第167話 衝撃
クロノスは真っ赤なドレスを着た女、アレクトと激戦を繰り広げていた。アレクトは鞘を付けたままの刀を振り回し、その攻撃は全て足で受け止められていく。お互いに拮抗した勝負であり、いまだに致命傷を入れられていない。居合切りのように放たれた鞘付き刀の攻撃を、クロノスは膝で受け止める。
「やるじゃないか。魔術も魔力も封じられた状態で、この私とここまでやりあえるとはな。騎士団も中々面白い駒を持っている」
「それはどうも」
腹や顔などを狙った蹴りは全て防御され、攻撃は当たらなかった。足と鞘がぶつかりあいながらクロノスが質問する。
「少し気になるんですが、なぜ刀を抜かないんですか? 私を殺す気がないんですか?」
「殺す気はあるさ。だがこの刀を抜くべき相手は貴様ではない」
2人の攻撃がぶつかり合って互いに距離を取る。その直後、2人を包んでいたジキルのフィールドが消滅した。
「誰が消したかは知りませんが、ようやくこの鬱陶しいフィールドが消えましたね」
「ジキルが死んだか。それにハイドの気配も小さくなっている。ここまでだな」
彼女は鞘のついた刀を腰に戻す。
「なんですか。もう戦う気を無くしたんですか?」
「あいつらはもう終わりみたいだからな。奴も来ないみたいだし、これ以上戦う意味もない」
「そうですか。でもそんなの、私には関係ないんですよ!」
クロノスが指を鳴らすと、アレクトの周囲にいくつもの青い火の玉が出現する。
「死ね。スピリットボム!」
火の玉が輝き、彼女を大爆発の渦に巻き込んだ。その広大な爆発範囲は城の壁に大きな亀裂を入れた。確実に当たったと思われる攻撃だが、クロノスの表情は苦々しかった。後ろを振り向くと、先ほどまで前にいたはずのアレクトがそこに立っていたのだ。
「そういう魔術ですか。しかし、種さえ分かればこちらのものです」
地面から何本もの黒い刃が飛び出してアレクトの体を貫いた。しかし、貫いたはずの肉体は煙のように消えてしまう。それを予期していたかのように、クロノスは何もない空中に何本もの黒い剣を放つ。その直後、突然アレクトが現れ、その攻撃を刀で弾いた。
「ちっ」
「意外とやりますね。なら」
彼女は両手の中指、薬指の真ん中部分の背を合わせ、残り3本の指先を重ねる。
「魔術結界 魂の箱庭!」
2人は一面花畑の世界に降り立つ。辺り一面に真っ赤な花が咲き誇り、空は薄暗い不気味な色となっている。
「魔術の奥義、魔術結界か。こんなものを繰り出せる者が騎士団にいるとはな」
魔術結界とは魔術で構成された結界。そのフィールド内では結界の主である魔術師の能力が数倍以上に膨れ上がり、魔術は一撃必殺の切り札へと進化する。魔力と体力をかなり消耗するというデメリットこそあるが、それを補って余りある程の力を持ち、習得できる者は1割にも満たない超高難度の魔術の奥義。
「これで終わりです。塵となって消え失せろ!」
しかし、それだけ協力な魔術結界にも、破る方法が1つだけ存在した。
「仕方ない。あいつ以外には使いたくなかったが……魔術結界 死霊の廃王国!」
魔術結界には魔術結界をぶつける。それこそが最適でたった1つの解決方法である。
花畑から廃墟の建物が飛び出し、半透明のゴーストたちが宙を舞う。
「へえ。あなたもこの力を使えるんですね。これは予想外です」
「今、私達の魔術結界は拮抗している。この状況では能力は強化されず、魔術もそこまで進化することはない」
「ですが、ある程度進化することは変わりません!」
クロノスが指を鳴らすと、花畑から黒い龍が飛び出し、アレクトを喰らおうと襲いかかる。
「それは私も同じ」
龍が喰らおうとする寸前、突然その動きを止めた。そこからなにかに締め付けられるかのように体がひねられ、そのまま破裂してしまった。普通に見れば訳の分からない光景だが、クロノスは龍を攻撃したものの正体を見ていた。
「厄介ですね。そのゴースト」
空を飛び交う透明の幽霊たち。それこそが龍を攻撃したものの正体だった。死霊の廃王国は透明の幽霊を何体も生み出す力を持つ。視認できない存在はかなりの脅威だが、クロノスはこの世界で唯一魂を感知出来る存在。透明に見えるゴーストもはっきりと観測していた。
「私のゴーストを見ることが出来るとは。そんなことが出来るのはカーリーくらいだと思ってたよ」
「普通なら見えないでしょうが、私は魂の専門家。ゴーストの魂もしっかりとらえてるんですよ」
「魂。そうか、お前がカーリーの言ってた魂を操る女か。参ったなあ。カーリーと互角レベルの実力を持つ奴が相手。正直やる気がでないし、降参して逃げたい気分なのだが」
「そんなこと許すわけ無いでしょう。あなたはカイツ様の敵。あの方に害をなす者は徹底的に叩き潰す!」
彼女が指を鳴らすと、地面から飛び出した3体の黒龍が一斉に襲いかかる。
「ならば、少しばかり抵抗させてもらおう」
アレクトは3体の黒い龍の攻撃を避け、一瞬でクロノスとの距離を詰めた。
「!? このスピード」
「褒めてやろう。この私にここまでのスピードを出させたことをな」
アレクトがそのまま攻撃しようとすると、腕が上空へと吹き飛んでしまった。
「!? なに」
「確かに素早さは上がったようですが、その程度の動きが見切れないとでも思いましたか?」
クロノスの手にはいつの間にか黒い剣が握られており、刀身を赤い血が濡らしていた。
「死ね」
そのまま剣が振り下ろされ、アレクトの体をバラバラにした。しかし、斬られたはずのその体からはなぜか血が流れていなかったのだ。
「! しまった。これは」
次の瞬間、その体が煙のように消え、花畑に表れていた廃墟の建物が消滅した。
「ちっ。あの女はどこに」
クロノスは自身の魔術で広範囲を探知してアレクトの魂を感知しようとするが、その反応は複数あった。どの魂も本物と思えるほどに見た目が近く、感知した魔力の大きさでしか違いを比べられなかった。
「私への対策ですか。面倒ですが、魔力の多いところから1個ずつ潰していきましょう」
彼女は一番多くの魔力を持つ魂へと向かっていった
「はあ……はあ……はあ。中々危なかった」
クロノスをかく乱していたころ、アレクトはふらつきながら建物の中を歩いていた。彼女はあえて自身の魔力を最小限にし、魔力を大量に込めたゴーストを囮として大量にばらまいたのだ。
「私にはやることがある。こんなところで死ねないんだよ。ゴーストの減りが速いし、ここにいるのは危険だな。さっさと帰るとしよう」
彼女はそういって外へ出ようとする。その瞬間、何発もの紅い球体が彼女に襲い掛かった。
「ふ、ふふふふふ。幸運なのか不幸なのか。まさかこのタイミングでお前と会えるとは」
彼女の前に現れたのはアリア、ラルカ、そして最も出会いたかった男、カイツだった。
「会いたかったよ。カイツ・ケラウノス。お前と会える日を楽しみにしていた」
「右腕。あやつと知り合いなのか?」
「いや、面識はないはずだが」
「そうだな。お前にとっては面識がないだろう。だが私にとっては」
彼女が最後まで言い切る前に、アリアが一瞬で背後に立ってその首を刈り取った。
「誰でも良いよ。カイツの敵であることに代わりはないんだから」
ラルカはその光景に完全に唖然としており、カイツもアリアの行動に少し驚いていた。
「おい。あの女何か言いそうだったぞ」
「どうでも良いじゃん。あんなカスの言葉なんて聞いてたらカイツの耳が腐るし」
「全く。人が喋ってる間に酷いことするな」
いつの間にか彼女はカイツの後ろに立っており、鞘のついた刀で攻撃しようとしていた。
「六聖天・第3解放!」
カイツは六聖天の力を発動し、剣を引き抜いて防御した。
「くっ!?」
「やるじゃないか。この不意打ちを防げるとは思わなかったよ」
「ちっ。離れろ!」
彼は彼女の攻撃を弾き飛ばして距離を離した。
「大丈夫か右腕!」
「問題ない。それより、なんであいつは俺の後ろに」
「確実に当てたと思ったんだけど。どういう魔術なんだろ?」
「さあな。それよりお前。俺になんかあるのか? やたらと強い殺気を向けられてる気がするんだが」
「そりゃあ向けるさ。お前は私から大切な者を奪ったんだからな。おまけに弱者を救うなどというふざけた理想。殺したくて殺したくて仕方なかったよ」
「大切な者? 誰のことだ。ヴァルキュリア家の外道どもか?」
「あんな奴らなどどうでも良いよ。むしろその点は感謝している。あいつらが死んでいくのは実にいい気持だし、手間が省けるからな。お前が殺したのは別の女だよ。テルネという女、覚えているだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、彼の脳内をよぎったのは研究所での地獄のような光景だった。守ろうとした少女たちを無残に殺され、何もできずに絶望した記憶。
『カイツ。私はこの世界を変えたい。弱者を踏みにじり、ふざけた奴らがいないような世界を作りたい』
テルネが話した夢。カイツはなぜか、その言葉を今思い出していた。
「なんで……なんでてめえがその名前を知ってんだ!」
彼の怒りは今までにないほどであり、膨大な魔力の衝撃波が建物を大きく揺らす。周りにいたラルカやアリアもその気迫に少し押されていた。アレクトはそれに呼応するように殺気を強め、怒りのこもった目を向ける。
「彼女は私の妹であり、唯一生き残った大切な家族だった。お前は私の家族を殺した最低の殺戮者なんだよ!」




