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第67話 現在のアレウスは地獄の生活を送っている

 アレウスという人間を覚えているだろうか。彼は自分の嫉妬や憎しみでカイツを理不尽に追放した人間である。彼がどうなったか覚えているだろうか。彼はルライドシティで天使の力で暴走し、あちこちを破壊しながら暴れまわっていた。最終的にはカイツに倒され、ヴァルハラ騎士団ウェスト支部の地下深くの牢屋で拘束されることになった。今回はそんな彼の現在を話そう。




 彼の1日は実につまらなく、虚しいものだ。全身を鎖で雁字搦めにされ、巨大な鉄球で動きを封じ、見張りの団員もいるという徹底ぶり。

 朝。彼は死んだ魚のような目をして起きた。彼の目に光は灯っておらず、体に力は入っていない。体は前と比べて醜いほどに痩せ細り、四肢は小枝のようになっている。そんな彼に、監視の団員が1人来た。


「おい。朝食の用意が出来たぞ」


 そう言って団員は青い液体が入った皿を差し出す。それは最低限の栄養を接種するためだけの食事であり、味や見た目などは完全に無視されている。彼は犬のように皿に近づき、液体を舐め取りながら飲む。

 初めはこんな生活をすることは、彼にとって苦痛以外の何者でもなかった。だが、生活を続けていくうちに、そんなことがどうでも良くなるほどに、彼は精神的に参っていたのだ。


「たく。まるで心を無くした獣のようだな。人間ってのは、こんなにも無様な姿になることがあるんだな」


 団員の暴言も、彼にとってはどうでもいいものだ。初めこそ反発心などあったものの、今となっては気にするほどでもない。いや、気にしなくなるほどに心が壊れていた。

 皿の液体を舐め終わると、団員が皿を取ってどこかに行ってしまった。


「はあ……俺は最強のはずなのに。モルペウスとかいうやつのおかげで覚醒したはずなのに……なんでこんなことに」


 こんな状況になった今でも、彼は自分が最強だという妄執に取り憑かれている。自分はモルペウスのおかげで覚醒し、カイツよりも遥かに強い力を得たと信じている。


 昼。彼は食事を用意される前に採血をされた。偽熾天使(フラウド・セラフィム)を解明するための採血らしいが、彼にとってはどうでもいいことだった。昼食も朝と同じ青い液体のスープ。彼はまた犬のように舐め取り、涙を流す。屈辱、辱め、憎しみ、恨み。様々な感情が混ざり合ってわけが分からなくなっていた。そんな感情が積もっているからといって、反乱を起こす度胸も力も、今の彼には無かった。今のモルモットのような状況が一刻も早く終わって欲しいと、ただ願うばかりだった。


 夜。彼に食事が与えられることはない。それどころか明かりすらない。牢屋の電気は消され、真っ暗闇の中で彼は夜を過ごさなければならなかった。体を動かすことができず、話し相手もいない彼に出来るのは、頭の中で妄想することだけ。何度も何度もそれを繰り返したせいか、彼は考えることすら疲れてしまった。今すぐにでも死にたい気分だが、体を縛る鎖や見張りをしている騎士団員がそれを許さない。

 虚無とも言えるほどの退屈な夜の時間。彼にとって、夜を過ごすのは最も辛いことだった。


「はあ……なんでこんなことになったんだろうな。俺が何をしたってんだよ」


 彼は自分が暴走していたときのことを覚えていない。彼からすれば、目が覚めたらいきなり牢屋の中にぶち込まれて体を縛られていたのである。

 それはあまりにも理不尽で、最初こそ団員に文句を言ったり、馬鹿にするぐらいの元気はあった。しかし、何を言っても彼らは無視し、全く反応してくれなかった。反応が返ってこない会話ほど虚しいものはない。それでも彼は諦めることなく続けていたが、今となっては喋ることすら面倒になるほどに疲れ切っている。石や土を話し相手に見立てて会話しようにも、彼にはそんな力がなかった。なにもない虚無のような彼は、今日も退屈で辛い1日を過ごす。



 彼がこうなってしまったきっかけはカイツを追放してしまったことだろう。あそこから彼の人生は転落を始め、仲間や知り合い、友人にはどんどん見捨てられていく。最後には人体実験のモルモットとして都合の良いように使われた挙げ句、彼は体中を縛られ、またモルモットととしての人生を送る始末である。


「俺は……最強なんだ……きっと最強なんだ。俺は誰よりも強いんだ。こうなってるのは、みんなが……無能だからだ。だから」


 彼は心のなかでは薄々気づいてる。周りではなく、自分が無能で馬鹿だからこうなったのかもしれないと。しかし、彼はそれを認めることができず、ただ自分が最強で、周りは無能だったと繰り返している。それは真っ暗闇の夜の中で虚しく響き渡った。



 彼の身勝手な憎しみと恨みが招いたのは、人として生きることすら許されないような地獄の生活だった。思考も活力も動く力も奪われ、ただ騎士団の都合の良いモルモットとして働く日々。これが彼の現在である。

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