第95話 スティクスVSカイツ
「そーれ行くぽよ!」
彼女は背中から何本もの黒い糸を出して攻撃してくる。それを避けながら刀で斬ろうとしたが、糸が刀にへばりついてしまった。
「なに!」
「ふふ。貰っちゃうぽよ!」
彼女は糸を引っ張って俺の刀を持っていこうとする。俺は持っていかれないように腕に力を入れながら、紅い球体を生み出す。
「剣舞・龍炎弾!」
紅い球体を放ち、糸を焼きちぎった。
「ありゃ。簡単には行かないぽよねえ」
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
いくつもの紅い球体を生み出して攻撃するも、それらは黒い糸がバリアのようになり、全て防がれてしまった。
「ふふふ。この程度じゃ私は倒せないぽよ!」
彼女は上空に飛びかかり、足で攻撃してきたのでそれを躱す。彼女は着地した直後に2つの黒い翼を剣のように変形させて斬りかかり、それを受けとめる。その後も連続で攻撃を仕掛けてくる。上から攻撃されてるせいか、力がかなりかかってるな。それに攻撃の速度もかなり速い。このままじゃ押し切られる。
「剣舞・双龍剣!」
刀を2本に増やし、奴と何十回も斬り合っていく。
「ふふふふ。やっぱりカイツと戦うのは楽しいぽよ! もっと激しく行くぽよ!」
彼女は一旦距離を取り、蜘蛛のお尻部分から小さな卵のようなものを吐き出して攻撃してきた。
それを刀で弾こうとすると、卵から小さな蜘蛛が生まれ、刀にへばりついた。蜘蛛たちは口から小さな針を吐き出して攻撃してきた。その針は素早く、小さいゆえに掴むのも不可能で、何発か避けたが、1発首に刺さってしまった。
「ぐ! 離れろ!」
刀に龍炎弾をぶつけ、蜘蛛たちを焼き払う。動こうとすると、一瞬だけ視界が歪み、よろめていてしまった。
「これは……毒か」
「ぴんぽーん。私が作った即効性の毒ぽよ!」
即効性の毒。そう言えば、こいつは毒を作るのが得意だったな。研究の過程で作り、いらなくなった人間を殺してきたとか。今思い出しても、吐き気のする話だ。スティクスの方を見ると、さらに何十本もの黒い糸をあちこちから放ってきた。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
何十発もの龍炎弾を向かってくる糸に放つ。しかし、糸は焼き切れることなくこっちに突っ込んできた。回避しようとするも、視界が歪んでるせいで動きが遅く、俺の体をがんじがらめに縛りあげる。
「ぐ! なぜ焼けないんだ」
「ふふふ。研究者ってのは改善を怠らない存在ぽよ。お前が糸を焼くのなら、耐熱性の糸にして焼けないようにすればいい。簡単なことぽよ。しかし、即効性で弱い毒とはいえ、そこまで動けるのは凄いぽよねえ。流石はカイツぽよ」
彼女は嬉しそうに笑いながら、こっちに近づいてくる。
「ふふふ。こうして見るとかっこいいぽよね。あの時のことが昨日のように思い出せるぽよ。てかずっと聞きたかったけど、なんでここから抜け出したぽよ? こんな楽しい所を抜け出して、あんたはなにをしたかったぽよ?」
あの時。こいつがどのことを言ってるのかは分からないが、俺にとってはどれも禄でもない思い出ばかりだ。
頭に妙な機械を被せられ、身体中を激痛や電流が走り続ける昔の過去。俺を見るヴァルキュリア家の奴らは、まるでモルモットでも見るかのような目で見て、人間のようには扱わない。色んな薬剤をぶちこまれて体を滅茶苦茶にされることもあった。その痛みは昨日のように思い出せる。
『があああああああ!?』
『ああ。この程度の痛みすら耐えられない失敗作か。どうする?』
『薬の量を増やせ。この程度で死ぬような雑魚は実験にいらん』
奴らはそう言って首元に薬をぶちこんだ。その瞬間、頭が沸騰しそうな熱、体が凍り付きそうな寒さというわけの分からないものに襲われた。体の皮ははがれていき、肉が裂けるような痛みも襲う。奴らは人類のためという建前を述べながら、やってることはただ人を弄んでるだけ。人が惨い姿で殺されていく光景も何百回も見た。殺戮、実験。何度も人を殺し、記録し、次の実験のための礎と言いながら、いたずらに命を奪う。それがヴァルキュリア家の本性だ。
「お前たちみたいな外道を、この世から抹殺するためだ! 剣舞・龍烙波動!」
体にありったけの魔力を込め、それを灼熱の衝撃波にして放つ。黒い糸は耐熱性のためか2、3本程度しか焼き切ることは出来なかったが、衝撃波によって糸はたわみ、抜け出すことが出来た。そして、彼女も後ろにふっ飛ばすことが出来た。
「ぐ!? とんでもないぽよねえ。しかも、耐熱性の糸を焼き切るとは。なら!」
彼女は再び蜘蛛のお尻部分から小さな卵を何十個も吐き出してきた。それらは矢よりも速い速度で俺の体に撃ち込まれた。
「があ!?」
「ほい羽化するぽよー」
体の中で何かが生まれたような感覚がすると、小型の蜘蛛が俺の体を突き破って現われ、激痛が襲い掛かる。
「くそ。ざけたことしてくれるな!」
俺は蜘蛛がいるところに龍炎弾を作り、そいつらを焼き殺す。一気に距離を詰めて奴に斬りかかるが、それは剣に変形した翼で受け止められた。その後も何度も斬りかかっていくが、全て受けとめられて生き、ダメージを与えることが出来ない。スピードはかなりのものだな。この感じからして理性は失ってないだろうし、力の暴走もない。恐らく、偽熾天使の完成形がこいつらのようなものなのだろう。だが、目はもう慣れて来た。
「そーれ!」
奴が剣に変形した翼で突き刺そうとした瞬間、足に魔力を込めて一気に速度を上げ、奴の背後に回り込んだ。
「なっ!?」
「剣舞・四龍戦禍!」
2本の刀で4つの斬撃を高速で放ち、奴の体に十字架のような傷が入る。
「ぎゃ! この!」
奴が翼で攻撃しようとするも、それよりも先に再び移動し、奴の前に立つ。
「剣舞・爆龍十字!」
2本の剣で、奴の体をバツ形のように切り裂いた。
「がっ!?」
「ついでだ。受け取れ」
切り裂いた部分が爆発を起こし、後ろに大きく吹きとばした。ダメージは与えてるはずだが、まだ倒れる気配はない。偽熾天使に似た力を持ってるだけあって、肉体はかなり頑丈なようだ。それにあの蜘蛛の部分。妙な匂いもするし、ただ変化したわけでもないだろう。さてどうするか。
「くっ。流石はミカエルに選ばれた器。そんじょそこらの雑魚とは次元が違うぽよね」
「? 何の話だ。それに、なんでミカエルのことを」
「知る必要はないぽよ。にしても、それだけの強さを持ってるのにもったいないぽよね。あんたならヴァルキュリア家でもそれなりにやれたぽよに」
「ざけんな。俺は人殺しが大好きな外道一族に属するつもりはないんだよ」
「人殺しねえ。大義のための犠牲と言ってほしいぽよ。カイツなら知ってるぽよでしょ。私達ヴァルキュリア家は人類を進化させ、災いから守るために研究してるんだぽよ。あんたはそんな大義を外道の一言で否定するぽよか?」
「ああ。否定するさ。どれだけ言い繕ったところで、お前たちのやってることは外道のやることだ。だからこそ、俺はここでお前たちを殺す。そのためだけに生きて来たんだ」
俺は一気に接近して斬りかかり、奴はその攻撃を翼で受け止める。
「ほんと。そこだけはどうしても理解できないぽよ」
「お前の方が理解出来ねえよ。お前はなんでヴァルキュリア家に属してる?」
互いに斬り合いながら、俺は奴に質問する。
「そりゃ、この家が楽しいからだぽよ! ここはどんな実験をしても怒られず、のびのびと研究に没頭できる。資金も道具もモルモットも潤沢。こんなに楽しい世界を捨てる方がどうかしてるぽよ!」
「それで、罪のない人を犠牲にしてもか!」
「この世に生きる生命というのは、何かの犠牲無しに何かを得ることは出来ない。私は人間を犠牲にして豊かな研究成果を手にしてるだけ。豊かな研究成果は研究者にとって黄金よりも価値がある。手に入れたいと思うのは当たり前のことだぽよ!」
彼女は前足を上げ、俺を蹴り飛ばす。咄嗟に刀で防御したものの、大きくふきとばされてしまった。
「ヴァルキュリア家の奴らは理解出来ない奴らばかりだが、お前はその中でも特に理解出来ねえな!」
「そりゃそうだぽよ。あんたと私が見てる世界は違う。理解できないのは当たり前ぽよ。私があんたのことを理解できないようにね!」
彼女は蜘蛛のお尻部分をこちらに向け、小さな卵を何十個も吐き出してきた。だが目は慣れて来たのでそれらを弾くことは難しい事ではなく、全てを刀で弾き飛ばした。
「ひょおお。やるぽよねえ。流石はカイツ。かっこいいぽよ」
「そろそろ決着をつけてやるよ!」
「残念だけど、それは不可能だぽよ。カイツはここで終わるぽよだから」
奴がまた向かってくるので動こうとした瞬間、頭に強烈な頭痛が走り、その場にうずくまってしまう。
「ぐあ!? こ……これは」
「やっと聞いてきたぽよね。私の体を纏う体液は、空気に触れると気化し、毒になるぽよ。私に時間をかけすぎたぽよね!」
毒か。妙な匂いがしてたから警戒してたが、予想通りだな。さっきも即効性の毒を使ってきたし、この程度のことは予測できた。
「にしても、常人なら簡単にあの世に逝くのにその程度で済むとは。やっぱりカイツは凄いぽよね。かっこよくて惚れちゃうぽよ」
彼女は俺が止まった隙を突き、蜘蛛の口から黒い糸を吐き出して俺の足を捕らえ、がんじがらめに体に巻き付いた。
「ふう。ようやく捕まえたぽよ。愛しの愛しのカイツ」
「くそ。剣舞・龍烙波動!」
再び体にありったけの魔力を込め、それを灼熱の衝撃波にして放つ。しかし、糸は千切れるどころかたわむことすらなかった。
「ふふふ。その技の耐性もちゃーんと付けてるに決まってるぽよ。さてと。どうせならこのまま連れて行きたいけど、変に暴れられても困るし、しばらく体の中に入ってもらうぽよ。頂きまーす」
彼女の蜘蛛の部分が大きく口を開け、糸を巻き取って来る。その口はあまりに大きく、俺など一飲みしてしまうだろう。だがまだだ。まだ。反撃はここでやるべきじゃない。
「カイツの体……じゅるり。ふふふ。うっかり溶かさないように気を付けないとぽよ~」
奴の口が眼前に迫り、今にも食われそうになったその瞬間。
「剣よ!」
自身の前に光の剣を出現させ、そのまま奴の口の中を超え、お尻の部分も超えて貫いた。
「が……ぐやあああああああああ!?」
奴の汚い絶叫が鳴り響き、痛みにのたうち回って暴れまわる。そのせいで俺もぶんぶんと振り回される。だがそんな状態でもきちんと奴に狙いを定める。
「カイツ……おまええええええええ!」
「おかわりをやるよ。剣舞・五月雨龍炎弾!」
奴の蜘蛛の口のなかにありったけの龍炎弾をぶちこんだ。内部で爆発音が響き、奴は狂ったように絶叫する。
「ぎぇああああああああ!? 私は……私はこんなところで……もっと……研究を」
「お前のふざけた研究はここで終わりだ! 消えろおおおおお!」
ありったけの龍炎弾を生成し、奴の顔めがけて全弾ぶちこむ。爆風や炎がこっちどころか遠くまで行きそうなほどの巨大な爆発と風が俺を包む。糸もここまで強い衝撃には耐えられなかったのか、引きちぎれてふっ飛ばされてしまった。受け身を取ることも出来ず、あちこちを殴打してしまう。
「が!? あいつは」
爆発は収まったが、煙のせいで何も見ることが出来ない。しばらくして煙が収まっていき、奴の姿が見えて来た。蜘蛛の口からは煙を吐き出している。中からチリチリと音がしているし、何かが焦げたような臭いも漂っている。顔は消し飛ぶまではいかなかったが丸焦げになっており、一部炭化している。上半身も当然無事ではなく、あちこちが焼け爛れていた。
「……ようやく……勝てた。まず1人だ」
体のあちこちが痛む。後何人残ってるか分からないが、ひとまずはこの勝利を喜ぶとしよう。




