第206話 終戦 闇を残して
カーリーとの決着がついた頃。東門の戦いも終わりに近づいていた。魔獣たちの侵攻は既に東門に到達しており、その壁は壊され始めている。そんな中、ウリエルは興味深そうに北門の方を見つめ、魔獣を指揮しているケルーナが気になって質問した。
「ウリエルはん、北の方に気になるもんでもあるんか?」
「何となく察しはついてるんじゃないか?」
「……あっちの戦いが終わったんやね。多分やけど、カイツはんの勝ちやな」
「ああ。そしてかなりのダメージを負っているみたいだ。ミカエルを取り戻すのなら今がチャンスだろう」
「……そうかいな。まあウリエルはんの好きなように」
彼女はウリエルが何をやろうとしているのか理解していたが、止めるつもりはなかった。カイツに恩義はあるし、彼には死んでほしくないとも思っているが、彼女は個人の感情と仕事はきっちり分ける。自分の思いはなんであれ、彼を殺せと命じられたならそうするし、自身が敬愛する主、ストリゴイの同盟相手であるウリエルの行動に何かを言うつもりはない。
「さっさと行きいや。ここはわっちらだけで十分やし」
「頼もしい女だな。では行ってくるよ」
ウリエルはそう言って炎の翼を生やし、北の空へと飛んで行った。少しすると、ケルーナの使役している魔獣が何体かやってきた。魔獣が口を開くと、捕えて気絶させているウルやスーパーマンズのメンバーを吐き出した。
「旦那様。騎士団のメンバーを連れてきましたで」
銀色の髪を綺麗に整え、美しい赤い瞳を持つ吸血鬼、ストリゴイはその言葉に反応し、昼寝から目覚めて気絶しているウルたちの元へ駆け寄る。口からは大量の涎を流しており、今にもその体に食らいつこうとしていた。彼はウルの髪に顔を近づけ、その香りを堪能するようにめいっぱい匂いを吸い込む。
「あ~いい匂いだ。この匂いだけで分かる。この女の血は最高に美味しいぞ。村人の血とは比べ物にならないことが分かる。ふふふふふ、少し味見しよう」
彼はウルの頬に舌で傷を入れ、流れる血を舐めとる。
「!? なんて……デリシャーーース! 最高だなこの女の血は。このコクとまろやかさ。口の中に残留する残り香。そしてこの喉越し、ねっとりとした血。すべてが最高級。これが騎士団の血か。ケルーナ、もっと騎士団の奴らの血を」
「分かってますよ。もうすぐ魔獣たちが門を超えて療養所に辿り着く。これで旦那様が絶頂する家畜をもっと」
その言葉を遮るように、何百体もの魔獣が、何百発もの大砲を撃ったかのような轟音と共に、紙吹雪の如く空に飛んでいった。
「!? 一体何が」
「たく。よくも上空から、どっかんばったんと撃ちまくってくれたねえ」
怯えるケルーナの前に立っていたのは白銀の体毛に覆われし神獣、アリアだった。その毛並みのあちこちが焼け焦げており、体からもそれなりに血を流している。鋭い爪もほとんどが折れており、ボロボロになっていた。
「う、嘘やろ。何百発撃ち込んだと思ってるんや。しかも、8万以上の魔物たちの列を突っ切て来たっていうんかいな」
しかし、逆に言えばその程度で済んでいるのだ。どうやっても届かない高所からの超広範囲爆撃と8万の魔獣という圧倒的な物量を相手にしても、彼女は倒れることなくケルーナの元まで来ていた。ストリゴイもこれは完全に予想外のことであり、冷や汗をかいている。
「くそ。ウリエル、古代の神」
彼がウリエルに連絡を取ろうとした瞬間、アリアが一瞬で近づいて彼の顔を蹴り、遥か彼方まで吹っ飛ばした。
「旦那様。このっ!」
ケルーナが怒りに任せて攻撃しようとするも、すぐに首根っこを掴まれ、万力の如く絞め付けられていった。
「あが……うぇ……」
否。それは絞め付けるという生易しい表現ではない。首はどんどん細くなっていき、中の器官は潰れて呼吸は困難となる。その首は今にも千切れてしまいそうだった。
「さて。爪が潰れてるから斬ったりするのは無理だけど、それでもこうやって絞め殺す程度の事はできる。あんたを殺せば、あの鬱陶しい進軍も止まるんでしょ」
「待て……わっちに手を出したら……あいつらの……命はないで」
ケルーナは途切れ途切れに話しながらも精いっぱいの脅しをかける。アリアが後ろを見ると、気絶していたウルやスーパーマンズたちが魔獣に首を掴まれていた。もし攻撃を止めなければ、魔獣たちはウルたちを殺すだろう。
「勝手にしなよ。別にあいつらがどうなろうが知ったこっちゃいから。いつかは殺そうと思ってたし、そっちが代わりにやってくれるなら助かるよ」
「あんた……あいつらは……仲間の……はずやろ。なのに」
アリアはケルーナの首を引きちぎる。それと同時に、使役していた魔獣たちは全て消滅した。
「仲間じゃないよ。あいつらもニーアもクロノスも、カイツを奪う敵。お前たちもカイツを傷つける敵。敵は1人残らず皆殺しにする」
追撃するように、地面に落ちた頭を踏み潰した。すると、踏みつぶした頭や離れた体が血液に変わった。
「血の人形。なるほどね。この戦いに命かけるつもりはないってことか。ずいぶんと準備が良いことで。あの吸血鬼、捕まえておけば良かったかも」
そう呟いて、彼女は北門へ向かおうとすると、それを呼び止める声と拍手音が1つ。
「凄いですね。ガブリエルの話だと、8万ぐらいの魔獣たちが侵攻していたというのに、それを切り抜けてケルーナたちを退けるとは」
現れたのは黒いローブを身に纏った者。フードを深く被っているため素顔は見えない。アリアはなぜか分からないが、その者の気配と声、そして匂いに酷く不快感を覚えていた。
「死体の一部でも回収できればラッキーと思ってましたが、これはとんだ収穫物。やはり古代の神獣というのは、どいつもこいつも化け物ですね~」
「誰。お前」
「私はある人を愛する者。そして、とある天使の契約者」
そうして見せてきた手の甲に、アリアは驚愕した。手の甲に刻まれている青い紋様。それはガブリエルの手に浮かんでいた紋様と同一のものだったからだ。
「お前。その紋様は」
「ふふふふ。ねえアリアさん。私たちと同盟を組む気はありませんか? あの方の愛を独占するため、邪魔な奴らを皆殺しにしましょうよ」
北門の上空。
アナザー・ミカエルは気絶したカイツを運びながら、ゆっくりと地上に降りていた。
「さて。カイツを野戦病院に運ばなくては……この気配は」
彼女が気配のする方を振り向くと、そこには炎の翼を背にしたウリエルが立っていた。
「おや、大人Verのミカエルか。ちっこい姿も可愛いが、やはりその大人びた姿こそ素晴らしいなあ」
「ウリエル」
「その外道を渡してくれ。今からそいつを焼き殺し、君をその呪縛から解き放つ」
「断る。わっちは、わっちたちはこやつと共に添い遂げると決めておるのじゃから」
「どうして。そのカス野郎のせいで、ミカエルはずっと辛く苦しくて、不自由な生活を強いられてるんだぞ。それなのに」
「わっちたちが愛しておる。それ以外の理由が必要か?」
「ふざけるな。ふざけるなあああああ!」
ウリエルは怒り狂い、それに呼応するように背中の炎の翼が大きくなり、あたり一帯の温度が急速に上がっていく。
「なぜそんな奴を愛する。俺はこんなにもお前を愛しているというのに。お前を理解し、抱きしめられるのは俺だ。そこの外道じゃない!」
「昔からそうじゃよなあ。自分の愛を一方的に押し付けてこちらの事情は考えもせぬ。そういう男じゃから、わっちたちはお主が嫌いなのじゃよ」
「じゃあそいつのことは嫌いじゃないのか。そいつは身勝手な理想のためにお前を苦しめ、器という名の檻で閉じ込めている。そんなクソ野郎を」
「お主がどう思うかは勝手じゃが、わっちたちはこの男を愛しておる。理想や目的に燃える姿が不安になることもあるが、それ以上にかっこよくて惚れてしまう。じゃからこうして助けるし、番にするのじゃ」
「つ、番? 番と言ったか?」
「おう言ったぞ。わっちたちはこの男を番にする。お主とは死んでも結婚せぬ」
「嫌だ。ミカエルが俺以外の男と結婚するなんて。認められるかあああああ!」
彼は炎の翼を龍に変え、彼女が抱える彼めがけて攻撃してきた。彼女がそれを防御しようとした直後、巨大な水の壁が彼女たちを守るように立ちはだかり、炎を相殺した。
「ダメじゃないか、ウリエル。試練を乗り越えた美しき人間にそんなことをするなんて」
彼が声のした方を見ると、1人の女性がいた。海を思わせるような青い髪に貝殻水着という大胆な衣装。そして背中に2対4枚の水の翼を生やしていた。
「ガブリエル。どういうつもりだ」
「試練を乗り越えた美しき人間を守っただけさ。全く。品がないねえ。君はあの男が戦い、勝利する姿を見ていなかったのかい? あんなにも美しくて素晴らしい姿を見て、なんで殺すことが出来るのやら。君は最低最悪の天使だよ」
「あの外道を守るということは、俺と戦う覚悟があるという事で良いのか?」
「あんまり戦いたくないんだけど、君があの素晴らしき人間を殺す気というのなら、止めさせてもらうよ」
「ならば」
ウリエルが戦おうとすると、ガブリエルが口を開く。
「でも良いのかい? 私と殺し合いをすれば、あいつが黙ってないよ?」
その言葉に、彼はぴたりと立ち止まる。
「この戦いに嫌悪感を示す男。君は心当たりがあるはずだ」
「……ラファエルか」
「あいつの主義主張は理解不能だが、こんな戦いを起こせばあいつが乱入してくるであろうことは、その空っぽな頭でも分かるはずだろ。私と殺し合い、あいつの相手をする余裕があるかな?」
ガブリエルの言葉を、ウリエルは黙って聞いていた。
「君の子分たちも既に撤退してるようだし、ここは引き上げてくれよ。安心したまえ。近いうちに、君の願いが叶うチャンスが現れる。叶うかどうかは、君と私の契約者の努力次第だけど」
その言葉で、ウリエルは炎を抑えて戦闘態勢を解いた。
「その言葉を信じてやる。心当たりはあるしな」
彼はそう言って去っていった。
「大丈夫かい。ミカエル。いや、君はアナザー・ミカエルと呼んだ方が良いのかな?」
「好きに呼べ。助けてくれたことは感謝するが、どういうつもりじゃ?」
「何。私は試練を乗り越えた美しき人間を守っただけさ。彼の頑張る姿はとってもかっこよかったからね。久しぶりに楽しいものが見れて興奮しちゃったよ。では、私がやることがあるので。さ~らば~」
彼女はそう言って東門のある方向へと飛んで行った。
「気になることはあるが、さっさとカイツを運ぶとするかの」
アナザー・ミカエルはそう呟いて療養所へと向かっていった。
魔獣たちの侵攻は終わり、王都にはようやく戦後の静けさが訪れる。兵士たちは6割以上が殺されてしまった。
ノース支部から来た追加の団員100名も、9割以上が殺されてしまい、残りの1割も重症で療養所へ運び込まれた。カイツたちも多大な傷を負ってしまい、最終的に動けるレベルで無事だったのはアリア、ウル、そしてスーパーマンズの計7名のみ。失ったものも多かったが、それでも王都は戦いに勝利し、人々の平和は守られた。
東門から遠く離れた場所。アリアは気絶しているウルたちを叩き起こし、王都へと向かわせた。しかし、彼女だけはなぜかその場に残り、夜の空を見つめていた。
『ねえアリアさん。私たちと同盟を組む気はありませんか? 一緒に、あの鬱陶しい奴らを皆殺しにしようじゃないですか』
ローブを身に纏った者の声が、彼女の脳裏に木霊していた。
「ふざけんな。誰があんなのと組むか。私はあんな奴らと組む気なんて」
彼女は怒りに震えながら、手に持っていた手紙ごと、強く拳を握りしめた。




