リンちゃん、泣いたりする。
少しでも、私たちの時間を、成長したようこが、そのペンダントを解析してくれたら。だって、ようこは、天才だから。
涙がリンの頬を伝う。
魔方陣の光が一層強くなる。
途端に、視界が暗くなる。
もとの世界に戻ってくる。
強い陽が窓から差し込んでいた。
リンは、ぺたんと座り込んだ。
涙が止めどなく溢れる。
寮の部屋。私のベッドと、勉強机と、それだけ。ようこの本棚も、ようこのベッドもなく、片側ががらんとしていた。
ずっと泣いていた。ベッドに横になることもなく、布団に顔だけ押し当てて、立ち上がる元気もなく。汗と涙と鼻水が、これでもかと布団に染み込んだ。
西日が差し出した頃、部屋の扉が開いた。
黒いスーツの大人たちが何人も入ってくる。
リンは、不明瞭な視界のまま、おぼろげな記憶のまま、その大人たちに連れられた。
一室。ごはんがあった。食欲のなかったリンは、一切食べなかった。しかし、それでも、やがて欲しくなった。コップに入ったジュースを飲んだ。そこからは、少しづつだがご飯を食べた。むせ込む。嘔気も一、二度とあった。それでも、おいしいな、と思った。おいしいな、と思った自分が、嫌だったりもした。
大人たちは、語った。
「異世界転送陣の発動が感知された。君の部屋でだ。しかも、異世界転送と同時に、時代も超えていると見える。これはかなり禁忌となっている。知っていることを話してほしい」
「よ、ようこは」
「ようこ?」
「私のクラスの、浦ようこは」
「君のことは調べさせてもらったが、浦ようこという生徒はいない。そのようこというものが関係しているのか」
やっぱり、ようこはもうこの世界にはいないんだ。
リンは、あらいざらい話した。あの、地球で育ったようこは、別になにもしていない。転送陣を作ったようこは、私と同級生のようこは、もういないのだ。私の記憶と、あの二等辺三角形のイヤリングに残された記録にしか。
長い長い質問を終え、リンは両親と再会した。ずっと、待っていてくれた。どれだけ泣いても、涙は涸れなかった。
リンは、両親の反対を押し切って学校へと戻ってきた。ようこはいなくても、ようこといたこの学校を卒業したかった。でも、やっぱり寂しくて、時折ようこや地球のことを思い出しては、一人涙を流した。
夏休みが終わり、学校が始まった。うわさ話は広がっていたが、そのうちに消えた。
学校のそばの団子屋。働く人々。クラスメイトとの会話。信号機。猫。行き交う人々。空を飛ぶ人々。先生、両親。リンには、すべてが今までより鮮明に見えた。そのうちに、地球のことで、ようこのことで泣くことはなくなった。でも、やっぱり、ぽっかりと開いた穴は埋まらなかった。時折空虚な気持ちになった。
ある日の学校の帰り道。紅葉の賑やかな並木道を歩いていた。奇麗だな。本当に。本当に、奇麗だな、と思った。そして、地球を思った。たまちゃん、みさきちゃん、かずま、ヒサさん、ようこ。ダメだ。また、思い出しちゃう。でも、時々はいいよね。思い出がある。思い出ができたんだ。それで、いいよね。でも、だから、とっても大切な思い出ができたから、今が、辛くて、思い出の中に、逃げ込もうとして。
つと、リンの目に涙が溜まる。
「何か、楽しいこと、ないかな」
ふとリンの口からことばが漏れた。
だめだ。だめだな、私。
リンは、ため息をついた。
私、ちっとも、変わっていないんだ。
紅葉がひらりと落ちる。
リンが再び歩き出そうとしたそのとき
「受け身なことばね。嫌いだわ」
はっと、声の方を、リンは振り返った。
「ようこ!」
にっこりと笑ったようこの耳元で、少し古びた透明な二等辺三角形のイヤリングが、秋の優しい夕日に光った。




