第94話 襲い来る者たち
side カイツ
偽熾天使を片付けた後、俺たちは中庭へ向かって走り出した。
「いやー。さっきの不気味な人型気持ち悪かったのお。一体何をすればあんなのが出来るのやら」
「さあな。ヴァルキュリア家を叩き潰して尋問すれば分かるだろ」
ある程度は推測できるがな。大方、人体実験で生み出されたものなのだろう。だが、一体何のためにやってるんだ。ミカエルの力と似たような雰囲気を感じるが、奴らは何を企んでいる。そもそもお茶会の件も謎だ。なんで奴らはお茶会なんてものをやってる。そしてケルーナ。偽熾天使を素手で相手に出来るほどの実力者。そして妙な化け物を連れていた所。こいつは何者で何が目的だ。分からないことだらけだな。とにかく、さっさと中庭に行かないと。そう思いながらスピードを上げていると、妙な気配を感じて立ち止まった。だが、これには覚えがある。
「どうしたのカイツ……!? この気配」
「あらら。また変な奴が来たみたいやのお」
天上を突き破って現れたのは、きらきらと輝く銀色の髪をなびかせる青年。髪は肩まで伸びており、獣の耳が生えている。赤い目は狼のように鋭く、目から光が消えている。
「あれは……ガルード!?」
「いつのまにか消えたと思ったら、こんな所にいたのか。だが」
今のあいつ。明らかに普通じゃないな。魔力が薄気味悪いし、生きてるって感じがしない。
「グガ……ががががが」
「? なんや不気味な奴やのお。なんなんやあれ」
「さあな。とりあえず、俺たちの敵だということは確かだ。ウル!」
「分かってるわ!」
彼女は既に矢を引いており、雷を纏わせている。
「プラズマショット!」
彼女が矢を放ち、5本の矢が様々な角度からガルードに襲い掛かる。
「グがああああああああ!」
奴は獣のように咆哮して襲ってくる矢を消し飛ばし、床に亀裂を生み出した。
「あの程度で殺せるとは思ってなかったけど、まさか消し飛ばされるとはね」
「どうやら、あの時とは次元が違うようだな」
「カイツ……お前は殺す!」
そう言った瞬間、奴は一気にこっちまで距離を詰めて殴りかかってきた。間一髪で刀で受け止めるも、その攻撃を止めきれず、ふっ飛ばされてしまった。
「カイツ!」
「ぐ!? これは凄いな」
パワーがケタ違いだ。一体何をしたらこんなことになるのやら。
「うおおおおお!」
奴は獣のような雄たけびをあげ、背中から天使のような形の黒い翼を生やした。
「あれは」
何度も見たあの黒い翼。奴があの翼を生やしたということは、ヴァルキュリア家の人間に実験されたというわけか。
「ウがあああアア!」
奴がまた襲い掛かるかと思った瞬間、上空から何本もの矢が奴に降り注ぐ。しかし、奴はそれを簡単に躱して後ろに下がった。
「ぶち抜け。サンダービースト!」
彼女が3本の矢を放つと、矢が雷の獣を纏って突き進んでいく。
「邪魔だあああ!」
奴は背中の翼で獣を叩き潰した。
「俺は……カイツを殺す! 邪魔するな!」
「あらら。ずいぶんと恨み買ってるなあ。あんたなにやらかしたん?」
「さあな。奴の気味悪い結婚式を潰した思い出しかない」
「あらら。そりゃ恨まれて当然やのお。なにしとんの」
「色々あったんだよ。それよりさっさと奴を片付けないと」
刀を抜いて接近して攻撃するも、奴はその攻撃を腕で受け止めた。刀がぶつかった瞬間、鉄がぶつかり合ったような音が響く。体もかなり頑丈なようだ。
「カイツうううううう!」
奴が翼で攻撃してきたので、刀で捌きながら後ろに下がる。
「六聖天・第2解放!」
天使のような羽が2枚生える。両手にヒビのような模様が入り、手首まで広がった。俺は自身の周囲にいくつもの紅い球体を生み出した。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
放たれたいくつもの紅い球体は様々な方向から一斉に襲い掛かる。
「邪魔だあああああ!」
奴は再び雄たけびをあげ、その衝撃が龍炎弾をかき消した。ここまでパワーがあることは予想外だが、想定内ではある。奴の咆哮が終わった瞬間を突き、一気に距離を詰める。
「なに!?」
「剣舞・龍刃百華!」
剣を横に一振りする。その直後、無数の斬撃が飛び交い、ガルードの体をズタズタに切り裂いた。
「ぐは!? 馬鹿な」
「パワーはある。スピードも。だが咆哮の隙が大きい」
「調子に……乗るなあ!」
ズタズタに切り裂かれたのに、奴は翼でこっちを攻撃してきた。それを躱し、一旦距離を取る。
「ぐう……俺は。まだやれるぞ!」
「そうかい。じゃ、下の攻撃にも耐えてみろよ」
「なにを――!?」
俺が忠告した直後、奴の足下に待機してた何本もの矢が奴の腕や体を貫いた。
「ごはっ! この野郎」
「確かに隙が大きいわね。咆哮だけでなくその他にも。おかげで楽に攻撃が当たったわ」
「俺は……こんな所で終わらない!」
奴は爪を光らせ、俺に飛びかかってきたので、それを刀で防ぐ。
「このおおおおおお!」
奴は何度も攻撃を仕掛けてくるが、その攻撃は防げないレベルでは無かった。奴の攻撃の隙を突いて両腕を弾き、右斜め上から切り裂いた。
「があ!? なぜ……なぜなんだ。俺は……こんな所でええ!」
奴は黒い翼でこっちに攻撃してくるも、その翼は雷の獣によって消し飛ばされた。
「なに!?」
「なるほど。防御自体はそこまで高くないわね。隙を突けば簡単に殺れるわ」
「このおおおお!」
奴が再び黒い天使のような翼を生やして攻撃しようとするも、その前に奴の首を斬り落そうと刀を振る。
「くそ!」
奴は俺の攻撃を避け、距離を取ろうと後ろに下がる。だが、このまま距離を離すわけにはいかない。俺は自身の周囲にいくつもの紅い球体を生み出した。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
放たれたいくつもの紅い球体は奴向けて一斉に襲い掛かる。しかし、その攻撃は上からカーテンのように降り注いだ糸によって防がれてしまった。
「この糸! まさか」
糸の出所を見ると、ピンク色の髪を伸ばした女性が壊れた天井の間から見えた。怪しく輝く紫色の目。黒のノースリーブに白衣を着ており、怪しげな液体の入った小さな試験管をいくつも所持していた。その隣には、1人の男性。でかい口ひげに眼鏡をかけており、茶色のスーツを着ている。服の上からでも分かるほどに筋肉質であり、腕の部分がぴちぴちになっている。
「スティクスとアレスか。こんな時に」
「やっほーアダム。久しぶりぽよねえ。あ、今はカイツだったぽよか」
「カイツ。あの2人は何?」
「ピンク髪の女はスティクス。糸を出す蜘蛛女だ。男の方はアレス。筋肉馬鹿の近接特化人間だ」
「ぶー。酷い言い草ぽよねえ。アレスが筋肉馬鹿なのは納得ぽよけど、私は超絶ビューティー人間ぽよ」
「皮被ってごまかしてるだけだろうが。なんならその皮切り裂いて丸裸にしてやろうか」
「ふふふふ。相変わらず強気でかっこいいぽよ。キュンキュンしちゃうぽよ。アレス、ガルード。周りの奴ら任せるぽよ」
「良いのかね? 今我々が戦ったら、プロメテウスが激怒しそうであるが」
「あんな奴から怒られたって屁でもないぽよ。せっかくの再会。これを無為にするほうがどうかしてるぽよ。それに、あんな雑魚じゃ呪いの調査にならないぽよ」
「貴様。誰が雑魚だ!」
ガルードが食ってかかろうとすると、彼女が小さい卵のようなものを飛ばし、奴のうなじに撃ち込んだ。
「お前しかいないぽよ。せっかく熾天使の力を与えたというのに、使いこなすどころか暴走すら出来ない失敗作未満。ほんと、使えないぽよね。せめて、足止めの役には立ってほしいぽよ」
やはり、ガルードにもなんらかの処置をしていたようだな。人体実験大好きな所は相変わらずのようだ。にしても、スティクスは何を撃ち込んだんだ。ガルードの奴が急に大人しくなってるが。
「さてと。てなわけでガルード、アレス。足止めよろぽよ」
「全く。私がフェミニストで良かったですね。あなたのわがままな願いを聞いてあげるのですから」
「了解しました」
そう言った直後、奴は一気にウルの元まで距離を詰め、赤い石を取り出した。それと同時に、ガルードもケルーナの元まで距離を詰める
「ウル!」
「しまった」
「行くぞガルードよ」
「了解です」
『転移開始!』
奴がそう言った直後、ウルたちやケルーナたちの足下に魔法陣が現れ、どこかに消えてしまった。
「今のは……転移結晶か」
「正解! さすがカイツぽよー」
転移結晶。魔法陣の中にいる相手を特定の場所に飛ばす道具だったな。
「さて。これで2人っきりになれたぽよ。カイツ相手には、この姿を見せても良いぽよ。むしろ見てほしいぽよ。絞殺を絞殺して絞殺せよ。我こそは縛りの悪魔。全てを縛り、ねじ伏せる。存分に泣け。喚け。絶望するぽよ!」
そう言うと、彼女の足が形を変え、蜘蛛の体が飛び出し、そこから6本の足が生える。背中からは黒い天使のような翼が生え、頭からは触覚のようなものが2本飛び出した。それだけでなく、奴の額から4つの目が十字型に現れる。その目は血のように真っ赤に染まっていた。さらには、両手にヒビのような模様が入り、それは腕まで広がっていった。上半身は人に近い姿。下半身は蜘蛛の姿。相変わらず気持ち悪い姿だ。
「ふふふ。この姿をカイツに見せるのは快感ぽよね。久しぶりの家族の団欒。たっぷり楽しもうぽよ」
「俺はお前たちを家族と思ったことは無い。俺にとってお前たちは、ただの敵だ」
一刻も早くこいつを片付けて、ウルとケルーナの捜索に行かないと。




