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リンちゃん、色々気づく。

「ありがとうね。おいしかったわ」


 店内で食べていた老人が、店を後にする。


「ありがとうございました」


 最初よりは、挨拶もできるようになった。けど。

 夕方にはちょっと早い時間であった。店内に客はおらず、ゆっくりと時間が流れていた。時折風が吹くと、暖簾が浮いた。リンは、洗い物をしながら、ため息をついた。やっぱり私ってだめだな。失敗してばかり。ヒサさんの邪魔をしてしまったかもしれない。


「リンちゃん、こっちおいで。ちょっと休憩しよか」


 ヒサさんに言われ、テーブルの方へ行く。


「すわりいすわりい。どっちがええ?好きなほう選び」


 みたらし団子とあんこの団子があった。リンが間違えて同じ容器に入れてしまったものである。「え、そんな、私のせいで」


「ええねんええねんこんぐらい。もともと食べてもらおうと思ってたんや。遠慮せずにはよ選びい」


 とヒサさんはにっこり笑った。


「じゃ、じゃあ、みたらしを」


 とみたらしの串を取った。

 口に入れる。甘いタレが、舌にとろりと触れると、口全体に甘さが広がり、そのねばっこくも癖になる香りが喉の奥から、鼻の先まで染みていく。


「うまいやろ?」


「はい!おいしいです!」


「あんこも食べてみ!おいしいで」


「でも、ヒサさんも」


「ええねんええねん!はよ!」


 あんこのついた餅ももらい、食べる。

 ほど良い甘さ。なにより、みたらしよりも餅の食感が感じやすい。あんこのついていない部分と、あんこのついている部分、両方が口の中にあり、互いが味をしっかりと主張する。餅の食感が、みたらしのときよりも心地いい。お茶を啜る。あったかく、少し苦い。その苦さが、口に残っていたあんこの甘さをほどよくほぐし、甘さの余韻を演出する。


「おいしい!」


「せやろ!せやろ!」


 とヒサさんは笑顔でリンを見た。

 ヒサさんは、じゃらっと、コインを並べる。


「10日おるんや、お金のこともしっとき。これが一円で、これが10円で、これが」


 と丁寧に説明してくれる。


「わ、私」


 思い詰めたように、リンはことばを止める。はて、とヒサさんは不思議にリンを見た。


「じゃ、邪魔していないでしょうか」


「はっはっは、んなことないで。お客さんもリンちゃんおって喜んでる人もおったわ。いつも婆の顔ばっかりやからな。あとでお会計してみよか」


「で、でも、大丈夫ですか」


「大丈夫大丈夫。婆も一緒にやるで。間違えてもかまへんかまへん」


「は、はい。させてください」


『どこまでもいい人ね』


 今までずっとリンの奮闘を見ていたのか、ようこが久しぶりに声をだした。

 


 昼過ぎほどではないが、夕方にも客足があった。特に制服を着た生徒が多かった。談笑しながら団子を食べる女子生徒。リンの対応に、目を合わせずに団子を受け取る男子生徒。別に、もとの世界でもありそうな、リンにとってはめずらしいわけでもない光景。ただ、やはり、なぜかそれが尊いものに感じた。学校帰りにおしゃべりしながら団子を食べる。何を話しているんだろう。たぶん、すぐに忘れるような平凡な話題なんだろうけど、でも、それが、すっごく楽しくて、でも、その楽しかったことは忘れちゃって、なんとなく悩んだりしたことのほうが記憶に残ってたりして。外から見て、ようやく気づく。楽しいはいっぱいあって、すぐ過ぎ去って、それで、忘れちゃうんだ。

 夜が近くなる。客はいなくなり、ヒサさんは暖簾を取りながら言う。


「ありがとうなリンちゃん、助かったわ。飲み込み早いで、お会計もすぐやったなあ。せや。せっかく地球に来たんや。なんかしたいことないか?」


 リンは、エプロンを取りながら思案する。

 せっかく地球に来たんだ。したいこと。


「が、学校に、行ってみたりって」


 と言いながらに、いや、そんな急には無理だよなあ、なんてリンは思ったりもしたが、意外な返事が返ってきた。


「ああ、ええよええよ。息子が校長してるから、入れてもらおか」


「え、そんな、本当に!?」


「行ける行ける。ここいらで婆の声が通らんことはないんやで」


 とヒサさんは胸を張った。

 黒猫が、ミャーと鳴いた。今朝から気まぐれに現れる。


「なんや、リンちゃんに懐いとるな。団子の残りやるかい」


 とヒサさんが、団子をあげた。




『学校なんて、大胆ね』


 夜、ヒサさんとご飯を食べ部屋に戻ると、ようこが話しかけてきた。


「いたの?」


『全部は聞けてないけど、大方ね。魔術式がなぜ失敗したのか調べてたの。でも、あまり目立ってはダメよ』


「いいじゃない、せっかく地球に来たんだから。今日早速電話してくれて、2日後から体験入学で行けるんだって」


『もう』


 とちょっとうんざりしたように、ようこはため息をついた。


「なにさ。ようこが転送するのを失敗したのが悪いんじゃない」


『日記のコピーが鞄にあるわ。ちゃんと読んでおいて』


 リンは、鞄を開けることなく、ベッドに寝そべった。

 その日、それ以上二人が会話することはなかった。


 早朝、目覚めよくリンは散歩にでかけた。ようこは寝ているのか、なんの反応もない。

 信号を越え、スーパーが見えた。ランニングする中年男性とすれ違う。リンは、スーパーの向こう、農道に足を伸ばす。少し傾斜になった道を下りると、田んぼが広がっていた。稲は刈られており、一面の田んぼは禿げている。優しい、温かい光がそこに薄くあった。歩いていくと、石造りの橋があり、小川が流れていた。小さな音だが、きゅるきゅると水が流れている。川べに植生する艶やかな草草が、小さく揺れている。いつまでも見ていられる。こんなにも、景色がそこにあったんだな。もとの世界にもあるだろう景色。だけど、とっても鮮明に見える。今まで何も見ていなかったんだな。 

 白い手ぬぐいを頭に巻いたおばあさんが、田んぼの中にいた。その向こうには、麦わら帽子のおじいさんも。二人とも田んぼに落ちている藁を集めている。いくつかの場所で、そのこんもりとなった藁を燃やしている。

 リンは、手前にいるおばあさんに言う。


「お、おはよう、ございます!」


 少し上ずった声であった。

 おばあさんは、はたと顔を上げる。にこりと笑い


「おはよう。いい天気やねえ」


 と返した。

 リンは、頬を揺るませ、会釈し、歩みを再開した。

 迂回しながらぐるりともとの場所へ戻る。スーパーが見えた。信号で、自転車に乗った男子生徒が二人止まっている。短髪に、日に焼けた肌。こんな朝早くから学校があるのかな、と不思議に思っていると


『早い登校ね』


 とようこの声がした。


「うん。でも、あの人たちだけなのかな。こんなに早く」


『二人いるということは、他にもいるんじゃなかしら。私も、時々早く学校へ行くことがあるわ。勉強のために。その類いじゃないかしら。勉強とは限らないけど』


「ふーん。ようこ、いつから見てたの」


『あなたが勇気を振り絞って農家のおばあさまに挨拶するところからよ』


「見てるときは見てるって言って!」


 とリンは頬を赤く染めると、肩を怒らせ歩き出した。


 日中は、再び団子屋の手伝いをした。お会計も徐々に慣れてきた。


「ありがとうございました!」


 笑顔で帰っていく客たち。

 昨日も来ていた老夫婦が、テーブル席で団子を食べている。二人の間に会話はないが、穏やかで温かい空気が流れていた。

 夕方前の客足の遠い時間。昨日と同じように、店内に客はいなくなった。ヒサさんは買い出しにでかけるということで、店番を一人ですることになった。ようこもさっぱり話しかけてこない。寝てるんだろうか。向こうの世界の時間経過がわからない。

 なんとなく店先を帚ではいてみる。エプロンして、頭に手ぬぐい巻いて、通りの向こうに並ぶ三本の木からは紅葉がちりちりと舞って、鳥居も最初は不気味だったが、今では不思議な情緒が感じられて。なんかいいな、とカメラがあるわけでもないのにちょっとその気になって表情なんかつくって帚をはいていたら、


「あなた」


 と話しかけられる。


「は、はい!」


 と急に声をかけられ、リンはびくりと反応した。

 昨日団子を買いにきたメガネの女性である。今日は娘を連れていない。覗き込むように、リンを見る。


「学校は?」


「え、ああ、私は、留学生で、明日から体験入学に」


「どこからきたの?両親は?」


 たじろぎながらも、リンはヒサさんのことばを思い出す。学校では、両親の仕事の都合上ミャンマーから来たことにすればいい、と言っていた。ミャンマー語など誰も知らないだろうから、深く訊ねられてもてきとうに誤摩化せるだろう、とヒサさんの案であった。


「ミャ、ミャンマーから。両親は、仕事で来れなくて」


「両親のお仕事は?団子屋のおばあさんとはどういう」


「リンちゃん、今帰ったで」


 ヒサさんの声が向こうからした。ほっと胸を撫で下ろし、「ヒサさん!」と声の方を向いた。


「失礼」


 とメガネの女は去っていった。


「どうしたんや。大丈夫け?」


「う、うん」


 なんなんだろう、あの女の人。

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