第132話 到着したのは無人島
慰安旅行の決定から2日後、カイツ達は馬車でエーギル島へと向かっていた。
ここはヴァルハラ騎士団ノース支部の支部長室。ロキ支部長は机の上に足を乗せ、コーヒーを嗜みながら書類のチェックをしている。
「ふう。朝のコーヒーは良い物だ。格別だねえ。書類チェックがみるみる進んでいくよ」
そうしてのんびりしていると、彼女の前に白い魔法陣が出現した。
「通信魔術か。しかもこの色は」
ロキが呟くと、その魔法陣から映像が出現した。それに映るのは巨大な瓶型の水槽であり、水色の液体が満たしている。そのなかには女性の首だけが浮かんでいた。髪は白く、薄い褐色肌に青い瞳。その目には魔法陣の模様が描かれている。
「やあカオス。元気にしてたかい?」
「ええ。元気にしてたわ。それにしても、タメ口なのは変わらないのね。私はあなたの上司なのだけど」
「いやー。今日は君に敬語を使う気分じゃないからね。まあ敬語を使う気分なんて全く訪れないんだけど~」
彼女はカオス。ヴァルハラ騎士団本部長であり、騎士団の総帥。団員や任務の管理、世界情勢の確認を担っている偉大な存在であるが、ロキはそんなの知ったこっちゃないとでもいうように、タメ口で話している。
「それで? 今回は何の用だい? うちの新人がちゃんと働いてるかの確認かい?」
「そんなものは必要ないわ。あなたの支部の団員がちゃんと働いてるかどうかはすぐに分かるもの。だから、ケモ耳少女が離反して戻ったこともちゃーんと知ってるわ」
「ありゃりゃ。流石の情報収集力だね。ペナルティでも与えに来たのかな?」
「現時点では保留にしておくから安心して。なんだか色々事情もあるみたいだし。それより、カイツ君はどこに行ったのかしら? どこかの任務?」
「いや。慰安旅行だ。彼らに休息を与えてやりたいと思ってね」
「なるほど。部下を大事にするその姿勢。素晴らしいわね。見習いたいものだわ」
「お世辞は良いよ。うちの部下が気になるようだけど、なにか用があったりするのかな?」
「用というほどのものはないわ。カイツ君は随分と活躍してるし、面白い力を持っているから1度話してみたいと思ったのよ」
「ほお。1人の団員に興味を持つとは。面白いこともあるもんだ。カイツたちはあと数日したら帰ってくるはずだから、そのときにあんたと話せるようにしておくよ」
「お願いするわ。ふふふ、お話をするのが楽しみね」
その言葉を最後に映像は消え、魔法陣が消失した。
「ふう。まさか本部の奴が来るとは。うちの新人に興味を持ってるみたいだし、このままだとまずいな。少し、計画を急ぐ必要があるか」
慰安旅行当日。俺たちは馬車に乗って移動すること数時間。転送場と書かれた巨大な看板のある建物が見えてきた。
「見えて来たわね。転送場」
「ウル。あの建物は何なんだ?」
「あれは転送場。建物の中に設置されてる転送魔術によって色んな所に行くことが出来るの。使用するにはチケットが必要なんだけど、今回は支部長が事前に専用の転送陣を用意してるから、チケットは不要よ」
「凄いな。そんなに便利なものがあるのか」
「元はヴァルハラ騎士団の本部が造ったものらしいわ。その技術を民間に流用し、あんな建物も出来たんだって」
騎士団本部。そんなことが出来るような人がいる所。1度開発者と会ってみたいものだ。そう思ってると、馬車は建物の近くにある繋ぎ場に着き、馬車を降りると、アリアは当然のように俺の腕を組んでくる。普通なら驚くことだろうが、慣れている自分が怖い。まあ、彼女にここまで懐かれるのは嬉しいし、嫌な気分もしない。そう思ってると、空いてる腕にクロノスが抱き着いて来た。
「クロノス?」
「ふふ。いつまでもメンヘラ女に後れを取るわけには行きませんからね。私もカイツ様に見てほしいですから」
見てほしい。彼女のその言葉の意味を理解できないほど鈍いつもりもない。けどメンヘラ女って誰のことだ。アリアのことを言ってるみたいだが、彼女はメンヘラとは思えないし。
「兄様。さっさと行くぞ」
そう言ってニーアが先へと進んでいく。心なしか不機嫌に見えたが、気のせいではないだろう。後で何とかしないと。
「ふふふ。カイツって女関係のトラブル多いよねえ。見ていて飽きないよ。もしかして故意に引き込んでるとか?」
ダレスがちゃかすようにそう言ってくる。
「そんなわけないだろ。誰が好き好んでトラブルを引き込むんだよ。回避できるならしたいさ」
「回避したいなら、取捨選択することをおすすめするよ~」
ダレスがよく分からないことを言いながら建物に入っていく。俺もそれについていって建物に入ると、廊下が横に伸びていた。両側の壁に沢山の扉があり、行き先が書かれた立札が置いてある。何人もの人が大きなリュックや鞄を持ち、いくつもある扉の中に入っていく。
「さてと。エーギル島への扉は」
ウルが地図とにらめっこしながら探し、俺たちがそれについていってると。
「あれ。カイツじゃねえか。ノース支部の連中と旅行か?」
声のした方を見ると、メリナがでかいリュックを背負って立っていた。彼女は俺の腕に抱き着いてるアリアやクロノスを見て、少し不機嫌な顔をする。
「メリナじゃないか。お前も旅行か?」
「いや。私はちょっとした仕事だ。新製品のテストを頼まれててな。カイツ達は何しに来たんだ?」
「俺たちは慰安旅行だ。ロキ支部長が気を利かせてくれてな。タルタロスでの戦いでの疲労を」
「慰安旅行か」
彼女はそう言って俺をーというよりは俺の周りにいるウルたちを見る。
「なあ。その旅行。私もついていって良いか?」
「え、ついていくって。リゾートだけど」
「心配するな。着替えの準備はしてるし、いざというときの水着も用意してる」
そう言って、彼女はリュックから水着を取り出して見せつける。人前に出すのはともかく、用意があるなら俺は良いんだけど。
「えっと……皆はメリナがついてきても大丈夫か?」
俺がそう質問すると。
「私は大丈夫だよ。人が多いと楽しいしね」
「我も構わんぞ。そいつは面白い女だからな」
「……まあ、カイツが良いなら私は文句は言わないわ」
ラルカとダレスは快くオーケーしてくれた。ウルは少し嫌そうにしてたが、反対はしなかった。ニーアはメリナを少し見た後。
「まあいいだろう。私も反対しない」
と言ってくれた。クロノスとアリアの方を見ると、クロノスは特に何も言うことはなく、表情も変えていなかった。アリアは明らかに不機嫌そうにしており、ほっぺを膨らませている。
「えっと……アリアが嫌そうにしてるしまた「良いですよ」」
俺が断ろうとすると、アリアがそう言った。
「良いのか? なんか嫌そうにしてるけど」
「これぐらいで不機嫌になったりしないよ」(ま、こいつに盗られないようにすれば私が頑張れば良いだけだし、最悪事故に見せかけて殺せば問題なしかな)
ずいぶんと不機嫌そうだし何かを考えてるようだが、一応オーケーしてくれたらしい。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「ああ」
そうしてメリナを加えたメンバーでウルについていき、扉を開ける。その部屋には白い魔法陣があり、騎士団の服を着た男が立っていた。
「お待ちしておりました。ノース支部の方ですね。1人増えてますが……まあいいでしょう。では、この魔法陣の上にお乗りください。目的地に転移した後は、2日間こちらに戻れませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。行くか!」
俺たちが魔法陣の上に乗ると、それは強い光を放ち、俺たちを包み込んでいく。
光が消えた後、俺たちはいつの間にか島に立っていた。本当に移動できた。本当なら転移魔術の凄さに驚くんだろうが、今の俺はそれ以上に驚くことがあった。
「……なんだ。これ」
「え……ここはどこかしら? リゾートはどこに行ったのよ?」
「これは……偉大なる我でも予想できなかったな」
俺、ウル、ラルカは目の前の光景に驚くしかなかった。俺たちを待ち受けていたのは常夏のリゾートではなく、明らかに人の手が加えられてない無人島だった。砂浜の先にある森は木や雑草が伸び放題で酷いことになっている。
「ありゃりゃ。これ酷いねえ。まさかこんな所に連れてこられるなんて」
アリアはそう言いながら周りを見渡し、くんくんと鼻を動かす。
「人の匂いがしない。獣や血の臭いがあまりにも酷い。この感じだと、100年は手入れされてなさそうだね」
「臭いだけでそこまで分かるのか」
「もちろん! 私は覚醒したフェンリル族だからね。臭いを嗅げば大抵のことは分かるんだよ。人間とは違ってね」
彼女はそう言いながら俺に近付き、ニーアやクロノスの方をちらっと見る。アリアの顔は分からないが、何かが気に障ったのか、ニーアたちは不機嫌そうな顔をする。機嫌を直したいが、今はこの状況をどうにかするのが優先だ。アリアの言うことが事実だとしたら、ロキ支部長はそんなやばい所に俺たちを飛ばしたというのか。
「おいカイツ。ロキ支部長ってのは、ここまでふざけたことをする人だったのか?」
「いや。少しふざけたところはあったが……ここまでのことをするなんて」
なんでこうなった。あの支部長は何を考えているんだよ。
「兄様。今はあの馬鹿支部長のことでは無く、別のことを考えるべきだ」
ニーアがそう言うと、クロノスが続く。
「そうですね。まずは開拓と食料や寝床の確保が最優先にやるべきことですね」
「そうだな……まずはそこからだな」
これはのんびり過ごしてる場合じゃないな。下手したら今日1日寝ることが出来るかも怪しいぞ。リゾートで休息をとれるかと思いきや、サバイバルをする羽目になるとは思わなかった。