第192話 本当の熾天使
「これで。お前は終わりだあ!」
コロシアムの壁から無数の目が開かれ、そこから一斉に光が放たれる。
「させませんよ!」
彼女は黒い盾を周囲に展開し、光を遮った。
「良い手だが、それでは何も見えないだろう!」
ヘラクレスは一気に詰め寄り、盾諸共クロノスを攻撃して吹っ飛ばす。
「がはっ!?」
その威力で壁に叩きつけられて大きなダメージを負う。それと同時に、地面に無数の目が展開した。
「無駄だって言ってるんですよ!」
彼女は周囲に火の玉を展開して爆発させ、爆煙で光を遮る。しかし、それによって再び視界が遮られてしまう。
「そんなことをするお前の方が無駄だろ!」
彼は爆煙の中に飛び込んで殴りかかる。その攻撃をかろうじて腕で防御するも、あまりの威力に腕の骨をやられて上空へふっ飛ばされた。
「ぐっ……このお!」
彼女が筒状の武器を生み出すも、それで攻撃する前に翼で弾き飛ばされた。
「悪いな。今は不満足の時間だから、いちいち攻撃を喰らってられないんだよ!」
彼は翼を巨大な拳へと変化させ、クロノスをすり潰すように叩きつけた。
「があっ!? まだ……こんな所で」
「悪いな。とどめだ」
彼は両翼の翼を巨大な拳にして更に殴りつけていく。殴る度に骨が砕けていく感触を感じていたが、それは彼にとってつまらないものでしかやい。
彼は骨を砕かれるのは好きだが砕くことは好きではなかった。一方的に自分が蹂躙するというのは退屈過ぎて死にたくなるほどにつまらない時間である。
「そろそろだな」
攻撃を止め、翼を元に戻す。煙が晴れた先には満身創痍のクロノスが倒れていた。四肢の骨は歪んでおり、ヘラクレスの攻撃で出来たクレーターには血の水たまりが出来ている。
「悪く思うなよクロノス。俺も六神王の1人。いつまでも自分の性癖を押し付けてるわけにも行かないんだ。さてと。後は王都にいる連中を洗脳して終わりだな。はあ……つまらない任務だったなあ。どうせなら、もっと痛みを味わいたかった」
彼が背を向けると、刺すような殺気が襲いかかる。振り向くと、クロノスがフラフラになりながらも立ち上がっていたのだ。
「素晴らしい! まさかまだ立ち上がる余裕があるとは。だが、その体では俺を満足させることは出来ないだろう。潔く死んでくれ。これ以上不満足な戦いをするのは嫌なんだよ」
翼を巨大な拳にして攻撃を仕掛ける。だがその攻撃は見えないバリアによって防がれてしまった。
「なにっ!?」
「出来れば、こんなのは2度と使いたくなかったんですが……本当に出し惜しみしてる余裕はありませんね。私にこれを引き出させたことは名誉にして良いですよ」
彼女の足元に白い魔法陣が展開し、強大な魔力が大地を揺らしていく。
「!? なんだ。この異常な力は」
起こった異変はそれだけでなく、彼の翼が引き寄せられるように引っ張られ始めたのだ。
「ぐっ!? なぜ俺の翼が勝手に。一体何が起こっているんだ」
「f8sエルj。g5heきどq」
「貴様、一体何を喋っている!」
彼には理解することの出来ない言葉をクロノスは紡いでいく。
「dq0フィqa。発動せよ」
魔法陣から巨大な光の柱が出現し、そこから溢れ出た魔力が衝撃波となって彼を吹き飛ばす。
「ぐうう。は、ははははははは! 凄いぞこれは。あの時のウリエルに勝るとも劣らない。すごすぎて絶頂しちまいそうだ!」
柱の中から姿を現した彼女の背には、右側は白色、左側は黒色の3対6枚の翼が生えていた。髪は右側の部分が真っ白に染まっている。それだけでなく、服装も変化があった。両腕は真っ白に染まり、肩までかかる白いスカーフを身に着けている。彼はそんな姿を見て、圧倒的な魔力を肌で感じ、涎やら鼻水やら涙など、あらゆる場所から液体を垂れ流しながら感動していた。
「すごすぎる。もう満足できないなんて言って悪かった。まだまだまだまだ満足出来るじゃないか。さあ、お前の力を見せてくれ! その力で俺を痛めつけてくれ!」
「言われなくても、もう見せましたよ」
彼女がそう言った瞬間、何も無い場所から大鎌が飛び出し、ヘラクレスの四肢を斬り落とした。
「!? なんて凄い攻撃だ。だが、まだくたばるわけにはいかないんだよな!」
彼が翼を拳の形に変えて攻撃しようとすると。
「遅い」
その前に彼女の白いスカーフから刃のような布が飛び出し、彼を貫いて壁に張り付けにする。
「ぐっ!? す……凄すぎる。凄すぎて絶頂する暇も無かった。お前、なぜこれほどの力を隠してたんだ」
「あまり晒したくないんです。面倒な奴らに目をつけられますからね。ほんと、気分最悪ですよ。まさかこんな所で使うことになるとは」
彼女は腹いせのようにスカーフから何本もの刃のような布を出し、彼の体を突き刺していく。
「ごふっ!? な、なんて威力だ……俺の体をこうも容易く。ふふふふふふ。満足しすぎてお腹いっぱいだぜ。今にも幸せ嘔吐しちまいそうだ」
「吐かないでくださいよ。気持ち悪い」
彼の口を刃の形をした布が脳天を貫く。
「ぐあ……す、すげえよお。こんな幸せな時間を過ごせるなんて……俺はなんて恵まれてるんだ。こんなにも素晴らしい痛みは……味わったことがない」
「脳を貫かれて生きてますか。本当にしぶといですね」
「くははは。こんな満足出来ることをやられて死ねるわけ無いだろ。いやー、お前には感謝することばかりだよ」
「あなたに感謝されても気持ち悪いだけですね。吐き気がします」
「手酷い対応だなあ……お前さあ、何者なんだ? 俺の体をこうも安々と切り裂いたり貫いたりと。カーリーでもこんなこと出来るか分からねえレベルだ。どこでそんな力を手に入れた。お前は……誰なんだ」
「名前。聞きたいですか? 良いですよ。冥土の土産に教えてあげます。私の名は」
彼女は自らの存在を誇示するかのように、その翼を大きく広げて輝かせる。
「オルタナティブ・ミカエル。一番初めに生まれた熾天使です」
「なっ!? お前、それはどういう」
「これ以上話すことはありません。続きはあの世で考えていて下さい」
翼の輝きが更に強くなり、ヘラクレスの肉体を焼き消していく。
「ぐおおお!? す、すごい。俺の肉体が……いや、魂が。これは……最高に興奮するぜえええええ!」
彼は歓喜の叫び声を上げながら消滅した。それと同時に彼の展開していた展開も消え、彼女も開放していた力を再び封印した。
「はあ……はあ……くっ。久しぶりに力を使いましたね」
彼女はそのまま建物の壁にもたれかかりながら座り込んでしまう。
「あんな奴に……ここまで消耗させられるとは……でも、倒れるわけには……カイツ様の……手助けを」
必死に体を動かそうとするも、ヘラクレスから受けたダメージ、封印していた力を解放したことによる反動のせいで指1本動かすことさえ苦労していた。
「くっ……肝心な時に……あの方の役に立てないとは。なんて不甲斐ない」
涙を流しながら必死に動こうとするも、体は言うことを聞いてくれなかった。
「申し訳……ありません。カイツ様」