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第195話 戦い続けるための大義

 Side プロメテウス


 幼い頃から正義のヒーローに憧れていた。私の故郷は魔物や異種族の被害が多く、騎士団も来てくれることが少なかったため、被害者や遺族が泣き寝入りで終わることなど当たり前のことだった。

 そんな残酷な故郷だからこそ、私は絵本に出てくるようなヒーローになりたかった。弱きを助け強きを挫く、そんな理想の存在に。大人たちはみんな無理だと言ったり、戯言と散々なことを言われたが、彼女だけは受け入れてくれた。


「大丈夫だよ。アルティーならきっと、皆を救うヒーローになれる。私は応援してるよ」


 幼馴染だったカリン。彼女だけは私の夢に真摯に向き合ってくれた。彼女と共に特訓したり、対魔物用の戦闘方法を考えたり実践したり。


「すごいよアルティー! この方法ならきっと魔物もイチコロだよ!」

「アルティー。何かあったら言ってね。私にできることならなんでもするから」

「ずっと一緒だよ。アルティーが嫌だと言っても私はむりやりついていくから! そのためにも体を鍛えてるし!」


 ずっと私に寄り添い、心を支えてくれる大切な人。だからこそ、私の身に何があっても必ず守り抜くと誓った。

 しかし、幼い子どもがそんな決意をした所でなんの意味もない。この頃の私には魔力も魔術も無かったため、立ち向かう術は己の肉体のみ。魔物たちとの圧倒的な能力差は埋めようが無かった。出来るのは最弱の魔物と呼ばれるスライムを倒す程度。ゴブリン1匹にすら勝つことが出来ず、毎度ボコボコにされて命からがら逃げ出す毎日だった。


 魔物に勝てず、奪われるだけの惨めな毎日。こんな最悪の時間が永遠に続くと思っていた。あの女が現れるまでは。


「あらあら。噂には聞いてましたが、本当に魔物や異種族の被害が凄いんですね。戦っても戦ってもキリがありませんよ」


 ヴァルキュリア家当主、カーリー。彼女が来たおかげで村は異種族たちの被害に悩まされることなく、平穏に暮らすことが出来るようになった。

 人々は彼女を救世主だのヒーローだの崇め、まるで神様をもてなすかのように厚遇していた。


「凄い人だね。あの人のおかげで、私達は何も怖がることなく暮らせる。感謝してもしきれないよ」

「ええ……そうですね」

「もう。まだ拗ねてるの? 自分があの立場になれなかったことに」

「別に拗ねてませんよ。ただ、悔しいと思いまして。あの人には魔力とか魔術とか、凄い力があるのに、私には何もありませんから」

「何も無いなんてことはないよ。アルティーには、この鍛え抜いた肉体や魔物たちに立ち向かう勇気があるじゃない!」

「実際に勝てないと意味はありませんよ。私に出来るのは、誰にでも出来るスライム駆除だけ。もっと、もっと力が欲しいんですよ。この村の人々を守れるようになる力が!」

「その願い、叶えてあげましょうか?」


 そんな時、私たちはいきなりカーリーに話しかけられた。


「叶えてあげるって……どういうことですか」

「そのままの意味です。魔物に屈することのない力を得るための方法を与えましょう。ただしこれは、かなりの苦痛を伴うものとなりますが」

「やります! やらせてください!」

「アルティーがやるなら、私もやります!」

「いいんですか? とっても大変なことになりますけど」

「構いません。みんなを守れる力があるなら!」

「アルティーを助けられるならなんでもやれますよ!」


 私たちは何も考えずに二つ返事で承諾してしまった。それこそが最悪の選択だと気づきもせず。






 私達はとある施設に連れて行かれ、そこで訓練を行うこととなった。


「がっ……があああああああ!?」

「ほーら。がーんばれがーんばれ頑張って下さ~い」


 訓練は過酷を極めた。妙な装置につながれて薬品を投与され、爪を剝がされるような痛みが常に全身を襲い続け、体の中は炎で炙られてるかのように熱くて死にそうだった。

 しかし、そんな痛みに私は耐え続けた。正義のヒーローになりたかったのもあったが、それ以上に、カリンもこの訓練を受けていると考えると、諦めることなど選択肢に無かった。


「はーい。これで訓練は終わり。では、魔物退治に行きましょうか」

「……はい」


 訓練が終わった後は村に近付いている魔物を退治する。これが日課となっていた。殺すのは全身真っ白な人型の魔物。不思議なことに、体中に激痛が走りながらも、体は勝手に動いていた。まるで魔物との戦いを、殺しを求めるかのように。


「死ねえええ!」


 背中にできた黒い翼を使い、魔物たちを串刺しにして殺していく。殺すたびに何かが満たされていく気がした。正義のヒーローを目指していると言っても、私は戦いが好きなわけではない。しかし、この翼を手に入れてからは、なぜか戦うことが好きになっていった。痛みに悶える魔物の顔を見るのが趣味のようになっていたのだ。


「ふふふふ。良いですね。どんどん強くなってる。これなら、きっと正義のヒーローに。もっと魔物どもの死にざまを」


 血塗られた手を見ながら私は歓喜していた。それは理想に近付いたからなのか、あるいはそれ以外の理由があったのか。




 何か月もの訓練を繰り返し、痛みにもだいぶ慣れてきた。強さも子供のころとは比較にならないほどに強くなっていた。そんな時。


「侵入してきた魔物の退治ですか?」

「ええ。どういうわけか、この施設内にうまいこと侵入してきた魔物がいるようでして。あなたにはそれの退治をお願いしたいのです。本来なら私が動くべきなのですが、外せない用事がありまして」

「分かりました。すぐに退治してきます」

「気を付けてくださいね。敵はかなりの強さみたいですから。危ないと思ったらすぐに逃げること。良いですね?」

「大丈夫です。無理をするつもりはありませんから。ふふふ、愚かな魔物もいたものですね。自分から死にに来るとは」


 施設内に侵入した魔物の排除。魔物が侵入してきたというのは少し驚きではあったが、その時の私は大して深く考えていなかった。

 しばらく探索していると、何かが暴れまわったような跡を見つけた。気配を探ると、魔物らしき敵の気配を感知した。その気配は少し懐かしい感じがしたが、私は気の所為だと判断して思考を打ち切った。


「そこですか」


 私は背中から黒い翼を生やし、天井にいた白い魔物に攻撃した。直撃こそ避けられたものの、腕に多少のダメージを与えることが出来た。

 その魔物は女性のような長い髪を生やしており、仮面のような者を装着した不気味な存在だった。


「ぐぎががが……がががあああ!」


 敵は背中から黒い翼を生やし、鞭のようにしならせて攻撃してくる。狭い場所だったため避けるのは困難だったが、その威力は低く、簡単に防御することが出来た。


「こんな所で暴れられても困りますし、死んでもらいますよ」


 指を鳴らすと、地面から槍のように尖った蔦が何本も飛び出し、魔物の肉体を貫いた。


「ぐぎゃ……ありゅ……でぃでぃでぃ」


 魔物はよく分からない言葉を残して死んだ。


「ふん。ザマア無いですね。この程度で侵入してくるとは愚かなものです」


 魔物から流れてくる血、生命活動を停止した冷たい体を見ると、どうしようもなく興奮してきてしまった。


「あは、はははは……ほんと、不様で愚かで良いものですね」


 そんな風に笑ってると、重力に従って仮面が落ちた。そしてその素顔は。


「えっ……カリン?」


 その顔は多少は変化しているものの、間違いなくカリンだった。


「なぜ……なぜ彼女が……どうして!?」


 私は蔦を引き抜き、服の一部を千切って穴の空いた所を包帯のように巻いていく。そして心臓マッサージを施すも、そんな事が無意味であることなどは明白だった。血は大量に流れ、死後硬直も始まっている。どんな処置を施した所で無駄なことは子供でも分かることだ。


「駄目です……死なないでください! あなたが死んだら、私は!」


 涙を流し、必死に傷口を抑えながら彼女に呼びかけるが、その言葉に指1本すら動かすことはなかった。


「いやだ……死なないで! こんなところで死ぬなんて嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

「あらあら。大変なことになっちゃいましたね~」


 そんな時、あの女が私の前に現れた。


「カーリー様! カリンが……カリンが大変なんです。助けてください!」

「ん~。ここまでやられてると流石に無理ですね。熾天使(セラフィム)の治癒力でもそこまでのダメージは治せませんよ」

「そんな。でもこのままじゃカリンが! お願いします。私にできることがあるならなんでもやります。だから、どうか彼女を!」

「無理ですって。大体、彼女を殺したのは貴方じゃないですか。殺した相手を助けてほしいだなんて、あなたも面白いことを言いますね~。しかも、そんな笑顔を浮かべておいて」


 そう言われて私は初めて気が付いた。涙を流しながらも、私は笑みを浮かべていたのだ。彼女が死んでいることに悲しみながら、心のどこかで血を流している彼女に快楽を感じている自分がいた。


「私は……違う……私は、彼女を」


 頭を抱える私の肩にカーリーが手を置き、抱きしめるように引き寄せる。


「素直になりなさい。あなたは人を殺すのが大好きな悪魔になったんです。それを受け入れて、私と共にこの世界を遊ぼうではありませんか」

「私は……ヒーローに。カリンを守りたい」

「死んだ相手を守る必要などありませんよ。己の欲望の向くままに殺戮をしましょう。私がすべてを受け入れます」


 その言葉は遅効性の毒のように、ゆっくりと私の心を侵食していった。


「所詮、どんな大義を抱えようと人はいつか腐って欲に溺れる。今のあなたのようにね。それなら、最初から溺れてしまいましょうよ。己のやりたいことだけをやってこの世界で遊びましょう。大切な幼馴染を殺した今のあなたなんて、正義の味方になることは不可能なのですから」

「私は……正義の味方に……なれない」

「そう。あなたは正義の味方になれない。何もできない愚か者。ならば、己の欲望のままに生きて人生を謳歌しましょう」


 その言葉は、私を堕落させるのに十分だった。幼馴染を殺して喜ぶような外道がヒーローになんてなれるわけがない。ならばもう、己の生きたいままに生きよう。人を、魔物を欲望のままに殺し、楽しむ自分を受け入れよう。それが、私の選んだ道だった。






「私は外道の道を進んだ。だからこそ知りたいのです。あなたがたのように正義の道を歩む方法を!」


 私は地面から槍のような植物を何本も生やして攻撃するも、バルテリアはそれを紙一重で躱して接近してくる。


「馬鹿だなあ。戦い続ける大義があるからこそ、こういう道を歩めるんだよ」

「その道を突き進む覚悟はあるのですか。何を犠牲にしようとも。本当にその道が正しいのかもわからないのに!」


 私は筒の形をした植物を足下から生み出し、毒液の塊を砲弾のように放つ。


「何があろうと突き進むさ。じゃねえと、進むために犠牲にした奴らに顔向けできねえだろ」


 彼は小さな宝石を投げつける。それは光の盾となって毒液を防ぎながら私の眼前に迫り、先程のガトリングガンと呼ばれるものを展開する。

 攻撃される前に魔力の衝撃波を放って無理矢理距離を離し、それと同時に彼の武器を腐らせた。


「ちっ。厄介な魔力だなあ。俺の武器をことごとくダメにしやがって。造るのもタダじゃねえんだぞ」

「何があろうと突き進む、ですか。ならば見せてもらいましょう。あなたの力を。私と何が違うのかを。成長を成長して成長しなさい。我こそは緑の悪魔。古きものを破壊し、新しきものを創造する。存分に泣け。喚け。絶望しなさい!」


 私のの赤い左目が輝き、ヒビのような模様が腕まで広がる。そして、4枚の黒い翼が生えてきた。しかし、これだけでは終わらない。

 私は両手の中指と薬指を突き立てて合わせる。


「魔術結界 腐敗せし暗黒世界!」


 魔術結界が発動し、周囲の景色が一変する。そこは私の村によく似た場所だが、色々と違う部分があった。空は濁りきった醜い黒緑色となり、地面や周囲の建物は腐り果て、酷い腐臭が漂っている。


「ほお。魔術結界まで出してくるってことは、いよいよ本領発揮というわけか。そんなに知りたいなら、その身に教えてやるよ。俺とお前の何が違うのかを」

「ぜひ教えて下さい。それを知ることが出来れば、私の歩んだ道が間違いだったが、そうでなかったかが分かりますから」

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