第96話 ウルVSアレス
side カイツ
スティクスを倒した後、俺はミカエルに糸をちぎってもらっていた。
「すまないなミカエル。助かったよ」
「気にするな。この程度のことはなんとでもないわ。体は大丈夫なのか?」
「何とかな。体は痛むが、動く分には問題ない。それより、ウルやケルーナがどこにいるか分かるか?」
「いや。分からぬな。どうもよくわからん場所に飛ばされたようじゃ」
ミカエルでも分からないか。どうしたものかな。下手に1人行動するのも危険だが、闇雲に探したとしても見つかるとは思えない。何か良い方法は無いだろうか。
「そういや、ダレスたちの方はどうなったんだ」
ウルがマーカーを着けてたはずだが、今あいつらはどうなってる。無事なのか?
「ああもう。どっから手を付ければ良いんだよ」
「妾としては、ひとまず中庭を目指すのが良いと思うぞ。奴らのきなくさい計画を止めねばならんし、ウルたちもそこを目指すじゃろう」
中庭か。確かに合流できる見込みも薄いし、それが一番最善かもしれないな。
「よし。とりあえず中庭を目指そう。多分、ここをまっすぐ行けば何とかなるだろう」
ウル、ダレス、ラルカ、アリア。頼むから無事でいてくれよ。
ウルとアレスは闘技場のような部屋に飛ばされ、彼女は腕を掴まれていた。
「離れなさい!」
彼女が彼に蹴りを入れるも、それは全く効いていないようだった。
「ふん! この程度の蹴りでは、私の筋肉は傷1つ付かないんだね。さあ。私の筋肉でハグしてあげるのだね!」
「あんたみたいなむさくるしい男はお断りよ!」
彼女は掴まれてない方の手の親指と人差し指の先を彼の体に当てる。
「サンダーショック!」
体に当てた指先から強烈な電撃を流し込むも、彼はびくともしていなかった。それどころか、気持ちよさそうな顔までしている。
「うっふーん♪ これは実に良い電撃だね。筋肉が活性化されていくのがわかるよ」
「効いてない……この化け物が!」
彼女は矢を取り出して彼に突き刺そうとするも、矢が刺さるどころか傷つけることすらできず、逆に矢が折れてしまった。
「ふっふーん! その程度のなまくらでは私の筋肉はやられないのだね!」
「ヘラクレスと似たような感じね。この筋肉おばけ」
「いやいや。ヘラクレスは私よりも凄いのだね!」
彼はそう言いながら全力で彼女を抱きしめる。その圧迫と力はとてつもなく、彼女の体中の骨がピキピキと音を鳴らす。
「がっ!? この筋肉やろお」
「うっふーん♪ 骨が良い音鳴らしてるのだね。これを聞くと、私の筋肉がどれほどすごいのかが良く分かるのだね」
「離れろお!」
彼女は自分の手をアレスの口の中にむりやりぶちこんだ。
「ごあ!?」
「サンダーショック!」
手から強烈な電撃を放ち、彼の体の中に流し込んだ。
「ごおおおお!?」
流石にこの攻撃は効いたようで、苦しそうな悲鳴をあげながら、彼女を離した。ウルはその隙を逃さず、一気に距離を取った。
「ぐぬぬぬ。まさか体内に電流を流されるとは。筋肉を鍛えた私でもそれは痛いのだね」
彼女は相手の様子を観察しながら、次に打つべき手を考えていた。
(そこまで効いてないか。結構強烈な電撃与えたつもりだったけど、どんだけ頑丈なのよ。こうなったら矢を口の中にぶち込むしかないけど、相手も警戒してるからさっきのようにはやれないでしょうし。どうしたものかしら)
「考え事をしているね。しかし、私の筋肉にはどんな策も無意味だ!」
彼は牛のように突進し始め、彼女は弓を構える。
「とにかくやるしかないわね。ぶち抜け。サンダービースト!」
彼女が3本の矢を放つと、矢が雷の獣を纏って突進していく。彼はその攻撃を手で掴んで受け止めた。
「ふんぬううううう! こんな雷など、効かないのだねーーー!」
そのまま雷の獣を掴み、投げ飛ばしてしまった。彼女はその光景に唖然としていた。
「形を持ってるとはいえ、雷を投げ飛ばした!? そんなのありなのかしら!?」
「筋肉に不可能はないのだね!」
彼は地面を強く蹴り、一気に彼女のもとへ接近した。
「このお!」
彼女が顔に蹴りを入れるが、彼はびくともしておらず、彼女の足を掴む。
「そんな軟弱な蹴りなど効かないんだね!」
彼はボールでも投げるかのように、彼女を上空へと投げ飛ばした。
「くっ!? この。プラズマショット!」
彼女は空中にいる状態でも体勢を立て直し、雷を纏った矢を5本放った。矢は様々な方向から襲い掛かるも、それらは筋肉に全て弾かれてしまった。
「効かぬのだね!」
彼は彼女の元までひとっ跳びし、彼女の腹を殴り飛ばした。
「ごは!?」
強烈な衝撃が彼女を襲い、そのまま壁に叩きつけられた。
「そらそらそらそらああ!」
彼は追撃して何十発も連続で殴り続ける。一発一発が骨にヒビを入れ、身体中が内出血していく。
「とどめだね。君は肉塊となり、私の筋肉の糧になるのだね!」
彼が最後の一撃を入れようとした瞬間。彼は油断していた。徹底的に攻撃を与え、自身との実力差は圧倒的。自分の筋肉が彼女に勝つと信じて疑わなかった。その油断を突き、彼女は彼の目に矢を撃ちこんだ。
「ぎあああ!?」
「誰が……あんたの筋肉の糧になるもんですか。このまま中を焼いてあげるわ。サンダーフロー!」
彼女は矢を通して、彼の内部に電撃を流し込んだ。先ほど口の中に電撃を与えたのとはわけが違う。体の中は生物が最も攻撃を受けたくない場所であり、そこに何かを流し込まれるのは致命的な一撃となる。彼の体の中を、電撃が焼いていく。
「ぎあああああああああ!?」
耳が痛むほどの絶叫。彼は苦しみながらそこから離れ、自分の目を抑える。
「ぐあああ! まさか……こんなことをするとは!?」
「はあ……はあ……少しは効いたかしら?」
「ああ。ものすごく効いたとも。完全に油断していたよ。熾天使の力が無ければ死んでたのだね。筋肉があまりの痛みに悲鳴をあげている。ここまで筋肉が泣くのも久しぶりなのだね」
「筋肉筋肉うるさいわね。この筋肉馬鹿が」
彼女は体を抑え、吐血しながらもなんとか立ち上がった。
(吐血……体の中のどこか……というか全身がやられてるわね。意識も少しずつ遠のいてる。けど関係ない。私の体がどうなろうとも、こいつだけは倒すわ)
彼女は弓を構え、矢を引く。それに応じるように、彼も構える。潰された目は閉じており、血が流れている。
「ふふふ。私をここまで傷つけたご褒美だ。本気で相手してやるのだね。圧殺を圧殺して圧殺せよ。我こそは力の悪魔。全てを圧迫し、ねじ伏せる。存分に泣け。喚け。絶望するのだね!」
彼の赤い目が輝きを放ち、両手にヒビのような模様が入る。それは腕まで広がっていき、彼の背中から2対4枚の黒い天使のような翼が生えた。その衝撃によって、ウルの攻撃が全て吹きとばされてしまった。変化はそれだけではない。彼の肉体は更に肥大化し、筋肉が彼の服を突き破って上半身が裸になった。そして、4枚の翼は鎧になるかのように彼の体を纏う。そして、彼女が潰したはずの目が完璧に再生した。
「目まで再生した……まるで人間ビックリショーね。手品なら大したものだわ」
「残念だが、これは手品ではないのだね。我らヴァルキュリア家の者だけが扱える最強の力。熾天使。まあ正確には、これに適応出来た者がヴァルキュリア家になれるのだがね」
「どうでも良いわよ。どんな変化しようと、ここであんたを殺すことに変わりないのだから!」
彼女は5本の矢を放ち、それを五角形を描くように地面に突き刺さる。
「? どこを狙ってるのだね」
「足下にご注意。サンダースター!」
5本の矢から雷が地面を伝って彼の元に収束し、強力な電撃を浴びせて行く。電撃は網のような形へと変化し、彼をその場に捕らえた。
「おおお! これは良い電撃だね。しかし、この程度の電撃は効かないのだね」
「効かないけどこれは想定内。でもこの攻撃なら!」
彼女はそのまま矢を5本放つ。その矢は直列に並び、槍のように変化する。
「サンダースピア!」
雷の槍は彼に突き進み、その肉体を貫こうとする。さらに、彼の体を流れる電気が槍の威力を増大させていく。
「ぬうううう!? 良い攻撃なのだね。しかも、威力が徐々に大きくなってきている。どういう手品だね!」
「サンダースターのおかげよ。サンダースターは相手の外側に電流を流して捕らえ、私の技の威力を何倍にも上げる。これで終わらせるわ!」
彼女が4本の矢を投げると、矢は彼女の前でくるくると円を描くように回り始め、雷を貯めていく。彼女はその中心に弓を構える。
「放て。サンダーブレイク!」
矢を放って円の中心を通すと、雷のエネルギーが纏われ、巨大な矢となって放たれる。それが槍にぶつかり、攻撃をアシストする。その威力はあまりにも強く、彼の周辺の電気が地面を焼いていくほどだった。常人なら少しでも触れただけで即死どころか炭を超えて灰になるほどの一撃。流石の彼も焦りの表情を浮かべていた。
「ぐおおおおお!? こ、これはまずい」
「そのまま体のあちこちに風穴開けてやるわ!」
彼女は更に矢を何本も放ち、あらゆる方向から襲わせていく。槍が少しずつ刺さり始めていたが、彼はそんな状態でも笑みを浮かべていた。
「ぎにゃあああああ!? これはまずいのだ……なんてね」
彼が胸筋と腹筋に力を入れると、雷の槍と巨大な矢、さらには電撃の網すらも吹き飛ばしてしまった。さらには、あちこちから襲ってきた矢を手づかみで受け止める。
「……そんな。私の最大火力の技を……しかも、雷の矢を手づかみだなんて」
「良い攻撃だったが、この程度では私のスーパー筋肉は破れないのだね」
彼の焦った表情は演技だった。彼にとってはあの程度の電撃でやられるはずもなく、ただふざけて焦ったような顔をしていただけだったのだ。彼女が弓を構えた瞬間、彼は地面に手を置きいて前かがみの姿勢を取る。
「行くぞ。筋肉タックル!」
その勢いは地面を蹴った部分がへこむほどであり、その強さは巨大な鉄塊を想像させた。彼女はそれを目で追うことすら出来ず、まともに喰らってしまう
「がああ!?」
彼女は壁をぶち抜いて大きく吹っ飛ぶ。闘技場の壁を破壊し、通路のような場所に出てもその勢いは衰えなかった。そのままさらに壁をぶち抜いて行き、倉庫のような場所に出てその壁にめりこんだ。
「がはっ!?」(な……なにをされたの。気が付いたら、体が吹っ飛んでた……というか)
彼女は目の前を見て絶句した。何かがぶち抜いたかのような穴が開いており、その穴を通して闘技場のような場所が見えていた。
「嘘でしょ。こんなバカげた威力を持つなんて」
彼女は体を動かそうとしたが、身体中の骨がやられて麻痺も酷く、まともに体を動かすことが出来なかった。
「……参ったわね。これほどとは」
「驚いたかね。これがヴァルキュリア家というものだ」
いつの間にか彼は彼女の傍に来ており、首を絞め上げながら体を持ち上げる。
「があ……この野郎」
「お前たちは我らを舐めすぎなのだね。我らヴァルキュリア家は神に選ばれた存在。貴様らのような俗物は、我が筋肉の糧になるしかないのだね」
「ざけんじゃないわよ……こんなところで……負けるわけには」
彼女は手に矢を握り、再び彼の目に突き刺そうとする。しかし。
「うむ。俗物にしては強い心を持ってるな。だが、お主はここでおしまいだ」
彼は彼女の矢を持った腕を握り、そのままぐちゃっと握りつぶした。
「ああああああああ!?」
「うーん。良い悲鳴と骨の音なのだね。これを聞くと、私の筋肉がいかに素晴らしいかというのが良く分かるのだね」
潰された腕は骨が粉々に砕け、不自然なほど細くなり、赤黒く変色していた。彼女はその痛みで今にも失神しそうだったが、なんとか堪え、彼を睨み付ける。
「素晴らしい。まだ反撃しようとする力があるとは。だがこれでおしまいだ」
彼は彼女の残りの矢を遠くに投げ飛ばし、徐々に首を絞めつけて彼女を苦しめる。
「ぐ……まだよ」
彼女はまだ生きている腕を動かし、彼の額に指を置く。
「脳天直撃……サンダーインパクト!」
指から電撃を放ち、頭から頭蓋骨を通って脳内に流れていく。普通なら即死するほどに強力であり、脳に電撃を流されるので無傷とはいかない。そのはずだが。
「んううう。良い電撃だ。脳内の筋肉が良い刺激を貰えたと喜んでるよ。君のおかげで、筋肉がさらに強くなった」
「……そんな」
彼には全く効いておらず、むしろ気持ちよさそうにしていた。策や戦略ではどうしようもない圧倒的とも言える実力差。彼女はその実力差に絶望するしかなった。
「終わりなのだね」
彼は更に強く首を絞めていき、彼女の意識がうすらいでいく。
「私は……負ける……わけには」
「君の負けだ。安心するのだね。殺しはせず、実験のために有意義に使わせてもらうのだね」
「かぁ……カイツ……ごめん……なさい」
その言葉を最後に、彼女の意識が落ちた。




