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さっちゃん

作者: 壱番合戦 仁

中学時代に幾度か味わった屈辱の塊です。あれ自体は悪いものではないので、割とドロドロしない形で掻き終えられました。

 ストーリーにぶつ切り感があるのはご愛敬です。

考えてみてくださいとか言うと、一流の論客にバッサリ殺られるので言いません。


 よかったら見てください。

 幸子はいつもニコニコしていて、とても世話好きだ。

 けれど幸子にはあまり難しいことがわからない。なかには「別にいいことがあったわけでもないのに」と、馬鹿にする者もある。

 だが、世話好きで、いつも優しい彼女には多くの男友達と、かまってくれる知り合いがいる。


 だけど、彼女にはたった一つ悩みがあって――――――。


 ある日のこと。

 手早く昼食を済ませ、いつものように編み物をしていた。

 「すこしやすもう」

 教室の真ん中に女子たちが陣取っている。注意を傾けると、ファッション雑誌を広げてデート向けの装いについて楽しそうに話していた。


 幸子には流行りがわからない。

 ただ知っているのは、良いものは多くの人に受け入れられている、ということだ。

 きっと流行を追い求めて薄いものを着るよりも、温かいものを着たほうが幸せだろう。

 幸子はそれを大事なことだと思う。


 幸子はうっかりしていた。じっと見られたあの子たちはどうにも怪訝な顔をする。

 四人くらいのグループだろうか。その子たちの筆頭である夏海が、編みかけのセーターを認めて、ありていに言えば、角の取れた長方形っぽい声で話しかけた。


 「おお! さっちゃん、編み物してんの?」

 「うん。おかーさんのためにせーたーあんでるの」

 「へー! すごい出来! イマドキ編める子なんてなかなかいないよね?」

 ねー! ねー! と夏海の取り巻きたちは同調する。なんだか持ち上げられているみたいでこそばゆい。居心地が悪いのも次いで確かだった。


 それよりもファッション雑誌が気になって仕方ない。さっきから夏海たちがちやほやするので、幸子は切り出せないのだ。


 「あ、あのね」

 「うん? どしたの」

 「わたし、みんながよくみているふくのほんが見たい」

 「本? 本って、これのことかな」


 夏海たちのNo.2がファッション雑誌を掲げる。

 しきりにうなずく幸子をまじまじと凝視して、夏海たちは顔を見合わせた。


 しばらくの間をおいて、夏海が困ったように切り出す。

 「あのね、さっちゃん。あなた、学校のみんなが普段話している言葉で、とくに、私たちみたいな学生が話す言葉ってわかるかな」

 一瞬ためらったのち、正直に首を横に振る。

 「そうだよね。こういう本は、そういう言葉よりももっと難しい言葉がいっぱい載っているんだよ。それでもいいなら貸すけど……」

 幸子は考えた。自分の足らない頭では、どうしようもないことが世の中にはあるのだ、と。

 そういうときの対処法は、母に聞いたことがある。曰く、人の助けを借りなさい、とのことだった。


 かれこれ三分は考えただろうか。取り巻きはあきれていたが、夏海は別で、腕組みしたまま固まってしまった幸子を、難儀といわずに黙って見守った。


 「うんと、あのね」

 「ゆっくりでいいよ」

 「うん。いっしょによんでほしいの」

 「それは、雑誌の中身を教えてほしいってこと?」

 幸子はうなずいた。それについて、周りはもううんざりといった様子だった。

 「さっちゃん。それは無理だよ。さっちゃんがいくらよく気の付く子でも、教えようとしたら、このお昼休憩と放課後いっぱい使っても足りないかもしれない」

 

 幸子は心外に思った。


 頭は悪いかもしれないが愚かであったことはなかなか記憶にない。ただ単に、概念を扱う能力や記憶能力、言語周りの機能などが遅れているだけだ、と医者から聞いた。

 わからない言葉があっても、たいてい前後の文脈と勘で当てることができるので、あまり苦労しない。興味のあることなら、なおさら覚えるのも差し支えないはずだ。

 だから幸子は心外に思った。


 「えと、それでもおねがい」

 「あんたねえ……っ! いい加減に」

 つっかかり、テーブルに手を叩きつけようとした下っ端が、どんっと何かにぶつかる。

 「やめなよ! こんな右も左もわからない子に突っかかるなんて、どんだけ大人げないの? 少しは恥ずかしいとか考えたら?」

 取り巻きのうちのNo.2が、下っ端の手首をしっかとつかんで幸子の前に立ちふさがった。


 そこは和を重んじる日本人。これをケンカを売られたと誤解せず、下っ端の女子は腕を振り払ってしぶしぶ引き下がった。


 「サイッテー。行こ」

 「ったく、あんたったら」

 「ごめん、さっちゃん! 今度また、埋め合わせするからさ。またね」


 わたし、いいともだちをもてたのかな。

 幸子にはわからない。こんなに身近に接してくれる友達がいるのに、なぜかもやもやする。


 それは、面と向かって本音で接してくれないからか。それとも、手加減されていることへの劣等感か。そのどちらでもあるような気がした幸子であった。


 次の日。

 今日は養護学級のカリキュラムに参加する日だ。

 通常学級とは違い、午前中いっぱいで教科が終わってしまうので、学校は開いていてもそのあとやることがない。そういう時、幸子は決まって上級生のお世話をしに行くのだ。


 今の時間でいうと、三年生の五時間目は体育だ。確か空手部のマネージャーが風邪で不在だったはずだから、助けに行ったらきっと喜ばれるだろう。


 夏の全国大会出場目指して空手部は一層の練習に励んでいると聞く。


 であればなおのこと歓迎されるだろう。


 まあ、飛び込みというのは感心されないだろうが、幸子が方々で世話を焼いてくれるのを全校男子が待ち望んでいるので、周囲もあまり強いことは言えないのだ。


 「さんねんえーぐみ。けんぽーのおへや、ここかな」

 幸子はよく道に迷う。校内の地図を覚えられたことは一度もない。迎えの車がないと真夜中の国道沿いをさまよう羽目になる。


 道場のドアを邪魔にならないようにそっと開ける。

 「イィチッ!」「エイッ!!」「ニィィ!」「エイッ!」「サンッ!」「エイッ!」

 わあ、すごいおおごえ! ぱんちもすごいけど、どこからあんなこえを出しているんだろう。

 いつものことながら、気圧されてしまう。


 「あ、あのー」

 「む。客人か。ヤメッ」

 部長が号令をかけると、皆一斉に中段突きを止めた。


 「入部希望か?」

 「いえ、あの、わたし、まねーじゃーさんがいないってきいたから、おべんとーもってきました」

 ちょっとおじけづきながら、おずおずとそう切り出す。きっと喜んでくれるはず。


 瞬間。

 ゾワッと、道場中を、おびただしいほどの闘気が、一斉に満たした。

 その怒りは、道場の黒帯全員から立ち上っていた。


 「……オマエ、ナメてるのか?」

 「なめてません」

 「ナメているだろう」

 「なめていません」


 「馬鹿野郎ッッ!!」


 号喝一声。もともと浅黒い肌の部長が、顔をさらに赤黒く染めて怒鳴りつけた。

 「俺はオマエのことを先生方からよおくきいているんだ。目を見ればわかるッ。己の弱みを頼みにしているような奴に、うちの部が手助けされるいわれはない!! とっとと帰れッッ!」


 幸子は心臓を大経口マグナムでゼロレンジショットされたかのようなショックを受けた。心当たりがありすぎて、軽くめまいがしたほどだ。


 「いやですっ! わたしにも、なにかできることがあるって、たしかめつづけなくちゃだめだから、いやですっ!」

 「そんなものはオマエのお題目にすぎん。本来オマエはそんな話し方をしないはずだ。

 今まで相当な数の奴らを見てきたが、オマエのしゃべり方は、ぶりっ子のそれだッ!!

 それともナニか? 周りから配慮や気遣いを踏んだくれるだけふんだくって、蝶よ花よとおだてられるのが、そんなに気持ちいいのか!? この卑しい雌犬が!!」


 どうやら心臓に打ち込まれた弾丸は炸裂弾だったらしく、幸子の心は無残に砕け散った。

 もはや、もはや、幸子の感情は限界だった。


 幸子は、ただでさえ普段から奇異に見られがちな顔をくしゃりとゆがめ、人目もはばからず大泣きしてしまった。これには幸子の評判を聞いていなかったものでさえ目を背ける始末。


 曰く、人の幸子に対する評はこうである。

 うまく付き合えばこれほどかわいい子はいないけれど、扱い損ねるととことん厄介な人。


 この前評判には部長も納得らしく、「丁重にお帰り頂け」と言ったきり、完全に幸子のことを無視し始めた。下の帯の者がPHSで養護学級の担任を呼びつけ、廊下に叩きだしたっきり、かまうことはなかった。


 翌々日。

 土曜日になり、幸子は休日を迎えた。

 何日か経って、幸子には気が付いたことがあった。

 自分が何に悩んでいて、何を欲していたのかを。

 そして、空手部の部長に強く言われて、なぜああまで反発しようとしたのかを。


 答えは単純だった。

 自分の障碍に甘んじて周りに寄りかかってばかりの自分を、周囲ばかりか自分までが見放そうとしていたことを認めたくなかっただけだったのだ。


 幸子は泣いた。気が付けたことが幸せであることは間違いないけれど、それよりも、自分が久々に愚かな思い違いをしていたことが哀しかったのだ。


 幸子は決めたことがあった。

 「私、空手部に入る。空手をやって、弱い心を鍛えて、友達をたくさん作って、型を全部できるようになる」


 翌々日。

 空手着を着て、幸子は、鋭き号令轟く空手部の門を敲いた。

 

 「来たか」


「失礼しますっ」


「……またオマエか。今度は何の用だ」

 柔軟体操を終えた部長がずかずかと歩み寄り、胡乱気な目で幸子を威圧する。


 それにも構わず、幸子はずい、と前に出て、一枚の紙を差し出した。

 「入部届け出の受理証明書です。顧問の先生に通してもらいました」


 その短い発言に部長をフッと笑みをこぼした。


 「お前、ずいぶんとはきはきしゃべるようになったな」

 「いまだに難しい言葉を使うと頭が爆発しそうになります」

 幸子は、痛痒そうにつむじをひっかく。なにやら気性まで変わったようで、これには部長も若干驚いた。

 「ホゥ。やるじゃないか。それは本気になったということでいいのか?」

 「愚問ですね。知性がかけらほどしかない私でも、愚かであったことはなかなかありません」

 「一丁前の啖呵を切れるくらいには成長したってことか」

  太く短く息をつき、部長は気を改めるように上の道着の裾を打ち払った。

 「よろしい。入部を認めよう。ここでは新米しごきは当たり前だ。覚悟しろよ」

 「はいッ」

 「ハイじゃない、押忍だッ!」

 「押忍ッ」

 それからというものの、一年生だった幸子は、三年生に上がるまで朝から晩まで空手一筋の生活を送った。幸子は言語や記憶などは苦手であったものの、持ち前のよく気の付く性格と、新たに発覚した高い運動神経によってめきめき頭角を現していった。


 次第に、空手部の部員から「幸子が本気を出し始めた」といううわさが流れ始め、幸子に不要な手加減や過剰な配慮をする者はいなくなった。皆と距離が縮まったことで、こうして幸子は多くの友を得たのだった。


 一年生のころから、約十年後。


 なんと幸子は……。


 「で、できた」

 ついに、長年の目標であった、自分の流派の型をすべて体得することができたのだ。


 幸子はその場にどう、と倒れこんだ。

 思えば長い年月が経った。これまで多くの友達を得てきたが、その付き合いも結局後回しになっていた。

 「だけど、皆、私を応援してくれた」

 そうなのだ。皆、ずっと自分のことを待っていてくれた。夢がかなった暁には、約束通り今までのすべての友がこの日のことを祝ってくれるだろう。


 撮影に回していたスマートフォンを止めて、真っ先に母に伝えよう。


 「あのね、お母さん。わたしね……」


                             さっちゃん FIN

障碍者はかくあるべき、という心構え的なものを書いてみました。

障碍があることをキャラクターの一部にしようなどという真似は、とても愚かだと思います。


一生背負っていく障害の中でも、背負うものの重みが軽くなるモノもあれば、ずっとそのままのモノもあります。それは環境を変えることで変わるものもあれば、本人の努力で変わるものもあります。反対に、どうにもならない、本当にどうしようもない地獄のような障害もあります。


 大事なのは、背負うものの重みが軽くなっていく、もしくは扱いやすくなっていく見込みが確実にあるのなら、自分の障碍を強みにするのはやめることです。


 仮に障害が特殊な能力を作り出したとしても、それはあなたの能力であって、障害の能力ではありません。障碍者として生きる以上、幸子のように気高く生きたいと強く願います。


 皆さんの生活に安寧が戻りますことをお祈り申し上げます。


                                 草々不一。

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