第80話 ダレスとの鍛錬
ノース支部に戻ってきた翌日。俺は朝からダレスと戦っていた。
「はははははは! 凄いねえ。こんな朝早くから付き合ってくれるとは思わなかったよ」
「俺は強くならないといけないんだ。そのためには鍛錬あるのみ! 悪いが、今日は1日付き合ってもらうぞ!」
「嬉しいねえ。君のような強者と1日中戦えるというのは、最高の娯楽だよ!」
彼女は嬉しそうに笑いながら殴りかかって来る。試験の時と比べて、動きが洗練されている。無駄がなく素早い動き。一撃一撃が高い威力。少しでも気を抜いたら一気に攻め込まれるな。だからこそ戦い甲斐がある。
「剣舞・双龍剣!」
俺は刀を2本に増やし、果敢に攻め込んでいく。
「ぐ! 凄いね。まるで舞踊のように美しくしなやかな動き。付け入る隙が無いどころか、守るだけで精一杯だよ。試験の時よりも、ずっと強くなってるね」
「当然だ。俺だっていつまでも同じままじゃない!」
俺は刀と全身に魔力をめぐらせ、さらに速く、強く攻め込んでいく。彼女の防御も徐々に崩れていき、少しずつではあるが、体に切り傷を入れられるようになってきた。
「こりゃまずいね。ならば!」
彼女は自身の両方の膝横から腕を1本ずつ生やし、超高速であちこちを飛び回った。この動き、暴走した時のアリアの動きにに似ているな。とんでもないスピードだ。
「これが私の新たな戦術だ。捕らえきれるかな?」
彼女はあちこちを飛び回りながら、すれ違いざまに蹴りや殴打を浴びせてくる。流石に第1開放の状態で追うのは難しいな。だがこれぐらいできないと、アリアを取り戻すことなんて夢のまた夢だ。
「六聖天 眼部集中 腕部集中」
眼に六聖天の力を集中させ、動体視力を向上させる。そして、後ろを取ろうとする彼女の攻撃を刀で防いだ。だが
「やるう。けどパワーが足りない!」
腕に六聖天の力を集中させても力では勝てず、吹き飛ばされてしまった。
「この速度についてくるとはね。ならもっと速く!」
彼女は更に速度を上げていく。眼に力を集中させても追うのがやっとだ。これだけ速いと、さっきのように防いだりするのは難しい。ならば
「六聖天 腕部完全集中」
六聖天の力を全て腕に集中させ、居合の姿勢を取る。
(なるほど。目で追うことを諦め、すれ違いざまのカウンター狙いに変えたか。それならスピードはあまり関係ない。威力の強いほうが勝つ。だが、そんな見え見えの誘いにのる私ではないよ)
彼女は俺のもとへ一直線に向かい、攻撃しようとする。それに合わせるように居合斬りを放つも、それは躱され、彼女は俺の頭上を飛んだ。
「私の勝ちだ」
「いや。俺の勝ちだ」
俺がそう言った直後、俺の周囲を無数の斬撃が飛び交い、ダレスの体をズタズタに切り裂いた。
「これは!?」
「防御用龍刃百華。お前みたいに素早く動き回る奴を倒すために考えた技だ。第1開放とはいえ、六聖天の力が集中した斬撃は効くだろ」
「参ったね。こんな技を隠してるとは」
彼女の体から返り血が飛び交い、地面に倒れた。
「なんとか勝てたか」
「いやー流石カイツだね! あんな隠し玉持ってるとは思わなかったよ!」
戦いが終わったあと、ダレスの傷が治り、俺が用意したサンドイッチを食べながら、反省会みたいなことをしていた。
「斬撃の威力もすごかったし、数も多い。あれならよほどの手練でない限り避けることは不可能だろう。アリアに当たる確率は低いだろうけどね」
「……やっぱり、アリアには通用しないか?」
「多分ね。私はアリアが戦ってるところを見たことないから確かなことは言えないけど、君やウルの報告、イシスと殺し合いが出来てた点から考えると、第2開放を使っても、当てるのは厳しいだろう。何より行動を読まれたらおしまいだ」
やはりそうか。分かってはいたことだが、他者に言われるときついものがあるな。それだけ、俺とアリアに差があるということなんだから。
「にしても、カイツの成長は凄まじいものがあるね。昨日と比べ、動きが更に洗練されてきた。恐ろしいものだよ」
「だが今の実力じゃアリアを取り戻すことは不可能だ。もっと強くならないと」
「ふふ。向上心がすごいね。けど焦りは禁物だよ。1日やそこらで出来るパワーアップなんてたかが知れてる。彼女を取り戻したい気持ちは分かるけど、だからこそ焦らず、しっかり時間をかけて鍛錬しないとね」
「だな。焦ったって良い結果は生まれない」
だが時間がそんなにあるわけじゃない。一刻も速く強くなるために、もっと鍛錬の時間を伸ばす。絶対にアリアを取り戻さないといけないんだ。仲間を殺させないためにも、アリアにそんなふざけたことをさせないためにも。
「前から気になってたんだけどさ。カイツはなんでそんなにアリアを守ろうとするんだい? 君は奴隷商に攫われたときにアリアと出会って、それから一緒なんだよね? 時間はそれほど経ってないんだろ?」
「ああ。まだ1ヶ月も経ってないだろうな」
「そんなに短いのに、どうしてアリアに対してそんな必死になるんだい? 劇的な何かでもあった?」
「そういうわけじゃない。ただ、守りたいって思うだけだ。あいつは耳のせいでずっと蔑まれて迫害され、奴隷にされ、暴力を受けていた。奴隷として過ごすことが、迫害されることがどれほど辛いことなのか、俺は良く知ってる。あいつを見てるとほっとけないんだよ。助けてやりたい。あいつに幸せな人生を送らせてやりたいって思うんだ。だから、あいつを助けるために、俺は全力を尽くす」
「ふーん。まるで奴隷にされたり迫害されたことがあるような口ぶりだね。なにかあったのかい?」
「色々あったんだよ」
ヴァルキュリア家の奴らに人体実験されたり、暴力を受けたり調教されたりとな。あの頃のことは、今でも昨日のように思い出す。アリアがあんな生活を送るなんて御免だ。だから必ず助けて幸せにする。俺はそう思いながら、残っていたサンドイッチの1つを口に入れて飲み込んだ。
「ダレス。そろそろ戦えるか?」
「もちろん! 私はいつでもオーケーだよ。何十時間だって戦える」
「それは嬉しいな。よし。やるぞ!」
俺とダレスは、鍛錬のために再び戦い始めた。
そのまま十何時間も連続で戦い続け、終わった頃には夜になっており、俺たちは地面に倒れていた。彼女も俺も汗だくであり、服に染み込んでいるから非常に気持ち悪い。
「はぁ……はぁ……はぁ。流石に疲れたな」
「ああ。これほど長い時間戦ったのは久しぶりだよ。体が嬉しい悲鳴をあげている」
「ほんと、戦うのが大好きなんだな」
「ああ。戦いこそが私にとって最高の娯楽。戦いさえあれば、他には何も望まない。それほどまでに、私は戦いが好きだ」
ウルの言うとおり、ダレスは確かに戦闘狂だな。本人は否定するだろうが。
「にしても疲れたねえ。汗も凄いし、風呂に入って来るよ」
「俺も風呂行ってくる。汗がすっごい気持ち悪い」
俺たちは一緒に部屋を出て行き、階段を上っていくと。
「あ! なにをしてるのかと思ったら、訓練場にいたのね」
ウルが俺たちに声をかけて来た。
「て、ダレスのその臭いはなによ! めちゃくちゃ臭うんだけど!?」
「ああ。さっきまでカイツと戦ってたからね。汗が凄いんだよね」
「たく。さっさと風呂に入ってきなさい。にしても、汗だらけのカイツもかっこいいわねえ」
彼女はうっとりとした顔で俺に抱き着いて来た。
「おい離れろ。俺も汗が凄いから臭うぞ」
「いえいえ。カイツの汗は良い匂いだからいいのよ」
彼女は俺の臭いを堪能するかのように、思いっきり鼻息を吸い込む。
「あ~。お腹がキュンキュンしちゃうわあ。貴方の匂いって最高ねえ」
「ずいぶんとカイツに惚れこんでるね。そこまで惚れ込む君は初めて見たかもしれない」
「そりゃそうよ。彼は私の救世主だもの。惚れてしまうのも無理はないわ」
「あははは。私の知らない間に面白いことになってるねえ。それより、私たちに何か用かい?」
「ロキ支部長がお呼びよ。どっかの貴族様がお茶会に呼んでるから来てほしいんだって」
「どっかの貴族様?」
「ええ。確か、ワルキューレ家って言ってた気がするけど、詳しい話はまだ分からないわ」
それを聞いた瞬間、俺の目は見開いた。ウルの言葉が信じられず、聞き間違えたのかとさえ感じた。あのワルキューレ家が開催するお茶会。
「……面倒なことになりそうだな」
俺は小さい声でそうつぶやいた。どうも、また大変なことに巻き込まれたようだ。ただでさえアリアのことで手いっぱいだというのに




