婚約破棄?追放?ええ、構いませんよ。王太子殿下には大変お世話になったので、感謝の気持ちを込めてわたくしが育てた「ひまわり」を差し上げます。きっと、良いことが起こりますよ。
「お前との婚約を破棄させてもらう!」
学園主催のダンスパーティーの最中、突然婚約者である王太子が声高にそう叫んだ。
彼の隣にいるのは、大きな目をうるうると潤ませている庇護欲をそそる同級生の令嬢だ。
──なるほど。やっぱり、こうなりましたか。
「わかりましたわ」
瞬時に察した私は、間髪入れずにそう返事をする。
女の勘というやつなのかもしれないけれど、以前から二人の関係は薄々気づいていた。
「え? いや、まだ最後まで言っていないぞ? 貴様は彼女を階段から──」
「ええ、『彼女を階段から突き落とそうとした。これは立派な殺人未遂だ』と仰っしゃりたいのですよね? 正直なところ、私にはそのような記憶は一切ないのですけれど……しかしながら、今、この場に私の無実を証明できる者がいないのも事実です。ですから、いかなる処分も甘んじてお受けします」
私がそう答えると、王太子は暫く呆気にとられていた様子だったが、やがて我に返り話を続けた。
「なかなか物分かりが良いではないか。それなら話は早い。同級生への殺人未遂容疑で、お前を国外追放の刑に処す!」
「承知いたしましたわ。殿下には大変お世話になったので、後ほどお詫びとお礼を兼ねて贈り物を差し上げますね」
「……?」
元婚約者に濡れ衣を着せ、追放してから数日が経った。
彼女は、どういうわけか国を出る前にひまわりの鉢植えを渡してきた。長く咲くように、魔力を込めて大切に育てたのだという。
「そういや、飾っておくと良いことがあると言っていたな」
寝室にいた俺は、鉢植えを持ってバルコニーに出る。
「ふむ、悪くないな」
鉢植えを飾ってみると、殺風景だったバルコニーが一気に華やかになった。
一先ず、俺はその鉢植えを飾っておくことにした。
それからというものの、何故かあらゆる面でうまくいくようになった。
特に、苦手だった魔法の実技試験で満点を取れたのは本当に驚いた。
──これも、ひまわりのお陰か? こんなものをくれるなんて、あの女相当俺に惚れていたようだな。
数ヶ月後。
王太子が行方不明になった。
目撃した使用人の話によると、突然ひまわりが大きく口を開けて彼を捕食したのだという。
だが、何度調べても普通のひまわりだったため、結局この失踪事件は未解決に終わったのだった。
余談だが──この世界のどこかには開花すると身近にいる人間に幸福をもたらすが、最終的にはその人間を食べてしまうという恐ろしい花が存在するらしい。