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現代版 異説魔弾の射手

 これは、最新鋭の銃をもとに繰り広げられる、偽悪の物語でございます。


 舞台は……、確かアメリカだったでしょうか。いかんせん伝え聞いた話なのでよくわかりません。その、確か田舎町でした。そう聞きました。そこは至る所に銃声が鳴り響く、銃の使用が盛んな街でした。いえ、治安が悪いのではありません。この街には銃の腕前を競う大会があるためです。これで良い成績を残せば残すほど、狩人としての実力が認められ、動物や鳥の狩りの制限も緩和される、つまり、稼ぎに関わってくるのでございます。


 そんなこの田舎町、スランプに悩む一人の若者がおりました。彼の名はマックス・シュプリンガー。ドイツからの移民の血族です。彼も1年前は本当に素晴らしい銃の使い手でした。的を射ても百発百中。これだけの腕前を持ちつつ、獣を必要以上に獲らない謙虚さも兼ね備えた男でございます。


 それだけの腕前と謙虚さを持つ男、モテないはずがございません。事実、彼にはアガサという恋人がおりました。二人は相思相愛、ふと気がついた時には恋人のことを思い浮かべる、惚気話は止まらない、それほどの仲の良さでありました。


 しかし、彼の腕前は何故か落ちつつありました。的を射ようとしてもあらぬ方向に飛んでいく。つい最近はアガサに見てもらい、銃の練習していたら、アガサのすぐ隣を銃弾が通過したほど、集中力が切れた状態なのです。その事件もあってか、マックスは銃を握っただけで震えが止まらず、もう、引き金すら引けなくなっていました。


 そんななさけない姿を晒すマックスを、アガサの父親、クラークは許しません。


「稼げもしない狩人なぞに娘はやらん。次の射撃大会の結果次第では二度とアガサに近づくんじゃないぞ」


と、激昂が止まりません。


 このように恋人の父親に言われ、マックスはすっかり意気消沈してしまいました。アガサはそんな彼に慰めるように話しかけます。


「大丈夫よ、心配しないで。必ず最後に愛は勝つんだから」

「やめてくれ、今の俺に君といる資格なんてない。俺には銃しかなかったのに、それすらなくなりゃただのデクノボー、ろくでなしのなにもなしだ」

「嘘よ、あなたはそんなことで落ち込む人じゃないわ。絶対に報いてやる、そんな熱い心を抑え込んでいるのよ」

「そんなことはない、もう関わらないでくれ」


 そうは言ったものの、彼は射撃大会を諦めてなんていませんでした。けれど、今の彼では到底いい成績なんて残せそうにありません。どうすればいいか、彼は悩みながら、夜の街を歩きます。悩んでいたら前のバーの壁に気づかずぶつかってしまい、いてっと、声をあげました。


「おいおい、随分情けねぇじゃねぇか、天下のマックスさんともあろうものがよぉ」


 そこに立っていたのはキャスパーという狩人仲間でした。彼とマックスとは、銃を握り始めたころからずっと競い続けてきた仲です。彼のあだ名は迅速の銃士。構えてから撃つまでのあまりの早さゆえにそう言われているのです。最初は彼の方が銃の腕前も上でしたが、だんだんとマックスに抜かれてしまい、今は撃つまでの早さを磨いた結果です。


 マックスは悪態をつきます。


「なんだ、俺を笑い、勝鬨を上げに来たのか」

「うんにゃ、違うねぇ。まあ、詳しいことは後で話すさ。まあ、中入って飲もうや」


バーの中は、特に変わった様子はございません。何かヒソヒソと噂をされていそうなこと以外は、普通のバーです。


「なんか頼むか、マックス。マスター、俺にはいつもの」


そう言って、キャスパーはマスターに酒を頼む。


「ああ、俺も同じのを頼む」


と、マックスも頼む。

 マスターが酒を用意する間、キャスパーはマックスにこう囁きました。


「なぁマックス、おめぇ最近不調なんだってな。同情するぜ」

「そうしてもらえるとありがたい」


そう俯いたマックスは返しました。それに付け込むかのようにキャスパーはこう誘います。


「実はよ、あんまおおっぴらには言えないんだけどよ、もし絶対に当たる銃があるとしたら、お前は手にするか? それとも偉い偉いマックスさんは実力を鼻にかけ使わずに射撃大会に出るか?」


 マックスはもうなりふり構っていられなかったのでしょう。


「キャスパー、お前は使うのか?」

「ああ、使うね」

「それなら、俺も使わせてもらう」


その言葉にキャスパーは下心丸出しの笑顔をして


「ようし、契約成立だ、マスター、ジンベースカクテル血染めで頼む、さっき頼んだ酒の後でな」


という謎の注文をしました。


 そうして先程頼んだエールを飲み干すと、マスターは、スタッフオンリーの扉を開けます。そこには地下へ向かう不気味なほどの寒気のする階段がありました。


 キャスパーとマックスは灰色の世界を下り、灰色をした、銃痕だらけの部屋にたどり着きます。キャスパーは厳重に鍵のかかった、銃を入れるにはあまりに大きい箱を開けると、金属のその箱の中には、赤い布地が敷かれており、銃がぴったりとはまるようになってました。


 その銃は重く、不恰好で、しかも両方に銃口がついておりました。もちろん、引き金のあるところは他の銃のように自分に近いところにありましたが、これは随分と異様な形です。キャスパーはさらに同じ箱をもう一つ開けました。同じように銃が荘厳と入っております。


「この銃はザミエルっていってな、最新式の銃なんだよ。なんと驚いたことに自動で位置を補正してくれる」


こう言われても、マックスにはよくわかりません。


「つまり、どういうことだ?」


キャスパーは笑いが止まらないのかにやりとした口元で


「狙った位置に必ず当たるってことだよ、多少ずれてても、避けてもな」


そう言いますが、しかし、まだマックスは不安です。


「俺には狙うまでが心配だ」


 そんな弱気なマックスを見てキャスパーは実演をしようとします。非常に奥に広いこの部屋。その遠くによく見れば的があります。それに向けキャスパーが一発!撃つと、その的には銃痕が付いていました。


「俺でも当たるくらい精度が高えんだ。おめぇに当てられないはずはないさ」


 それを聞いたマックスは随分と安心し、


「そこまで実力を見込んでくれてありがたい。やはりお前は最高の仲間だ」


とキャスパーに向かいつぶやきました。


「よせやい」


言われた本人はそう言って強く否定しました。


「じゃあ、射撃大会の時までは使うなよ。専用のマガジンが必要で、しかも切り札だからな。大会当日は心配ねぇ。こいつぁ打った日の射撃によってその性格を変えてくれるんだ……」



 マックスの帰った地下の射撃場、そこでキャスパーはほくそ笑んで、弾の余るマガジンを変えていました。


「あの銃をなんの疑いも持たずに持ち帰ってくれたぞ。あの銃は4発、追尾する弾も4発、だが、最後の1発は違ぇ。本当の追尾弾ではなく、所有者を、自分を撃つ最期の魔弾だ。おれは専用のマガジンをいくつか持っているが、あいつは違う。確実に、4発目で死ぬ。あいつが間抜けに自分の銃弾で倒れる様、ああ楽しみだ。俺はあいつと違って知恵があるってことを証明してやる」



 ついに射撃大会の当日になりました。アガサは花嫁衣装を着て、マックスとの結婚を心待ちにしていました。あの人、マックスは成績不振らしいけど、今日はやけに自信があったことに、不思議に思いはしましたが、まだ気に留める程ではありませんでした。しかし、婚礼のための花冠を取り出した時、ぞっとするものを覚えました。なぜならその花冠は葬儀用のものにすり替わっていたのです。なんという不吉なことと思い、たまたま近くにいた女に、


「私の花冠が葬儀用のものになっていたのです、誰か花冠を知りませんか」


と、尋ねると彼女は、


「森の隠者が花を育てています。話次第では譲ってくれるかもしれません」


 アガサは森の隠者の元へ走り、ヘトヘトになりつつも隠者の庭につきました。ちょうど隠者は花の手入れをしているところでした。


「突然すみません、私には愛する人がいるのですが彼のために花をくださいませんでしょうか」


その声に隠者は眉をひそめます。


「本当に愛しているのかい」

「ええ、とても」

「彼の好きなところを言えるかい」

「色々ありますが、一つあげるならやっぱり誇らないところが好きなんです。自分一人の力じゃないって言ってくれて、私もそばにいて、歩んでいきたい、そんな人なんです」

「そうかい、花をもらってどうする気だい?」

「花冠にするつもりです」

「ならばその花冠、作るといい、自分の手でね。私が見る前で作るのであればこの白いバラをあげよう」


 アガサは隠者に感謝をし、花冠を作り始めました。しかし、この花は生花、バラの棘が刺さります。しかも慣れない花冠を作るのには、随分と失敗も続きます。それでも、マックス、彼のことを思うとこれを作るくらいなんてことはないのです。何時間もかけ、もう射撃大会も終わりそうという時に、ついに花冠は完成したのです。


 隠者は感動の涙を流し、


「あなたはついにやり遂げた。思いの強さよく伝わった。さあ、もう時間もないぞよ、急いで彼のもとへ向かうといい」

と激励の言葉を送ります。

 アガサは重い花嫁衣装のまま駆け出した。



 ここで時は少し遡り射撃大会。会場は素晴らしく湧いていました。


「すげぇ、マックスはやっぱり最高の狩人だ、ここまで難しい動くクレーも全て仕留めている。しかも、構えてから撃つ早さも随分と上がっているようだ」

「いや、キャスパーも素晴らしい。彼は今までここまで完璧な成績を出したことは今まで一度もないはずだ、一体どんな練習をしたんだ」


 ここまで、銃弾は3発ずつ、合計で6発放たれ、この順番だと、次に銃を撃つのはマックスです。


 誰もがその素晴らしいパフォーマンスを期待する中、キャスパーは別の意味で嬉しく思っていました。これで、これで終わりだ。あいつは一巻の終わりだ。そう思っていたでしょう。


 マックスは自らを鼓舞します。


「怖い、恐ろしい、けれど、この銃弾で全てが決まる。俺の人生が決まる」


 ついにマックスは銃弾を放ちました。しかし、その銃弾は自分に向けられた方の銃口ではなく、しっかりと正しい方向の銃口より放たれ、クレーとも関係のないところへ飛んでゆきました。それはどこか、キャスパーの心臓です。胸を貫かれ、生きていられるはずもありません。叫び声をあげる間もなく彼は絶命しました。


 的に当たらず、それた銃弾に驚いたマックスは飛んだ先に歩んでいき、彼の遺体を見ました。胸元から血を流し、全身の血の気は引く様子を見てマックスは悲しむような素振りを見せ、


「憑き物が……晴れた気分だ」


こう、つぶやいたと言います。


 しかし、ここまで盛大に逸れた銃、それが人を貫いたとなれば人々が黙っていられるはずはございません。ことに町長はこれを不審に思い、


「はて、これは如何なることか。参加者を銃で貫くなどもってのほかである。しかもなんだその軌道は、その銃は本当に規定のものなのか」


と、マックスを問い詰めます。もはや隠し通せぬと思ったマックスはこの銃のことを全て話しました。規定外の銃を使っていることに激怒した町長は、


「なんたる痴れ者、不埒にもほどがある。貴様などこの町の恥だ。通報してやるぞ、根腐れ」


 そこへ、走ってきたアガサが息を切らし、手頃な木に手を当てながらも到着し、抗議します。


「そうだとしても、そうだとしてもです。あの人は素直に話してくれました。今日のことは知りませんがきっと気の迷いでしょう。何よりあの人には私がいます。私があの人には会えないなんて、ああ、なんて悲しい」


 アガサは屈んで泣き出してしまいました。しかし、そこに森の隠者が木の裏からのそりと顔を覗かせました。


「そうだ、町長とあろうものがなんと心の狭い。彼は心の底から改心しているし、それに彼女の花冠を見たまえ。あれは彼への愛のもとに彼女自身が作り上げたものですぞ。ここまで純粋な愛を引き離すなんて生殺しだよ。ぜひ、情状酌量のもと、彼を許してもらいたい」


 その愛の深さを見て、ううむと町長は唸りました。なにせここで許すことは犯罪を隠蔽することになるのです。そうなれば責任を問われるのは町長ですから。長き静寂のもと、随分と考え込んだようですが、ついに決断し、


「では、1年の執行猶予を与える。1年間、真摯に練習に励め。そしてその暁には、晴れて彼女との結婚を許そう」


と、寛大な処置をしました。射撃大会の会場は大いなる歓声で彼らを祝福しました。アガサは嬉し涙を流し、


「いつか、きっと共に歩めるわよね」


と、マックスに問いかけます。それに胸を張り、答えるには、


「大丈夫、僕は、マックス。マックス・シュプリンガー。君のことは裏切れない、臆病で誠実な男さ」


 これにて、実話をもとにしたこの物語はおしまいです。しかし、なぜこの物語が伝わっているのでしょう。

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