表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/45

8話 もやはマイナスからのスタート

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

「ありがとう、ございますぅ……うわああああぁぁぁっん!」


 傷だらけで縛られていた男女。

 彼等を解放し、《ヒール》をかけると、ものすごく感謝された。


 男性のほうは、もげるんじゃなかってくらい頭を下げ、

 女性のほうは、ベガの胸元で泣きじゃくっている。


 聞くところによると、この二人は帝国貴族だそうだ。

 その家名には、僕も聞き覚えがある。


 そんな冒険中の二人を奇襲し、捕獲。家に身代金を要求……。

 というのが、そこで縛られている五人組の魂胆だったらしい。


「チッ、中衛二人組に負けるとは……」

「おい、隙を見て逃げ出すぞ」

「馬鹿、聞こえるだろうが。静かにしとけ」

「覚えてとけよ。仲間に伝えて、絶対に復讐してやる……」


 ベガと僕の活躍で、その計画もご破算となった。

 いやぁ、本当に良かった。




 助けた二人を加えた、僕達四人は捕縛した五人組を連れてダンジョンを出た。

 一度だけ、あのファイターが縄を抜けようと試みていたが、ベガの「いいの? 素っ裸で置いていくけど?」という一言で諦めた。

 それ以外に大した問題もなく、彼等の身柄は帝国騎士団に渡された。


 助けた二人とも別れ、今日の仕事は完了。

 僕とベガは、夜の帝都を並んで歩いていた。


「なんだか、人生で一番濃厚な一日だった気がするよ……」


 昨日も、かなり衝撃的な一日だったけど、今日のほうが濃かったかな。

 家から追放され、ベガに拾われ……初めて人を斬った……。


 ランベルク侯爵家は名門貴族だ。

 名門の例に漏れず、軍の将軍や帝国騎士団も、数多く輩出している。

 もしもの時のため、僕としても、それなりの覚悟はあったつもりなんだけど……。


 戦闘の興奮が抜けたせいか、手が震えている。


 と、そこへ。

 ぽつ、ぽつ……。

 小雨が降り出した。


 ベガは手にしている傘を開き、差した。

 僕とベガ、二人の上へ。

 相合傘だ。


「イオ、なんとなく分かった? 私がクランを立ち上げて、何をしようとしているか?」

「帝国騎士団の目の届かない場所──ダンジョンで悪さをする人の退治……かな?」

「正解、さすが主席卒業。ご褒美のハグは?」

「い、いいよ別にっ」

「あら残念」


 肩を竦め、ベガは話を続ける。


「ま、説明不足のまま、あぁして生身の人間と戦わせたわけだけど……どう? やっていけそう?」

「う、うん。"元"とは言え、僕だってランベルクの男なんだ。これくらいでビビッてちゃ、姉上に笑われちゃうよ。それに、ベガのやろうとしてることは立派だと思う」


 ダンジョンはモンスターの巣窟だ。

 帝国騎士団でさえ、おいそれとは行けない。

 というより、人的な損害を気にして、ほとんど"行かない"。


 だから、無法地帯なのだ。


 そこにベガは、秩序をもたらそうとしている。

 もちろん、難しいことだと思うし、危険な行為だと思う。

 だけど、立派な目的であることは間違いない。


 ベガは嬉しげに微笑した。


「なら良かった。一番の懸念は、イオが嫌がってしまうことだからね」

「でも……本当に僕なんかで良かったの、誘う相手?」

「イオ"なんか"じゃなくて、イオ"が"良かったんだよ。前にも言っただろ?」


 彼女は指先で、くるん、と僕の髪をいじると、語り始めた。


「片手剣の武技だけでなく、下級までの攻撃魔術も修め、しかもほぼ全ての属性ときた。さらにさらに、支援魔術も卒なく行使し、生活魔術に関しては最高クラス。この時点で中衛としての能力は……」

「ま、待って! 分かった、分かったから!」


 は、恥ずかしい……っ!

 そんなに一気に褒めないでよっ!


「んーっ? 赤くなっちゃって、可愛いなぁ」

「か、可愛くなんてないからっ! いじらないでよっ!」

「あはは、ごめんごめん。でも、一番心を惹かれたのは……知識量と判断能力かな」


 知識量には自信があるし、判断能力もあるほうだとは思うけど……。


「人間を相手にするなら、武技と魔術に関しての膨大な知識が無いと、初見殺しでジエンドまっしぐらだからね。だけど、イオにはそれが十分ある。いや、十分すぎると言っていい。

 そこに、判断能力からくる対処能力と機転が相まって──対人のエキスパートになってるんだよ」


 僕が、対人のエキスパート……?

 信じられないけど、ベガの説明を聞く限りでは信じられる。


 人を倒すのに、ドラゴンを殺せる大剣は要らない。

 人を倒すのに、グリフォンを堕とせる大魔術は要らない。

 人を倒すのに、英雄的な勇敢さも、聖女のような慈愛も要らない。


 ただ、片手用の剣と短い杖があればいい。


 大事なのは、知識量と判断能力。

 他の全てがなくとも、僕にはそれが備わっている──


「これで分かったよね、私がイオを誘った理由。あと、最後に一つ聞いていい?」

「う、うん、いいけど」

「これからの目的は?」

「目的?」

「あぁ。人間、夢や目標が無いと全力で走れないだろ? だから聞いたんだよ」


 夢、目標か……。

 正直、聞かれる前から決まっていたかもしれない。

 あれ以外に考えらないな。


 パーティーを追放され、婚約者を寝取られ、家を勘当された僕は、


「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる。……なんて、夢物語かも知れないけど」

「いいや、イオなら成し遂げられるさ」


 ……ありがとう、ベガ。

 僕、夢に向かって走ってみるよ。

 みんなを、見返してやる!


 ぴょん。

 と、僕は水たまりを跳び越えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ