第209話 一線超えた者たち
夜。復興作業をしていた者たちが自宅や寮に戻って休んだり夕食を食べている頃、大きいミカエルとウルは服を着て正座させられていた。彼女たちの眼前には血走った目のリナーテがおり、誰がどう見ても怒ってるのは丸わかりだ。
「で、あんたら何してたの? 人が必死こいて復興作業してたってのに、カイツとお楽しみしてた? いやー、騎士団で一番性格が悪いと言われる私でも思いつかない悪行だよ。ほんと凄いね〜。私たちが汗水たらして働いてるときに、自分たちはカイツとお楽しみで抜け駆けですか~。ほんと、何食ったらそんな馬鹿なことが出来るのかな~」
ウルは気まずそうに顔を俯けるが、ミカエルは悪びれることもなく、堂々としていた。
「仕方ないじゃろ。妾たちはカイツと一心同体。あやつから離れたり出来ぬのだから、復興作業に参加出来んのじゃよ。故に、妾たちが何をしようと買ってじゃろ」
「だから2人、というか3人でベッドのプロレスをしてたってわけ?」
「変な言い方をするな。あれは儀式じゃ。カイツが妾たちの番になるためのな。最も、サキュバスが乱入したせいで妙なことにはなったがの」
ミカエルはそう言いながら、ウルの方を睨みつける。
「全く。お主のおかげで儀式を早めることが出来たと喜ぶべきか、それとも、お主のせいで儀式が妙なことになったと非難すべきか」
「……とりあえず、1から話してくれない? あんたたちに何があったのか」
「良いじゃろ。あれは妾たちがカイツを味見した時の話じゃが」
小さいミカエルがカイツと楽しんでいた頃。
「ふむ。こういうことをするのは初めてか? 初々しくて可愛かったの」
「あ……ああ」
カイツは少しばかり顔を赤らめ、未知といえる感覚に戸惑っていた。
「まあ、妾も知識として知ってるだけで実行は初めてじゃが」
「これが番というか、家族になるために必要な儀式なのか?」
「ま、その前段階といったところかの。本番はこれ以上にすごいぞ。最も、今のお主ではそれは出来ぬじゃろうが。色々と大変な」
「あああああああ!? 何やってるのよーーー!」
耳を貫くような叫びが聞こえ、カイツたちは思わず耳をふさぐ。声のした方を見ると、ウルが泣きそうな顔で見ていた。
「な、ななななんでミカエルとそんなことを」
「ウル。これは」
「なんじゃ。妾がこやつと何しようが関係ないじゃろ。こやつは妾の番になるとやくそくしたのじゃから」
「つ、番!? カイツ、それはどういうことなの!」
「えっと……王都に着いた日に、ミカエルと番になる約束をして……その」
「……なるほど。私より早く約束をしてたというわけなのね。で? そんな約束をしておきながら、私との結婚について考える約束をしてたってわけね」
「? カイツ、それはどういうことじゃ」
今度はミカエルがカイツの方をじとーっと睨みつける。
「えっと……ヴァルキュリア家の一回目の侵攻が終わった夜、ウルとの結婚について考える約束をしてて」
「なるほどの。で、お主はその約束を断らなかったと」
「まあ、ウルと家族になれたら楽しいと思えたし、恋とかそういうのはよく分からないが、家族が増えるなら良いことかと思って」
「……はあ。お主の恋についての価値観は困りものじゃのお」
「えっと……ごめんなさい?」
「謝る必要無いわ。お主の過去を考えれば仕方ないものじゃし、その価値観を変えるのも難しいからの……ちょっと待っとれ」
ミカエルはそう言ってカイツから離れ、ウルを引き連れて部屋の隅へ行き、小さな声で話す。
「で、お主はどうしたいんじゃ? あやつが恋愛とかそういうの詳しくわかっておらぬことは知っとるじゃろ。なのになぜ」
「だからこそよ。私、これまでカイツが惚れさせた女性とかマリネって人を見て思ったの。このままじゃ、カイツは際限なく女を引っ掛けて大変なことになるって。私はハーレム許容派ではあるけど、それでも限度というものはあるわ。だから、私が彼と深い関係になり、これ以上彼に惚れる女が出ないようにしようと思ったのだけど。まさか貴方が先に約束してるとはね。どういう風の吹き回しよ」
「何。お主と似たような理由じゃよ。カイツが他の女とホイホイ結婚する前に、妾が先んじて結婚し、釘を打っておこうと思っての。もうすぐあれが始まる時期じゃし、他の女どもを牽制するには都合が良いと思ったんじゃ」
「あれが始まる時期? 何のことよ」
「とある祭りの話じゃが、それは気にせんで良い。とりあえず妾の考えとしてはカイツを番にし、他の女どもを牽制しようと思ったが、まさかお主もそういう約束をしてるとはの」
「私は考えてほしいって約束しただけで、正式な婚姻関係は結んでないのだけどね」
「そんなの妾も同じじゃよ。それに、ここに来たということは、結婚する気満々なんじゃろ」
「……まあ、そうね」
「はあ。面倒な事になったが、まあこのくらいは想定内。ウル、1つ提案じゃ。カイツがどう決めるか次第じゃが、妾とお主でカイツと結婚し、他の女を牽制し、カイツとイチャイチャした日々を過ごして子を作る。これはどうじゃ?」
「カイツが受け入れればの話ではあるけど、悪くない提案ね。10人とか20人とかなると、流石にちょっと嫌だけど、1人や2人くらいなら全然オーケーだし。よし、それで行きましょう!」
2人は話を終えた後、カイツの元へ近づいた。
「話は終わったのか?」
「まあの。カイツ、1つ提案したいことがある」
「なんだ?」
「お主は妾と結婚する約束をし、ウルと結婚について考える約束をした。正直、妾と約束をしたのならウルとの約束は断ってほしかったが、今言っても仕方のないこと。そこでじゃ、妾とウル。2人と結婚し、家族になる気はないか?」
「2人と? ウルやミカエルはそれで良いのか?」
「私は構わないわ。一夫多妻なんて普通のことだし、カイツが2人や3人くらい妻を娶っても気にしないわよ」
「妾も……まあ、一応、ひろーい心で認めてやるから気にせん。だから、あとはお主の心次第じゃ」
カイツはそう言われ、どうすべきか考えていた。
「えっと。質問なんだけど、何人も妻がいるってのは、変なことなのか?」
「まあ、人間にとっては普通のこととは言えぬの」
「私にとっては普通の事だけどね。何人ものサキュバスを娶る男とか何十回も見てきたし」
「……俺は正直、恋愛の事とかはよくわからない。なんとなくだけど、俺が考えてる結婚と、ウルたちのいう結婚が違うってのも分かる。何が正しいのかもいまいち分かってない。でも」
カイツは彼女たちの手を強く握りしめる。
「お前たちとずっと一緒にいたい。命を懸けてでも守りたい。家族になりたい。この思いは間違ってないと思う。だから、許されるなら、俺はお前たち2人と結婚したい。家族になってくれ!」
「ふふ。喜んで! これからよろしくね。カイツ」
「まあ……恋のこの字も知らぬ奴にしては、ギリギリ及第点じゃの。カイツ、妾は嫉妬深く独占深い。お主が嫌になっても離すつもりはないから覚悟しておけよ」
「それは嬉しいな。離されないというのは、凄く嬉しい」
「ふふふ。じゃ、儀式の準備をしましょうか」
ウルはそう言って、胸元から紫の液体が入った小瓶を取り出した。
「それは?」
「サキュバス族御用達の超活性薬。これを飲むと30分の間、傷とか病気とかを一切気にせずに動くことが出来るけど、ある行為をしないと死んでしまうのよ」
「恐ろしい薬だな。ある行為ってなんだ?」
「結婚したら必ず行う行為よ。まだ正式な婚姻も結んでないけど、私は我慢できそうにないし。ふふふ」
ウルは顔を赤らめ、不気味な笑みを浮かべる。
「ウル。なんか、性格変わってないか?」
「そりゃ変わるわよ。何度も何度も失敗し、ようやくここまでたどり着いた。しかも初めての相手はカイツ。これは興奮するしかないじゃない。カイツってうぶでしょうし、反応が楽しみだわ。沢山楽しみましょうね」
「やれやれ。サキュバスというのは恐ろしいの。じゃ、妾も儀式の本番の準備をしようかの。アナザー・ミカエル」
ミカエルがそう言うと、大きいミカエルが眼をこすり、パジャマ姿で現れた。
「なんじゃ。もう儀式をするのか? カイツのダメージは回復してないはずじゃが」
「問題ない。ウルがとっておきの薬を用意したからの。やるぞ。アナザー・ミカエル」
「了解じゃ」
アナザー・ミカエルは紫の玉になってミカエルの体の中に入り込んだ。すると、彼女の体が光り輝き、彼女の小さな体は、アナザー・ミカエルのように大人の姿へと変わっていく。
「ミカエル。その姿は。というか合体できたのか」
「見かけだけじゃがの。魔力とか魔術の力は分離させたまま、肉体だけを合体させたんじゃよ。戦いのときはこんな合体をしても意味はないのじゃが、儀式の時は別じゃ。ちっこい体に興奮するマニアもおるようじゃが、お主にそんなマニアックな性癖を植え付けるわけにもいかぬし、あの体では儀式に耐えられぬからの。さあカイツ」
「最高の夜にしましょう♪」
「お……お手柔らかにお願いします」
「で。この時間まで楽しんでたわけか。性欲のモンスターかあんたらは」
リナーテがあきれたように溜息を吐き、ウルが申し訳なさそうに顔を俯ける。
「ていうかミカエルはともかく、ウルはなにやってんのさ。あんたは復興作業に参加できるくらい回復してたでしょ。儀式とか大層な事言っといて、やったのは、私たちを差し置いてのベッドの上でのカイツとのプロレス。ほんとにもう。私だってやりたい気持ち抑えてたのに」
「ご、ごめんなさい。最初は婚姻関係結んで、ちょっと味見するだけで終わるつもりだったのだけど、ミカエルとカイツが楽しんでるのを見て、結婚が決まって、色々と限界突破しちゃって。もうやるしかないってなっちゃって」
「なにがやるしかないだよ。馬鹿かあんたは! とりあえず、部屋の換気するよ。ニーアたちも見舞いに来るだろうし、こんな臭いを残しとくのは色々とやばい」
「何がやばいんだ?」
「そりゃ、こんな臭いをニーアとかクロノスが嗅いだら、変に発情して盛った獣みたいにカイツに襲い掛かるの間違いなしだからね。下手したらミカエルたちと戦争になる可能性もある。そんなことさせるわけに……は」
リナーテは後ろから聞こえてきた声に恐怖してしまった。絶対に後ろを振り向いてはいけないと本能が訴えるが、後ろから襲い掛かる殺意と圧が後ろを振り向けと言っている。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはニーアが立っていた。
「に、ニーア」
「どけ。あとは私が話す」
彼女はそう言ってウルたちの前に立つ。怒りのオーラは先程のリナーテとは比較にならないレベルであり、空気が少しばかり揺れていた。ミカエルはそれでも鼻で笑うくらいの余裕はあったが、ウルはもうガタガタと震えまくっていた。
「ひとまず、これを消すとしよう」
彼女が指を鳴らすと、薄緑の波動が部屋全体に行き渡り、臭いがあっという間に消えていった。
「すごい。部屋の空気が一瞬で変わった」
「崩衝臭滅、兄様と本番を過ごした時のために練習してた技だが、まさかこんな風に使うことになるとはな。にしても、ミカエルはともかく、ウルが一線を越えるとは思わなかった。意外と度胸があるんだな」
「はははは……そ、それほどでも」
「正直、怒りでどうにかなりそうだよ。今すぐにでも暴れたいが、ここだと兄様の迷惑になるし、他の場所に移動しよう。たっぷりと話してもらうぞ。何をしていたかをな」
「は、はい」
「ふん。望むところじゃ。カイツを射止めた妾たちのラブラブストーリーをじっくり聞かせてやろう」
「それは楽しみだ。リナーテ。この事は誰にも言うなよ。面倒事を起こしたくないからな」
「これを人にバラす馬鹿はいないでしょ。流石の私でもしないから」
「それなら良い。さ、行くぞ」
そう言って、ニーアはミカエルとウルを連れていき、リナーテだけが残された。
「は~。疲れたあ」
彼女は力が抜けてしまい、その場に倒れこんでしまった。
「ほんとにもう、なんでこんなことに。私はあんなにも復興作業を頑張ったっていうのにさあ」
そう愚痴りながら、彼女はベッドで寝ているカイツを見る。服がかなり乱れている彼を見るのは初めてのことで、色々と新鮮な気持ちがあり、目の保養にもなった。
「は~。カイツかっこいいなあ。あんなにかっこいいカイツとミカエルたちは」
ふと、彼女の頭の中にある考えが浮かび上がる。自分はあんなにも復興作業を頑張ったし、ハデスと命がけのバトルを繰り広げた。彼を抱くまではいかないにしても、添い寝するくらいの権利は許されるのではないか。
「そうだよね。私だってあんなに頑張ったんだから、少しくらいご褒美があっても」
彼との添い寝。抱くまではいかないにしても彼の匂いを嗅ぐ、彼の肌に触る。自分の体を触らせるくらいなら。疲れで脳みそが麻痺してる彼女の思考はどんどん危ない方向へと向かっていった。
「ふふふふ。ウルたちがあんなことしたんだし、私だって、カイツを触るくらいの権利はあああ!」
彼女が飛び上がってカイツの元へと飛んでいこうとした瞬間、1本の鎖が彼女の足に縛りつき、地面に叩きつけた。
「ぐぶ!? こ、これは」
「夕食の時間になっても来ないから探してみれば、何をしておるのだお前は」
「ら、ラルカ」
部屋の入口に立っていたラルカが鎖を伸ばし、彼女の足を縛り付けたのだ。
「鎖を離して。私は、私はカイツと添い寝を。彼の体をおおおおお!」
「矮小で卑猥な貴様がいては、右腕もおちおち眠れないだろ。さっさと行くぞ」
「嫌だ。ウェスト支部にいるせいでカイツと触れ合えないんだ。こういう時ぐらいはあああああ!」
「はいはい。さっさと行くぞ。全く。傷口も治ってないのに、偉大なる我の魔力を無駄遣いさせるな」
「カイツうううううう! せめてその肌に触らせてええええ!」
彼女は絶叫しながらラルカに連れていかれてしまった。




