第24話 ウェスト支部へ向かう道中で
支部長室。ロキ支部長は机の上に足を乗っけながら、ある団員が来るのを待っていた。しかし、いくら待てども、彼女が呼びかけたはずの団員は来る気配が無く、約束の時間は10分以上過ぎていた。
「……はあ。あいつめ。またどこかで遊んでるのか、それとも部屋で爆睡かましてるのか。どちらにしろ、さすがにそろそろ見つかるはずだが」
彼女が持っていた本を回しながら暇を潰していると、浮かない表情をしたウルが入ってきた。
「どうだった? クロノスは見つかったか?」
「いえ。この支部のどこにもいなかったわ。多分、外出してると思う」
「なんと!? しかし、彼女が任務以外で外に出ることなど無かった筈だが。一体なにをしに……まあいい。ダレスと他に空いてる何名かを任務に出すから、そいつらを呼んできてくれ」
「了解」
ウルはそう言って部屋を出て行った。
「奴が外に出るとはなあ。一体何に興味を持ったのやら」
俺たちは馬車を使い、ウェスト支部があるクライドシティに向かっていた。走ってるのは薄暗い森であり、日の光がそこまで届いていないので、少し不気味に感じる。御者はツインテールの女性がしているのだが、事あるごとにチラチラ見てきて落ち着かない。アリアも彼女に困惑して怯えてるし、連れてこないほうが良かったかもしれない。
「あのさ。さっきからチラチラ見てくるけど、俺の顔に何かついてる?」
「いえ。私はあなたの顔を見てません。あなたの中を見てます」
何を言ってるのか全く分からない。中を見てるってどういうことだ。
「カイツ。あの人何なのでしょう。少し怖いです」
「同感だ。あいつが考えてることも全く分からないし、どうしたものかね」
会話も全くないし、この人は何をしに来たんだ。外の景色を見ながら時間を潰してると、妙な気配を感じ、刀の柄に手を置いた。
「カイツ? どうかしたですか?」
「変な気配がする。まっすぐこっちに向かって来てるな」
「え? そうなんですか? なんだか怖いです」
「心配するな。俺が守ってやるから」
そう言って、俺は彼女の頭を撫でる。耳をぴょこぴょこさせながら安堵の表情を浮かべている。アリアの手前かっこつけたが、今の俺に守り切れるだろうか。ツインテールの女性も気づいたようで、馬車を停めた。
「この気配からして、レッドオーガですね」
「レッドオーガ?」
「どんな生物も見境なく襲う凶悪な魔物です。2匹来ますよ」
彼女の言う通り、赤い人型の魔物が2体現れた。頭に2本の角が生えており、刀と同じくらいの長さのある太い木の棒を持っている。
「ミカエル。今の俺は六聖天を」
『使えんよ。お主のダメージがまだ回復しておらんからの。魔力で戦うしかない』
だよな。けど、数は2体。ツインテールの女性と協力して戦えば。
「あ。私は戦わないので、あなた1人で戦ってくださいね」
「……はあ!? お前何を言ってんだ!」
「そうです! どうして戦わないのですか!」
「確かめたいことがあるので。ほら。もたもたしてたらあっちから来ますよお」
レッドオーガたちは木の棒を振り上げ、俺たちに襲い掛かろうとしていた。彼女は本当に何もする気が無いようで、ぼけーとしている。
「くそっ! 仕方ない」
俺は馬車から飛び降り、刀を抜いて奴らに向かって走る。1体が飛び上がり、木の棒を振り下ろしてきたので、刀に魔力を多く込めて切れ味を増大させ、木の棒を切り裂いた。
「グオオ!?」
「魔術を使えなくても、この程度なら簡単に斬れるんだよ」
俺は奴が着地した瞬間に、首を斬り飛ばした。あと1体。
「グオオオオオ!!」
もう1体のレッドオーガが怒りを爆発させながら、こっちに向かってくる。俺は刀の先を奴に向け、いくつもの白い球体を生み出した。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
いくつもの白い球体が奴に向かっていく。奴はいくつかそれを躱したが避けきることは出来ず、何発か被弾した。六聖天の力を使えないから威力は大幅に落ちてるが、奴を怯ませる程度のことは出来た。俺はその隙を突いて一気に接近し、奴の体を真っ二つに切り裂いた。
「グオ……オオオ」
奴も呻き声を上げながら倒れていく。どうなることかと思ったが、案外問題なく倒せたな。敵がそこまで強くなくて良かった。刀を収めると、馬車から拍手が聞こえて来た。ツインテールの女性が拍手をしており、心なしか嬉しそうにしてるように見える。
「素晴らしいですね。魔術を使わず、レッドオーガ2体瞬殺するとは。戦闘経験はかなりのものですね」
「褒めてくれてありがたいが、なんで加勢しなかった。もし俺が殺されてたらどうするつもりだったんだ」
「その時はその時。あなたがその程度の雑魚だったというだけです。さっさと馬車に乗ってください。先を急ぎますよ」
自分勝手な発言にキレそうになったが、俺はその怒りを抑える。彼女と喧嘩したところで良いことは無いし、むしろマイナスになる。一応共に戦う仲間だし、下手に喧嘩するべきではないだろう。俺は拳を強く握りしめながら馬車に乗る。
「カイツ。大丈夫ですか?」
「大丈夫。特に問題ない」
「それは良かったです……にしても、あの人は何なのですか! 人間の屑にしか見えないです!」
アリアは途中から小声でそう言った。気持ちは分からなくもないが。
「そういうことを言うのはやめておけ。彼女にも何か考えがあるんだよ」
「どんな考えがあれば、カイツに1人で戦わせるようなことをするのですか!」
「それは分からないが……多分何かあるんだよ」
じゃないと騎士団のメンバーとして問題がありすぎるし、協調性が皆無の奴だとはあまり思いたくない。多分何か考えがあってああ言ったんだ。俺は現実逃避するかのようにそう結論付けた。
日が沈み、月が照らす夜。1日でルライドシティに着くことは出来なかったので、火を起こし、野宿をしていた。ツインテールの女性はどこかに行っている。アリアは夜の森が苦手なのか、ガクガクと震えている。
「ううう。何か変なのが出てきそうで怖いです」
「心配するな。変なのが出て来ても俺が守るさ。お前は安心して寝てれば良い」
「でもそれじゃ、カイツが眠れないと思うのですが」
「大丈夫だって。体の疲れはだいぶ取れてるし、多少睡眠を取らなくても余裕だ」
「……じゃあ、手を握っててほしいです。怖いですから」
「それぐらいならお安い御用だ。いくらでも握ってやるよ」
アリアは俺の手を両手で握りながら、馬車の中で眠る。
「ずいぶんと依存してますね。そこの獣女は」
声のした方を振り向くと、いつの間にかツインテールの女性が戻ってきていた。
「アリアをそんな風に呼ぶのはやめろ。それより、何をしていたんだ?」
「この辺りに防壁を貼ってました。こんな感じのものを」
彼女が指を鳴らすと、薄緑色の壁が周囲に出現した。
「これは」
「この防壁があれば、夜は安心して眠れますよ。流石に眠らせずに働かせるのは可哀想なので」
こいつ。一体何者だ。見た感じ、かなり強力な防壁みたいだし、どうやってこれほどの防壁を。
「にしても、そこの獣女は依存しまくってますね。他人に依存しすぎるというのは、良くない傾向ですよ」
「……分かってるよ。時間が出来たら、なんとかしたいと思っている」
「その時間がとれたらいいですけどね。どうも、あなたは獣女に甘すぎるようですし」
「さっきも言ったけど、獣女っていうのをやめろ。彼女にはアリアという名前があるんだ」
「私にとっては獣女ですよ。ちょっと珍しい犬っころ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……お前。嫌な奴だな」
「自覚はありますのでご心配なく。では、私は外で寝ますね」
そう言って、彼女は馬車を出て行った。
「はあ。今回の任務、無事に乗り切れるか不安になってきた」
力もまだ取り戻せないし、レッドオーガよりやばい奴が出てきたら、少しまずいかもしれないな。そもそもレッドオーガとの戦いだって、奴らが貧弱な武器を使ってたから助かっただけだ。もし鉄の武器とかを使われてたらまずかっただろう。だが、それでもやるしかない。人々を、アリアを守るためにも。




