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第223話 カイツたちの休日 後編

 side カイツ


 アリアとの朝食の後、俺は彼女と別れてウルのいる部屋に向かった。何か言われるかと思ったが、思ったよりもすんなりと行かせてくれて助かった。相談する内容が内容だから、出来る限り共有する人は少なくしておきたい。


 部屋の前に着き、俺は扉をノックした。すると、すぐに声が返ってきた。


「誰かしら?」

「カイツだ。少し話したいことがあって」

「来てくれたのね。カイツ!」


 扉が開かれ、ウルが出迎えてくれた。服装は体が少しばかり透けて見える赤いレースのワンピースのような服であり、胸元も半分ほど露出しているし、下の方は少しでも動けば下着が見えそうな程に短くて、妙な気分にさせてくる。というか、なぜこんな服装なんだ。


「入って入って。来てくれるの待ってたわ」

「ああ。お邪魔します」


 彼女に連れられて部屋に入る。部屋は全体的に赤とピンク色で彩られており、ピンク色のお香があちこちに設置してある。それ以外には赤のクローゼットやピンク色の花がいくつも着いている小棚もあった。


「さあさあ。ここに座って座って」


 彼女はピンク色のベッドに座り、その隣をトントンと叩きながらそう言う。なぜベッドに座るのかは分からないが、まあ良いだろう。


「それで? 私に会いに来たのは、デートの約束とかって感じではないでしょ?」

「ああ。実はダレスのことで話があって」


 俺は、昨日の夜でのダレスとの会話、彼女から感じた不安や心配などを伝えた。


「なるほど。ダレスがそんなことを」

「今すぐどうこうなるってわけじゃないと思うが、少し不安でな」

「ふむ。確かに、今のダレスは少し危なかっしい所があるわね。鍛錬は朝から夜までぶっ通し。ご飯も水も取らないのが当たり前みたいになってるし、鍛錬の時以外は部屋に籠もりっきり。顔色も悪い時もあるし、夜にフラフラと倒れそうになったのも見かけたわ」

「完全にオーバーワークで体が壊れてるじゃないか。そんな鍛錬を続けさせるわけにはいかないし、早いことやめさせないと」

「うーん……私としては止めることはおすすめ出来ないわね。逆効果になりそうだし」

「なんでだよ。倒れそうになったのも見かけたんだろ。しかも飲まず食わずで鍛錬を続けるなんて普通じゃない。それを放置するなんてことは」

「彼女の体調が悪くなってるのは、鍛錬による疲れというより、精神面が原因だと思うのよ。多分だけど、貴方の実績や強さを見て追い込まれて、そのせいで体調が悪化してると思うのよね」

「俺の実績や強さで? どういうことなんだ」

「カイツ。貴方は入団当初の頃と比べ物にならないほど強くなったわ。化け物のような強さを持つ六神王やカーリーを倒すほどにね。一方、私やダレスは、六神王とかを1人で倒すことも出来ない。今の私たちと貴方には天と地ほどの差がある。もし、ダレスと貴方が今戦ったら、10秒も持たずにダレスは負けるでしょうね」

「……どうなんだろうな。そんなに早く決着がつくとも思わないが」

「謙遜しなくて良いわよ。貴方だって分かってるでしょ。今の自分と私たちにどれほどの力の差があるのか」

「……まあ、何となくはな。肯定し辛いことだけど」

「その力の差がダレスの焦りに繋がってるのよ。自分が置いてかれてるみたいで嫌なんでしょうね。だから、あそこまで異常に鍛錬を続けている」


 じゃあ、俺のせいでダレスがあんなにも苦しんでるのか。どうすればいいんだ。力を手放すわけにはいかないが、手放さないと、彼女がいつか体を壊して死んでしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。彼女にはずっと生きていてほしい。だが力を手放せば、理想を叶えるどころか、守りたいものも守れなくなる。どうすべきだ。何をすれば彼女を救うことが。


「カイツ。一応言っておくけど、ダレスの体調が悪くなったのは貴方のせいじゃないわ。だから、間違っても力を手放すなんてことはしないでね。そんなことしたら、貴方の理想が叶えられなくなるでしょうし」


 彼女の言葉を聞いて、俺は唖然としてしまった。まるで俺の思考を読んだかのような発言。彼女には読心能力とかは無かったはずだが。


「読心できなくても、貴方の考えてることなんて手に取るように分かるわ。伊達に貴方の妻候補を名乗ってるわけじゃないのよ」

「……凄いな。こうも完璧に心を読まれたのは初めてだよ」


 彼女は本当に人をよく見ている。俺のことやダレスのことも手に取るように理解してるし。読心めいたこともやってのけるし。


「まあそれは良いとして。俺が力を手放さなかったら、ダレスが大変なことになるだろ。俺のせいで彼女が苦しむのを放置するのは」

「放置して良いのよ。これは彼女自身がどうにかしないといけない問題だもの。正直な話、無茶な鍛錬で体を壊そうと、それは自業自得だし」

「ずいぶんと手厳しい意見だな。少し言い過ぎだと思うけど」

「言い過ぎじゃないわよ。過去に似たようなものは何度も見てるしね。だから私からしたら、いつものやつか〜って感じが強いのよ。とはいえ、今回ほど酷いのは流石に見たことないけどね」

「だとしたら、放置するというのは」

「カイツは放置して良いの。この際だからはっきり言っておくけど、今回は貴方が出来る事は無いわ。貴方が何をしても、ダレスにとって負担になるでしょうし。何をするにしても役立たずにしかならないと思うわよ」

「……本当にはっきり言ってくれるな。流石に傷つくかも」

「はっきり言わないと止まらないでしょ。貴方もダレスも頑固な所があるし」 


 頑固かどうかはともかく、確かにここまで強く言われると止まるしかないな。にしても、ウルからこんなにもビシッと言われるとは思わなかった。彼女が強い言葉を使うイメージもあまり無かったし。


「今のダレスにとって、貴方やニーアみたいな強い人の言葉は、どんなものであれ負担やストレスになってしまう可能性があるわ。ダレスからしたら、強者の嫌味にしか聞こえないかもしれないし」

「じゃあどうすれば良いんだ」

「カイツたちより弱い人が対処すれば良いのよ。例えば私とかね。今回の件は私に任せなさい。対処法は知ってるし、私なら上手く事を収められると思うわ」

「本当か。それは助かる!」


 ダレスと長い付き合いのあるウルなら何とかしてくれるかもしれない。俺も手を貸したいが、彼女がはっきりと役立たずと言ったし、今回は出来ることはないだろう。この件に関しては、大人しくするしかないな。


「ただし、何の代価も無しというわけには行かないわね」


 そう言うと、彼女はいきなり俺を押し倒してきた。


「ウル? これは一体」

「ふふふ。王都でせっく……じゃなくて儀式をやってから、体が疼いて仕方ないの。昨日までは何とかなっていたのだけど、もう我慢できないわ。ダレスの件を解決する代価としてっておわ!?」


 いつのまにか、俺は彼女のことを押し倒し、その服に手をかけていた。なぜか彼女の顔は恍惚としており、よだれを垂らしている。


「うふふふふ。カイツが求めてくれるなんて嬉しいわね。押し倒されるだけでぐちょぐちょになっちゃいそう」

「ウル。俺は」

「良いのよカイツ。一緒に獣になって儀式を始めましょう。男と女が昼から翌日まで儀式を続けることは普通のことなの。貴方は本能のままに私を襲って良いのよ。ほら、私にやりたいことをやってみなさい」


 そう言って、彼女はよだれを指で拭き取り、俺の口に含ませる。


「さあ。お互い獣になりましょう。愛の結晶を作るのよ」

「ウル」


 服を脱がそうとした瞬間、彼女は何かに突き飛ばされたかのように横に吹っ飛んで、壁に激突した。


「なんだ!?」

「あびゅ……痛いわね。何よ一体」


 彼女と一緒に入り口の方を見ると、ニーアが睨みつけながらこちらを見ていた。


「ニーア。なんでお前がここに」

「兄様に話があったのだが、まさかまぐわう直前だとは思わなかったよ」


 そう言って、ニーアはウルの方に近づいていく。


「悪いが、2回目は阻止させてもらうぞ。兄様に貴様のような淫乱属性がついても困るのでな。この私を出し抜いて、兄様に好き勝手出来ると思うなよ」

「サキュバスとしての勘だけど、貴方、既に何回も出し抜かれて色々許してる気がす」


 最後まで言い終わる前に、ニーアが放ったレーザー攻撃がウルの頬を掠め、壁に穴を開けた。


「何か言ったか?」

「……何でもないわ。流石に貴方を突破して、カイツの元に行くのは難しいわね」


 ウルはそう言いながら、針のように小さい雷の矢を何本も投げつける。小さくて避けるのは困難そうだが。


「なら素直に諦めてほしいのだが」


 ニーアはそれらを全て掴み取る。そのまま自身の魔術、消滅(デリート)で針を消滅させた。


「この程度の不意打ちは通用しない。私を退けてまぐわいたいなら、クロノス程度の実力は身に着けろ」

「あんな化け物を程度で済ますとはね。ダレスが病んじゃう理由も分かるわ」


 ウルはそう言いながら両手を上げ、降参の姿勢を見せる。


「降参。元よりタイマンで戦うのは苦手だし、貴方が相手だとどうしようもないわ」

「よろしい。では兄様。少し話があるのだが、私とデートしてくれ」

「デート!? そんなのだめよ。私だってカイツと殆どデート出来てないんだし、行くなら私も」

「貴様は既に兄様とやることやってるだろ。今回は私に譲れ。どうしても譲りたくないなら実力で黙らせても良いが」

「……むう。分かったわよ。今回は貴方に譲るわ。確かに、ちょっと好き勝手しすぎたし」

「よろしい。では、兄様はどうだ? 私とデートしてくれるか?」

「デートは構わないけど、どこに行くんだ?」

「ここからかなり近い所だ。行くぞ」


 そう言ってニーアに連れて来られた場所は。


「お前の部屋か。本当に近い所だったな」


 ニーアが使用している部屋だった。壁や床、家具は白黒のモノトーンとなっており、大きな本棚には沢山の本がぎっしりと詰め込まれている。ベッドには白い天蓋がつけられており、部屋の雰囲気と合わさって美しい。


「外でデートするのも良いと思ったが、久しぶりにやりたいことがあってな。そこに座ってくれ」


 そう言われて黒いソファーに座ると、彼女は一冊の本を取り出し、俺の隣に座る。


「昨日、町を散策してる時に見つけてな。兄様と一緒に読みたいと思って買ったんだ」


 そうして見せてくれたのは、一組の男女が結婚式をしている絵が描かれた表紙の本だ。裏にあらすじが書かれており、一般家庭の男と貴族の女性が身分の差による困難や試練に立ち向かう物語らしい。


「へえ。ぱっと見た感じ面白そうだな」

「そう言ってくれて良かった。では、早速読んでみよう」


 彼女はそう言いながらページをめくり、俺と一緒に本を読んでいく。

 一般家庭の男、カイルと彼を兄のように慕う貴族の少女、ニルアの恋愛。2人は相思相愛で結婚も考えていたのだが、彼等の両親や周囲の環境がそれを許さず、2人の仲を引き裂こうと様々な妨害を働いた。

 それだけでなく、カイルには自分を慕い、愛してくれる女性が何十人もいるのだが、彼女たちも2人の関係を引き裂こうと動くのだ。しかし、それはニルアから奪ってやろう等という悪意からではなく、カイルが身分の差による恋愛で苦しまないように守るためという善意だ。彼女たちはカイルが辛い目に合ってほしくないから、心を鬼にして2人の仲を裂こうとするのだ。

 確かに、現実でも身分の差による問題等は何度か聞いたことがある。一般家庭の男が貴族と結婚するとなると大変なことも多いだろうし、殺される危険もあるかもしれない。彼女たちの気持ちも理解出来た。

 最終的には、カイルは自分を慕ってくれる女性たちと決別し、心から愛するニルアと結婚することを決めた。彼女もそれに応えるように貴族としての地位を全て捨て、彼と共に駆け落ちする未来を選んでエンディングを迎えた。


「色々と、考えさせられる物語だったな」


 もし、この物語に続きがあるとしたら、2人の駆け落ちでニルアの家は大変なことになるだろうし、カイルの両親や彼を慕う女性たちも悲しむだろう。けれど、カイルたちは身分の差に苦しむことはないし、面倒なしがらみに縛られることもないだろう。


「兄様は、カイルの行動が正しいと思うか? それとも悪と思うか?」

「……どうだろうな。周りの人を悲しませたから正しいと言うことは出来ないけど、だからといって2人の行動を悪と断じるのもな」


 別れることが正しい選択とは思えない。それでは2人が幸せにならないし、下手をすれば病んでしまう可能性もある。そうなったら、結局周りも幸せにはならないだろう。とはいえ、全てを切り捨てるというのも。


「ニーアはどう思うんだ?」

「私は、彼等の行動は正しいと思うぞ。カイルは真に愛する人の為に周囲との縁を切る覚悟と決断をし、ニルアの元へ向かった。ニルアもそれに応えるように地位と家族を捨てる覚悟と決断をし、彼と添い遂げる道を選んだ」


 ニーアは俺の手に自身の手を重ね、肩にもたれかかる。


「もし私がニルアで兄様がカイルだとしたら、私もニルアと同じ行動を取るだろう。私は何をしても、どんな外道なことをしてでも兄様と添い遂げたい」

「ニーア。それは」

「分かってる。そんなことをするのは良くないだろうし、兄様が喜ばないことも。でも、こういうのは理屈じゃないのさ。まあ、流石に周りを切り捨てるとなると多少の躊躇はあるが、それでもやらなければならない状況になれば、やる。やる覚悟もある。兄様はどうする? もし、私が全てを捨てて兄様の所に行こうとしたら」

「全力で止める。そんなことをしたら、切り捨てられた人たちが可哀想だろ。それに、俺はカイルでもないし、お前もニルアじゃない。もし、この2人と同じような状況が来たとしても、別の答えを見つけられるさ。俺は誰も切り捨てたくないし、みんなを愛してる。だから、皆と一緒に家族になって添い遂げたい。綺麗事と揶揄されようが罵られようが困難が襲いかかろうが、諦めるつもりはない」

「……そういう浮気性みたいな所だけは、カイルを見習って直して欲しいのだが。というか正直な所」


 ニーアは俺の膝の上に向かい合わせで座り、ほっぺを掴む。


「ニーア?」

「色んな女に手を出して、いつのまにか食われて結晶仕込まれて、私のことは放置して。付き合いだけで言うなら、私が一番長いというのに。ファーストキスも捧げたというのに」

「いや、別に放置してるつもりは」

「放置してるだろ。アリアとかリナーテとかダレスとかに構ったりして。少し寂しかったんだぞ。お前の言う皆と添い遂げたいに私は入ってないのか〜?」

「それは……すまない」


 確かに、ここ最近ニーアとあまり話してなかった気がするな。彼女を悲しませて何が皆と添い遂げたいだ。


「ニーア。今日1日は一緒にいよう。どこか出かけたい所とかあるか?」

「いや。昨日あちこち出かけて疲れてるし、出かけるのは遠慮する。それより」


 彼女は俺を押し倒しながらソファーに寝転がる。


「このまま私の抱き枕になれ。こういうの、一度やってみたかったんだ」

「了解。それなら、今日1日、こうしてダラダラ過ごそうか」

「ふふふ。思えば、こうして一緒に寝るのはヴァルキュリアの研究所で過ごしてた時以来だな。戦いもなく、こうしてのんびりできるというのは幸せだ」

「そうだな。ヴァルキュリア家との戦いも終わったし、ようやく一息つける。ま、天使祭とかあるし、やることは山積みなんだが」

「それでも、こうして休む時間くらいはあるだろう」

「だな」


 そうして2人、しばらく言葉を交わすこともなく寝転がっていた。彼女の体温は温かく、その体は柔らかくて心地良いせいか、瞼がすぐに重くなってきた。


「兄様。私は兄様のことを誰よりも愛してる。兄様のためならなんだってやれる。だから、私から離れたりしないでくれよ。天使の女狐とかネメシスとかアリアとか、色んな女に振り回されても、こうやって私の元に帰ってきて、抱き枕になるなら許してやるから」

「心配するな。俺は絶対にニーアの元に帰ってくる。」


 俺は不安そうに話す彼女を安心させるように強く抱きしめ、頭を撫でる。


「ニーアこそ、俺に愛想尽かしてどこか遠くに行くなんてことはしないでくれよ?」

「安心しろ。私が兄様に愛想を尽かすことはあり得ない。どれだけ浮気性であろうと、優しくてかっこよくて、こうして傍にいてくれる兄様が大好きだから」

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