ようこ、失敗す。
翌日、準備があるとのことで、ようこは学校を休んだ。今日から夏休みということで、ようこの荷物も合わせてもって帰ってきたリンの荷物は多かった。リンが寮へ戻ると、部屋には謎の円陣が書かれていた。額をぬぐい、ふう、とようこは息をつき、言う。
「おかえりなさいリン。用意なさい」
「す、すごいね。異世界移動魔法なんてすごいこと、一人でできるものなんだ」
「現存する別世界移動術式を解析して、解析不能部分には私なりの式を加えたわ。昔は転送するのに魔法生命をかけてすべての魔力をなげうつほどの必要があったみたいだけど、私のは最新の魔力増強理論と、魔法アイテムを使用している。これで可能なはずよ」
とようこは、プリントをリンに渡す。
「なにこれ」
「地球の日記のコピーよ。あなたも読んでおいて。あと、これも」
とようこから小さなイヤリングを手渡された。透明な、二等辺三角形のデザインである。
「イヤリング?この形好きだね」
リンは、美術の自由課題で、画用紙にやたらと二等辺三角形を描いていたようこに引いたのを思い出した。
「最新の魔法アイテムよ。留めるタイプだから付けておいて。私と通信できる。現地のお金もいくらか手に入ったから、半分持っておいて」
「え、一緒に行くんじゃないの!?」
「行くわよ。だいたいの移動後の場所も指定するけど、移動時に離ればなれになる可能性がある。別世界移動術式は、理論上は成立させたけど、やってみないとわからないことがでてくる。リスクは見ておかないと」
良かった。向こうで一人なんて絶対に無理だ。リンは、両耳にイヤリングをつける。
「期間は向こうの時間で15日間。時間魔法も組み込んだから、こっちの世界では10日しか経たないわ」
「うん。ママには旅行にいくって伝えたよ。でも、部屋には、誰もこないかな」
「幻術魔法をかけてある。そのへんもばっちりよ」
「さっすが」
「持ち物は大丈夫?」
ようこに言われ、持っていくものを準備する。お気に入りの服に、パジャマ、ノートに、筆記用具、向こ
うで暇なときによむ本、ママからもらったベージュ色のハット、
「リン、あんた、、、」
「どうしたの?」
「言ったでしょ!荷物は最低限!衣服はこっちの服と向こうで全く違うかもしれないから向こうでそろえる」
「はわわわわ」
リンの荷物がようこによって仕分けられていく。
小さなリュックを渡される。リンは泣く泣くそれを背負う。
「これだけは持っていく!絶対!」
とリンが譲らなかったのは、花柄の折りたたみ傘である。昔、浮遊魔法が苦手なリンに、父親が練習用にと買ってくれた、魔法の込められたマジカルアイテムであった。
「浮遊魔法ぐらい道具なしでしなさいよ」
「そんなんじゃないの。これは特別なの」
今では傘がなくとも浮遊魔法を使えるが、それでもこれがあるのとないのでは安心感が違う。
「向こうでむやみに飛ばないでよ」
「透明化すればいいでしょ」
「あなたの透明化は不安定なのよ」
ぶすっとするリンに目もくれず、「まあいいわ、じゃあ、行くわよ。円の中に入って」とようこはリンを急かした。
リンは、せめてもの反抗に、ようこに仕分けられていたママからもらった大好きなハットをかぶり、円の中心に向かう。
「準備はいい?」
「う、うん」
ようこは、円の外線に手をつく。
「いくよ!」
とようこが言うと、円陣が光りだす。
「ちょ、ようこ、早くなかに!」
「今から、いくわよ!」
ようこが円陣に入ろうとしたそのとき、円陣の光がぶわりと強くなり、ようこが外へと飛ばされる。
「ちょ、ちょっと、ようこ!」
円陣の光が浮き上がる。円陣の外と内側が、何かに遮断されたかのように、辺りが暗くなる。リンは、不安でしゃがみ込んだ。ぎゅっと、花柄の折りたたみ傘を抱きしめる。ようこの、馬鹿!
光がまぶたを刺激する。
高い音色の鳴き声。鳥だ。もとの世界でも聞いたことがあるような。この世界にも同じ鳥が?それとも、失敗したの?ようこ。ようこ。ようこ。
「ようこ!」
リンは、目を開いた。
強い風が吹いた。背後の森が、ざわめく。ちりちりと、赤い葉が舞う。肌寒い。そばにあったブランコが、小さく揺れる。
少し先に、滑り台があった。朝陽に照らされた、滑り台。公園の向こうには、道路を挟んで、住宅地が見えた。
後ろの森からは、相変わらず鳥の鳴き声がする。
もとの世界にもありそうな風景。でも、ここが、地球、なの。
『リン、聞こえる?リン、応答して』
耳元で、ようこの声が五月蝿い。イヤリングから、ようこの声がリンの脳内に入ってくる。
「き、聞こえるよ。どこ、ようこ」
『ごめんなさい。失敗した。私ははじき出された。地球へ行けたのは、あなただけよ』
「え、ええええええ!?」
『15日間は帰られない。本当にごめんなさい』
「そ、そんなあ」
『指示は出す。この音はあなたにしか聞こえないから、そこは安心して。それに、魔法道具もある。あなたなら、大丈夫』
ようこにしては珍しく、開き直ったように言った。
「ようこの、馬鹿あああああああ!」
リンは、花柄の折りたたみ傘をこれでもかと抱きしめ、へたりこんだ。じゃりがあたって、足がちくちくと痛んだ。