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第88話 スティクスVSメジーマ

「さっさと捕まることを願うぽよ!」


 彼女は何本もの糸を手のひらから出し、彼に放つ。


「止まりなさい!」


 彼がそう言うと、糸は彼に届く直前で止まってしまった。


「! これは」


 彼女が動揺した隙を突いて彼は接近し、顔に膝蹴りを入れてふっ飛ばした。


「が!? やってくれるぽよねえ」


 彼女はふっ飛ばされながらも体勢を立て直し、糸を伸ばして木の枝につかまり、そこに着地する。


「ふう。痛いぽよねえ。レディーの顔を蹴とばすなんて、男として失格ぽよ」

「あなたはレディーに相応しくない。だから、蹴ったり殴ったりすることに躊躇はありません」

「あっそ。だったらこっちも躊躇なく行くぽよ!」


 彼女は再び手のひらから何十本もの糸を出す。それらは彼に襲い掛かることなく、あちこちの木を通っていく。


「これならどうぽよ!」


 彼女は森のあちこちから糸を出し、彼に放つ。


「止まりなさい!」


 彼がそういった瞬間、再び糸が止まってしまった。


「この魔術。やっぱり」

「風よ。刃となって敵を切り裂きなさい!」


 風が吹きすさび、かまいたちとなってスティクスの体を薄くではあるが、切り裂いていく。


「ちっ! めんどくさいぽよね!」


 彼女はその場から逃げ出し、木の後ろに隠れる。


「無駄ですよ。その程度では逃げられません。風よ。木に隠れた敵を切り裂きなさい!」


 風が木に隠れた彼女をズタズタに切り裂いていく。彼は彼女の姿が見えなかったが、確かな手応えを感じており、倒すまではいかないものの、確実にダメージを与えていると判断していた。


「止まりなさい!」


 彼がそう言うと風が止まった。木の後ろに隠れた女を見たが、彼女はズタズタに切り裂かれてはいたものの、体から1滴も血が流れていなかった。


「! これは」


 彼が分身を相手にしていたと判断した時、後ろから襲ってきた何本もの白い糸が彼をからめとり、彼の口もがんじがらめにして封じた。


「く! やられましたね」

「よーし。捕獲完了ぽよー」


 彼女は上から現れ、彼の前に着地した。


「必殺糸分身ぽよー。攻撃した時の手応えも騙すこのクオリティ。頑張った甲斐があったぽよー。あんたの魔術は無機物を命令して自在に動かす魔術。口を封じれば怖くないぽよー。さて。ここからどうするべきぽよか」


 彼女が彼らをどう連れて行くべきか考えてると。


「風よ。拘束を切り裂きなさい!」


 メジーマの声がし、風の刃が拘束をぼろぼろに切り裂いた。


「な!? なんで声を」

「あなたの言う通り、俺の魔術は無機物への命令。なので、口を封じられれば為す術はありません。ですが、その程度のことを対策してないとでも思いましたか?」


 彼は手元に黒い石を用意していた。その石を指でこすると。


「風よ。拘束を切り裂きなさい!」


 と声が響いた。


「なるほど。録音した声を特定の動作で再生するってところぽよね」

「ほお。察しが良いですね。あなたの予想した通り、これは録音石。自分が録音した声を即座に出せるので便利な魔道具なんですよ」

「なら、今度はそれを使わせないようにしてやるぽよ!」


 彼女は手のひらから何本もの白い糸を木にはりめぐらせようとする。


「止まりなさい!」


 彼がそう言うと、糸は動きを停止した。


「あなたは私と相性が悪すぎますよ! 風よ。我が身を纏う鎧となりなさい!」


 風が鎧のように纏わり付くと、彼は一気に距離を詰め、蹴りで攻撃してくる。彼女はその蹴りを避けるが。


「がっ!? これは」


 避けたはずなのになにかに蹴られたような衝撃が襲い、ふらついてしまった。彼はそこを突き、ヤクザキックで蹴り飛ばした。


「ぐっ!? くそがあ」


 彼女は手のひらから糸を出して木に捕まり、勢いを殺して捕まった木へと糸を手繰り寄せて着地した。


「風の同時攻撃。蹴りを避けても風が襲いかかってくる。めんどうぽよ」

「一気に決着を着けます!」


 彼は風の勢いでさらに速く飛び、彼女との距離を詰め、攻撃を仕掛けてくる。彼女はその攻撃を遠く離れて避ける。風の追撃を避けるには、とにかく距離を離すしかなかった。


「たく。ほんとにめんどくさいぽよ!」


 彼女は自身の手のひらと背中から何本もの糸を放つ。


「止まりなさい!」


 彼がそう言うと、糸は動きを止めてしまった。そしてその間に、彼は一気に距離を詰める。


「これで」

「まだ終わらないぽよ!」


 上から巨大な糸の拳が彼に襲いかかる。この拳は、糸で攻撃するのと同時に上空で作っていたものだ。彼はその攻撃を後ろに飛んで回避した。彼女は背中から出していた糸を上の木に絡みつかせ、自身を引っ張り上げて距離を離した。その後はぶら下がりながら糸を伸ばしていき、地面の上に着地した。


(なるほど。読めてきたほよ)


「また逃げの一手ですか。芸がないですね!」

「残念だけど、逃げるだけじゃないぽよ!」


 彼女は手のひらで巨大な糸の球をいくつも生み出し、それを彼に放った。彼はそれに対して魔術を使うことはせず、飛んで躱した。


「ふむふむ。君の魔術。あまり大きなものに命令するのは無理みたいぽよねー」

「……気づかれましたか」

「ふふふ。だんだん君の魔術の特徴が分かってきたぽよー。無機物しか操作できず、あまりに大きなものは命令できない。ならこうするのがいいぽよね!」

「ばれたところで、大した問題ではありませんよ。地に眠りし石よ。彼女めがけて行きなさい!」


 そう言うと、周りの石が浮かび上がり、スティクスに襲い掛かってきた。


「ちっ。めんどくさいぽよね!」


 彼女はその攻撃を次々に躱していき、メジーマ向けて手を突き出す。


「逃がしません。風よ。目の前の敵を」

「させないぽよー」


 地面から糸が飛び出し、彼の足を捕らえた。


「くそ。糸よ。その動きを」


 彼が命令する前に、糸が彼を放り投げた。その勢いのまま受け身も取れずに木に激突した。


「ぐ!? この女」

「うん。もう問題ないぽよね。そろそろ決着を」


 彼女が両手を拍手するように合わせた瞬間。


「スティクス。いつまで戦ってるつもりだね。あまりにも遅すぎるだね!」


 上空から1人の男性が現れた。立派な口ひげに眼鏡をかけており、茶色のスーツを着ている。服の上からでも分かるほどに筋肉質であり、腕の部分がぴちぴちになっている。


「アレス。何しに来たぽよ?」

「ボスの命令でお前を迎えに来たのだね。にしてもなんだねこれは。お前が本気を出せば、あんなのは即座に殺せるだろ。なぜしないのだね」

「本気なんか出したくないぽよ。あの姿に戻ることを想像するだけで吐き気するし、この姿が気に入ってるぽよ。だから、本気出さずに勝ちたいぽよ」

「我が儘だね。まあいい。今すぐ本家の方に戻れ。ボスがお呼びだ」

「え~。これから実験の予定が。それにこいつらを野放しにするのは」

「文句言わない。こんな奴ら野放しにしたって問題ないのだね。むしろ、あそこに行ってくれるのならその方が好都合なのだね」

「? なんで好都合なんだぽよ?」

「……お前。4日前の作戦会議覚えてないのかね?」

「あー。その日は美容研究の考察してたから、話は9割くらいきいてなかったぽよ」

「お前は……まあいいのだね。さっさと速く行くのだね。ボスは怒ると怖いのだね」

「引っ張るなぽよ。分かった。分かったぽよ。すぐ行くぽよ。そこの眼鏡男。次会った時は確実に殺してやるから、楽しみにしとけぽよ!」


 そう言って、2人は木の上を飛び乗りながら去っていった。


「あの女。あれで本気を出してなかったとは。ずいぶんと恐ろしいですね。次会った時は、奴が本気を出す前に倒さなければ……と、あの2人も解放してあげますか。このままじゃかわいそうですし」


 彼は風に命令し、2人を拘束していた糸を切り裂いて拘束から助け出した。


「助かった。ありがとな」

「はあ。すぐさま拘束されるって。良いとこ無しだなー」

「落ち込んでる場合ではありません。一刻も早く、ぽよぽよ女の住処と思われる場所を見つけないと」

「だね。メリナ。場所は分かる?」

「ちょっと待て。今から探す」


 彼女は水の入った瓶を投げ、水の動物を5匹ほど錬成して辺りを索敵する。


「ねえまだー? 私こういうもりもりした場所嫌いなんだけどー」

「待ってろって言ったろ……見つけた! ここから東に40メートルの所だ。誰かが入った痕跡がいくつもある」

「奴らが言ってたあそこというのは、そこで間違いなさそうですね。好都合と言うのが気になりますが、とにかく行きましょう。何らかの手掛かりを得られる可能性が高いです」

「おーけー」

「はいさー!」


 彼ら3人は、メリナが見つけた怪しげな場所へ向かって走っていった。

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