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リンちゃん、奮闘する。


 最初の公園。杭があった。オレンジの光が差している。夕方か。

 影が光を遮断する。

 見上げると、そこにメガネの女の人がいた。ようことかずまのお母さんだ。


「やっぱり。あなた、あっちの世界から来たわね。にしても、異世界転送魔法の規模は個人で使うにはその魔力を全て放出するほどよ。あなた何もの?」


 とメガネの女の人は、じっとリンを見ている。やっぱりお母さんだな。どことなくようこに似ている。そして、そのようこが、異世界転送魔法をいとも容易くできるようにしたのであるが。


「あの、フードの男は」


「あいつは魔物に寄生されていたようね。フードの男もそもそも魔法世界から来た犯罪者よ。魔物は魔力をエネルギー源としている。魔力をもつものに寄生し、尽きればまた新たな宿主を探す。時折暴走し、魔力を持たないものを無差別に殺すこともある。危険な寄生生物よ。フードの男に寄生して、その後学校で魔力を持つ黒猫に寄生先を乗り換えた。でも大丈夫よ。黒猫は私が始末したわ。あなた、若い捜査員ね。あなたの仕事はもうないわ」


 どうやら私のことを捜査員と勘違いしているらしい。リンは、都合がいいのでそのままににしておこうと考えた。


「わかりました。そう報告しておきます。時間が来たら、もとの世界へ戻ります」


「そうしてちょうだい」


 と女は去っていった。

 リンは、その背中をじっと見た。

 目を擦る。

 いや、大丈夫か。

 女の背中に何か黒いものを感じた。明確に見えたわけではない。ただ、漠然とだった。


『似てる?私に』


「うん」


『私って、あなたにあんなに冷たい感じ?』


「時々」


 風が吹いた。肌寒い。


『反省するわ』


 紅葉はまだまだ木に残っていた。

 ヒサさんの家へ向かう。


「リンちゃん!リンちゃんやないか!」


 とヒサさんがリンを抱きしめる。


「ごめんね、急にいなくなって」


「二日おらんだけで、えらい寂しかったで」


「二日?」


 おかしい。一日ずれている。


『転送日にずれがあるようだわ。一日遅くなってる。ごめんなさいリン。今日が、事件の日』


 ようこのことばに、リンはごくりと唾を飲み込むと


「ヒサさん、ごめんなさい。私すぐに行かないと」


「ええんや。こうしてまた会えただけで、婆は嬉しいで」


「次は、本当に」


「健康に気つけや。リンちゃん、なんか使命があるんやろうけど、あんたならやれる!がんばりや!」


「うん!」


 とリンはヒサさんと別れた。いつまでもそこにいたかった。もう会えなくなる。涙があふれる。止まらない。胸の、お腹の、もっと下からつき上がってくる。どめどなく、溢れてくる。走った。

 あの女の人の背中の違和感。何かがおかしい。確かめないと。


『リン、私の母親がすでに寄生魔物を倒したなら、あなたがここにいることで何か未来が変わったのかも』


「ううん。生きている。魔物は、たぶん、まだ」


 リンは、走った。イヤリングが揺れる。

 一緒に空を飛んだあの夜、かずまが指指した、あの田んぼのそばの家へ。

 大型スーパーを過ぎる。いくつかの信号を超える。学生と何人かすれ違う。事件の後から何日かたった。学校はもう始まってるんだ。たまちゃんも、みさきちゃんも、かずまも、みんな、学校にいるのかな。

 私が、幼いようこを、みんなの世界を、守るんだ。

 ここだ。この辺りだ。信号の向こうに、田んぼが見渡せる一軒家があった。荒い息のまま、走る。庭先にまでやってくると、唸り声が響いた。家の中からだ。


『リン、ダメよ。無茶しないで』


 ようこのことばを無視し、リンは家に入る。

 ドアが開いている。散乱した靴。何かに抵抗するように、靴箱が引っ張られたように倒れている。


『リン!やめて!もどりなさい!』


 リンは、リビングに入った。 

 ぜえぜえと、息の荒いようこの母が魔方陣を描きあげていた。

 その魔方陣の中には、覚悟を決めたように男の人が立っていた。そして、幼いようこが、その男の腕のなかできょとんとしていた。幼いようこを抱く賢そうなメガネの男の人。日記の主、ようこの父親であった。


「な、何を、しに」


 とようこの母親は、息絶え絶えにリンを見た。顔は真っ青になり、背中が真っ黒に染まっている。目は充血し、よだれが口の端から垂れていた。それでも、なんとか意識を保っていた。強い人だな、とリンは思った。


「あなたを、救いに」


 とリンはもとの世界でようこから受け取った小さな筒を手に取った。


「お、お前が、近づくと、また、寄生先を変える。ち、ちか、づくな。ようこさえ、転送すれば、あとは」


「かずまは」


「あの子は、魔力が、ない。ようこだけが、危険だ。わ、私が、死ねば、この魔物は、寄生先をうしな、う。被害が少なくてすむ。お前も、にげ、ろ。はあ、はあ、はあ」


 とようこの母は、なんとか意識を保ち魔方陣に魔力を込める。


「ま、待って!」


 とリンも、その小さな筒に魔力を込める。小さな、透明なブレードが現れる。


『リン、無茶をしないで!』


 ようこの声。

 その瞬間、母親の顔が豹変した。牙を剥き、爪をたて、リンに向かってくる。


「ぐ、ぐは、はあ、はあ、はあ」


 とギリギリで止まった。ようこのお母さんも、戦っている。内側で、魔物と。なんて強い人だろう。

 リンは、そのブレードを母親に突刺した。

 つきものが取れたように、母親はすとんと膝から落ちた。

 ブレードに刺さった黒い物体が、呻き声をあげ、やがて消滅した。


「はあ、はあ、そ、それは」 


 と荒い息のまま、母親はリンを見た。背中の黒ずみはなくなり、顔にも少し血色が戻っていた。


「魔法世界の最新グッズです」


「時代が回るのは、早いな」


 と母親は自嘲気味に笑った。

 魔方陣はなおも光っているが、父親と幼いようこはそこから出た。父親は「ありがとう」とリンに言うと、母親の肩を抱いた。


「ようこ、やったよ」


 とリンは、幼いようこを見ながら、ペンダントのむこうにいるようこに言った。

 目の前にいる幼いようこと、そしてこのペンダントの先のもう一人のようこが繋がっていると思うと、リンにおかしさがこみ上げた。

 しかし、ペンダントからようこの返答がない。


「ようこ、応答して。ようこ」


 依然、返事はない。

 母親により起動した魔法陣は、段々と光を強める。

 ここに、幼いようこがいて。

 もとの世界のようこは、地球から今、転送されるはずだった。

 私が、それを阻止した。

 リンの心に、何か突き刺さったような感覚があった。


「ニトウヘンサンカクケイ」


 幼いようこが、イヤリングを指差す。


「よく知ってるね。さすがようこ」


 とリンは、ようこの頭をなでる。

 その二等辺三角形のイヤリングからは、もうなんの声もしない。

 ああ、そうか。ようこは、もう。でも、イヤリングはここにある。これも消えちゃうのかな。このイヤリングは、いつ買ったんだろう。こんなことしちゃ、いけないのかな。こんなことしたら、ようこが怒りそう。でも、もし。少しでも、私を。私と、ようこの時間を、残せたなら。

 リンは、イヤリングを外し、それに魔法を込めた。どうか、消えないで。私たちの記録。私たちの記憶。お願い。

 幼いようこにイヤリングを渡す。ようこは、不思議そうにリンを見た。リンは、にっこりと笑いかけた。

 母親が立ち上がり、リンに問う。


「ありがとう。名前は」


「リンです」


「リン。魔方陣が起動してしまっている。円から離れた方がいい」


「いえ、私は。この魔方陣でもとの世界に戻ります」


「帰る方法があるのだろう。何もこの転送陣を使わなくても」


「もう、なくなってしまったんです」


「そうか。また転送陣が作れればいいのだが、私も、魔物とこの転送陣に費やした魔力で、どうやら力を失ったようだ。すまない」


「いいんです。みんなを、守ることができたから。10年後の、もとの世界の、夏休みへ」


「時代を超えるのは御法度なんだが、まあ、願いをきかんわけにはいかんな。わかった。助けてくれてありがとう、リン」


「この手紙を、かずまと、私の友人に」


「必ず渡そう」


 と母親は、リンから手紙を受けとった。

 たまちゃん、みさきちゃん、かずま、ヒサさん。さようなら。ありがとう。

 ようこ。ようこ。ありがとう。

 もう、会えないんだね。

 視界がぼやける。

 母親に抱かれた幼いようこが、不思議そうにリンを見ていた。リンが渡した二等辺三角形のペンダントをぎゅっと握って。

 少しでも、私たちの時間を、成長したようこが、そのペンダントを解析してくれたら。だって、ようこは、天才だから。

 涙がリンの頬を伝う。

 視界が暗くなる。

 ばいばい、みんな。

 もとの世界に戻ってくる。

 強い日が窓から差していた。

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