リンちゃん、もとの世界に戻る。
寝覚めは良かった。帰らなければならない寂しさと、かずまに会えるという嬉しさと。リンは複雑な気持ちで朝の用意をしていると、ヒサさんが慌て気味にやって来た。
「リンちゃん、急遽学校は休みや」
「え!?」
「昨日の夜、学校で殺人事件があったそうや」
ヒサさんのことばに、ぞくりとリンの背筋が凍る。
「なんでも、男が学校で殺されたって話や。噂では、殺されたんは一昨日の不審者情報の男ちゃうかって」
嘘。学校で私とかずまを追ってきたあの男が、殺された。誰に。なんで。
「まあ、今日はゆっくりしとき。団子屋も客少ないやろうで」
とヒサさんは部屋を後にした。
『リン、初めに来た公園に行って』
ようこが早口で言った。
「どういうこと?」
『魔方陣が光りだした。異世界移動術式が発動してしまうかもしれない』
「明後日じゃなかったの!?」
『そもそも不完全な既存の情報に私の術式を組み込んでる。不安定だったのかもしれない。ごめんなさい』
「でも、みんなにまだ、たまちゃんにも、みさきちゃんにも」
かずまにも。
『これを逃したら、こっちにかえって来られなくなるかもしれない。急いで。本当にごめんなさい』
お父さん、お母さん、ようこ。もとの世界が、リンにはあった。帰る場所が。リンは、涙を拭きながらも鞄をまとめ、部屋を出た。ヒサさんに事情を説明する。
「ごめんなさい、ヒサさん。突然に」
「学校には言っとくから気にせんでええで」
「また、会いたい。けど、もう会えないかもしれない」
「何言うてんねんな!あたしがまた魔方陣つくって呼び出したるがな!」
とヒサさんは、胸をどんと叩いた。
涙でぼやけた視界。リンは、泣きながらにヒサさんを抱きしめた。ヒサさんは、リンの頭を優しくなでた。
「いっぱい、たくさん、ありがとう」
「ええんやええんや。あたしも楽しかった。むこうでも達者でな、リンちゃん」
リンは、団子屋を出た。古い信号。大きな鳥居。電信柱に繋がる線。寂れた商店街。静かな住宅街。リンは、駆け抜けた。なんで、こんなにも名残惜しく、懐かしく感じるのだろう。たった数日いただけなのに。たまちゃん、みさきちゃん、かずま。胸が一杯で、辛くて、また会いたい。お別れのことばだけでも。でも。もう時間がないんだ。ごめんね。
公園までやって来た。事件のあととあってか、誰もいない。
最初に降り立った場所のブランコのそばに向かう。地面のじゃりを手で避ける。どこだっけ。どこ。
『杭はあった?もうすぐよ』
「まって、今探しているから」
しゃがみ込み、必死に杭を探す。確かこの辺なのに。
「あった!」
と埋め込まれた杭を見つけた。
『魔方陣の光が強くなった。杭に触れておいて』
ようこの指示通り、杭に触れる。
「わっ!」
とリンは仰け反った。
小さな女の子がいつの間にかそばにいた。女の子は
「かわいい」
とぼそりと呟き、リンのイヤリングをじっと見ている。
『行くわよ』
「え、でも」
杭が光りだす。
女の子は、変わらずイヤリングを見ている。でも、この子だけなら、ばれても別に大丈夫か。ふと、リンは少女の顔が気になった。その目、耳、鼻、口。似ている。嘘。でも、ここは地球で。そんなはずは。
「どこ!?どこに行ったの!?」
公園の外から、女の人の声がした。
やばい。早く。消えるところを大人に見られるわけにはいかない。
女の人が、公園の入り口から現れる。この子のお母さんだろう。見覚えがある。メガネをかけた、そうだ、かずまのお母さんだ。お母さんは、リンのそばにいる女の子を見て言う。
「ようこ、こっちへ来なさい!」
ようこ?やっぱり。なんで、でも、なんで、ようこが地球に。
ぶわりと浮いた感覚。景色が消える。
そして、再び現れる。
ベッドと、机と、ようこの本棚と、そして、ようこと。ようこが言う。
「おかえり」
もとの世界に戻ってきた。




