第172話 王都ヴァルハラ 嵐の前でも静かにならず
ロキ支部長が指定した時間となり、俺たちは馬車で王都ヴァルハラに向かうことになったのだが。
「なんでこうなった」
俺はバルテリアと共に狭い馬車に乗せられ、彼に監視されながら馬車へと向かっていた。あいつの目が獣のように鋭くなっていて少し怖い。今にも攻撃されそうだ。というか、奴の周囲に網のようなものが張られているが、あれはバリアのようなものなのだろうか。
「目が怖いんだが、そこまで俺のことを危険視してるのか?」
「当たり前だろ。お前はノース支部という百合の花園を壊す破壊者だ。これ以上可憐な花が破壊されないよう、しっかりと監視しないといけない」
「そうかい。で、そのバリアみたいなのは何だ?」
「こいつは俺が作った防護ドームさ。お前の吐く息や体からあふれる汚い雑菌も完全にブロックして除菌する」
「俺はばい菌か何かか」
「良い表現だな。百合を破壊し、女性たちを病気にする貴様にぴったりの名だ」
言ってる意味がよくわからない。俺の周りって、こういうよくわからない奴が多い気がする。
「ほんと、ロキ支部長は理解できないよ。なんでお前のようなヤリ男を引き入れたのやら。噂じゃ、何人もの女をむさぼってるようだな。獣野郎」
「むさぼった覚えはないんだが。そこまで無責任な男じゃねえよ」
「どうだかな。女に積極的に関わるやつは口では一丁前なことを言うが、その実クソッタレなことするやつばかりだった。2人組の女性たちに話しかけたり割り込んだり、あまつさえ一緒に遊ぼうとしたり。信じられない愚行を犯す馬鹿ものばかりだった」
経緯を知らないから何とも言えないが、話しかけたり遊ぼうとするのは愚行と言えないような気がするんだが。
「穢れなき百合の花は絶対に触ってはならない。それは真っ白で美しいキャンバスに手垢をつけるのと同じくらいに愚劣な行為だ。彼女たちの美しい戯れ。そこは何人も入ることを許されない聖域だ。だが世の中の馬鹿どもはそんなことも理解できず、土足でずかずかと入り込む。俺はそんな愚か者どもを断罪するために騎士団に入ったんだ。俺の目が黒いうちは、だれであろうと絶対に花を汚させはしない。覚悟しておけよ。カイツ・ケラウノス。お前が花を汚そうとしたその瞬間に、俺の弾丸がお前の心臓をぶちぬいて殺す」
奴はナイフを取り出し、それを俺の胸元に突き立て、警告するようにそう言った。こいつにはこいつなりの信条があるということは理解できたが、その信条に関してはよくわからない。女性2人が一緒にいるのがそんなに美しいのだろうか。確かに見ててほんわかする気持ちになることもあるかも……。
そう考えてふと思い浮かんだのは、周りにいる女性たちの行動だった。そしてそこから導き出される結論は。
ほんわかすることはないな。少なくとも俺にとってはない。周りの女性たちはやたらと殺気立ってること多いし。主にアリアとかクロノスとか。そのせいで何度冷や汗をかいたことやら。
「まあお前みたいなやつは、俺の言ってることを理解できないだろうな。生きてる世界が違うのだから。ちょうどいい機会だ。お前を更生させるためにも、百合の戯れがどれだけ美しいのかを教えてやろう」
それから王都に着くまでの数時間、俺は奴からわけのわからない話を延々と聞かされていた。
そのころ、他の馬車ではアリアとクロノスが殺気をガンガンに出して睨みあったり、ふざけたことをしたリナーテがメリナとメジーマに制裁を受けたりと中々に酷い有様だった。
その後、厳重な警備と審査をくぐって俺たちは王都へと到着した。王族の乗ってる馬車以外は王都の中では乗ることが出来ないので、中に入った後は徒歩で移動することになった。
「うわあああ! すごい風景。見てメリナ! あんな大きい城初めて見た!」
「リナーテ。私たちは遊びに来たわけじゃないんだ。もう少し緊張感をもって」
「あ! 見て見て! あのお店超高級喫茶店として有名なところだよ! 行こうよお!」
「おい待て! 勝手に行動するな!」
「リナーテさん! 騎士団の人間として品のある行動をしてください!」
リナーテは初めて見るものばかりに興奮してるのか、やたらとメリナとメジーマを振り回している。ラルカも目をキラキラさせており、今にも走りだそうにしている。
「ラルカ。あなたは勝手な行動しないでね」
「安心しろ。我は偉大なる魔術師。矮小なる者と違い、困らせるようなことはせぬ」
今にも飛んでいきそうなくらいにウズウズしてるのに、ちゃんと我慢するのは凄いな。流石は偉大な魔術師といったところか。
「兄さま、大丈夫なのか? やけに疲れ切った顔をしているが」
「問題ない。わけのわからない話を聞かされていただけだ。それより、ずいぶんと賑わってるんだな」
ロキ支部長は、兵士たちが慌ただしく動いていると言っていたから、てっきり住民も避難したりして街は静かだと思ったが、特にそんなこともなく、当たり前のような日常を過ごしている。住民には襲撃の件が伝わってないのか、あるいは襲撃を知っていて、みんな気を紛らわせるためにやってるのか。
そう考えてると、バルテリアがリナーテやラルカを見ながら話した。
「ふむ。少し予定を変えようか。王都に行って作戦会議をするのは、俺とカイツだけにしよう。ウルたちは王都散策してきなよ。リナーテやラルカも色々見たいものがあるだろ?」
「え、良いの?」
「ああ。美しい花をむりやり働かせるのは俺の趣味じゃない。自由に遊んできな」
「バルテリアさんきゅー! 行くよメリナ! メジーマ!」
「勝手な行動するな」
メリナが指を鳴らすと、水のひもが彼女の懐から出現し、それがリナーテの足に絡みついて転ばせる。
「ぶげ!?」
「たく。手間かけさせるなよ。てか良いのか? 私たちも行った方が良いと思うけど」
「構わないさメリナちゃん。花は楽しく元気に過ごすのが大切だからね。こういう泥臭い下請け仕事は俺やばい菌野郎がふさわしいのさ」
そう言って、奴は俺の首根っこを掴んで引き寄せる。なぜか知らないが、俺を掴んでいる手は軍手を二重にはめていた。別に逃げるつもりはないが、奴はどうしても俺から彼女たちを引き離したいらしい。そんな中、メジーマが不思議そうに質問する。
「ずいぶんと彼のことを嫌ってますね。何か恨みでもあるのですか?」
「恨みありまくりさ。こいつは聖域を汚した男なんだからな」
「なにを言ってるかよくわかりませんが、あまり仲間同士で喧嘩しないでくださいよ。和の乱れは戦いの乱れにつながり、戦いの乱れは敗北につながります。おててつないで仲良くしろとまでは言いませんが、もう少し団員としてちゃんとした行動をしてください」
そういわれると、奴は何かを考え込むようなしぐさをした。
「……ふむ。確かにそうだな。俺の馬鹿な行動で聖域が汚れてはいけない。花を守るためには、まずは自分がちゃんと気を付けねばならないということだな。お前のおかげで良い気付きを得ることが出来たよ。ありがとな。それとすまなかった。こいつに対する言動も改めるとしよう」
「いえ。ちゃんと考えてくれるならそれで良いんです。こちらも無礼な物言いをしてすみませんでした」
メジーマはお礼や詫びを言われるとは思ってなかったのか、少しばかりあっけにとられている。わけのわからない奴ではあるが、全くの無法者ってわけでもないみたいだな。少し意外だった。
「それにしても、カイツは大丈夫なんですか? その方と一緒で。色々と大変そうですが」
「心配するな。あんま大勢で行っても迷惑だし、俺とバルテリアで何とかしておくよ」
「カイツ、本当に大丈夫?」
ウルが心配そうな顔で俺に聞いてくる。
「大丈夫だって。お前はダレスやラルカの方を頼む。メリナもリナーテの世話よろしくな」
「任せろ。こいつが馬鹿やらかさないように見るのが私の役目だしな」
「あんたは私の母親か何か? よくよく見ると結構年食ってる雰囲気もあるし、母親でもいわか――どべっ!?」
「やかましい。殴るぞ」
「もう殴ってるっての。痛い~」
「ははは。リナーテも余計なこと言いすぎないようにな。クロノスたちも適当に王都を散策しておいてくれ」
「良いんですか? こんなのと一緒で。その程度の雑用など私がこなしますが」
「いや。俺がやるよ。作戦を考えたのは俺だし、俺が話す方が良い」
それに、クロノスに任せたら何が起こるかわからんからな。目上の人に対する敬意とかなさそうだし、余計な問題を持ってくる可能性がある。
「クロノスも適当に散策しておけ。たまには息抜きも大事だ」
「むう……分かりましたよ。ゆったりしておきます」
「そうしてくれると助かるよ。アリアもついてくるなよ」
俺が釘をさすようにそう言うと、彼女は気まずそうに目を反らした。俺が何も言わなかったから確実についてきたな。アリアもクロノスと似たところがあるし、王族のいるところに行かせるのは危険だ。
「ニーア。2人を監視しといてくれ」
「了解だ。任せておけ」
「ちょっとお。なんで私を監視するのさ。サイコパスのツインテ女よりは安全だと思うけど」
「畜生よりはマシだとは思いますが、まあおとなしく待機しておきましょう。馬鹿な獣が変なことしないように監視しないといけませんからね」
クロノスとアリアはバチバチと火花を鳴らしており、今にもバトルしそうな危ない雰囲気が流れている。城でもこういうことになりそうだから連れて行きたくないんだよな。王族を相手にする以上、無礼なことをしたら彼女たちが大変なことになる可能性があるし。
「ふむ。険悪な雰囲気が流れる花園か。これもこれでいいものだな」
バルテリアはなんでか嬉しそうに興奮してるし、もうわけが分からない。正直こいつも置いていった方が良いような気もするが、それをすると面倒なことになりそうだし。
「たく。まだ戦いが始まってないのに、不安なことが盛りだくさんだ」
王族のひとたちとちゃんとした話し合いが出来ると良いんだが。




