第216話 村の惨状
俺達は別の綺麗な川で体を洗い流した後、ダンホロ村へと向かっていた。
「いやー。これは酷いね。誰がこんなことしたんだか」
道中の森は酷い有様だ。多くの動物や魔獣、村人らしき人たちが無残に殺されており、あちこち血まみれで腐臭も漂っている。鋭利なもので斬られたかのような痕も大量にあった。そして、何より奇妙なのは。
「カイツ。殺されてる人たちの顔」
「ああ。差異はあるが、どいつもこいつも穏やかな顔をしている。不気味なくらいにな」
殺された人たちには恐怖や憎しみ、怯え、そういった負の感情は全く感じられないし、抵抗したような感じも見られない。まるで、殺されたことに気づいてないかのようだ。どんな方法で攻撃すればこんなことを出来るんだ。
「んー。誰かに暗殺されたからこうなったのかな? ほら、それなら抵抗した跡が見られないのも納得じゃん」
「だとしても、こんな穏やかな顔で死ぬことはあり得ない。それに真正面から斬られたような傷を負った奴もいるし、暗殺ではないだろう」
「それなら……安楽死したかった変人とか? あるいは死にたくて死にたくて仕方なかった自殺厨の狂人という可能性も」
「そんなわけないだろ。ふざけてないで真面目に考えてくれ」
「こんな不可思議殺人事件なんて、真面目に考えても分かんないもーん。手口も犯人も動機も不明。情報が無さすぎてなーんにも分からないし、少しはふざけてるほうが気が楽だよ」
「……ったく。こういう時は、そのお気楽な性格が羨ましいな」
「ふっふっふー。それほどでもないさ」
「褒めてない」
そんな話をしながら歩いてると、村に辿り着く。
「うわあ……これはきついな」
リナーテが口をおさえ、気持ち悪そうにしながら呟く。
予想はしてたことだが、村も酷い光景になっていた。村人全員が無残に殺されていて、あちこちに返り血が飛び散っていて、草木や家が真っ赤になっている。そして、ここにいる殺された村人たちも全員、穏やかな顔をしていた。
「カイツ。あれを見て!」
リナーテがそう言って指さした方を見る。そこは子供が遊びそうな砂場であり、子供たちの体が無残に散らばっている。そして、砂場にはこんな文字が書いてあった。
【Fランク、10名と25匹死亡 ヒエラルキー◯。Gランク、28名死亡 ヒエラルキー✕。残り5名殺すことが必要。Hランク、22名死亡 ヒエラルキー◯】
「なんだ。この意味不明な文は。暗号か何かか?」
「なるほどの。どこかで見たようなことがあるかと思ったが、そういうことじゃったか」
書かれた文に混乱していると、突然、ミカエルが実体化して現れた。
「ミカエル。何か分かったことがあるのか?」
「ああ。この惨状を引き起こした犯人はラファエルじゃよ。妾たちと同じ四大天使の1人。こういうことが出来るのはあやつ以外におらんからな」
「こういうことって? 人を笑顔のまま殺すこと?」
リナーテが質問すると、ミカエルは首を振って否定する。
「いや。殺されたことを自覚させずに殺すことじゃ。村人や魔物たちは自分が死んだことに気付いておらぬ。あの世で自分が生きてるとでも錯覚しておるじゃろうな。こんな穏やかな顔をしてるのが証拠じゃ」
「仮にそいつが犯人だとして、こんなことをする理由は何だ?」
「恐らく、あやつの理想が原因じゃろうな」
「理想? どんな理想を目指してたら、こんな酷いことが出来るんだよ」
「美しきヒエラルキーを作るという理想さ。こいつらはそのための犠牲になってもらったんだ」
後ろから声がした瞬間、俺はとてつもない威圧感と不気味な気配を感じ、後ろを振り返って臨戦体勢を取る。リナーテも同じものを感じたようで、とっさに振り返って戦闘態勢になる。
「妙な気配を感知したから来てみたが、まさかミカエルの器に会えるとは思わんかったよ」
そこに現れたのは緑髪の男。髪は意思を持っているかのように揺らめいている。顔立ちは整っている方ではあるが、彫りが深く強面で、凶悪な雰囲気だ。翡翠のように輝く瞳は優男のように開いているが、底しれない何かを感じる不気味な瞳。三角の飾りが着いたネックレスを首から下げており、両肩にも三角の飾りが着けられている。白いシャツにあちこち穴が空いた青いズボンを着用しており、裾には小さなエメラルドが散りばめられていた。
「久しぶりだな。ミカエル」
「ラファエル。相変わらず気味の悪いアクセサリーをしておるの」
ラファエル。ということは、こいつがガブリエルやウリエルと同じ四大天使。道理で底しれない魔力や不気味な雰囲気を感じるわけだ。軽く見積もっても、王都で戦った時のカーリーの10倍以上の魔力がある。
「か、かかかかカイツ。これは……この魔力はちょっと」
「落ち着け。そんな状態じゃ、まともに歩くことも出来ないぞ」
リナーテはガクガクと子犬のように震えており、今にも腰を抜かしそうだ。まずいな。いざという時、こんな状態の彼女を逃がせるかどうか。
「ミカエル。しばらく見ないうちに随分と弱くなったな。今の君の強さはDランク以下といったところか。Sランク最強だったあの頃とは比べ物にもならなくて嘆かわしいものだよ」
「相変わらずランク付けが好きなようじゃの。その値踏みをするような目。気持ち悪くて仕方ないわ」
「そういう君は、ヒエラルキーの美しさを未だに理解できてないようで悲しいよ。君がヒエラルキーの美しさを理解し、そこにいる女狂いの器を殺してくれたら、俺も仕事が楽なんだけどな」
お互いフランクに話してるように見えるが、醸し出される殺気や魔力の圧が尋常ではない。だが、今はそれに屈してる時じゃない。
「おい。この惨状を生み出したのはお前か」
「惨状……やはり、ミカエルの器もヒエラルキーの美しさを、この美しい村の姿を理解できないか。でなければ、のうのうと生きてられるわけがない。おまけに四大天使である俺に対してタメ口。やはり人間というのは駄目だな。目上の者に対して敬意というものがなく、無礼で醜い。なんでガブリエルがあそこまで執着してるのか理解不能だよ」
「そんなことはどうでもいい! そのヒエラルキーとやらがなんなのか知らないが、そのために村人たちを殺す必要はあったのか!」
「あるに決まってるだろ。彼らが死んだことで、この世界のヒエラルキーは美しくなった。俺はその美しい世界で快適に過ごすことが出来る。村人たちを殺す必要しかないだろ。お前だって、自分の部屋が汚れてたら綺麗にするだろ。それと同じだ」
「ふざけるな! どう考えても同じじゃないし、ここの村人たちや動物たちを殺す必要なんてないだろうが。命をなんだと思ってるんだ」
「……はあ。悲しいものだなあ。こんなにも美しいヒエラルキーの世界を何一つ理解出来ないとは。おまけに」
突如、奴の魔力が更に大きくなり、嵐のような風が吹きすさび、建物や死んだ村人たちを吹き飛ばしていく。
「ぐっ。この魔力は」
これが四大天使か。今まで戦った敵とは桁違いのオーラ。一瞬でも気を抜いたら死は確実。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ。か、かかかかカイツ。これやばいって! なんとかしてよーー! あいつをやっつけてーーー! もし私を守れなかったら超超超恨むからねー!」
「なんとかと言われてもな。六聖天・第3解放!」
六聖天の力を発動して奴の魔力や圧に対抗しようとするも、まるで話にならず、奴の風に吹き飛ばされそうになってしまう。
まずいな。どう考えても力の差は歴然。勝つ負ける以前に、まともな勝負が成り立つかどうか。
「貴様がミカエルの器になったせいで、ヒエラルキーに大きな乱れが出来てしまった。どんな女も付け狙う節操なしで、愛の価値も知らないクソ野郎で、ヒエラルキーを崩壊させる。お前は人類史上、最低最悪の災害だよ。これほどまでに罪深い人間は見たことがない」
「は? 一体何を言ってるんだ」
「貴様の存在が、世界にとっての害と言ってるのさ。聞く所によると、貴様は色んな女と親密になってるらしいな」
「だからなんだ。それがお前のヒエラルキーとやらに何の関係がある」
「大アリさ。貴様が色んな女と無責任に子供を作ったり家族になったりすれば、そのせいでヒエラルキーが崩れ、世界が醜くなってしまう。それを防ぐためにも」
奴がいつの間にか俺の前に立っており、緑色の両刃の剣を握っていた。
「お前たちにはここで死んでもらう」
「なっ!? 剣舞」
「遅い」
「カイツ!」
剣が襲い来るかと思ったが、奴は剣を振り上げた所で止まった。ミカエルの手から白い鎖が巻き付いており、それが剣を縛り付けて動きを止めていた。
「カイツ。今すぐ逃げろ。こやつの相手はまずい。今のお主では絶対に勝てぬ!」
「Dランクごときが邪魔をするな!」
奴が睨みつけると、ミカエルは大きくふっ飛ばされてしまった。
「がっ!?」
「ミカエル!」
「これで本当の終わりだ」
刀で防ごうとするも、奴の刃はあまりにも早く、鞘から抜く暇すら無かった。刃が俺の体に当たり、殺されたかと瞬間。
「ラファエルは0.001秒後、大きく吹っ飛ぶ」
突如、奴が何かに吹き飛ばされたかのように大きくぶっ飛んでいった。
「ちっ。受胎告知か」
奴は忌まわしそうに何かを呟いた後、体勢を立て直して上手く着地する。声のした方を見ると。
「いやー、ギリギリ間に合って良かったよ。大変な所になるところだった」
そこに立っていたのは貝殻水着の女、ガブリエルだった。彼女は背中から2対4枚の水の翼を生やしている。
「ガブリエル」
「やあカイツ。ラファエルとマッチングするとは、君もついてないね〜。そこのビビリちゃんは大丈夫かい?」
「は、はひ」
リナーテが腰を抜かしながら返事をする。
「ガブリエルか。まさか権能を使ってまで俺を止めるとは思わなかったよ。お前はその力を2度と使わないと思ってたのだが」
「君から守るためには、なりふり構ってられなかったからね。もう~。彼に手を出すのはやめてくれないかな。彼が死ぬと色んな奴がうるさくて大変なんだから」
「そいつとそいつの女を殺せば、ヒエラルキーの乱れはなくなり、世界は美しくなるのだぞ。それを知っても邪魔しようというのか」
「相変わらず、君の言ってることはよく分からないよ。くだらない理由で人間や動物を殺したり産ませたりして何が楽しいのさ」
「まだヒエラルキーの美しさを理解できていないとは。四大天使というのは、どうしてどいつもこいつも愚かな奴らばかりなんだ。挙句の果てには、そこにいるような人間の底辺を守ろうとするとはな!」
奴がそう言った瞬間、俺とリナーテを水のドームが包み込む。その直後、何百もの斬撃がドームに襲いかかった。
「ぎゃあああああ!? なにこれ。これがあいつの魔術なの!?」
「違う……これはただの剣術だ」
「おっ。カイツくんは察しが良いねえ。そう。これはラファエルの得意とする神速剣術。私が守ってなかったら、君たちは死んだことにも気づかなかっただろうね」
なんて奴だ。これだけの数の斬撃を放つのも異常だが、放った動きが全く見えなかったのは異常すぎる。六聖天の第3解放で動体視力もかなり向上しているのに、奴が斬撃を放つ動きを目で追うことすら出来ないなんて。
「無駄だよラファエル。カイツくんたちはともかく、私にその程度のスピードの斬撃は通用しない」
ガブリエルも異常過ぎるな。彼女は俺が全く見えてなかった斬撃を完璧に見ていた。でなければ俺達を守れるわけがない。しかも口ぶりから察するに、彼女にとっては、あのスピードは簡単に対処できるレベルということ。あまりにも、次元が違いすぎる。
「ラファエル。ここは一旦退いてくれないかい? 私達が本気で殺し合えば、国1つは簡単に消し飛ぶだろう。そんな事をしたら、君のヒエなんたらが乱れると思うんだけどな〜。私としても国が無くなるのは困るし、退いてくれるとありがたいな~」
「……どうあってもそいつを守る気か? そいつはヒエラルキーを大きく乱し、まともに心の成長もしていない人類最低の男だぞ。おまけに色んな女に手を出す節操なしのカスときた」
「君がどう思おうと、私は彼を気に入ってるし、来たるべき時が来るまでは守ると決めてるんだ。それにさっきも言ったけど、彼を守らないとうるさい人達もいるしね〜」
そのまま一触即発の状態がしばらく続いていたが、奴が諦めたかのように殺気をといた。
「ふん。今だけは見逃すとしよう。ここでお前と争うことにメリットもないし、うっかり殺してしまったら本末転倒だからな」
「勝つ気満々ってのがむかつくなあ。さっさとどっか行ってよ~。君の未来を予言しちゃうよ~?」
「……ちっ。相変わらず鬱陶しい女だ。ここでお前と戦っても利益はないし、今だけは大人しく従ってやる」
奴はその捨て台詞だけを残してその場を去っていった。
「ふ、ふひひひひひ。た、たたたた助かった~」
リナーテは気が抜けたのか、その場にへたりこんでしまった。よくみると、彼女の足元が少し濡れているような気もするが、詮索しない方が良い気がした。
「ふう。彼が退いてくれて助かったよ。もし本気の殺し合いなんて起きたら、君たちを守るどころじゃなかったからね~。怪我はないかい?」
「はい! ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。あなた様は私の命の恩人です! もう足を向けて寝られませんよ。本当にありがとうございます!」
リナーテはガブリエルに感謝しまくっていたが、俺は奴に感謝しようとはどうしても思えなかった。守ってくれたことはありがたいが、俺たちを助けたことに関して何か碌でもない事を企んでるようにしか思えなかったからだ。
「なんじゃ。あやつは撤退したのか?」
ミカエルが肩を抑え、ふらふらとしながらこっちに戻ってきた。
「ミカエル。体は大丈夫なのか?」
「なんとかの。にしても、まさかお主が助けるとは思わんかったぞ」
ミカエルはそう言いながらガブリエルの方を睨みつける。
「どういう風の吹き回しじゃ? なぜカイツ達を助けた」
「私には私の目的がある。そのためにカイツを生かしただけさ。そこのビビリちゃんはついでだけどね~」
「それは、来たるべき時とやらのためか? お前は何を考えている。俺で何をしようというんだ」
「悪いけど、それはまだ話せないかな。今話したら、君の試練が簡単になってつまらなくなるからね~。でも何も話さないというのもあれだし、1つ忠告してあげよう。学習しない男は嫌われるよ」
「? どういう意味だ」
「言葉の意味は君が考えるんだ。でないと試練が面白くならない。じゃあね~」
奴はそれだけ言い残し、水となって地面に染み込んでどこかに行ってしまった。
「カイツって、四大天使に色んな縁があるんだね。ウリエルやラファエルに襲われたり、ガブリエルに助けられたり、ミカエルの器になったり。いやー、全く羨ましくない凄い人生だよ。おまけに色んな女に刺されたり襲われたりするしさ~」
リナーテはそんなことを言いながら俺の肩を叩く。いつもの軽口だろうと理解していたが、その言葉は俺の心を大きく抉った気がした。
もしガブリエルが助けてくれなかったら、リナーテは確実に殺されていた。それだけじゃない。ウリエルの一件で、クロノスやニーア、他の騎士団メンバーにも大きな迷惑をかけた。
愛の価値も知らないクソ野郎で、ヒエラルキーを崩壊させる。お前は人類史上、最低最悪の災害だよ。
愛。俺がそのことについて理解していれば、こんなことにならずに済んだのだろうか。思えば、俺はウルやミカエルとやった儀式についても詳しく知らないし、恋とか愛がどういうものなのかもよく分かってない。もし分かっていれば。
「カイツ。どうかしたのか?」
「……ミカエル。今回の件は、いや、今回の件だけじゃない。ウリエルの件とかもそうなんたけど。 もし俺が節操なしとか呼ばれないような人間だったら。愛のことを理解出来る人間だったなら、みんなが危ない目に合わずに」
「お主がどんな人間だとしても、妾の器になった時点で、あやつらは襲ってきたじゃろうし、お主の仲間は危険に晒されたじゃろうよ。ラファエルやガブリエルの言ったことを気にしとるかもしれんが、そんなの気にしなくて良いのじゃ。お主は今のままが一番かっこよくて最高じゃからな」
「えー、私はもう少し変わってほしいと思うけどなあ。例えば私一筋にならないところとか他の女にがびゅ!?」
リナーテが最後まで言い切る前に、ミカエルが口を塞いだ。
「黙っとれ。今のカイツに余計なもの背負わせる必要はないんじゃ。せっかくヴァルキュリア家との戦いを終えて気持ちが楽になったあやつにまた重荷を背負わせてどうする」
「でもでも、これは言っとかないとダメじゃん。私一筋にしたり、これまでの女たらしの罪を懺悔させて私がマウントとって尻に敷くたべべべべべべべ!?」
「しょうもないこと考えるこの頭を潰してやろうか!」
「いだいいだいいだい! 離してえええ! マジで頭が潰れりゅうううう!?」
彼女たちが小声で話してるから、何を話してるかは聞き取れなかったが、リナーテの頭が掴まれてるところからすると、また余計なことでも言ったのだろう。
「カイツ。お主は何も気にせんで良い。今回の件もウリエルの件も、お主に非は無いのじゃから。そんなことを考えとる暇があるなら、今の状況をなんとかすることを考えい」
「……そうだな。とりあえず、ロキ支部長に連絡してこっちでも少し調査してから、本来の食糧調達任務に戻るとしよう」
「ええ。めんどくさいなあ。今日は色々あって疲れたし、もう休みたいんだけど~。カイツおぶって~。今回はカイツのせいで大変な目に合ったんだし、私とも儀式ってやぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」
「お主はもっと真面目に働け! 真面目に働かぬうちはカイツに手出しなどさせぬからな!」
「いびゃいいびゃいいびゃい! 分かった! 真面目に働くから頭だけばばばばばば!」
「たく。早くいくぞ。狩る動物はまだまだいるんだし、手早く終わらせないと」
その後、俺はロキ支部長にダンホロ村の惨状を伝えた後、嫌がるリナーテと一緒に食糧調達の任務に赴いた。
任務の間、俺の心にはガブリエルやラファエルの言葉がナイフのように突き刺さっており、どうしても集中することが出来なかった。




