第233話 ダレスとウルの気分転換
夜のバリアスシティにて。ダレスは気怠げな顔をしながらウルに腕を掴まれて連行されていた。彼女の片腕には手錠が付いており、それはウルの片腕に繋がっている。
「ねえウル。今日は任務ばかりで時間を取られたし、早く帰って鍛錬したいんだけど」
「今日はもう鍛錬は終わり。あなた、最近鍛錬のやり過ぎよ。任務での動きは悪くなってるし、時々気絶したように居眠りするし、ご飯は殆ど食べないしで悪影響が出すぎだから、今日は良いところに行って気分をリフレッシュするの。逃げようとしても逃さないからね〜」
「リフレッシュとか興味ないんだけどなあ」
そう言いながらもダレスが逃げようとしないのは、とっくに諦めてるからである。何度か逃げようとは試みたものの、電撃を浴びせられて動きを止められ、手錠をかけられて逃げることを封じられてしまった。本来のコンディションならば手錠を破壊することなど造作もないのだが、今の彼女は鍛錬のオーバーワークと過剰な量の任務で疲れきっており、体が思うように動いていない。そんな状態でも鍛錬に励もうとする彼女は志が強いのか、あるいは何かに追い詰められてるが故にそうなっているのかは彼女にも分からない。
「大丈夫よ。今日はとっても面白い友達もいるし、きっと楽しめると思うわ」
「友達? 騎士団の誰かを連れてきてるの?」
「いえ。その人は騎士団所属ではないわ。昨日知り合ったんだけど、話してみたら凄く楽しくて意気投合しちゃって。今日も一緒に遊ぶ約束をしてるのよ」
「ふーん。ウルについていける人が騎士団以外にもいるとは。世界は広いんだね」
「どういう意味なのかはあえて聞かないであげる。そろそろ目的地も見えてきたしね」
そう言いながらウルが指さしたのは、地下へと続く階段だった。看板などがなく、どこへと続いている階段なのか分からない。そして階段のそばには1人の女性が立っていたら。
雪のように白い肌を持ち、目は血のように赤い。真っ黒なワンピースを着ており、肩には黒い薔薇の形をしたアクセサリーが着けられていた。
「来たわね。ウル」
「やっほーネメナ。待たせてごめんなさいね。任務が長引いちゃって」
「気にしなくて良いわ。私も今来たところだし。それより隣の人は?」
「彼女はダレス。私と同じ騎士団所属で友達よ。ダレス、彼女はネメナ。さっき言ってた私の友達」
「……へえ。それはちょっとラッキーかも」
ネメナがボソリと呟いたその言葉は、ウルたちには聞き取ることが出来なかった。
「ネメナ、何か言ったかしら?」
「ただの独り言。それにしても、その人も騎士団所属なのね」
彼女は興味深そうにダレスのことを見つめており、その目は新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラとしている。
「華奢に見えるけど、しっかりと鍛え上げられてる凄い体。それにかなりの修羅場を潜ってきてる。騎士団というのは、誰も彼も恐ろしいわね」
「そこまで褒めてもらえるのは嬉しいねえ。鍛えた甲斐があるというものだよ」
「流石はネメナ。相変わらず目が鋭いわね」
「でも、何か悩みでもあるのかしら? 心や体が泣いてるように見えるわ。まるで何かに追い詰められてるかのような」
ネメナのその言葉に、ダレスの顔が一瞬だけ険しくなる。
「……そこまで分かるとはね」
「観察力の高さは私の取り柄だから。ああ、安心して。あなたの悩みに深入りするつもりはないわ。会ったばかりの私がどうこうしようとしても、あなたにとっては迷惑なだけでしょうし」
「助かるよ。私にとって、あんまり触れられたくない箇所だからね」
「さて。そろそろライブが始まる頃だし、中に入りましょう」
「そうね。久しぶりのイリードパーティー。とっても楽しみ。ネメナには本当に感謝してるわ。イリードパーティーのチケットなんて手に入れるの大変だったでしょうに」
「ふふふ。あなたもイリード様が好きとのことだし、せっかくだから一緒に楽しみたかったのよ。お礼を言う必要なんて無いわ」
そう言って、ネメナたちは地下に続く階段を降りていく。
「そう言えばウル。目的地はどこなの? イリード何とかって言ってたけど」
「イリードライブね。一言で言うなら本能ライブよ。きっとダレスも楽しめると思うわ」
「本能ライブねえ。男と乱れたりするパーティーとかじゃないよね?」
「そういうのじゃないわよ。大体カイツがいるのに、そんなイベントに参加するわけないし、行くとしても貴方を誘ったりしないわよ」
階段を降りた先にあったのは巨大なコンサートホールだった。会場には、既に多くの客で埋まっている。どういうわけか、ほとんどの客がサキュバス族であり、殆どのサキュバス族が下着としか思えないような服装をしていた。数えるほどしかいなさそうな人間も下着のような姿をしてる者が殆どで、中には上半身が全裸の客もいた。そダレスはその光景に不安を感じたのか、顔を青くしながらウルに質問する。
「……ねえウル。もしかしてこれってサキュバス族専用ナイトパーティーだったりしないよね?」
「だから、そんなイベントにあなたを連れて行くわけ無いって言ってるでしょ。心配しなくても、これは健全なライブだから問題ないわよ」
「全く健全に見えないんだけど。ネメナは平気なの? ほとんどの人の服装がどえらいことになってるけど」
「この程度のことはもう慣れてるわ。本当に驚くのはこれからよ。ふふふふ。狂った所はあるけど、最高に楽しいライブだから楽しみにしてなさい」
「……なんだか怖くなってきた」
顔が更に真っ青になっていくダレスを連れ、ウルたちは空いている席に座る。
「……ねえウル。今からでも抜け出すことって」
「駄目に決まってるでしょ。チケットを取ってくれたネメナに申し訳ないじゃない。心配なら今日は服を着て一緒にいてあげるから。とりあえずはライブを楽しみましょうよ。きっとダレスも気に入ると思うわ」
「そんな予感しないけどなあ」
ダレス達がそんな話をしていると、ホールを照らしている光が徐々に暗くなっていき、やがて真っ暗になった。その直後、1つのスポットライトがステージの中央を照らした。
「待っていたかい。ベイビーたちよ」
その中央に立っていたのは1人の女性。顔や体型が分からなくなるほどのブカブカのローブに身を包んでおり、その手には彼女の背丈の2倍以上あるメイスが握られている。
「私にとって、服は己を縛る鬱陶しい鎖でしかない。しかしこの世界では、全裸で外をあるけば猥褻罪で逮捕される。わたしは絶望した。己の好きな服装で歩けないこの醜い世界を。諸君も思ったことはないだろうか。全裸で出歩きたいのに、世間の目はそれを絶対に許そうとしない。店の中で全裸でメイスを振り回したいのに、そんなことをしたら世間はバッシングする」
ツッコミどころ満載の発言でダレスは少し引いてたが、周りの客はそれに同調するようにそーだそーだと叫んでいた。
「故に、わたしはこのイベントを開催した。こんな服装をしても許されるようにな!」
彼女はフードを空へと投げ捨てた。それと同時にステージ全体が照らされる。彼女の姿は何と全裸であり、頭にサキュバス族をモチーフにしたかのような角が生えていた。彼女が服を脱いだことに呼応するように、客たちも服を脱いで全裸になっていった。
「えっ……なんで裸に」
「さっすがイリード様! いきなり全裸を晒せるなんて素晴らしすぎるわ。流石は羞恥心を黄泉へ捨てた女騎士! ダレス、貴方もあの勇姿を目に焼き付けなさい!」
「これを見るために私たちは来てるのよ!」
「さあ行くよ。レッツ、ロックンパーリー!」
彼女は巨大なメイスを振り回し、ステージのあちこちをぶっ壊しながら歌い始める。
「イェーイ! ロックンパーリーロックンパーリー! 全裸でパーリー全裸でパーリー! うおおおおお!」
迫力のある歌とメイスを振り回していく姿は観客を熱中させ、彼女の歌に合わせてコールが響き渡る。
「全裸こそ至高! 全裸こそ人間のあるべき姿! そう、裸は美しい! イエイイエイイエイイエイイエイイエイイエイ! 全裸、最強! 全裸、最強!」
『うおおおおおおお! 全裸最強!』
会場を包む熱気と歌声。そしてはしゃぐ客たちの姿。ダレスはその光景にすっかり目を奪われていた。最初は全裸で踊ったり歌ったりメイスを振り回すなど、明らかに頭のおかしい事だと思っていたのに、それに違和感を持たない自分がいる。
「世間はどいつも馬鹿ばかり〜。全裸も許さずメイスも許さん。そんな世の中許せるかー!」
『許せなーい!』
「そお! 私たちは自由に生きる権利がある。それを邪魔する世界などくそったれの鼻くそだ!」
彼女はメイスを天井へと投げつける。投げつけられたメイスは天井の一部を破壊し、いくつもの瓦礫が降りかかり、いくつか客に当たったりもしたが、彼らはそんな事を気にせずにコールを続ける。
『全裸、最強! 全裸、最強! 全裸、最強!』
「そうだ! 裸こそ人類のあるべき姿。裸を恐れるな。裸に悩むな。裸になって男と遊んでビッシャビシャ。それこそ人類のあるべき姿!」
『うおおおおおおおお!』
普通に見れば明らかに異常な光景。しかしダレスはそれに引くどころか羨望の眼差しを向けていた。馬鹿としか思えないくらいのイリードの自由な姿。法律もモラルも何も気にしない彼女の勇姿にダレスは感銘を受けていた。
(凄い。普通なら間違いなく頭おかしいと言われる。でも彼女はそんなことを気にせずに自分のあるがままをさらけ出し、これだけの客を惹きつけている。ダレスやネメナが夢中になるのも分かるよ。こんなにも凄い人がいたなんて)
そして思う。自分もあんなふうに自由にやりたいと。そうすればもっともっと強くなれるのではないかと。
(多分、あれこそが私の目指すべき姿なんだ。法律も何も気にしないあの姿こそ。私もなりたい。あんな自由で強い存在に。そうすれば、カイツやニーアと楽しい戦いをすることが)
ダレスが夢中になる光景を、ネメナは面白そうに笑みを浮かべながら見つめていた。
「……へえ。これは本当に面白いことになってきたわね」
コンサートが終わった後、ウルはイリードの書いた全裸マニュアルや全裸になるために必要な6つの知識とかいう本を買うための争奪戦へと向かい、ダレスとネメナは待ち合わせをした場所でウルを待っていた。
「どうだったダレス。楽しめたかしら?」
「凄く楽しかったよ! まさかあんなにも凄いライブを見れるとは思わなかった!」
「そう言ってくれて嬉しいわ。もし気に入らないとか言われたらどうしようかと思ったもの」
「最初はびっくりしたけど、あんなにも凄いパフォーマンスを見せられたら魅入られちゃうよ。イリードって人凄かったなあ。裸でライブしてあんなにも激しく動いて。あの自由っぷりは尊敬するよ」
「あなたも、あんなふうにやりたいと思った?」
その言葉に、ダレスはハッとしてネメナの方を見つめる。
「……気づいてたんだ」
「そりゃあ、あれだけ熱い視線を向けてたら気づくわよ。ウルはイリードに夢中で気づかなかったみたいだけど。で、ダレスもあんな風に全裸で踊ってみたくなっちゃった?」
「いや、流石に裸で踊るのはね。でも、あの自由な姿は私も真似したいと思ったよ。もしあんな自由が出来たら、私ももっと強くなれそうだし」
「そうね。強い奴ってのは基本的に自由な奴ばかりで、頭のネジがどこかぶっ飛んでるのが多いわ。逆に言うと、あなたのような普通の奴には大した強さはないわ」
ダレスは一瞬だけネメナを強く睨むが、ネメナは余裕そうに笑って返す。
「ごめんなさいね。私って何でも正直に言っちゃう所があって。でも今の言葉は事実よ。あなたは少し変わった所があるみたいだけど、ウルのようなぶっ飛んだ所がない。今のあなたじゃ、どれだけ鍛錬しても大した強さにはならない。精々、ウルの腰巾着が良いところかしらね〜」
「あははは。ずいぶんと言ってくれるねぇ。あまりにも非常識でびっくりしちゃったよ」
「怒らない怒らない。でも安心して。そんなあなたでもすぐに強くなる方法がある」
そう言うと、彼女は1枚の手紙を渡した。
「これは?」
「私たちの組織に入るための招待状。もし騎士団を抜けて入れば、あなたは最強の力を手にすることが出来る。カイツやニーアなんて目じゃないくらいにね」
「!? なんでカイツやニーアのことを。それに、私は騎士団を抜けるなんて」
「ノンノンノン。そんなくだらない常識に囚われてたらいつまで経っても弱いままよ。強くなりたいなら常識なんて捨てなくちゃ。カイツたちのような強さが欲しくないの?」
その言葉はダレスにとって魅力的な誘惑ではあるが、それでも騎士団のことを、仲間のことを考えると抜けるという選択はダレスには無かった。
「……確かに、私は強くなりたい。カイツたちと戦いを楽しめるような強さを。でも、それは仲間と決別してまで得たいものでもない。カイツほどじゃないけど、私も仲間が大好きだからね。それに、世界を守る騎士団の仕事はそれなりに気に入ってるし」
「そう。まあ、今はそれで良いわ。気が変わったらいつでも来てちょうだい。私たちはあなたを歓迎するから」
ネメナが指を鳴らすと、彼女の体がどんどん薄くなっていった。
「待って。君は一体何者なの。どうしてカイツやニーアのことを!」
「それを知りたければ、私たちの組織に入ることね。ああ、そうだ。ウルに伝えといて。あなたとの時間はとっても楽しかったわ。また会える日を楽しみにしてるとね」
その言葉を最後に、彼女の体は煙のように消えてしまった。
「彼女は一体……この手紙も」
「あら、ダレス1人だけ? ネメナはどこに行ったの?」
考え事をしてると、ウルがたくさんの本やイリードをモチーフに作られた人形を抱えて戻ってきた。
「ウル。ずいぶんと色々買ってきたんだね」
「そりゃあイリード様のグッズや本なんて滅多に買える機会がないのだから、目一杯買わないとね。それよりネメナは。貴方1人なの?」
ダレスは渡された手紙を見えないように隠しながらウルに話す。
「……うん。なんだか用事があるとか言って先に帰っちゃった。今日は楽しかったってさ」
「んー。楽しんでくれたのはうれしいけど、もう少し待ってくれたら、買った本渡せたのに」
「あはは。まあ、それはまた今度で良いんじゃないかな。それより私は疲れちゃったし、そろそろ帰りたいんだけど」
「せっかちねえ。まあ良いわ。私もグッズの争奪戦に参加してクタクタだし、今日は帰るとしましょう」
そうして2人は、イリードのライブについての感想を語り合いながら帰路についた。
(カイツたちのような強さ。もし常識を捨てることで。イリードのように自由になることでその強さを得られるのなら)
ダレスは、何かが澱のようにへばりついていたのを感じていたがあえて無視した。その道だけは選ぶべきではないと考えて。
月だけが照らす暗い街の中。自らをネメナと名乗った女性は笑みを浮かべながらスキップしていた。
「いつまでここで遊んでるんですか。ネメシス」
上空から何百もの氷の剣が雨のように降り注ぐが、彼女は背中から紅い翼を生やし、その攻撃を防いだ。その直後、彼女の目の前にフードを深く被った女性が現れた。
「ご挨拶ねルリアス。何か嫌なことでもあったのかしら?」
「不可解に思うことならありましたよ。なぜあの者たちと接触したのですか。しかもこちらの正体を探らせるような真似までして、更にはこの街でブラブラ遊んで。もしミカエルがこの街にいたら、探知されて私たちの計画も終わっていた可能性もあるんですよ」
「あなただってアリアに手紙を渡したり、クロノスとかと遊んだりしてるじゃない。お相子よお相子」
「あの女は正体を探るなんてことはしないでしょうし、半分堕ちてるようなものだから良いんですよ。それに、私はミカエルに探知されないようにきちんと対策してましたし。で、なぜダレスに手紙を与えたのですか? 奴がこちら側に付くとは全く思えないのですが。もしあの手紙とかあなたの発言から私たちのことを探られたりしたら」
「……はあ。人間じゃない奴は本当に駄目ねえ。人間の感情の機敏を全く理解してないのだから。やっぱり人間もどきには私たちの事を完全に理解できないみたいね」
「ガブリエルみたいな鬱陶しい事を言わないでくださいよ。あの女が私たちの味方になると?」
「なるわよ。ダレス。あれは面白い逸材よ。歪みはまだ小さいけど、ポテンシャルは中々高い。少し確かめたいことがあったからこの街に来たけど、想像以上の収穫で嬉しいわ。あれが仲間になれば、私の試練はほぼ確実に成功する」
「歪みですか。あの女にそういうものは無いように思えますけどね」
「ふふふ。人間もどきには分からないわよね〜。そういえば、あなたがここに来たのはどういう理由? 私に注意しに来ただけではないでしょう?」
「ガブリエルからの招集です。なんでも、サプライズの最終準備をするから来てほしいとのことです」
「そう。じゃあそろそろ行きましょうか。ガブリエルのサプライズ。天使祭でどんな事になるか楽しみねえ」




