニエス……」


 その低い声にビクリとして振り返る。


 そこには、できる限り距離を取っていた、親戚のガストンさんがいた。


「……お久しぶりです、ガストンさん」


「お久しぶり……だと!?」


 ガストンさんは険しい顔をしながらカツカツと私の所までやってきて、グイッと手首を掴んだ。


 近くで私達を見ていた経理の優しそうなおじさんが、慌てたようにこちらを気にしてくれたけど。ガストンさんが強い視線で睨みつけると、さっと自室へひっこんでしまった。


 ぎりぎりと手首を強く握りしめられる。


「っ、離してください!」


「ふざけるな、ちょっと来い!」


 そのまま無理やり引っ張られ、近くの空き部屋の中に引き摺り込まれた。


「なにす……っ」


 バチン!と頰を叩かれ、驚いてぺたんと尻もちをついた。


 ガストンさんは、普段のヘコヘコとした外面のいい様子からは想像できない、鬼の形相をしていた。


「お前、なに他の男と結婚してるんだよ……」


「いけませんか?」


「貴様は俺と結婚する予定だっただろう!」


「いいえ、何度もお断りしています」


 そう、ガストンさんは何度も私に結婚を申し込んできていた。理由は明らかだ。次男のガストンさんには、与えられる爵位がない。今だにめぼしい実績のないガストンさんは、何か手柄を立てるか、どこかの貴族に婿入りする以外に貴族であり続ける手段がなかった。


 お父様とお母様がいなくなった我が貴族家に婿入りし、当主となることを望んだこの男を、私は何度も遠ざけてきた。


「我がウォーカー家の跡取りは今でもこれからも弟のレックスです」


「ふざけるな!お前の家の爵位は、俺のものになる予定だったんだ」


「残念ですね、もう婿入りはできませんよ」


「っこのクソアマ!」


 バチン!と反対の頬にも手が飛んできた。今までこんな風に手を上げてきたことなんて無かったのに。でも、負けるわけにはいかないと、キッとガストンさんを睨みつける。


「なんと言おうと、貴方にウォーカー家の爵位を渡すわけにはいきません。弱小貴族ですが、それでも小さな領地を持つ責任のある立場なのです。己の地位が欲しいがために行動するような方には務まりません」


「分かったような口を……貴様この俺がどんなに苦労してきたのか分かっているのか?」


「そのご苦労はご自分の身で手柄を立てる事にお使いください」


「ふざけるな!そんなに簡単にいくか!」


 グイッと私の服を掴み揺さぶるガストンを睨みつける。ガストンさんは、歪んだ顔でブルブルと震えながら恨み節を吐き出した。


「――クソ、こんな事になるなら、遺書でも仕込んでおけば……」


「…………遺書?」


 その私の声に、ガストンさんはハッとして口を噤んだ。


 遺書?遺書を仕込んで…………ウォーカー家の、爵位を……?


 ドクンドクンと、心臓が脈打つ。


 それは……それを、するなら――――


 私は呆然とガストンさんを見上げた。


「――――まさか、お父様とお母様の、馬車の事故は……」


「っ違う!あれは本当に事故だ!」


 ガストンさんは上ずった声を上げた。


「たまたまだ!たまたま、投げた石が馬に当たって……」


「い、石を、投げたの……!?」


 私は震える手で、ガストンさんの上着を掴んだ。


「あんな……あんな崖の手前の、道の悪い場所で……意図的に、馬に、石を投げたの!?」


「った、ただ!ビビらせるつもりだった!あいつらさっさと俺に爵位を渡さないから……」


 あの日のことが目の前に蘇る。


 土砂降りが数日続いた日。親戚付き合いだといって、難しい顔をしながらお父様とお母様は馬車に乗り込んだ。寒いから風邪を引かないように、暖かくしていい子で待っていてね。お母様がレックスの頭を優しく撫でて、私に微笑んだ。


 それが、元気な両親の最後の姿だった。


 お父様とお母様の乗った馬車は、帰りがけに馬が突然暴走し、馬もろとも崖から落下した。お父様は即死だった。お母様は、ぼろぼろの身体でまだ小さかったレックスを私に託し、ほんの少しの遺言だけ残して亡くなってしまった。


 私とレックスは、突然、お父様とお母様を失った。


「――――どうして、」


 声が掠れる。目の前が真っ赤になる。


「どうして!?どうして……なんでお父様とお母様を殺したのよ!」


「違う!俺は殺してない!」


「同じことよ!!」


「っこのクソアマ!!!」


 バンッと押し倒され、馬乗りにされる。


 暴れたり、蹴り上げたりしたけれど。小柄な私の抵抗はあまり効果はなかった。それでも強い怒りが湧き上がり、ガストンさんを下から睨みつける。


「絶対に、許さないわ」


「許すも許さないもない!」


「よくそんな事が言えるわね!」


「煩い!お前は俺と結婚し、爵位を明け渡すんだ!」


 再びパンッと頬を叩かれる。


「……そんな事、受け入れられるわけ無いでしょう」


 ガストンさんを強く睨みつけながら、血の味がする口でしっかりと答えた。


「私にどんな事があっても、ウォーカー家を継ぐのはレックスよ」


「ふざけるな!」


「ふざけるも何も、貴方に選択肢は無いわ。それから――ちゃんと、取り調べは受けてもらうわ」


「っ取り調べなど必要ない」


「それなら尚更取り調べを拒否する理由なんてないじゃない。後ろめたい事などないんでしょう?」


 毅然とそう言い放つ。


 ガストンさんは、血走った目で私を苦々しく見下ろした。でも、絶対に私は折れない。強い決意で鬼の形相のガストンさんを睨みつける。


 暫く、そうして睨み合っていたけど。少ししてから、ガストンさんはにやりと歪んだ笑顔を見せた。


「――――そうだ、まだ方法がある」


「なにを――」


「離婚しろ」


「っな…………」


 ガストンさんは、瞳孔の開いたギラギラとした目で私を見下ろした。


「離婚なんてしないわ!そんなことより取調を――」


「爵位が俺のものになれば、過去の事などいくらでももみ消せる」


「何を言って……」


「お前が離婚して、家に戻り、そして俺を婿に取れ」


「絶対に嫌よ!そんなことするわけ無いでしょう!」


「するさ」


 ガストンさんはニタリと笑った。


「……大丈夫だ、既成事実は作ってやる」


「…………は?」


 ブツリ、と着ていたブラウスのボタンが引きちぎられ、胸元が露わにされ、下着が外気に晒される。


「は!?っちょ……なにすんのよ!!」


「へへ、なんだよ、意外と悪くね――――っギャァァァ!!!」


 ガストンさんの手のひらから、薔薇の蔦が伸びた。


 それは鋭いトゲを生やしたまま腕に絡みつき、ダラダラと赤い血を溢れさせた。


「あ…………」


『殺しちゃおうか』


 いつの間にか部屋の中にいたリップルが、部屋の中にあった観葉植物の上から、私達を見下ろしていた。


 その顔は今まで見たこともないほどの、無表情だった。


『跡形もなく土に還したら誰にもわからないよ?』


「だ、だめよ、リップル……人殺しは…………」


 声が震える。リップルは、ゆっくりと私の方を見た。


『……こんなに私たちのアニエスを傷つけたのに、許せっていうの?』


 感情の乗らないガラス玉のような瞳が、凍えるほどの冷たさを宿しているように感じた。


 突然、バァン!と扉が開いた。


 ビックリしてそちらを見ると、肩で息をしたディカルドが仁王立ちしていた。


「ディ、カルド……」


 急に安堵の気持ちが押し寄せてきて、涙がぶわりと湧き上がる。


 ディカルドは呆然とした表情で、はだけた姿の私と、近くにいる無表情のリップル、そして私に馬乗りになったまま血だらけになっているガストンさんを見た。


 瞬間、ガストンさんが思いっきり壁に吹き飛んでいった。


「ガァッ!?」


 そしてディカルドは倒れたガストンさんの腹を踏みつけると、シャン、と金属音を鳴らし剣を抜いた。


「待っ……!」


 ギィィン、とガストンさんの顔の真横に剣が突き刺さった。


「……何をした」


「うぐっ……!」


 地を這う様な声とともに、ギリ、とディカルドの靴がガストンさんの腹に沈む。


「アニエスに、何をした」


「ぐあぁぁっ!!」


 まずい、これは!リップルより危ない!!!


 ディカルドを人殺しにはできない。私は慌ててディカルドの背中にしがみついた。


「っ大丈夫!大丈夫だよディカルド!何もされてないから!」


「……何も、されてない……分けないだろ」


「そ、その!ほっぺた叩かれて、ブラウスを引き千切られただけで……」


「死ね」


 ディカルドは突き刺さった剣に手をかけた。慌ててその手を抑える。


「っだめ!お願い!この人は、ガストンさんは――――」


 そう、このまま許すことはできない。だから……


「ちゃんと……ちゃんと、法で裁いて」


 私の掠れた声が響く。


 ディカルドは、ハッとしたように私の方を振り返った。


「……過去の、罪も、ちゃんと…………」


 そこまで言って、言葉が詰まった。じわりと苦い涙が溢れてくる。


「っはい!足どけてぼっちゃん!!!殺しちゃだめ!殺しちゃだめですからねー!!!さー後は私めにお任せいただいて!ほら、もう奥さまの方に専念して頂いて大丈夫ですからねぇー!!!」


 突然サッと現れた黒ずくめの執事服のキュリオスさんが、半ば無理やりディカルドの足の下からガストンさんを抜き取り、ぐるぐるに縛り上げていく。


 私はなんだか力が抜けて、ヘナヘナと座り込んだ。


 ディカルドが慌てて崩れ落ちる私を受け止める。私を見つめるその表情は、見たことがないぐらい悲痛に染まっていた。涙を浮かべながら、そんな珍しい表情のディカルドを見上げる。


「ディカルド、大丈夫?」


「……それは俺の台詞だ」


 そう静かに言ったディカルドは、ぐっと何かを飲み込むように暫し押し黙った後、自分の上着でそっと私を包み込んだ。それから、私を壊れ物を扱うように私を抱き寄せ、何かを確かめるようにぎゅっと抱きしめた。


 耳元で、ディカルドの静かな息遣いが聞こえる。


「――遅くなった」


 ディカルドの低音の声が、優しく耳元で響いている。


「もう、大丈夫だ」


 ディカルドの硬くて温かい腕の中で、何故かどうしようもなく涙腺がゆるんでしまって。私はディカルドのシャツにしがみついて、ぼろぼろと涙を流し続けた。


読んでいただいてありがとうございました!


よかったディカルド助けに来ました!!

「ガストンしねぇぇぇぇ!!!」と誰よりもキレてくれた狂犬を超える荒ぶるあなたも、

「ちょっとリップル怖くなってきた……」と不穏な展開にドキドキしてきたあなたも、

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また遊びに来てください!



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