第1話 カイツの任務解決 前編
「カイツさん。大丈夫ですか? やけに疲れ切った顔ですけど」
ギルドで朝ごはんを食べてる最中、受付嬢のカナさんが心配そうにそう聞いてくる。昨日は一睡も出来なかったし、体が鉛のように重い。眼の前の世界は灰色に見えている。誰かから嫌われるというのは、こんなにも辛いことだったのだと今更ながらに思い知らされた。
一見心配そうにしているカナさんだが、本心ではどうでもいいと思ってるのだろう。だめだ。こんな考えをしてると涙が出てきそうだ。
「大丈夫。昨日飲みすぎて疲れただけだから。ああ、そうだ。俺、このギルド辞めることにしたから、後で退職手続きの書類を頼む」
「……え? いま、なんて言いました?」
「ギルドを辞めると言ったんだよ」
「ええええええええ!? な、なななななんで!? なんでなんですか。私のせいですか? それとも気に入らない奴でもいたんですか? もしそうなら私に任せて下さい。カイツさんの害になる奴は完膚なきまでに叩き潰して殺しますし、私が原因なら私が退職しますから! だから辞めるなんて言わないで下さい!」
やけに凄い演技……というか、本気で悲しんでるような。彼女の目は嘘をついてるようには見えない。でも、アレウスは俺がみんなに嫌われてると言ってたし。俺が演技と見抜けてないだけなのか?
「いや、カナさんのせいじゃないよ。俺のせいなんだ。俺はパーティーメンバーや色んな人たちに嫌われてるらしいから、辞める方が皆のためになるんだよ」
「え!? いやいやいや。そんなのありえないですよ。カイツさんを嫌いな人なんてこの町にほとんどいませんよ。なんでそんなデマ信じてるんですか!」
「デマじゃないよ。実際、俺に対して悪口を書いてたみたいだし。リナーテたちも俺を毛嫌いしてたみたいだし」
「悪口? そんなもの誰も書かないと思いますけど」
「いや、実際にアレウスがばら撒いてた紙には色々書かれてたんだよ。嫌いとか死ねとか町から出ていけとかな」
なんか食い違いが起きてるような。あいつの話だと彼女も俺に対する悪口を書いているはず。けど、カナさんはそんなことを知らなさそうだし、隠してるわけでもなさそうだ。彼女は何かを考え込むように首を捻る。しばらくすると、何かを理解したかのようにふむふむと声を出した。
「カイツさん。その悪口の紙、確実にアレウスが用意した偽物です。断言出来ます」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あの紙が偽物という証拠は無いだろ」
「でも、本物という証拠もないですよね? その紙が本当に市民が用意したのか、アレウスが用意したものなのか分からないじゃないですか。そもそも、昨日はカイツさんを讃える祭りをやったじゃないですか。あれだけのことをしてくれる人たちが、本当にあなたを嫌ってると思いますか? 思いませんよね。絶対に思いませんよね!」
「それは……確かにそうだけど」
確かに、あれが本当に市民から集められたものなのかは分からない。祭りを開いてくれた人たちも、心から俺のことを褒めてくれたり、感謝してるように見えた。
だけど、アレウスが嘘をつくとは思えないし、仮に嘘だとして、そんなことをする理由が分からない。本物と考えた方が、まだ辻褄は合う気がする。
「まあ、その紙の件は後回しにしましょう。次はパーティーメンバーの件です。リナーテさんやメリナさんは、カイツさんのことを嫌いだと直接言ったんですか?」
「いや。アレウスから間接的に聞いただけだ。でも、プレゼントをズタズタに切り裂かれてたし、これは本当だと思う」
「プレゼント? それって、前にカイツさんが渡してたバッグとかイヤリングのことですか?」
「ああ。昨日、アレウスが見せてきたんだよ。ボロボロになったバッグやイヤリングをな。あれは明らかに人為的に壊されたものだった。彼女たちが俺のことを嫌ってるのは確実だろう」
「? それは可笑しいですね。昨日の夜、リナーテさんがイヤリングを着けて歩いてるのを見ましたし、バッグも大事そうに抱えてましたよ?」
「え……どういうことだ?」
昨日の夜に着けていて、バッグも抱えていた? でも、それだと昨日、アレウスがボロボロにしたのを見せてきたのと食い違う。一体何がどうなっているんだ。
「カイツさん。あなたはアレウスさんから間接的に聞いただけで、リナーテさんたちから直接聞いたわけではないのですよね?」
「……ああ。そうだな」
「なら聞いてみましょう。ちゃんとコミュニケーション取らないと、変なすれ違いが起きて大変なことになりますし。もしかしたら、あなたは嫌われてないかもしれませんよ。いえ、絶対に嫌われていません。私が保証します。アレウスが嘘をついてるだけですよ! それに、あいつの話は色々とおかしな事だらけじゃないですか。絶対に嘘に決まってますよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そこまで自信を持って言い切れる根拠は何なんだ?」
「女の勘です!」
勘なのか。具体的な理由とか証拠があると希望を持てたんだが、勘か。
「カイツさん。乙女の勘は絶対に当たるんですよ。彼女たちの思いを直接聞いてからでも遅くはないと思います。話をせずに勝手な思い込みをするのはとっても危険なことですからね。ですから待ちましょう。ていうか待たないと後悔しますよ。これは確実です! 今日はメリナさんたちがどこに行ってるか分かりませんが、夕方にはギルドに顔を出すと言ってましたから!」
「……分かった。待つよ」
乙女の勘が当たるかどうかは知らないが、カナさんがここまで自信を持って言うのなら、リナーテたちから直接話を聞くのも良いかもしれない。それに、カナさんの意見にも一理ある。本当に嫌っているとしても、アレウスの嘘だとしても、直接会って話をすべきだと考えた。
待ってる間が暇なので、俺は掲示板や依頼ボードを見ていた。他の冒険者たちが仲間と相談しながら、依頼書をバンバン取っていき、ボードが物悲しくなっていく。その中で、目を引くものが1つあった。
「人攫いを捕まえてください、か」
近くの森で、人身売買を目当てとした人攫いが多発しているようで、その犯人を捕まえて欲しいとの依頼だった。ドクロマークが付いているということは、死ぬ可能性が高い依頼書ということか。そりゃ他の冒険者は取らないわけだ。報酬もそこまで高くないからな。
それにしても、人身売買をする外道どもは理解できないな。人を売ったり買ったりして何が楽しいのやら。こんなふざけたことをする奴は、絶対に叩き潰さないといけない。皆がやらないなら俺がやるだけだ。リナーテたちの事は気になるけど、これを見て見ぬふりをするなんてことはできない。
「カナさん。俺はもうギルドを辞めた身だが、この依頼受けられるか?」
俺は紙を持っていき、彼女の前に出した。
「はい。受けられますよ。ていうか、私の中ではカイツさんはギルドを辞めた扱いではありませんからね。でも良いんですか? リナーテさんたちを待たなくて」
「彼女たちが俺をどう思ってるかは気になるが、それよりはこっちの方を優先だ。人攫いするような外道を放っておくわけには行かないからな」
馬車を借りようと思ったが、猿の魔物が暴れてるとかの理由で馬車を出すことは出来ず、走って森の中を捜索することになった。
「まさか魔物が暴れてるとは思わなかった。モンスターハザードが起きたばっかりなのに元気な奴らだな。まあいい。やるべきことが2つに増えただけだ」
猿の魔物共が人に迷惑をかけてるなら討伐し、人攫いしてる外道も叩き潰す。それだけのことだ。
しばらく走っていると、俺の前を1匹の茶色い体毛の猿がボウガンを超える速度で横切り、周囲の木の枝の上に着地する。その直後にあらゆる方向から茶色の猿が襲い掛かってきたので、俺はそれらを全て躱していく。周りを見ると、大量の猿の魔物に包囲されていた。
「うききききき」
「あれは確か……シーフモンキーか」
集団で人間を襲い、食料や荷物を奪っていく悪質な魔物。個体によっては女性を攫うこともあると言われている。素早い動きであちこちを飛び回り、死角から襲ってくる恐ろしい魔物だ。
「随分と多いな。数は100匹前後といったところか」
探す手間が省けて助かった。森の中は広いから、魔物を探すのは大変だからな。人攫いの件もあるし、あまり時間をかけることにならなくて良かった。
「うきききいいいい!」
「うっきいいいいい!!」
1匹の掛け声に続いて全員が声を出し、一斉に襲い掛かってきた。100匹もいるからちまちま戦うのもめんどくさい。なら。
「剣舞・龍刃百華!」
横一閃に剣を振り抜く。その直後、無数の斬撃がモンキーたちを襲い、その体は切り刻まれた。
龍刃百華。一瞬のうちに百の斬撃を繰り出す。数の多い雑魚を蹴散らすのに便利な技だ。
「この程度の魔物なら、本気を出さなくてもどうにかなる」
これでもギルドで色んな魔物と戦ってきたんだ。この程度なら楽に倒せる。再び人攫いを探そうとすると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
「たく。今度はなんだ」
足音のする方を振り向くと、そこには巨大な茶色の猿が立っていた。
「キングシーフモンキーか」
キングシーフモンキーはシーフモンキーたちの親玉だ。色んな生物を見境なく殺すという凶悪な魔物で、街一つを容易く滅ぼすほどの強さを持っている。ギルドでは、絶対に戦ってはいけない超危険魔獣と言われていたな。
「ぎゅべああああああああ!!!」
奴は周りにあるシーフモンキーの死体を見て怒り、こちらに襲い掛かってきた。それを躱すと、地面に大きなクレーターのような跡が出来た。そこはマグマのように赤く光り、煙が吹き出している。
これこそが奴の恐ろしい所。奴が殴った場所は、まるでマグマのように熱くなってしまうのだ。掠っただけでも命取りになるほどの危険な力。
「それに加えて」
「ぎゅべええええええ!」
奴は何度も何度もこちらに殴り掛かり、俺はそれを躱していく。それなりに距離を取ってるはずなのに、拳が振るわれた際の風圧が凄い。
こいつは拳が大きいうえに、速度はシーフモンキーの3倍以上と言われている。だからこそ、その攻撃を躱せずに殺される人が多いのだ。
「だが、どんな攻撃も当たらなければ意味がない」
攻撃は脅威ではあるが、避けられない速度ではない。奴がこっちを蹴り飛ばそうとするが、俺はその攻撃を後ろに跳んで躱す。何十回も戦ってきたんだ。こいつの攻撃なんざ簡単に躱せる。
「ぎゅべえええええええ!」
何度か躱し続けてると、奴は当たらないことに苛立ったのだろう。怒り狂ったように周りの地面をやたらめったらと殴っていく。
「馬鹿だな。戦いはやけになったら終わりだぞ」
奴の適当に振るわれる拳など当たるわけがない。俺はその攻撃を躱して懐に入り込む。
「ぎゅべえええ!」
奴が拳を振るい、俺を殴ろうとする寸前。
「剣舞・紅龍一閃!」
居合切りを放ち、奴の体を真っ二つにした。キングシーフモンキーは血液を必要としないらしいので、こうして斬っても血がかからないというのは良い所だな。血被ると色々めんどくさいし。
「ぎゅぎゅ……ぎゅべええ」
奴は気持ち悪い呻き声を上げながら、地面に倒れた。こいつを倒したんだし、馬車が通れなくなる問題も直に解決するだろう。
「さて。さっさと人攫いを捕まえに行くか」
刀を収めて歩き出すと、向こうの方で車輪の音が聞こえてきた。
「これは……馬車か?」
町の話では、魔物が暴れてるから馬車は出せないと聞いていた。普通なら、馬車がここを走っているわけがない。そして依頼書には、犯人は馬車を使ってる可能性があると言っていた。ということは。
「人攫いの馬車の可能性が高いな」
追ってみる価値はあるだろう。俺は車輪の音がする方へと走っていった。




