リンちゃん、ちょっぴりホームシックになる。
放課後になった。いつものごとく高山さんがやってきては、バスケしようと目を輝かせている。こう一途な押しに押され、久保田さんも巻き込み行くことになった。リンには、乗り気になれない理由があった。
『体育のときみたいに、魔法を使ってはダメよ』
とようこに釘を刺される。そうである。元来は運動ができないリン。魔法なしでは、高山さんをがっかりさせてしまう。昨夜の屋上の件もあるし、これ以上魔法を使ってぼろは出せない。
「こっちこっち!」
といつも明るい高山さんに連れられ、体育館へ。むわっと湿度が上がる。独特の匂い。なんだろう、なんか好きだな。
「おお、留学生と、君も入部希望者かい!?」
ジャージ姿の女性の先生が近づいてきた。
「留学生の小山内リンちゃんと、クラスメイトの久保田たまちゃんです!」
高山さんが、溌剌と答えた。
「いや、私は、入部希望じゃなくて」
慌てふためる久保田さんをよそに
「いいじゃないかいいじゃないか!バスケ、面白いぞ!高山、二人にバスケの楽しさを教えてやれ!」
高山さん以上に熱い先生が言った。
ボールを借り、高山さんの見よう見まねでつく。結構重いけど、すごい跳ねる。
「れ、練習はいいの?高山さん」
久保田さんの問いに
「週一で個人練の日があってさ、今日がそれなんだ。あとで試合形式もするけどね。だからちょうど良かったよ」
と高山さんはにっこり笑った。
「ほら、シュート打ってみて」
「う、うん」
とリンはボールをかかえ、投げる。うまく入らない。
「肘をこうして、そうそう。手首と、しっかりジャンプもして、ほら」
と高山さんに教えられるままに、シュートを放つ。すぱっとシュートが入る。うわ、気持ちいい。パスやドリブル、シュート。ボールを久保田さんに投げる。それが、返ってくる。なんだろう、それだけで楽しい。運動って嫌いだったから、そもそもボールにあまり楽しいイメージがなかったけど、これだけでも楽しいんだ。
三人で笑いながらやっていると、高山さんが先生に呼ばれた。
「ごめん、ラリーすることになって。面白かった?」
ラリーってのは、試合かな。でも、ちょっとしただけだけど、面白かった。
「面白かった!久保田さん、試合も見ていこうよ」
「うん!」
と久保田さんが答えた。
高山さんが、ぱっと顔を輝かせ
「行ってくるね!」
と走っていった。
先輩に交じり、高山さんが試合のメンバーに入っていた。
試合は始まった。とにかく右から左へずっと動いている。動きも複雑で、5人が5人、止まっている人がいない。スピードがなにより違う。ドリブルも、どれだけの時間を費やせばあれだけ上手になれるんだろう。ずっと走っている。いつまで体力が続くのか。どれだけ今まで走ってきたんだ。シュートが、入る。あれだけ敵が守っているのに。あの重いボールを、あんなスピードに乗ってゴールに放つ。あんな遠くから打って。どれだけあのシュートを打ったんだろう。どれだけの時間を費やしたんだろう。高山さんのシュートが入った。喜ぶ間もなく、次の攻撃が始まっている。大きな声で仲間内で声を掛け合う。熱い。どこまでも熱い。切らすことなく、切れることなく、時間はそこに流れている。汗が、熱気が、そこにある。胸が締め付けられる。どくんと、鼓動が高鳴る。興奮している。涙が、ぐっと涌き出る。
試合が終わると、いつもの笑顔の高山さんが駆けてきた。
「はあ、はあ、負けちゃったあ。って、小山内さん!何泣いてんの!」
「え、ああ、うん、ごめん。なんか、感動しちゃって」
とリンは袖で涙を拭く。
「ははは、面白いなあ小山内さんは。着替えてくるから、一緒に帰ろ!」
高山さんは、部室へと駆けた。
「すごいね。なんか、涙がでちゃった」
「うん。私も、頑張らないと」
と久保田さんは、強く手を握っていた。目は遥か遠くを見ていた。久保田さんは夢があるから、ただ感動するだけじゃないんだ。戦っている人を見ると、奮い立つんだ。自分も頑張らなきゃって。リンは、ちょっぴり久保田さんがうらやましくなった。
帰り道。
信号機が夕暮れに染まっている。
「リンちゃん。リンちゃんでいいよね!海外は下の名前で呼ぶんでしょ!?」
高山さんが言った。
「え、う、うん」
もとの世界では、下の名前で呼ぶ人が多かったけど。
「じゃあ私のことは、みさきちゃん。久保田さんは、たまちゃん。これにしよう!」
「た、たまちゃん」
と久保田さんは、呟いた。
「たまちゃん、いいね。たまちゃん」
とリンも、たまちゃんと連呼すると、たまちゃんは顔を赤らめる。
「リンちゃん、たまちゃん、団子買ってこう」
「高山さん、買い食いはだめなんじゃ」
「たまちゃん、私はみさきちゃんなのだ。高山さんではないのだ」
とみさきちゃんがとぼけた。いや、高山さんという事実は変わらないと思うけども。
「え、えっと、み、みさきちゃん」
「そうそう。私はみさきちゃん!いいねなんか、下の名前で呼び合うの!さあ、団子屋へレッツゴー!」
「り、リンちゃん」
久保田さんからリンちゃんと呼ばれ、リンは少しこそばゆくも、とても嬉しい気持ちになって聞き返す。
「どうしたの、たまちゃん」
「団子屋さんって」
「うん、たぶん、家かな」
三人の向かう先に、ヒサさんの団子屋があった。
「リンちゃん、なんや、もうお友達できたんかい。団子食べ!用意したるわ!」
ヒサさんが、いつもと変わらず溌剌に言った。
「なになに、ここリンちゃんの住んでるとこなの?!」
驚くみさきちゃんに、たまちゃんが
「買い食いではなくなったね」
とにっこり笑った。
その日の夜、リンは、部屋のベッドに寝転び、天井を見ていた。
『楽しそうね』
とようこが話しかけてきた。
「本当、いい人ばっかり。ラッキーすぎるよ」
言いながらに、リンの胸にどんよりしたのものがあった。ヒサさん、たまちゃん、みさきちゃん。みんな大好き。でも、なんだろう、ちょっぴり、帰りたい。枕をぎゅっと握る。
「あと、何日だっけ?そっちに戻るの」
『5日ね』
「そっか」
『こっちに帰るのが、嫌になった?』
ちくたくと時計の針が動いている。
静かな部屋。
「ううん」
『うふふ』
「なんで笑うの」
『ホームシックね』
「だから、なんで笑うのさ」
『ちょっと嬉しかったのよ』
ようこが言った。いつものようこよりも、感情がでているような気がした。
「私がいなくて、寂しい?」
『そうね』
ようこの静かで穏やかなことばに、リンの心は少し温かくなった。色んな出会いがあって、とても楽しくて、もっとこっちにいたくて、でもやっぱりようこに会いたい、もとの世界に戻りたい、そんな気持ちも強くあった。