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リンちゃん、素直になれない。

 翌日は土曜日だった。午前中、団子の仕込みを手伝い部屋に戻るとリンは服を着替える。


『今日はどこかへ行くの?』


「うん。たまちゃんとみさきちゃんに誘われたんだ。ススキが奇麗な丘があるんだって。みさきちゃんの部活終ってから、いこうって」


『ススキの丘?今日そこへ行ってはいけないわ』


「なんで?」


 一拍を置いて、ようこが言う。


『なんでもよ』


「嫌だよ。行くよ。約束したもん」


 無言になるようこ。怒ってる?ようこが怒るなんて珍しい。


『夕方には帰ってきて。それが条件よ』


 ようこはいつも自己中である。理由も言わずに。むすっとしながらも、リンは服を着替えた。



ーーーー

「丘へ行くんか?団子もってき」


 とヒサさんに団子をもらい、リンは出発した。


「おーい!」


 と待ち合わせの学校の門までやってくると、みさきちゃんが手を振った。たまちゃんも隣にいた。

 丘の上で食べようと言っていた団子だったが


「たべちゃおたべちゃお」


 とみさきちゃんが食べはじめ、結局三人は食べながら歩いた。

 町の外れまでやって来た。


「綺麗」


 と唖然とリンは口を開けた。

 流麗で、彭彭と生えるススキ。その黄金色に染まる丘が、ススキたちが、一陣の風に一様にたなびく。向こうには丘が流々と続いている。どこまでも伸びるその先に、何か大きな期待があった。ススキの間に細い遊歩道があった。背丈高のランプが、その歩道の脇に等間隔にある。


「行こ!」


 とみさきちゃんを先頭に、歩いていく。

 この、黄金色の丘に、一枚の景色のなかに、リンは、足を踏み入れる。自分が、その景色のなかに入り込む。それがなんだか、不思議な感覚だった。

 丘をのぼりきり、振り返る。

 眼下に、ススキと、その向こうに町があった。どうしようもなく、こみ上げてくる。なぜ。わからない。でも、すごくこの景色が好き。空はどこまでも広くて、浮遊魔法で飛んでいるときよりも大きく感じる。町も、なんでだろう。なんでこんなにも、温もりを感じるんだろう。丘があって、ススキがあって、町があって。そして、人がそこに息づいている。それが、とても、温かかった。


「こんなにも」


 リンは、ことばが続かない。

 たまちゃんとみさきちゃんは、にっこりと笑い、リンの反応を見ている。


「すごい」


 いいことばが浮かばず、リンは、そうことばをこぼした。


「うん」


 とたまちゃんが、小さく頷いた。

 丘の上で、団子の残りを食べる。


「リンちゃんは、好きな人いるの?」

 

 みさきちゃんの問いに、リンは「ううん、いないよ」と団子をかじる。


「あれ、でもあの先輩って」


 とたまちゃんが言うと「え、誰だれ!?先輩にいるの、好きな人!」とみさきちゃんのテンションが上がる。


「ち、違う違う!全然そんなんじゃないから!」


 必死に否定するリンを、タマちゃんもみさきちゃんもにやにや見た。


「ふ、二人はいないの?好きな人」


「うーん」


 とみさきちゃんが悩んだように団子をかじる。

 タマちゃんもまた、虚空を見て、団子をかじる。

 バスケット大好きなみさきちゃんと小説家という夢があるタマちゃん。


「二人はいなさそうだね」


 とリンは飽きれたように、でもちょっとうらやましくも言った。

 リンのことばに、みさきちゃんとタマちゃんが見合う。

 みさきちゃんが真剣な表情で言う。


「恋ばなをするためにも、タマちゃん、好きな人をつくろう」


「そうだね」

 

 とタマちゃんがにっこりと団子をかじった。



 夕方の少し前の時間になっていた。


『そろそろ出た方がいいわ』


 ようこにしては、焦ったような言い方だった。わかってるよ、と水を差されたように気分を害しながらも、三人で丘を下りた。

 町の端、信号があった。


「あ!」


 聞き覚えのある声がした。信号の下、少年が立っていた。


「げ」


 とリンは少し仰け反った。屋上の少年、かずまがいた。

 かずまは、興奮気味に近づいてきて


「リン!」


 と呼んだ。

 リンは気恥ずかしくなり、「い、いこ!」とみさきちゃんとたまちゃんを急かした。


「ふふふ、いいのいいの、リンちゃん。また学校でね!行こ、たまちゃん!」


 と妙に気を使ったみさきちゃんが、たまちゃんの手を取り走り出す。たまちゃんも、「う、うん」とにたりと笑いながら走り出した。


「ちょ、そんなんじゃないって!」


 といこうとするリンの腕を「ま、待って」とかずまが握った。がくりと、リンの体が止まる。


「あ、ご、ごめん」


 かずまが謝った。

 反動で、右耳のイヤリングが、落ちた。はっと、茂みの方を見る。右耳のイヤリングがないと、ようこの声が聞こえない。慌てて茂みを探す。


「どうしたの?」


 かずまの問いに


「なでもない」


 と冷たくリンは答えた。

 かずまは、リンの耳元の片方のイヤリングに気づき


「ごめん、俺のせいで」


 と一緒に探し始めた。


「いいから、本当に。もう帰って」


 リンはさらに冷たく言い放ったが、かずまは帰ろうとしなかった。

 夕日が落ちてくる。

 外灯がちかちかとつき始める。

 なんで、ないの。落としてすぐ探し始めたのに。

 ようこは、夕方までには帰れって言ってた。このススキの丘で、夕方になにかあるの。急がないと。そもそも、ようこがいないと私はもとの世界に帰れない。なんで、あのとき、かずまに手を掴まれなかったら。かずまが、こんなところにいなければ。なんで、なんで。どうしよう。なんで見つからないの。

 焦りが、苛立が、リンに沸き上がる。

 オレンジの光りが、暗くなっていく。

 二人は、無言で茂みを探す。

 その手前に溝があった。蓋があり、小さく穴があいている。


「ここ、かも」


 かずまが、その蓋を取ろうと持ち上げる。


「そんなところに、あるはずがない!」


 リンは、苛立をそのままぶつける。それでもかずまは、その蓋を持ち上げる。


「あ、あった!」


 かずまが、喜々としてイヤリングを拾う。少し泥のついた、二等辺三角形のイヤリング。

 リンのなかから、苛立が、焦りが消えていく。そして、自らの態度を鑑みる。悪い態度をとった自分。感情のままだった。


「ごめんね、本当に」


 とかずまは、イヤリングの泥を袖で拭い、リンのほうに差し出す。

 ううん、謝らなければいけないのは私の方なのに。それでも、リンは素直になれず、無言で受け取り、イヤリングをつけた。


『リン、急ぎなさい。そこから逃げて』


「は!?」


 ようこの声に、リンは声を漏らした。かずまがいるのに。暗がりで、かずまの表情は確認できない。


「大丈夫?」


 とかずまは心配そうにリンに声をかけた。

 そのとき、ぞっと、リンは寒気がした。


「なにかが、いる」


『何がいるの?』


「わからない」


 とリンは、小声でようこに言った。

 何かが、いる。なんだ。この寒気は。


『隠れなさい。早く』


 ようこが早口で言った。


「こっちに来て」


 とリンはかずまの手を握ると、茂みへと誘導する。


「う、うん」


 とかずまはリンに従った。

 暗がりの、信号機の下に、影があった。まだ距離がある。近づいてくる。何か得体のしれない、いや、人影なんだけど、リンにはなぜか恐怖があった。


「ど、どうしたの」


「し、静かに」


 とリンは、茂みに隠れた。

 のっそりと、その影が歩いてくる。大柄な、フードを被った男。

 夕日は山間に閉じ、外灯の光だけがそこにあった。でも、このまま歩いてこられると見つかるかもしれない。


『透明化しなさい。その子も』


 でも、かずまに魔法を使っていることがばれたら。そんな心配を察してか、ようこが続ける。 


『この暗がりなら、自身に透明化がかかっていることに気がつかないはずよ』


 影が、近づいてくる。やばい。かずまは、じっとその影を見ている。今なら、かずまにばれない。

 リンは、自身を、かずまを透明化した。

 すると、そのフードの男は、何かを見つけたように、はっとこちらを見た。探している。少しずつだが、明らかにリンたちの方へと向かって来ている。


『リン、逃げなさい』


「で、でも」


『早く!』


 フードの男が近づいてくる。

 ごくりと唾を飲み込む。一歩が、出ない。怖い。

 そのとき、賑やかなバイクが男のそばを猛スピード通り過ぎた。

 男は仰け反るように後ろへ下がる。


「逃げよう!」


 とかずまがリンを引っ張った。

 透明化が解ける。

 かずまは、リンの手を強く引っ張る。


「う、うん」


 とリンは、かずまに引っ張られるままに走り出した。

 道路を走って渡る。

 追ってくる男。

 運良くも、車が通り過ぎると、再び男は立ち止まった。

 リンは、かずまに連れられながら、振りかえった。

 男が、いつまでもリンとかずまを見ていた。

 

 二人は、無言のまま走った。

 手は繋いだままだった。

 スーパーの明かりが、二人の心を安堵させる。


「や、やばい。母さんだ」


 とかずまはスーパーから出てくるメガネの女性を見て、リンの手を離し、慌てて隠れた。

 あれは、リンが地球に来て間もなく、ヒサさんの団子屋でリンを訝しげに見てきた女性であった。


「ご、ごめん、俺、行くね。でも」


 とかずまは、ふうと息をはき、言う。


「も、もう一度。明日の夜、学校の屋上で会えないかな」


 かずまのまっすぐな瞳が、リンを見ていた。集中しているときのようこの目に似ている。どきりと、胸が高鳴る。


「わ、わからない」


「待ってる。来れなくても、いいから。来れたら、来てほしい」


 そう言い残し、かずまは走ってその場を去った。

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