第119話 子育て
「で? 誰その女」
研究所のネメシスのいる部屋に戻ると、彼女は不機嫌そうな顔で俺と抱えてる赤ん坊を睨み付けていた。
「えっと……色々あって連れて来た。この子を守りたいと思って」
「ふーん。で? 隣にいるニーアは何なの?」
ニーアはなぜか俺の腕に抱き着いており、どや顔していた。
「ふふ。たまにはこうするのも良いと思ってな。だがこれ以上は怖いし、やめておこう」
彼女はそう言って俺から離れると、ネメシスが彼女を掴んで少し離れたところへ行った。小声で何かを話してるようだが、何を言ってるかは聞こえなかった。
「ねえ。もしかしてだけど、あなたも彼のことを?」
「まあな。あそこまで優しくてぶっ飛んだ人だと、そうならないほうが難しいさ」
「あっそ……まあいいけどさ。他の奴が惚れるよりはマシだし」
話は終わったようで、ネメシスがこっちに近づいて来た。
「何を話してたんだ?」
「乙女トークをしてただけ。それより、その子どうやって育てるの?」
「どうやってって……えっと」
「大方カイツのことだから、見捨てられなくて持ってきたってところなんでしょうけど、あなたって子育て経験あるの?」
「……ない」
「だと思ったわ。なんの計画もなしに連れてくるって、なかなかに無責任ね」
「……そうだな。たしかに無責任だ」
「ま、そこがあんたの良いところでもあり、わるいところでもあるんでしょうね。仕方ないから、私も手伝ってあげるわ」
「本当か!?」
「ええ。妹の世話を焼いたことが何度かあるし、その要領で行けば、少しは手伝えるわ」
(それに、こういうの夫婦みたいで楽しそうだし)
ネメシスが手伝ってくれるのなら心強い。
「私も手伝う。一応乗りかかった船みたいなものだからな」
「ありがとうニーア。頼りにしてる」
こうして俺たちは彼女を育てることに決めた。研究室側も彼女のことが欲しいのか、あるいは人体実験のために育てたいのか、おむつや離乳食などは工面してくれた。
噂ではカーリーという女が用意させたらしいが、そんなことはどうでも良かった。
子育てに参加しようとする薄汚い格好の研究者も何人かいたが断固拒否した。あんな奴らに育てさせるのは絶対に嫌だったから。
ニーア、ネメシス、俺の3人で子育てすることになったが、最初の頃は大変だった。おむつの履き替えに離乳食を食べさせ、ミルクを飲ませ、夜泣きした時にあやしたり、普通に過ごしてる時にいきなり泣き出してその世話をしたり。
「ネメシス。このおむつってどうやってやれば」
「ああ。これはね。こうやって……あれ?」
「うあああああああ!」
「……ごめん。ミスった。ちょっとやりなおそっか」
「あ……ああ」
「姉さま。このミルク、あの子が飲んでくれないんだが、どうすればいい」
「そういう時は根気よく待つしかないわ。赤ん坊はこっちの思い通りに動くわけじゃないのだから」
「結構抱きかかえるの辛いんだが」
「頑張ってよ。私は腕がボロボロで動かせないし、カイツも戻ってきてないからあなたしか出来ないのよ」
「はいはい」
「ネメシス! この子はどう洗えば良いんだ? 石鹸とかは俺たちが使ってるのと同じので良いのか?」
「問題ないわ。石鹸つけて優しく擦ればいいのよ。こんなふうに」
「なるほど。凄いなネメシスは」
「ふふ。なんなら一緒にお風呂に入って教えて……ひぎゃ!?」
「アホなこと言ってないでこっちを手伝え。カイツ、早くその子をお風呂に入れてやってくれ」
「姉さま。この子が中々寝てくれないんだが、どうすればいいんだ」
「まず背中をさすってあげて、それから子守唄を歌うと良いはずよ」
「わかった」
ほぼネメシスにおんぶにだっこだったような気がするが、それでもなんとか、3人協力し合ってなんとかやっていけた。大変なことも多かったし、子育ての正解が分からなくて悩んだり考え込みすぎて疲れ果てたこともあったけど、俺は彼女と過ごす日々がとても楽しく感じていた。
「つ、疲れるな。赤ん坊の世話って大変なんだな」
俺はそう言いながら、赤ん坊を抱きかかえながら座り込んだ。こうして抱くのも中々に大変だ。おまけに成長が速いのか、1日経つごとに重さが増してる気がするし、たった2週間しか経ってないというのに、体の方は少しばかり大きくなっている。
「ネメシス。赤ん坊の成長って、ここまで速いものなのか?」
「いえ。こんなにも早い成長はありえないわ。亜人族が理由じゃないかしら? その子、デミウスシティ出身でしょ? その頭から生えてるケモ耳からして、亜人族は確定だと思うわ」
「なるほど。にしても、大変だな。赤ん坊の世話っていうのは」
「そうね。でも」
ネメシスは俺の隣に座り、優しい目で赤ん坊を見る。
「こうやって一緒に世話していると、すっごく楽しくなっちゃうのよ。あなたとこうして子育てするのは、私にとって最高の楽しみだわ」
「俺も楽しい。やることは多いけど、こうして過ごせる時間は、心が落ち着く」
「ふふふ。良いわよねえ。いつか、私とあなたで……その」
彼女は顔を赤くしながら、何かを言おうとしていた。
「ネメシス?」
「……いえ。今は良いわ。今はね」
「何か言いたいことでもあったのか?」
「あるにはあったけど、今は言うべきでない。そう判断したわ。今伝えてもぎくしゃくするだけだろうし」
「そうか」
彼女が何を伝えたかったのか分からなかったが、言うのをやめたのなら無理に追求しないでおこうと思った。それが彼女にとっていいことだと思ったから。
「カーイツ!」
ニーアがご機嫌そうな表情で俺の隣に座った。
「ニーア。どうしたんだ?」
「いや。カイツがここにいたから、ここに来ただけだ。ふふ、赤ん坊も気持ちよさそうに寝てるな」
「ああ……そう言えば、この子の名前ってまだ決まってなかったな」
「そういえばそうだな。姉さまは何が良いと思う?」
「そうねえ…………ネメイツとかどうかしら?」
「ネメイツか。ニーアはどう思う?」
「なんかダサい気がするが……まあいいんじゃないか」
「じゃあネメイツで決まりね。これからよろしくね。ネメイツ~」
4人で過ごす日々は楽しかった。実験と子育てで遊ぶ余裕などほとんどなかったが、それでも充実していた。ネメイツがすくすくと成長していくのを見るのも楽しくて、はいはいするようになったり、声を出したりするようになった時は宴でもしていたかのように喜んだものだ。
1年も経つころには、ネメイツは1人で歩けるくらいに成長しており、背丈は100センチ近くまで伸びており、俺の胸元近くまで来ていた。オムツや離乳食、風呂の世話もいらなくなり、少しはのんびりする時間が出来た。
「パパー。パパー」
彼女はこの1年ですっかり俺に懐くようになっていた。気が付いたらいつも一緒にいて、食事する時も遊ぶ時も風呂に入る時まで一緒だった。流石に風呂を一緒にするのは恥ずかしかったのでやめてほしかったが、断ろうとすると泣きそうな顔になるので渋々入った。
「パパー。私、大きくなったらパパと結婚する!」
「そうか。それは嬉しいな」
彼女が懐いてくれるのは嬉しいが、ニーアとネメシスの視線が痛い。ニーアの方は頬をふくらませながらくっつくだけだからまだ良いが、ネメシスの方は敵を見るような目で睨み付けてる……気がする。
「あの……ネメシス。大丈夫か?」
「別に何ともないわ……嫌ね。ここまで嫉妬深い性格じゃなかったと思うんだけど」
彼女は途中からぼそぼそと独り言を言いながら、トランプ配りを再開する。
「ニーア、そのままだとトランプ勝負がしにくそうだけど」
「問題ない。私はこのまま出来る。それに、亜人の抜け駆けを許すわけにはいかないからな」
彼女はそう言ってネメイツを睨みつけ、ネメイツも彼女を睨み返す。2人の視線の間には、火花が飛び散ってるような幻覚が見え、一触即発という雰囲気だ。
「えっと……抜け駆けってどういう意味なんだ?」
「気にするな。さ、勝負するぞ」
そう言って、彼女は俺の腕を組んだままトランプを手に取る。
「……ほんと、ここまで女たらしとは思わなかったわ。カイツって凄いのね」
「いや、別に女をたらしてるつもりはないんだが」
「自覚がないのが性質悪いわね。ほんと、うかうかしてられないわ……はあ。なんかムカムカするわね」
ニーアやネメシスに睨まれたり、ネメイツに笑顔でニコニコしてくれたりとよくわからない状況の中でトランプ勝負した。そんな状況で勝負してたせいか、あまり集中することが出来ず、何十回戦っても1勝することすら出来なかった。




