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第200話 凍てつく憎しみ 折れぬ意思

 時は、デウス・キメラが魔術結界を発動した直後へと遡る。


 ニーアを王都に向かわせたマリネ。そして彼女は1対1でヴァルキュリア家当主たるカーリーと対峙していた。


「魔術結界 死霊の廃王国!」


 両手の甲を重ね合わせ、詠唱を唱える。すると、彼女たちは一面が廃墟の死の世界へと降り立った。生命の気配はなく、あるのは腐臭や血の匂いだけという不気味な結界だ。


「へえ。いきなり魔術結界ですか。全力全開ってわけですね」

「貴様を殺すのなら、初めからフルパワーで行くのは当然のことだ」


 腕を突き出して強く握りしめると、カーリーの体が何かに締め付けられていく。見えない幽霊による締め付け攻撃。だがその攻撃を受けても大して動揺しておらず、余裕の笑みを浮かべていた。


「不可視で防御不可の恐ろしい攻撃。しかし」


 その体は液体となり、締め付けをすり抜けて一気にマリネの元へ迫っていく。実体化し、黒い棒を剣のように振り回す。マリネはその攻撃を避けていき、再び腕を突き出し、再び幽霊で肉体を拘束する。


「だから無駄なんですって」


 しかし、またもや液体となってその攻撃を避けられてしまう。その直後に獣の形をした幽霊が地面を抉りながら飛び出し、そのまま下半身を食いちぎった。


「無駄って何回言わせるんですか。学習能力ゼロピヨリ〜ン?」


 しかし、何事もなかったかのように下半身がすぐ生えてしまい、ダメージを受けた様子もなかった。

 カーリーは自身の魔術、液体人形(リキッド・ボディ)により、肉体を常に液体化させている。そのため通常の物理攻撃が通用しない。熱や電気、冷気などを混ぜたものでなければダメージを与えることは出来ないのだ。当然、マリネもそのことは理解していた。


「こっちからも行きますよ〜。魔力解放 風斬!」


 カーリーの魔力が見えない風の斬撃となって解き放たれる。刃はマリネの身体をズタズタに切り裂くが、彼女の体は煙のように消えてしまった。


「近くの幽霊に魂を移動させましたか。しかし、移動先は簡単に分かります。魔力解放 炎砲(えんほう!)


 何も無い場所に向かって炎の砲弾を何発も放たれる。意味がない攻撃かと思われたが、砲弾の先で彼女は実体化する。


「この程度!」


 その攻撃は避けられ、一気に間合いを詰められてしまう。首に向けて手刀が放たれる。普通に考えれば避ける必要も無いただの物理攻撃。しかし。


「この感じは」


 嫌な気配を感じ、その攻撃を後ろに飛んで回避しようとする。手刀のスピードからして確実に避けられるはずだったが。


「え?」


 なぜか動きが鈍くなっており、直撃こそ避けたものの、手刀は首を切り裂いた。


「がはっ」

「逃さない!」


 マリネは追撃を仕掛けようとするが、その攻撃は黒棒で防がれる。黒い翼を出して攻撃しようとするが、カーリーは体を液体にしてその攻撃を逃れる。


「ぐっ!? これは」


 そのまま距離を離そうとするが、液体が凍り始めてきたので、咄嗟に元の肉体に戻る。液体が凍った影響か、体のあちこちに霜のような痕が出来ていた。


「ちっ。そう上手くは行かないか」

「……私の首を。それに先程のも一体どうやって」

「おいおい。こういう状況を作れそうな刀を、貴様は作っているじゃないか」

「天誅は砕けたと言っていたはずですが」

「忘れたのか? 天誅は私の憎しみを、貴様らを殺すという意思を込めた刀」


 彼女の周囲にはレイピアのように細く、青い光を放つ光剣が何本も生み出されていく。その剣の中心には刀の破片が存在しており、冷気を放出していた。


 カイツによって砕かれた天誅の欠片。それらに魔力を流し込むことで光剣を何本も作り上げていたのだ。破片であるが故に力は落ちているが、それでも結界内の気温を下げる程度のことは可能だった。


「驚きました。破片になっても機能しているとは。あなたの憎しみは恐ろしいですね。で〜も〜、その程度でわたし様に勝てると思うのは〜、舐め過ぎぴより〜ん」

「その余裕がいつまで続くかな?」


 彼女は一気に距離を詰めて連続で斬りかかっていき、カーリーはその攻撃を必死に回避していく。その表情は焦りが浮かんでおり、先程に比べて余裕が無くなっていた。


「くっ!」

「どうした。さっきよりも余裕が無くなってきたみたいだな!」

「全く。厄介なものを生み出してしまったものです」


 そんな愚痴を吐きながら彼女の攻撃を振り払って距離を離す。


「魔力解放 風弾」


 自身の魔力を何十発もの風の弾丸に変え、一斉に解き放つ。しかし、その弾丸は当たる直前で止まってしまった。


「!? 私の風を」

「ここは既に私の世界になった。貴様が自由に動く術は失われている」


 結界内の温度は既にマイナスを超えており、吐き出す息が白くなり始めていた。


「ここまで温度が下がれば、体を液体化させるのは不可能。通常の物理攻撃でもダメージを与えることが出来る」

「ふふふふふ。本当に面白い。味の無くなったガムかと思いきや、どんどん味が出てくる。楽しい催しを考えてくれて、お母さんは嬉しいですよ。これで熾天使(セラフィム)の力もちゃんと覚醒していたら、キメラ以上の逸材になったかもしれませんね。そんな人に裏切られて、お母さんは悲しいです〜♪」


 顔を手で覆いながら、メソメソと泣いた振りをし始める。ご丁寧に目の下を液体にして涙のように流す演出付きだ。


「くだらん。貴様のふざけた演技に付き合う暇などないんだよ」


 マリネが腕を突き出すと、カーリーの臓器が何かに締め付けられていく。


「ぐっ!? これは」


 締め付けているのは、体内に生み出された複数の幽霊だ。普通ならば体を液体化させて避けられるが、温度がマイナスに突入している極寒の世界では、それは不可能だった。


「不可視にして防御不可の攻撃。さあどうする。このまま無惨に殺されるのを待つか?」

「私がこの程度でやられるとでも? 魔力解放 氷剣(ひょうけん)


 自身の魔力で氷の剣を作り、何本も突き刺していく。存在を感知することは出来ないが、臓器の痛みや体への違和感から、幽霊がどこにいるのかを何となく把握していたため、体へのダメージは最低限にして殺すことが出来た。

 さらに魔力解放を使おうとすると、嫌な気配を感知して咄嗟にその場を離れる。その直後、地面を抉りながら狼の形をした幽霊が飛び出してくるも、何とか回避する。この幽霊も彼女には見えてないが、それでも躱せたのは第六感が働いたからだった。


「やるじゃないか。まだそんな動きが出来るとはな」


 追撃は終わらない。マリネは一気に彼女の背後に回り、剣で何回も斬りかかっていく。


「くっ!?」

「動きがだんだん鈍くなってきたな。これなら!」


 現在、結界内の温度は−20℃を超えている。熾天使(セラフィム)の力である程度適応することは出来ても、鈍くなっていく体はどうしようもない。軽いものではあるが、少しずつ切り傷が増え始めていった。


「私の想定を上回る力と戦術。ヴァルキュリアの頃とはまるで違いますね」

「愛する者と本当に倒すべき敵を見つけたからな。復讐のためだけに戦っていたあの時とは違う!」

「ふふふ。可愛い我が子が成長してくれて、お母さんは嬉しいですね。微笑ましくなっちゃいました。子育てして良かったです〜♪」

「いい加減黙ってくれないか。そういう上っ面だけの言葉など、鬱陶しいだけだ!」


 剣撃が黒棒を上空へはじき飛ばし、カーリーが姿勢を崩す。それと同時に2匹の幽霊が彼女の体内に侵入し、臓器を締め付けていく。


「がっ……まさか、ここまでの実力を」

「終わりだ。雑巾のように絞り殺してやる」

「残念ですが、まだ終わりませんよ。魔力解放 氷風(ひょうふう)!」


 彼女の周囲に雹の混じった風が舞い上がる。竜巻に比べると弱いが、それでもダメージを与えるには十分ではある。しかし。


「痴呆が入ってもう忘れたのか? ここは私の世界といったはずだ!」


 マリネが指を鳴らすと、風は凍りつき、雹は粉々に砕け散ってしまった。


「ならば。魔力解放 衝波(しょうは)!」


 魔力が衝撃波となって放たれ、凍った竜巻を粉々に砕いた。


「あなたの世界であろうと、この攻撃は防げない。魔力解放 剛剣(ごうけん)!」


 何本もの石の剣が放たれ、マリネの体を穴だらけに貫いた。しかし、貫かれた体からは血が1滴も流れておらず、煙になって消えてしまった。


「!? しまった。これは」

「やはり、痴呆が入ってたようだな。私の能力を忘れていたのだから」


 彼女は既にカーリーの背後に移動していた。


「くっ!」

「終わりだ!」


 その首を狙い、斬り落とそうと剣を振るう。ほぼ零距離から放たれた攻撃。普通ならば回避することは不可能なはずだった。


「!? なに!」


 それなのに、なぜか攻撃は空を切ってしまい、目の前にいたはずの相手ははるか遠くに立っていた。


「……貴様、一体何を」

「あらあら~。すっごくラッキーですね~。まさかあの攻撃を躱せてしまうとは」

「くっ。このお!」


 背中の黒い翼で攻撃しようとした瞬間、前方から何本もの槍が襲いかかり、彼女の肉体を貫く。貫いた槍は王国で使われてるものであり、兵士たちの基本装備となっているものだ。


「があ!? な……何が」

「残念。良いところまでは行ったんですけどね~。その程度では私に勝てませんよ」

「ぐっ……ならばこれで!」


 彼女の体が煙のように消え、いつの間にかカーリーの背後に現れた。彼女の手には大太刀よりも巨大な氷の剣が握られていた。


「断罪の剣!」


 そのまま攻撃を仕掛ける。しかし、またもやその攻撃は空を切り、相手は遠くに立っていた。


(いくらあいつでもこのスピードはありえない。仮に瞬間移動の魔術を使ったとしても、発動前に何らかの兆候はあるはずだ。それに、私の身体を貫いた兵士たちの槍。これらから導き出される結論は)


 彼女が魔術の解析をしながら一気に距離を詰めて首を狙って斬りかかる。しかし、その攻撃は突如現れた鉄の壁で防がれてしまう。


「!? なんだ。この硬さは」


 彼女は全力で攻撃を仕掛けた。断罪の剣もカイツに攻撃した時よりは威力が落ちてるものの、それでも並大抵の防御魔術では防ぐことは不可能である。それなのに、魔力で作ったと思われる鉄の壁だけで防がれたのだ。


「ふふふふ。どうしました? その剣は見掛け倒しだったんですか?」

「舐めるな!」


 彼女はカーリーの体内に幽霊を仕込ませ、体内の臓器を締め付けていく。その攻撃を喰らってるのにも関わらず、涼しい笑みは全く崩さず、先程とは明らかに何かが違っていた。


「良い攻撃ですね。流石にこれはまずいですし、何回も受けるわけにはいきません。本気の本気。ガチマジスーパーモードで行きましょう。神力解放(しんりょくかいほう) 黒炎波(こくえんは)


 指を鳴らしながら詠唱すると、2人の間に黒い球体が現れ、黒炎を吐き出しながら大爆発を起こした。


「!? がああ!」


 その威力はマリネを大きく吹き飛ばし、結界の端にある壁へと叩きつけられ、クレーターのような跡が出来上がる。先程立っていた所も爆心地のようになっており、威力の高さを物語っていた。


「がはっ……馬鹿な。この威力は……並みの魔術のレベルを、はるかに超えている」

「そりゃあそうですよ。これこそが、天使の真の力なんですから」


 いつの間にか目の前に立っていたカーリーが、黒棒で突き刺そうとする。その攻撃を躱して剣で切り裂こうとするが、またも空を切り、彼女は遥か遠くに立っていた。


「同じ手を何度も!」 


 マリネはそれを予測していたため、次の攻撃を仕掛ける。地面を突き破って現れた狼の幽霊が一飲みする。だが次の瞬間には、幽霊から何本もの氷の剣が飛び出し、そのまま消滅してしまった。


「無駄ですよ。もうそんな子供騙しは通用しません」

「ならばこれはどうだ!」


 カーリーの周囲に何体もの氷の龍が現れ、一斉に喰らいつこうと襲いかかる。それに加え、黒い翼から作られた龍も向かっていた。同時に幽霊を体内に入れられ、身動きも封じられている。そんな状況でも、彼女は笑みを崩さなかった。


「神力解放 白雷天(びゃくらいてん)!」


 空から放たれたいくつもの白い稲妻が龍たちを焼き尽くしていく。それはマリネにも襲いかかり、その肉体を黒く焼き焦がしていった。


「がっ!? あああああああ!」


 魂を移動させることも間に合わない光速の一撃。激しい雷は大地をも焼いていく。


「いかがですか。稲妻のお味は……って、その滑稽な顔を見る限り、最高のようですね♪ あははははははは!」


 攻撃が終わると魔術結界は解除され、彼女の全身は焼け焦げていた。


「ぐっ……くそっ……こんな所で」

「いやー、お見事でしたよ。この力を使わせたのは、あなたが初めてです」


 背中の右側から紅い翼が、左側から黒い翼が3枚ずつ現れ、誇示するかのように広げられる。放たれる威圧感はこの世界の物とは違う異物のようなものであり、魔力ではない何かも感じ取れた。


「その紅い翼……それに、この感覚は一体」

「ネメシスが見せてくれた、熾天使(セラフィム)の真の力。実現させるのに苦労しましたよ〜♪」

「真の力……だと」

「そ。貴方がたが出してる黒い翼は紛い物なんです。この紅き翼こそ、四大天使に最も近い力。私が求めていた完成品への足がかり」

「貴様は……何を……求めているんだ。六神王を作り……人体実験をして、何を」

「あなたのような失敗作に話す必要はありません。ではさようなら」


 彼女が攻撃を仕掛けようとした瞬間、王都を包んでいた魔術結界が解除された。


「魔術……結界が」

「ちっ。思った以上に早かったですね。早くとどめを刺して終わらせますか」


 再び攻撃しようとすると、足下から何本もの氷の刃が飛び出してきた。咄嗟に後ろに跳んで致命傷は回避したものの、左腕を斬り落とされ、断面が凍らされてしまった。


「ぐっ!? ほんと、往生際が悪いですね」


 彼女は凍った部分を魔力で作った炎で溶かし、斬り飛ばされた腕を断面にくっつけて再生させる。


(今の攻撃。速度は大したものではなかった。奴ならば確実に回避できたはず)


 攻撃が当たった理由を考察していると、カーリーの息がわずかに乱れているのが確認できた。


(まさか、奴の神力解放とやらは)


 ある答えに辿り着こうとする寸前だったが、それを許さないかのように何本もの氷の剣が襲いかかる。魔術で魂を移動させてなんとか躱したが。


「そこです」

「!? しまった」


 回避先を読まれており、紅い翼が槍となって襲いかかってくる。回避も防御も出来ない。これまでかと思われたその瞬間。


「獣王剣・天!」


 巨大な斬撃が槍となった翼を消し飛ばし、全身を白い毛で包んだ女性、アリアが前に立つ。


「フェンリル!? まさかこのタイミングで来るとは」 

「……お前……なんで」

「私はどうでもいいけど、あんたが死んだら彼が悲しむからね」


 カーリーは強大な魔力を上空から感知する。待っていたかと言わんばかりに笑みを浮かべ、上からの攻撃を黒棒で受け止めた。その威力はあまりにもたかく、足元の地面がクレーターのようにへこんでしまう。

 攻撃してきたのは背中から3枚の天使のような翼をはやした少年、カイツだった。


「やっと来ましたね。ミカエルの器、カイツ・ケラウノス」

「カーリー。お前とは、ここで決着をつける!」

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