表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

はかり柳 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、小さいころに「観察すること」にはまったことはなかった?

 アリとか水槽の魚とか、電気で動く機械のピストンや回転運動とかさ。気になると、その場からぜんぜん動かず、くぎづけになっちゃって。

 まあ、少し大きくなってくると、これがゲーム屋店頭のデモ画面へうつっていって、ずっと近くで粘り始める。親と一緒に買い物へ行ったとき、待たされる場所といったらゲームコーナーが定番だったもんね。


 同じことをし続けても飽きがこない理由。いろいろと考えられるけれど、それが子供だったら、物事に対して知らないことが多すぎる、てのが大きいと思う。

 仕組みを知らず、起こりうる可能性を知らない。だから目の前にあることを純粋に受け入れられ、なおかつ自分で想像を膨らませていけるからこそ、飽かずにいられるんだろうな。

 そのおかげで、たいていの人は気づかず、出会えないままの現象に出会えるのも、子供のときのことが多いのかも。

 僕の父が子供のころの話みたいなんだけど、聞いてみないかい?



 父は小さいころ、しつけ代わりにたくさんの怪談話を聞かされていたらしい。

 父本人は、脅しめいた怖い話に、さほどびびることはなかったらしくてね。生き死にとかけが人が出てくるような話じゃなきゃ、自分でその真偽を確かめたいと、つねづね思っていたらしい。

 当時の父が、一番関心を寄せたのが「はかり柳」という怪談だ。

 内容はかの「おいてけ掘」の話とほぼ同じ。堀の近くに生える柳の木は、堀と地上の両方の様子をうかがう、見張り役である。

 もし地上の人間が堀の中より、魚を取って帰ろうとすると、その柳の枝葉が手のように伸びる。はじめは肩を叩き、次には腰をおさえて、犯人を引き留めんとするが、それを無理に振り払って逃げようとすると、今度は首へ巻き付く。

 魚を手放すまで、その責めが緩むことはないらしく、堀の魚たちの数は、柳によって厳正に守り抜かれる。そうしてバランスを取るさまが、「はかり」の名を冠する由来なのだとか。



 父親としては、首を絞めてくるという点でグレーゾーンな言い伝え。

 けれど程度を誤らなければ、問題はなし。そもそも自分が味わわなくても、誰かがしでかしてくれたのを、この目におさめることができれば、それでいい。

 おあつらえ向きに、父親の家から数百メートル離れたところに、かつてのお城のお堀が残っている。某大名の小城だったというそれは、観光ガイドの一角に名前を連ねることもあり、休みの日などはそこそこ人の出入りがあった。

 幅数メートルの水掘には橋がかかり、その四つ角を守るように、背の高い柳が枝を垂らしている。きっとあれらが「はかり柳」なのだと、幼い父親は信じて疑わなかったらしい。

 

 少し考えれば、自分の知っている言い伝えなど、他の人だって知っていておかしくない。ならば堀に表立って、いたずらを働く奴など現れないだろう。

 それでも父親は学校帰りに、休日に。自分の時間が許す範囲で、堀より少し離れたところから、柳を観察していたのだとか。



 やがて夏を迎え、花火大会が行われることになる。

 一年の中、子供がおおっぴらに夜も出歩ける貴重な機会。一緒に花火を見ていた友達と別れた後、父親はまた例のお堀のそばへ来ていた。

 お祭りも併せて催されていたためか、はっぴや浴衣姿の人がちらほら見られる。その人たちの目から避けるように、父親はお堀の裏手、塀が近い建物の影に身を隠していた。

 明るいところでじっと見られているのを悟られたら、動く人も動くまい。くらいところからこっそりのぞき見るのが定石だ。


 堀の水の中には、以前から黒い肌をした鯉たちがいる。ひしめくほどでないにせよ、ひょいと顔を向ければ、いつでも数匹は目に入るほどだ。

「早く誰か手を出さないかなあ」と、父親が待機し出して、5分がたち、10分が経っていく。

 別に現行犯逮捕などに興味のない父親の視線は、一心に自分の手近な柳へ注がれていたみたいだね。



 それからしばらくして、少し風が吹いてくる。

 さわさわと柳のてっぺんが騒ぐのにつられて、垂れる枝たちも一緒に身を震わせ出した。

 父親の髪もつられて吹かれ、目にかかる前髪を指で抑えながら、風が止むのを待つ。そうしておとなしくなったとき、先ほどから見張っていた柳は妙に傾いていたというんだ。

 元の姿を真っすぐ立っているとしたら、右肩を大いに下げた形になる。不格好にずれたかつらのように見えて、父親は少し笑ってしまう。

 しかしよくよく観察してみると、柳は完全に止まってはいなかった。

 大きく下がった右部分の枝の何本かは、長ほうきのようにずりずりと、地面をこすっているんだ。もう、風も止んでいるのにさ。


 にわかに訪れた変化を、父親は冷静に見やっていた。

 じっとしていたハムスターが、ふと動いて回し車の中で走り出すのを見るのに、似た心境だったらしい。

 土を掃き清めるような動きをしていた枝先は、やがておとなしくなる。けれど本当にじっとしていたわけじゃなかった。

 上部を見やると、それぞれの枝はアーチを描きながら、おおいにたわんでいた。空へ橋を架けるかのようなその形は、魚と釣り手の力にさらされ、引っ張られ合う竿のよう。


 ぎぎぎっと、きしむ音さえこちらの耳へ届き出したものの、ほどなく枝たちは一斉に、ぽんと枝先を地面から宙へ放り投げる。

 軽々と空を拭うと、今度は先ほどとは正反対。左の肩ががっくり傾き、その枝先は堀の中へと突っ込んでいく。

 元よりさほど重くないのか、あまり音を立てずに落ち込んだ枝の先を、父親はのぞきにいけなかった。

 怖さよりも驚きが先に来て、その場でぽかんと一部始終を見届けていたらしい。



 堀へ落ちる左手、天へと振り上げる右手。

 横から見れば一直線に傾いた枝は、ほどなく淡い青色の光を帯びていく。

 もっとも高い右の枝先から、砂か石のようにぽろぽろこぼれる光の粒たちは、そのまま真っすぐ枝を伝って、堀の中へと注がれる。

 いささかの音も立たない。ただただ静かに、光たちは枝を染めながら、その身体を滑り落ちていく。


 じっと見守る父親の前で、やがては枝の光も薄れだす。

 すると今度はさかさまに。

 堀の左手、空へ浮き。空の右手、地へ着いて。

 傾きとともに、一挙に立場を逆にした左手たる枝たちには、何匹もの鯉たちが食らいついている。

 驚いているのか、鯉たちは最初、自らの尾ひれをぶるぶる左右へ揺らし、抗議するかのような姿勢を見せていたらしい。


 それもつかの間。

 くわえる枝の先から、今度は藻かコケかと思う緑色の粒が漏れ出すと、とたんに鯉たちの暴れが消えていく。

 先ほどとはあべこべに、左から右へこぼれていく緑の粒は、枝を伝ってどんどん地面へ注がれる。だけども当の地面へ着けば、光はたちまち消えていった。

 何分、いや何秒ほどか。

 緑の粒が途切れてしまうと、柳はまたガクンと手を下ろす。

 今度は水平。最初に父が見えていたように、左右の手はまた同じ高さへ。

 砂利振り上げて、立つのは右手。鯉振り下ろし、止まるは左手。

 鯉たちもまた枝を離れ、とぷん、とぷんと堀の中。

 そこからはもう、柳とその周りが動くことも、音を立てることもなかったらしいんだ。



 それ以降、父親が柳の妙な動きを見ることはなかったらしい。

 ただ、堀に足りないものを地上から。地上に足りないものを堀の鯉から。

 それぞれつぎ足していったあの姿こそ、「はかり」といえるんじゃないかと、父親は感じたらしいね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ