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1-1 聖女探し

「うわ、また来たよ……聖女探しの人たち」


 午後の柔らかな日差しが降り注ぐ、王宮の端の薬草園。そんな平和な空気の中、私アニエスはげんなりした声で呟いた。


「聖女様も大変だね」


 聖女探し。それが始まったのはつい一ヶ月前のことだった。


 先代の聖女様が亡くなって約20年。最近は精霊の加護が弱まったとかで、この国の国土の一部が弱り始めた。土地が痩せ始め、農作物の収穫量が減り、花の数が少しずつ減っていく。


 ここエランティーヌ王国は、精霊の加護により守られてきた。国の信仰を支える教会はこの窮状から国を救うため、救世の聖女となる精霊の愛し子を探し始めた。


 連日聖女を探して闊歩する、聖職者の群れ。


 大変そうだなぁと、蚊帳の外から眺めるようにそれを見る。


 確かに一番出荷量の多い農地では最近収穫量が激減しているらしいけど、他の農地はそうでもない。我が領地も今年は豊作だ。何でこんなに差があるんだろうと首を傾げる。


『あの場所はホントはすっごい荒れ地なんだよ』


「えっそうなの?」


『そう、20年前に聖女様にお願いされたからみんな頑張ってたけど、ほんとうに大変だし、もういいかなって』


 花の精霊リップルが、花の中から出てきてパタパタと飛んできた。花びらのようなスカートや羽根がひらひらしてとても可愛いリップルは、私が一番仲良くしている精霊の友達だ。


「そんなに大変なんだね」


『うん。聖女様――精霊の愛し子にお願いされなきゃ絶対にやらないよ、あんな大変なこと。元々そういう土地じゃないのよ。本来はありのままがいいって、精霊は考えるから』


「そっか。うん、そうかもね」


 無理やり何かを捻じ曲げるのは確かに良くない感じがするし、何より大変だろう。でも、新しい聖女様が見つかったら、リップルはまた荒れ地の繁栄をお願いされるのだろうか。精霊たちが大変でなければいいなと、心配する気持ちが湧き上がる。


「リップルは、新しい聖女様にお願いされたらまた頑張るの?」


『……え?』


 そう言うと、リップルは困惑した顔をした。


『アニエスも、あの土地は豊作のほうがいいの?』


「え?あー、どうかな?この国の人は助かるけど、みんなが大変ならそこまで頑張らなくてもいいかなって気がするけどね、私は」


『じゃあ耕さないよ』


「聖女様にお願いされても?」


『お願いされなかったし』


「もう新しい聖女様に会ったの!?」


 驚きの顔をリップルに向けると、リップルはより困惑した顔をして私を見上げた。


『アニエスが聖女なんだけど』


「へ?」


『正確には聖女にされそうな精霊の愛し子がアニエスだよ』


「…………んん?なんて?」


 何かの聞き間違いだろうか。よく飲み込めず首をかしげながら、リップルと顔を合わせるようにしゃがみ込む。


「………もう一回言って?」


『だから………アニエスが精霊の愛し子なの』


「愛し子って、聖女?」


『まぁ……聖女は人が勝手につけたこの国の役割だけど。この国の認識だと、愛し子は聖女になるね』


 なるほどね、と頭を整理する。


 精霊の愛し子は、元々の性質的なものだろう。そして、この国は精霊の愛し子に、聖女という肩書と役割を与えた。そして……


「えっ、その愛し子が?」


『うん?』


「誰が愛し子……?」


『だから、アニエスが私達精霊の愛し子なんだってば』


「は?」


 飲み込みの悪い私を見上げたリップルは、もっと申し訳無さそうに眉尻を下げた。


『……今あの聖職者とかいう人達が探しているこの国の聖女は、私達精霊の愛し子のアニエスだよ』


「え?私?」


『うん』


「私が?精霊の愛し子で、聖女なの?」


『そうだってば。まだ聖女にはなってないけど』


「……………え、えぇー!??」


 まさか、そんな。ビックリして変な汗が出てきた。えっ、私なの?急に受け入れられない。


「……えっ、リップル、ほんとなの?」


『ほんとだよ。だって、私達精霊とこんなふうにお話できる人、他に見たことある?』


「ない」


『でしょ?ほら、だからアニエスが精霊の愛し子なんだよ』


 そう言うと、リップルはなんだか悲しそうな表情をした。


『アニエスも……この国の聖女様になるの?』


「へ?」


『こんな風に簡単に会えなくなるの、嫌だな』


「待って待って、どういうこと?」


 混乱した頭で状況が整理できずリップルに詰め寄る。そんな私に、リップルは再び残念そうな表情を向けた。


『聖女様って、大聖堂の中で暮らすんでしょう?何故かよくわからないけど、精霊は大聖堂には入れないから、聖女様になかなか会えないのよ。でも聖女様は王子と結婚するし、お祈りしたりするから大聖堂で暮らさないといけないって……』


「あ……」


 そうだった。聖女は王家と縁を結ぶために王子と結婚し、大聖堂に入る。そして、一度入ったらもうそこから出てくることはない。朝昼晩と祈りを捧げ、国と精霊を結び、国の繁栄を呼び寄せ続けるのだ。


「っえ……私も、大聖堂に、入るの?」


 サッと血の気が引いた気がした。


 大聖堂に入る。それはすなわち、家には帰れず、薬師の仕事も辞めるということだ。


 家には弟がいる。両親が事故で亡くなってから、爵位を条件付きで預かり、弟が無事に成人できるよう親代わりとして今まで頑張ってきた。学園も卒業できるよう薬師の仕事で高額な学費を稼いだ。そして、朝晩と弟と食事を共にし、家族として寄り添った。


 親代わり。その役目を今、放棄することなんてできない。あと少しで弟は成人なのだ。最後まで、その責任は果たしたい。


 それに、と顔をあげる。


 大切にしてきた、緑豊かな薬草園。自宅にもある薬草園には珍しい薬草も生えている。雑草を抜き、土を作り、花殻を摘む。実や葉を取り、薬を調合する。朝日の中、爽やかな風に吹かれながら、水を撒く。


 大切にしてきた毎日。それを、手放さなければならないのだろうか。


『アニエス、別に私達精霊は、アニエスにこの国の聖女になって欲しいわけじゃないんだよ?』


「そうなの?」


『うん、聖女でも聖女じゃなくてもアニエスは私達精霊の愛し子だし、関係ないよ。どちらかというとこの国の聖女になっちゃうとあんまり一緒にいられないから、聖女にならないほうが嬉しいな』


「その、一緒にいられないって、どういうこと?」


『私達もよく分からないんだけど……大聖堂に精霊はどうやっても入れないの』


「じゃあ……聖女になると、こうやってリップルと会えなくなるってこと?」


『そう、大聖堂の高い塔の上でしか前聖女様には会えなかったよ』


「そんな……」


 豪華な大聖堂だが、そこで暮らす良さが全く見つからず、頭を抱える。嫌だ、絶対そんな豪華な鳥籠みたいなところに入りたくない。慌てて何か避ける方法がないかと頭を働かせる。


 どうやら、国の聖女という肩書と愛し子であることは関係がないらしい。なら、聖女にならなくても、良いんじゃないだろうか……


「ねぇリップル。聖女にならなかったとしたら、この国は廃れるのかしら」


『どうして?』


「だって教会の人々は、国が荒れてきたから聖女を探してるじゃない」


『あんなのこの国の人が精霊の愛し子を独り占めしたいからじゃん。別に愛し子がこの国を滅ぼせとか言わない限り変わらないよ』


「そうなのね……?」


『うん。前の愛し子は結婚した王子のことが大好きだったから、私達もなかなか会えなくても我慢したけど……』


 リップルはすごく寂しそうな表情をした。


『私、アニエスのこと大好きだから、会えなくなるの嫌だな』


「リップル……!」


 なんて可愛い!!私は潰さないようにリップルを両手で包み込むと頬ずりした。


「よし!こうなったら、なんとかして聖女にならずに逃げ切って……」


 その時、またざわざわと聖職者の群れが通りかかった。慌てて汚い農作業用の帽子をかぶり、老婆のように土をいじり始める。


「思ったよりなかなか見つからないな、聖女様」


「すぐ見つかると思ったんだがな……」


「多額の報奨金に、大聖堂の居住区に加え王宮にも一室を与えられ、その上第二王子との婚約だぞ。こんな高待遇の贅沢三昧、俺なら今すぐ名乗りを上げるけどな」


「もしかして、もう結婚してて名乗りを上げられないとか?」


「バカ言え。聖水晶の予言で、聖女様は未婚の女性だと示されているじゃないか。しかも、王都の中にいらっしゃると。あの聖水晶の予言は間違いない」


「そうだな……探すか。きっと可愛らしい若い未婚の乙女なんだろう。早く会いたいなぁ、聖女様」


「なぁ、大聖堂に住むならオレたちはいつでも聖女様に会えるのか?」


「もちろんだろ。前の聖女様にもずっと大司教達がくっついてたし、基本一歩も外には出ないって話だ」


「すげぇなそれ」


「まぁあんな豪華な場所なら外出る必要ないのかもな?」


「王宮に部屋必要なのか?」


「まぁ大聖堂から出ないけど、王子と結婚するわけだから必要なんじゃないか?」


「確かに」


「いいなぁ。かわいい女の子だといいなぁ聖女様……」


「お前の目的それかよ!」


 去っていく聖職者達の声を聞いて、ぞわりと鳥肌が立った。王子と結婚って何だ。強烈な拒否感が湧き上がってきて腕をさする。そんなの、全く望んでいない。どう考えても、私が結婚したいのは、キラキラの王子様じゃない。


 以前遠目で見かけた第二王子の姿を頭に思い描く。金髪碧眼のまさに美貌の王子様。そんな見目麗しい王子の隣に聖女として立つ自分の姿を想像してみた。


 ……鳥肌ものだ。違う。絶対違う。


 自分の姿を見下ろす。農作業用の土ぼこりにまみれたエプロン、つばの大きな古い帽子。その中に詰まっているのは少し癖のある平凡な茶色い髪の毛。丸い顔。おまけに背まで小さい。唯一自慢なのはお母様譲りの大きな紫水晶みたいな瞳だけだ。……家族以外、誰にも紫水晶とは言われたことはないけれど。


 はぁ、とため息を吐く。私はそんな贅沢できらびやかな暮らしは望まない。どうせ結婚するなら王子なんかじゃなくて――もっと自分らしくいられる……そう、気兼ねない関係の人が良い。今まで、自分の結婚のことなんて考えもしなかったけれど。せっかく、政略とは無縁の貧乏貴族だったのだから、好きにさせてほしい。


 豪華な暮らしじゃなくて。自分が選んだ人と、大切な家族と一緒に、自分らしく自分で進む道を決めて生きていきたい。それは贅沢な願いなのだろうか。


 小さな精霊達が踊る青い空を眺める。流れる白い雲が輝き、爽やかな風が薬草園をさざなみのように揺らした。私の、大好きな景色。


 うん、やっぱり、大聖堂に監禁されるなんてとんでもない。私の生きる場所は、豪華な建物の中じゃなくて、緑あふれる薬草園だ。


 聖女のお役目とその暮らしは、聞こえはいいが、本当に自由が無さそうだ。金を積み大聖堂に住まわせ手元に置き……そして王子と結婚させてやるからしっかり努めを果たせと。聖女のお役目とは、つまりそういうことなのだろう。


 私の望みを、もう一度心の中で整理する。たった一人の家族である弟を、家族として寄り添い、立派に成人まで育て上げたい。そして、薬師としての仕事をして、沢山の人を助けて……いつか自分の薬屋を開くのも密かな夢だ。そして何より、王子なんかと結婚したくない。大聖堂から出られないなんてもっての外だ。


 私は聖女について得た情報とこれまでの経験を総動員し――これからの方針について、決意した。


「……リップル。私、精霊の愛し子であることを隠し通すわ。この国の聖女には、ならない」


『ほんとう!?嬉しい!私も協力するわアニエス!』


 私は満面の笑みのリップルと頷き合うと、とにかく目立たないように今日の分の薬草を手早く収穫していった。


 とにかく、なんとかして逃げ切らないと。誰か、協力者を……


 その時、ふと頭に浮かんだのは。


 目つきも言葉遣いも悪い、腐れ縁の幼馴染みのことだった。


お読み頂きありがとうございます!

今回は王道の聖女&幼馴染みとのお話です。

完結まで執筆済み!!例によってじゃんじゃん投稿しますので、ぜひ最後までよろしくお願いします(*ノェノ)!


「アニエス頑張って逃げて!!」と応援してくれた優しい読者様も、

「私なら聖女になって豪華な部屋でぐーたらするけどなぁ」と思っちゃったお友達になれそうなあなたも、

いいねブクマご評価ご感想なんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

また遊びに来てください!

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