7話 退治
しばらく歩き、曲がり角に差し掛かったところで、
「……っ!」
ベガの掌が、僕の口を塞いだ。
驚いて彼女のほうを見てみると、口元に人差し指を立てている。
静かにしてくれ、というジェスチャーだ。
急に口を塞がれたから何事かと思ったけど、音を立てて欲しくないのだろう。
僕はこくりと首肯。
すると解放してもらえた。
がさごそ。
ベガは羊皮紙と羽根ペンを取り出し、そこに文字を書き記していく。
数秒した後。
素早く書いたそれを、僕に見せてきた。
『曲がり角の先、目的。倒す。オーケー?』
僕は首を縦に振らず。
掌を差し出し、羽根ペンを要求。
渡してもらい、彼女の文の下に文字を綴った。
『敵の種類とか数とか、こちらの戦術とかはどうなってるの? できるだけ細かくお願いするよ』
羽根ペンを渡すと、返答が端的に紡がれた。
『最初、敵、分断。私、左。イオ、右。敵の種類やら数やらは、見てからのお楽しみだ』
なんか、不安しかないんだけど。
最後だけきちんと書いてくるところがまた……。
でも、僕だって男だ。
いくら僕より強いとはいえ、女の子ひとりで戦わせるわけにはいかない。
ベガの顔を見て頷き、剣の柄に手を掛けた。
すると彼女は微笑み、片方の掌を広げる。
親指から一本ずつ折ってゆき……
四。
三。
二。
一。
ゼロ。
僕らは、曲がり角から飛び出した。
「《グレーターウォール》!」
ベガは地面に短剣を投げ刺し、足で踏みつける。
ドジャアアアァァァ──ッ!
地面から岩の壁が勢いよく競り上がり、天井へ衝突。
一本だった道を、二本へと隔てた。
作戦通り、ベガは左の道へ。僕は右の道へ。
と、そこで、僕は目を見張った。
「襲撃だ! 詠唱を始めろ!」
「前衛、前に出ろ! 盾になるんだ!」
相手は人間だった。それも生きた。
「イオ、止まるな! 止まれば殺されるぞ!」
「わ、分かったよ……ッ!」
短杖を抜くと同時に、ブロードソードを抜刀。
眼前の"敵"を見据え、駆ける!
「チッ、奴らの仲間か! だがなぁ、中衛ごときが勝てると思うなよ!」
「その綺麗な面を、焦がし尽くしてやるぜッ!」
僕の受け持った敵は二人。
一人はファイター。帝国の冒険者らしからぬロングロードを構えている。
もう一人はウィザード。ファイターの後ろで、長い杖を突き出している。
そのウィザードの後ろでは、なぜか二人の男女が気絶している。
両者とも身体は傷だらけ。
しかも、手足は縄で縛られている。
傷の多くは、刀傷と火傷。
周囲に魔物の死骸はない。
それらを加味すると、僕の頭には、一つの答えが導き出される。
──あの二人を襲ったのは、こいつらだ。
だが、その事について考えを深める余裕はない。
ファイターは腰を落とし、ロングソードを肩の高さで構えた。
この構え……覚えがあるッ!
「《春疾風》ッ!」
直後、ファイターは黒く輝く剣を振るう。
まずは僕の左肩へ──弾く!
次に斬り返しで右肩へ──弾くっ!
一歩前へ踏み込んで頭上への振り下ろし──弾くッ!
最後に踏み込んだ足を下げながらの突き──身を屈めて躱す!
はらり。
突き斬られた僕の髪の毛が、宙を舞う。
「何がどこに来るかさえ分かっていれば、防ぐのは容易だよ」
僕は曲げた膝を伸ばしながら、そのバネを活かし、斜め下からの斬り上げ。
「うごあアァ……ッ!」
舞い散る紅い鮮血。
太もも付け根から肩まで走る刀創。
傷は広い。
だが浅い。
ファイターは倒れず。
さらに一撃加えようと、僕は剣を構え直した。
が、ファイターはロングソードを横薙ぎに振るい、僕を飛び退かせる。
追撃したかったが、距離を取らされた……ッ!
でも、ここで突撃し──
「《クリスタルスパイク》!」
奥のウィザードが詠唱し、魔術を行使。
ファイターへ詰め寄ろうとした僕の目の前に、無数の棘を生じさせる。
僕は二の足を踏み、立ち止まった。
立ち止まらざるを得なかった。
ファイターとの間では、水晶の棘がキラキラと輝いている。
「最後の突きは、引きながら放つ……。そのせいで、深手は与えられなかった。武技を編み出した先人は偉大だね」
「不本意だが同感だ、クソガキ……ッ!」
ファイターは痛苦に顔を歪めているが、いまだに剣は構えたまま。
戦意は衰えない。
しかし。
突如として壁が崩れた。
ベガの生成した岩壁が、音を立てて壊れる。
舞い上がる砂煙。
それを掻き分けるように、
「タンクとヒーラー、それとサポーターは片付けたよ。イオはどう?」
無傷のベガが現れた。
「クソッ! 三人もいて負けやがったのか、あいつら!」
「そう仲間を責めてやるなよ。タンクさえ倒してしまえば、あとは純粋な技量勝負なんだ。相手が悪かったとしか言いようがない」
心強い!
三対一の状況でも難なく勝利するなんて、流石だ。
「ベガ、加勢を! 二人なら確実に勝てる!」
しかしベガは、崩れた岩壁から手頃な岩を取り出し、それを直立させるや、
「悪いが遠慮しておく」
まるで観客のように腰掛けた。
「これは、ある種の試験のようなものでもあるんだ。危なくなったら助力するし、イオのクラン加入は揺るぎないけど……どこまでやれるか見せてくれ」
微笑するベガに、こくりと頷いて返す。
そのやり取りを見ていたファイターは、不敵に口角を吊り上げた。
「ケッ、俺達も舐められたもんじゃねぇか」
ふらり。
血を流しすぎたのか、彼の身体が揺れる。
だから僕は、
「《アクアウォール》!」
水の壁を張る!
直後、ファイターは膝を折って身を屈めた。
その背後から──火球が飛んでくる。
「《ファイアーボール》!」
ファイターの頭上を抜け、水晶の棘をも越えた火球は水の壁に衝突。しかし、
じゅッ──!
水蒸気を撒き散らしながら、霧散した。
「隠れて見えないと思った? 水晶の反射、忘れてない?」
輝く水晶の表面には、長い杖を突き出すウィザードの姿が、歪んではいるが映し出されている。
僕はそれを見ていた。
ただそれだけだ。
「クソッ! だが、こっちに来れねぇだろ! 半端モンのサポーターと、純粋なウィザード。どっちの魔力量が多いか、魔術勝負……」
「《ストレージ:アウト》」
会話もろくに聞かず、詠唱。
虚無空間に収納していたものが、棘の上に出現する。
そう。
剣の刃すら通さない、ビッグアントの甲殻だ。
水晶の棘を覆い隠すように現れたそれの上を──僕は駆ける!
「な、なんだとォっ! ば、化け物かてめぇはッ!?」
「全てを失った、ただの冒険者だよ」
鋭利な水晶の棘を、甲殻を足場にして駆け抜けた。
そしてそのまま、驚きに硬直するファイターの顔面へ、片足で着地。
彼は僕の体重を、顔一つで支えることができず、
どしゃァッ!
後ろへ押し倒され、後頭部から地面に突っ込む。
地面と脚でサンドイッチされる強烈な衝撃に、気絶した。
だけど、僕は止まらない。
彼を踏み台に跳び上がり、空中で詠唱。
「《ストーンバレット》!」
ウィザードへ、石の弾丸を高速射出。
だが、さすがは魔術の専門家。
「《エアロウィンド》ッ!」
即座に魔術を詠唱し、風を巻き起こす。
それで石の弾丸を突き上げ、弾道を逸らした。
しかし──
「まだやる?」
彼の首元では、僕のブロードソードが鋭く煌めいていた。
額から噴き出た汗が、頬から顎へと伝い、刃へ滴る。
「こ、降参する……」
ウィザードは長い杖を手から落とした。
からんっ。
と、小気味良い音が洞窟を支配した。




