第213話 マリネの末路 そして新たなるステージへ
青い光が消えると、周囲の地面は何かで抉られたかのようにへこんでおり、いたるところが水浸しになっている。しかし、クロノスは黒い盾を周囲にいくつも展開して身を守っており、無傷だった。
「やはりこの程度では殺せませんか。流石というべきですかね」
「その口ぶり。あなたは私の正体を」
「ええ。よーく知ってますよ。なにせ私は」
フードを被った者が自身の正体を話そうとした瞬間、四方八方から緑のレーザーがその者に襲いかかる。しかし、その攻撃は水で作られたドーム型のバリアによって防がれてしまった。
「変な気配を辿ってきてみれば、随分と面白いことになってるな。私も混ぜてくれ」
そう言いながら、ニーアがクロノスの隣に立つ。目は赤く輝いており、熾天使の黒い翼が3対6枚で背中から生えていた。
「ありゃ。偽物天使も来ちゃいましたか。これは面倒ですね。さてどうしたものやら」
フードの者が指を鳴らすと、ニーアは水の球体の中に閉じ込められる。
「あなたに用はないんで、しばらくじっとしてて下さい」
球体はそこから一瞬で凍り、彼女は氷漬けにされた。しかし、それは一瞬で砕かれた。
「悪いが、今の私にこんなものは効かない!」
そしてフランベルジュのような形の緑色の剣を生み出し、フードの者に斬りかかる。フードの者はその攻撃を水の盾で受け止めた。
「水の力。それにその魔力からして、ガブリエルの契約者か?」
「半分正解、半分間違い。私は少し特別でしてね」
その者の体がフードごと煙となり、ニーアの剣は空を切る。そして少し離れた所で煙が集まり、その者の体が作られた。
「氷、水、そして気体……なるほど。水の三態変化を操る魔術か。確かに、普通の契約者とは少し違うらしい」
「邪魔をしないでください。そいつは私の獲物ですよ」
そう言ったクロノスが一気に距離を詰め、持っていた黒い大鎌で斬りかかる。フードの者の体は気体に変化し、攻撃は空を切るかと思われたが、突如実体化し、その攻撃を水の盾で受け止めた。
「危ない危ない。そういえば、あなたは魂の専門家でしたね。こんなんじゃ避けられませんか」
「ええ。体を液体にしようと気体にしようと、魂を捕らえる攻撃は避けられません。あなたならよく知ってるでしょう」
「ですね。しかし、この程度の攻撃で私の盾は貫けませんよ!」
盾から青い衝撃波が放たれてクロノスは大きく吹っ飛ばされた。しかし、即座に体勢を立て直して着地する。その直後、フードの者の周囲にいくつもの青い火の玉が出現した。
「これは」
「吹き飛べ。スピリットボム!」
火の玉が輝き、大爆発の渦に巻き込んで煙に包み込まれる。
「これで死んでくれてると良いのですが」
「残念ですけど、この程度で私は死にませんよ」
煙が晴れると、フードの者は服のあちこちが焦げていたが、それでも十分に余力を残していた。
「ふむ。魂を操る魔術にあらゆる物質を消滅させる魔術。実際に立ち合うと色々な事が分かりますね。せっかくですからもう少し」
その者の魔力が増大していき、クロノスたちが警戒したその瞬間。
「いつまで遊んでるんだい。ルリアス」
上空から声が響き、ガブリエルがその場に舞い降りた。
「ガブリエル」
「小手調べはもう十分だろ。早く帰還したまえ。君とクロノスが戦うべき舞台はここではない」
「もう少し調べたいんですが。気になることもありますし」
「だめだ。これ以上ここにいると、ミカエルとかに探知される可能性がある。そうなると、試練の難易度が上昇してつまらないことになるし、君の望みも叶わなくなるよ」
ルリアスと呼ばれた者は増大していく魔力を消し、戦闘態勢を解いた。
「……分かりましたよ。ここは退きます。望みが叶わなくなるのは困りますしね」
「よろしい。ニーア、クロノス。私の身内が失礼したね。お詫びをしたいところだけど、私にも予定があるし、これで失礼させてもらうよ」
「……はあ。10秒以内にここから去れ。でないと殺す」
「寛大なお心に感謝するよ。やはり人間は優しくて素晴らしいね~」
ニーアが邪魔くさそうに手を振ると、ガブリエルはルリアスを抱え、水になってその場を去っていった。去ってから数分した後、クロノスが質問する。
「よかったんですか。あれを逃がして」
「ガブリエルが相手となると、奴を捕らえるどころではないからな。私もまだ本調子とは言えないし、こんな場所で戦ったら大変なことになる」
「確かにそうですね。では、私はこれで失礼します。まだパーティーが続いてると良いのですが」
「待て。お前、あのルリアスという奴について何を知っている。初めて会ったというわけでもなさそうだが」
「あなたに話す必要はないでしょう。私にも色んな知り合いがいる。それだけのことです」
「あの力。ただの契約者というわけではなかった。熾天使の力に似た妙なもの。ガブリエルと契約したというだけであんな力は出せないだろう。お前はあの力の正体を知ってるんじゃないのか? こういうのを秘密裏にされると私が困るんだが」
「あなたが困ろうと知ったコッチャありませんよ。それに、仮に私がルリアスとかいうのについて知ってるとして、話すメリットがどこにありますか」
「メリットか。ならばこれはどうだ? もし奴について教えてくれたら、こいつをプレゼントするぞ」
そういって、ニーアはいくつかの写真を見せびらかす。それはカイツの盗撮写真であり、水に濡れて服が透けてる写真や雰囲気が変化している写真、その他にも2歳ほど若くなってるような写真もあった。
「……はあ。分かりましたよ。写真の代価として、最低限の情報は渡してあげます。どうせ、あなたにも多少関わりがあることでしょうし」
side カイツ
民衆主催の戦勝記念&復興記念パーティーの翌日。俺は薄暗い地下の中を進んでいた。そこはいくつもの地下牢がある場所であり、王国が死刑宣告した犯罪者やテロリストなどを一時的に収容する場所だ。
俺はその廊下を進んでいき、ある場所にたどり着く。その地下牢にはマリネが入っていた。両腕を壁に縛り付けられ、魔封じの首輪も着けられている。更にダメ押しといわんばかりに両足に剣が突き刺さっていた。随分と酷いことをするものだ。
「マリネ」
「ようやく来たか。ずいぶんと遅かったな」
「悪い。会うためにも色々と手続きが多くて」
「ふん。それで? 家や職を失った奴らはどうなったんだ? 復興は進めてるだろうが、それでも多くの人たちが路頭に迷うだろうし、他の町に行かせるにしても限界はあるだろう」
「その辺は問題ないよ。とりあえず、いろんな奴らに掛け合って職や家の支援をしてくれるよう頼んだから。こことは別の世界だから大変かもしれないが、あいつらなら上手く支援してくれるだろう」
「ほお。異世界の連中か。面白い奴らを頼ったものだ。人間に害を与える可能性とかは考慮してるのか? 異世界に住む奴らの中には野蛮なのも多いし、人間を好き好んで食い殺す奴もいるぞ」
「そこも心配はない。俺が頼ったあいつらは、人間に危害をくわえるような奴らじゃないし、安全に暮らせると思う」
「そうか。一応、理想のためにあれこれ働いてるみたいだな。てっきり戦うしか能がないと思ってたよ」
「弱者の虐げられない世界を作るためには戦えるだけじゃだめだ。弱い人たちを食い物にする外道たちから守るために、様々な策を講じる必要がある。俺はその策を考えて実行しただけだ」
「本当に凄いな。お前のような強く、優しい人間がこの王国かレイフィードにいたら、私やテルネの未来も変わってたのかもしれない。もしかしたら、3人で幸せに暮らす未来も」
「……マリネ」
マリネは王国転覆を狙ったテロリストとなっており、本来なら即座に死刑になるはずだった。しかし、それに対して異議を唱える者がいた。1人はアクア・リグラード。彼女はマリネの過去を鑑みて多少の情状酌量の余地があると進言した。もう1人はノース支部支部長のロキ・エターナル。彼女もマリネを死刑にせず、何十年かの禁固刑にするべきだと国王に進言した。本来なら支部長とはいえ、王族関係者でもない彼女が進言するのは不可能なのだが、アクアが今回の騎士団の働きに感謝し、進言できるように取り計らってくれたようだ。国王も自分の娘の意見を無下にはできなかったらしく、判決は30年の禁固刑となった。だがその場所は。
「すまない。俺にもっと力があれば、こんなことには」
「お前が謝る必要などどこにもない。本来なら死刑でもおかしくなかったのに禁固刑にまで減刑されたのだ。これほど幸運なことはない。ま、あのアクアとかいうクーデターの先導者に助けられたというのは、気に食わない話ではあるが」
「だけど、氷河監獄で30年だぞ。実質、死刑宣告のようなものじゃないか」
氷河監獄は史上最悪の死の監獄だ。絶対零度に包まれ、生物の1匹もいない異世界、ニブルヘイムに存在している。そこは建物全てが水で出来でおり、特殊な魔道具を用いて外装部分の水以外は凍らないようになっている。
牢に入れられた受刑者は絶対零度に等しい水の中で体を拘束され、刑が終わるまでずっとその場から動くことは出来ないように拘束される。受刑者に許されるのはチューブを用いた呼吸と食事のみ。しかも、息を吸う際にはニブルヘイムの冷気がそのまま体の中に入り込むため、一呼吸しただけで体内の臓器や筋肉、骨が凍り、絶命する可能性もある。送られてくる食事も凍り付いており、下手に体内に入れるのは危険が伴う。
1日だけでも死ぬ危険が高い監獄で30年も縛られる。ほとんど死刑といってるようなものだ。
「心配するな。天誅を扱ってたおかげか、冷気には耐性がある。氷河監獄にいても死ぬことはないさ。それに、アクアたちのおかげで、こっちの世界の状況くらいは教えてもらえるみたいだし、何も心配することはない。心残りも殆どないからな」
「殆ど? 何かやりたいことがあるのか?」
「……ふむ。せっかくだし教えてやるから、こっちに入ってこい。鍵はあるのだろ?」
「ああ。分かった」
俺は門番の人から借りてた鍵を使い、牢の鍵を開けてマリネに近づいた。すると。
「不用心だな。お前は」
彼女は縛られていた腕の鎖を片方だけ破壊し、俺を抱き寄せた。
「マリネ!?」
「こんなことをする気はなかったのだが、ニブルヘイムに30年も入れられると知って、心残りはないようにしたいと思ってな」
彼女はそのまま俺と口づけする。それだけでなく、舌を口の中に入れ、舐めまわすように深くキスをした。彼女は俺を絶対に離さないと言うかのように肩を強く掴んで抱きしめた。唇を離すと、銀色の橋が俺たちの間に出来上がる。
「えっと……これは」
「カイツ。私はお前を愛している。だから、私が氷河牢獄から出たら、結婚について考えてほしい」
「……わ、分かった……えっと、考えてみるよ。お前と一緒にいるのは……嫌いじゃないから」
「そう言ってくれると助かるよ。ふふふ。お前とこういうことをするとは思いもしなかったが、とても幸せな気分だった。もっと早く、お前の優しさに気づいていたら、こんなことにならなかったのかもな」
「マリネ。あの」
「なんてな。たらればを語ったところでどうしようもない。テルネが望んだ理想の世界、頑張って作れよ。少しでも腑抜けてると感じたら、私がぶん殴ってやる」
「それは怖いな。腑抜けてると思われないよう、必死に頑張るよ。だから、ずっと見ててくれよ。間違っても死ぬな」
「誰に物を言っている。私が監獄に入れられた程度で死ぬなどあり得んよ」
ヴァルハラ騎士団ノース支部支部長室。ロキ支部長がネックレスを掌で遊ばせていた。そのネックレスは丸いロケットの着いたものであり、中にはロキが1人の男と2人っきりで写ってる写真が入っていた。
「……ふう。お前のいない世界は退屈だな。ノーティス」
そっと呟き、しばらくロケットを開けたり閉じたりしていると、何かに気づいたかのように扉の方を見る。
「入ってこい。ミルナ」
彼女がそう言うと、1人の女性が入ってきた。短い茶髪に青い瞳の女性、ミルナがバツが悪そうに入ってきた。
「その……えっと……ごめんなさいにゃ。ガブリエルのこと」
「最初からお前があいつを制御できるとは思ってない。そこについては怒ってないから安心しろ」
「ほ、本当かにゃ? にゃー、だいぶやらかしちゃった気がするにゃんけど。せっかくの実験体もカイツとの戦いで無駄にしちゃったにゃんし」
「その辺も問題ない。データは取ることができたんだ。お前は十分に仕事を果たしたさ。だから早く入ってこい。褒美の茶菓子もあるぞ」
「は、はいにゃ!」
ミルナは嬉しそうに飛びついていき、ロキの出したお菓子を嬉しそうに頬張る。
「それで? 今回の戦いのデータはどうだ?」
「あ! それはばっちり取ってきたにゃん。詳細はこっちにあるにゃん」
彼女は懐から何十枚もの書類を取り出し、ロキはそれを受け取ってパラパラとめくりながら見ていく。
「ふむ。これだけの情報があれば、計画も次の段階に進められそうだ。次に出す製品は、想定よりも高スペックの物になりそうだ」
「にゃら、ガブリエルとまた会議するのかにゃん? 何をするにしてもあいつがいた方が都合が良いにゃんよ。天使祭はあいつの助力必要だろうしにゃん」
「……いや。しばらくは接触するのをやめておこう。どうもあいつは、別の契約者にお熱のようだからな。今接触するのは、あまり美味しくないかもしれない」
「大丈夫にゃん? 勝手に動いたら怒られそうにゃんけど」
「問題ないさ。よほどのやばいことをしなければ、奴がどうこうすることはないだろう。それに、奴が私たちを考慮せずに勝手に動き回ってるんだ。私たちが勝手に動いてはいけない理由がどこにある」
「ふむ……まあ、それもそうにゃんね」
「次に動くのは天使祭だ。恐らく、ガブリエルもなんらかの行動を起こすはず。それにあやかって、私たちも行動を起こそうじゃないか。愛しのあの男に会うためにな」
ロキはそう言いながらネックレスを大事そうに抱える。
「支部長は支部長で、あやつにお熱にゃんね~」
「当たり前だ。この世で一生を添い遂げたいと思った1人の男。必ず取り返してやるさ。世界を壊すことになったとしてもな。行くぞ、ミルナ。新たなステージへと歩を進める時だ」
「はいにゃーん。次は何が起こるか楽しみにゃんね~」




