第210話 祭りの準備 新たなる物語の始まり
Side カイツ
目を覚ますと、窓から太陽の光が差し込んでるのが見えた。痛む体に鞭打って上半身だけ起こし、窓の景色壁に打ち付けられた時計を見る。どうやら既に昼頃になってるようで、太陽や時計の長針は真上に上がっていた。
「体が……重い」
たっぷりと寝てるはずなのに、体が異常なほど重い。恐らく、昨日やった儀式とやらのせいだろう。
「なんだったんだ……あれは」
初めて味わう感覚だった。戦いの時も、食事の時もあんな感覚は無かった。ウル曰く、男にとっても女にとっても最高の喜びで幸せに浸れるらしいが、今の俺は困惑に浸っている。だが嫌な感覚ではない。むしろ、もっと味わいたくなるような不思議なもの。そういえば、夢の中でもあの儀式をやってた気がする。あの妙な儀式にそれほど夢中になったということだろうか。
「にしても、疲れたなあ」
未だに怪我は治らないし、ダメージも回復してない。今日1日は安静にしないといけないな。そう考えてると、小さいミカエルが実体化して現れた。
「大丈夫か。カイツ」
「大丈夫かと言われれば、一応大丈夫ではあるけど。変な気分だ」
「うむ。お主には少しばかり刺激が強すぎたようじゃの。昨日は少しハッスルしすぎたわ。おかげでニーアから夜通したっぷりと怒られてしもうたし」
「ニーア? 彼女がどうかしたのか?」
「お主は気にせんで良い。妾たちの個人的な諍いじゃ。それより気になることが……ん?」
突然話を止めると、彼女は俺の周りを回りながら匂いを嗅ぎ始めた。
「どうかしたか。ミカエル」
「……ふむ。妾のおらぬ間に、手癖の悪い泥棒猫がおったようじゃの。しかもこれは」
「? どういう意味だ。というか何の話を」
「なんでもない。こっちの話じゃ。それよりも確認したいことがある」
そう言いながら、彼女は俺の額に手を触れる。すると、俺の腹に金色の天使の羽のような模様が浮かび上がった。
「うむ。あれだけ搾り取った甲斐あって、ちゃんと刻まれておるようじゃな」
「これは?」
「妾の番であることを示す刻印のようなものじゃ。ふふふふ。これなら祭りでも上手く行くこと間違いなしじゃの」
「祭り?」
「む。そういえばまだ教えておらんかったな。ちょうど良いから教えてやろう。お主にとっても無関係のことではないしな。妾の器であるお主は、今回の祭りで色々と複雑な立場になるじゃろうから」
カイツがミカエルと話をしていた頃。ニーアは復興作業に取り組んでいた。彼女の表情は見るからに不機嫌であり、周りの人たちは昨日との変わりように少しビクビクしていた。一緒に作業しているクロノスもそれに疑問を抱いて質問をする。
「どうしたんですか。やけに不機嫌な顔してますけど」
「……昨日、やけ酒をして疲れてるだけだ。無駄口を叩いてないで作業に集中しろ」
「はーい」
明らかに何かあった事は明白だが、クロノスは変なやぶ蛇を踏みたく無かったので、それ以上追求することは無く、復興作業に集中した。
(全く。ウルとミカエルも余計な約束をしてくれて。というか完全に油断していた。兄様のお嫁さんレースは私が勝ってるし、無理に距離を詰める必要はないと高を括っていた)
「ニーア。少し聞きたいんですけど。ニーア?」
(こんなことなら私も伴侶にしてもらうよう約束するべきだった。もっと大胆に距離を詰めて無理矢理にでも押し倒すべきだった。というか兄様も兄様だ。なんであんなにすんなりと受け入れる。もっと抵抗しろ。愛について理解しろとまでは言わないが、行為をする事の意味をもっと考えてほしい)
「ニーア。無視されるのは流石にムカつくんですけど〜。ニーア〜」
(そんな事だからネメシスにグサグサ刺されたりアリアに裏切られたりする羽目になるんだ。兄様は、他者が自分に向ける愛というのをもっと理解して、そして最後には私を抱いて愛の結晶を)
「聞いてるんですか。ブラコン女!」
黙りこくってるニーアに黒いハンマーが思いっきり叩きつけられた。
「がぶっ!? 何するんだいきなり!」
「あなたが話を聞かないからでしょう。にしても、この程度の攻撃にも反応できないとは、ずいぶん考えこんでたようですね。何を考えてたんですか?」
「……別に。貴様には関係のないことだ。作業に集中しろ」
「もしかして、カイツ様が他の女と一線超えたことについて考えてたんですか?」
「!? お前、なんでそれを!」
「昨日、サキュバス女とミカエルがあなたに連れて行かれてた所を見かけたんですよ。その時にサキュバス女たちの魂を見たんですが、形や色が少し変化してましたからね。ああいう変化は一線超えた女じゃないと見れませんし、あいつらが一線を越える相手はカイツ様しかいません。そこまで分かれば、何があったか推理するのは容易な事です」
「……お前は、何も思ってないのか?」
「別に。犬っころでもないんですし、他の女を抱いたくらいでブーブー言ったりしませんよ。私も一線超えましたし」
「なるほどそういう……待て。今なんて言った」
「一線超えたって言ったんですけど、伝わらなかったですか?」
ニーアはそれを聞くや否や、クロノスの胸倉を掴んで引き寄せ、殺意の籠った目で睨みつける。
「どういうことだ。いつ兄様とそういうことをした」
「昨日の夜。ミカエルがいない隙を突き、カイツ様が寝ている間にこっそり近づいてやりました」
「なっ……まさかそんなことをやるとはな。ずいぶんと見下げ果てた根性だ」
「仕方ないじゃないですか。サキュバス女とミカエルがなりふり構わなくなっちゃいましたし、私も手段を選ぶの面倒になったんですよ」
「面倒になったって。お前な」
「だってそうじゃないですか。一応、これでも弁えてたんですよ。他の有象無象にも最低限の遠慮はしなければならないと。でも向こうはそんなこと関係なしにカイツ様に迫った。なら私も遠慮なんてしません」
「気持ちは分かるが、だからといって、お前のように無理矢理襲う事は認められない。それを利用して兄様を手に入れようなど」
「安心してくださいよ。これを利用してカイツ様を追い詰めたり、脅迫するなんてことは絶対にしません。私はただ、愛の結晶が欲しかっただけなのですから。本当ならあの方の愛を独占できるのが一番良いのですが、今は難しそうですからね。ですから、せめて結晶だけでも貰おうと思いまして。ミカエルが離れてるタイミングなんてほぼ無いんですし、ここしか無いと思ってやっちゃいましたよ。ふふふふ」
彼女はうっとりとした顔をしながら、慈しむように自分のお腹をさする。
「まだ私の中にねっとりとあることが分かります。こういう事は知識だけでしか知りませんでしたが、凄く幸せになれるのですね」
ニーアはそれを見て呆れたように溜息を吐いた。
「はあ……どいつもこいつも。本当にそれを利用するの気はないんだな」
「当たり前です。何度も言いますけど、私はカイツ様との愛の結晶が欲しかっただけですから」
それを聞くと、ニーアは何かを考え込むようにクロノスを見つめる。
「なんですか? あなたも欲しくなっちゃいましたか? 残念ながらあげませんよ〜」
「それはいらない。前から思っていたが、お前の愛し方は変わってるな。愛というよりも崇拝に近いものを感じる」
「崇拝。間違ってはいませんね。あの方の強さ、優しさに惚れ、今では虜となり、命を差し出しても構わないと感じ、あの圧倒的な存在感にただひれ伏しているのですから」
「なぜそこまで崇める。お前は、兄様が六聖天の第3解放を使いこなす前から惚れていたそうじゃないか。今の兄様はともかく、第3解放を使いこなす前なら、確実にお前のほうが強いはずだ。それなのになぜ」
「カイツ様の魂を見て、ポテンシャルの高さを理解したんですよ。あの方はいずれ、四大天使をも超える神にも等しい存在になります。そんなにも強い力を秘め、あの慈悲深く美しい心を持つ男。女ならばあの方に惚れ、愛の結晶を欲しがらない方が不自然です」
「……なるほど」
ニーアはクロノスの言っている事が本当かどうかは分からなかったが、彼女が惚れ、崇めている理由は何となく理解出来た。
「全く。兄様の周りの女は危ない女ばかりだな」
「あなたに言われたくありませんよ。サイコパスでウブなブラコン女」
クロノスが馬鹿にしたような笑みを浮かべてそう言うと、ニーアの魔力がオーラのように放たれ、周囲の大気や地面を揺らしていく。
「やる気ですか。良いですよ〜。傷も殆ど完治しましたし、あなたをぶっ飛ばすぐらいなら」
しかし、オーラのように放たれていた魔力は消え、大気や地面の揺れも収まった。
「……今すぐに叩きのめしてやりたいが、今は復興作業を進めなくてはならない。もうすぐ祭りも始まるし、それまでにキリの良いところまで終わらせないと。貴様に灸をすえるのはその後だ」
「祭り。そういえば、もうその時期でしたね。色々とありすぎてすっかり忘れてましたよ」
ヴァルハラ騎士団ノース支部支部長室。そこではノース支部支部長のロキ・エターナルと今は無きウェスト支部支部長、イドゥン・レーシスがいた。ロキの机には大量の書類がタワーのように重なっており、今も書類作業は続いていた。
「あーしんどい。なんで私はこんな面倒なことをしないといけないんだ」
「あなたが〜色々ときなくさいことを〜したからでしょ〜。自業自得よ〜」
作業をしているロキの目からは光が消えており、顔が少しばかりやつれてるようにも見える。しかし、イドゥン支部長はそれでも辞めさせる事なく、少しでも動きが鈍ったら鞭で背中を叩いて作業に集中させた。そのせいで、ロキの背中には痣が大量に出来ており、血も少しばかり流れている。
「うー。イドゥンはこういう時、ほんとにスパルタだな。いつもはのほほんとした優しいお姉さんという感じなのに」
「私だって〜、心を鬼にする時くらいはあるのよ〜。ほら〜、祭りまで時間がないんだし〜、はやくはやく〜」
「祭り。天使祭か。復興やらで大変なのに、あんな大規模な祭りが数カ月後に迫ってるとはな」
天使祭。それは数年に一度開かれる大規模な祭り。世界の創造主たる四大天使を崇拝して祝い、種族関係なしに楽しむ祭りなのだ。
「ガブリエルは〜、何か言ってないの〜? 契約者の貴方には〜、何か言ってそうだけど〜。仲良さそうだし〜」
「私とあいつは仲良しこよしというわけではないし、特に何も聞いてないよ」
「でも〜、あなたは契約者なんだし〜、今回の祭りでは複雑なことに〜なりそうだけど〜」
天使祭は四大天使を祝うお祭り。四大天使の契約者であるロキのような人間は、難しい立場にある。四大天使を崇拝しすぎるあまり、契約者のことを殺したいほど憎む存在、そこまで気にしてない存在、契約者が四大天使に相応しいのか見極めたいと思う存在。様々な者たちの思惑が絡む。それ故に、契約者は祭りでは難しい立場になってしまうのだ。
「それを言うなら、カイツも複雑なことになるだろ。契約者どころか器なのだからな。しかも相手は、四大天使最強と謳われているミカエル。私以上に色々と大変だろう」
「確かに〜それはそうね〜」
カイツ・ケラウノス。彼はミカエルの器という前代未聞の存在であり、それがどのような事態を引き起こすかは分からなかったが、少なくとも良い方向にはないだろう。それを予感していた2人は、これからやらなければならないこと、懸念事項の多さに溜め息を吐いた。




