5話 魔物退治
世界には、魔物が蔓延っている。
神が蓋をしたという地獄への穴を、愚かにも人間は開けたのだ。
すぐさま閉めなおしたものの、時すでに遅し。
森林へ、河川へ、平原へ、砂漠へ、雪山へ。
穴から這い出た一部の魔物は、世界の至るところに散らばり、住みついた。
それは帝国の首都である、ここ帝都においても同じ。
帝都の周辺にある洞窟──俗に"ダンジョン"と呼ばれる場所は、魔物たちの巣窟となっている。
「《ストレージ:アウト》」
僕が詠唱すると、空中に松明が出現。
それを片手で掴み取り、
「《ファイア》」
杖の先に灯した火で、先端に着火する。
ボウゥっ!
と、松明は燃え上がった。
自分で言うのもなんだけど、慣れたものだ。
かなり手際の良いほうだと思う。
燃え上がった松明を掲げてみると、周囲が明るく照らされる。
暗い洞窟内が、先程よりも見えやすくなった。
「ふむふむ……上級の生活魔術と、初級の攻撃魔術。なるほどね……」
ベガは僕の真横。羊皮紙の紙片に、なにやらメモしている。
おそらく、クランに入団する際の評価だ。
ブレイズたちとクランに入団したての時、先輩同伴で冒険した覚えがある。
そのとき先輩は、僕達の武技や魔術、勇敢さや判断能力なんかを事細かにメモしていた。
「とりあえず、一番下の評価を貰わないように頑張るよ」
志は低い。
だけどベガは紙片を腰嚢に仕舞い、僕に微笑んだ。
「いや、あまり気にしないでくれ。評価がどうであれ、イオの入団は確実だ。これは、これから連携をとってくための予習みたいなものだよ」
「思いっきり裏口入団だね、はは……」
と、その時。
カササササ…………。
嫌な足音が耳に届く。
「イオ!」「ベガ!」
僕らは互いに注意喚起し、反射的に抜刀。
ついでに僕は杖を構え、ベガは短剣を抜く。
メインの武器は、僕もベガもブロードソード。
一般的な片手剣だ。
他の国では、これ単体で戦ったり盾を併用したりするが、僕らは違う。
魔術を使用するための短杖や、魔術が使用できるよう工夫された短剣。
これに片手剣を合わせて、武技と魔術の両方を行使する──
帝国では、中衛の一般的な戦闘スタイルだ。
「案はあるかい、イオ!」
そう聞いてくるベガに、僕は即座に案を出した。
「足音から察するに、相手は昆虫系のモンスター。外骨格がある可能性が高い。そうすると隙間以外に剣は通りにくいから、魔術メインで戦略を組み立てるべきだね」
「ふむふむ、それで?」
虫は群れるから近距離には強いけど、遠距離攻撃の手段には乏しい。
加えて、素早いけど、寒さに弱い種が多い。なら、
「氷系の魔術で身動きを封じ、外骨格の隙間を的確に貫くべきだね」
「流石だな、イオ。私が求めていたのは、そういうところっ!」
剣を抜いた際に捨てた僕の松明を、ベガは蹴り飛ばす。
地面をバウンドする松明に、洞窟の奥が明るんだ。
同時、こちらへ前進してくる巨大蟻の群れが照らされた。
「出たな、ビッグアント。またの名をルーキー殺し」
ベガは短剣を地面に投擲。
ジャッ!
鋭く突き刺さる。
その柄頭を足で踏み、
「《アイスボーデン》!」
攻撃魔術を詠唱。
突き立った短剣から、一筋の氷が高速で地面を進み──
バリバリバリ──ッ!
ビッグアントの眼前で拡散。
足元を覆うように広がり、瞬時に凍り付かせる。
「GYOPIEEEEE!」「PIIII! PYOOOOOO!」
蟻の群れの前進は、足を凍らされて止まった。
文字通り、身動きを封じたのだ。
だが、どんな魔術も万能ではなく、どんな魔術師も完璧ではない。
数匹のビッグアントが、仲間の背中を足場にして氷の大地を抜ける。
「三匹か。イオ、右の一匹を頼むぞ」
「うんっ!」
僕は短杖を振るい、ベガに《アクセラレート》を付与。
お返しと言わんばかりに、ベガも短剣を振るう。僕に《アクセラレート》を付与。
二人の速度が、魔術によって向上した。
地面に投げ刺した短剣を引き抜くとベガは──駆ける。
元々の脚力と、《アクセラレート》による加速。
その効果は凄まじく、瞬きの間にビッグアントへと詰め寄った。
「PIIIIIッ!」
だが、奴らもただではやられない。
ビッグアントの一匹は足を止めると顎を横に開き、
ギィンッ!
ベガに噛み付いた。
正確には、ベガが前方に突き出した短剣へと。
「《ストーンランス》」
短剣の先と蟻の口の間に、岩石の槍が形成されてゆく。
堅固な外骨格を持つ昆虫でも、決して塞げない部位が二つある。
肛門と、口だ。
ベガはビッグアントに、あえて短剣を噛ませたのだ。柔らかい体内へ、攻撃を与えるために。
「貫け」
岩の槍が放出される。
巨大蟻の口から体内へと侵入し、尻までを貫通。
外骨格によって体外へと出ることはなかったが、蟻は命を失った。
六本の足から力が抜け、大きな身体が地面に横たわる。
ブロードソードの柄を握り締めるベガは、その死骸を踏み台に跳ぶと、
「《五月雨》」
空中で逆さまになりながら、五発の突きを放つ。
ベガの魔力で紫色に輝く剣が、五本の線を空に描いた。
それはもう一匹の蟻の背中、その外骨格の隙間へ的確に突き込まれ、
──着地。
蟻の背後へと、ベガは優雅に着地した。
直後、
どさりっ!
蟻は脱力して死亡。
イモムシのように身体が地面に接地し、背中から紫の血を流す。
さすがベガ。
ビッグアント相手に苦戦した様子が一切ない。
むしろ、"これでようやく準備運動を終えた"という雰囲気さえ感じられる。
負けていられないな……。
次は僕の番だっ!
「行くよ!」
ビッグアントの間近へと駆け寄りつつ、ブロードソードを低く構える。
間合いに入った瞬間。
僕は足を止めて腰を落とす。
噛み付こうと考えたのか、ビッグアントも足を止めた。
……格好の的だ。
「《横時雨》!」
横薙ぎの一閃。
蒼く輝いた剣で、ビッグアントの前脚を切り飛ばす。
空を舞う棒みたいな脚。
傷口から噴き出す紫の血。
顎を横に開く巨大蟻だったが、前のめりにバランスを崩し、僕の足元の地面へと噛み付いた。
……確かに、僕に剣の才はない。
誰よりも威力がある剛剣なんて、身体が倍になっても無理だ。
誰よりも速い俊剣も、一生かけても辿り着けない。
だからこそ、頭を使う。
相手の動きを読み、自分の剣が叩き込める状況へと持ち込むのだ。
今の駆け引きだって、ビッグアントの一匹がベガに噛み付こうとした時に足を止めていたことから、瞬時に着想を得たアイデアだ。
そして、僕の想定通り事は運んだ。
「GYOPPIII! PII!」
ビッグアントは、まるで平伏したかのように頭を下げている。
なのに尻は上がったまま。
外骨格の隙間がある背中を、こちらに晒している。
ばんッ!
僕は踏み込む。
ビッグアントの頭の上へと。
その頭部を押さえつけながら、剣先をくるりと返す。
蟻の頭と胸の、外骨格の隙間めがけて、
「はあああぁぁぁッ!」
上からブロードソードを突き刺した。
紫の血が噴き出してくる。
しかし、蟻はまだ死なない。
"血"を流してはいるが、生命力はまだある。
僕は杖の先を、突き刺さった剣の刀身に触れ合わせた。
「《トニトルス》」
攻撃魔術を詠唱し、雷を放出。
それは杖の先から刀身、切っ先、血液へと通電し──
「PIIIIIIIIIIIIII──ッ!」
ビッグアントの全身を感電させる!
ビクビクビクビクッ!
巨大蟻は跳ねるように痙攣を繰り返す。
しかし数秒もすると、痙攣は止み、尻が地面に落ちた。
勝ったんだ。
僕はブロードソードを引き抜き、ビッグアントの死骸から離れた。
「うげぇ……こうして見ると気持ち悪……」
「あと十匹ほど残ってるけどね」
ベガが顎で指し示す先では、足元を凍らされたビッグアント達が蠢いている。
吐きそうなほど気持ち悪い……。
「……僕、やっぱり冒険者には向いてないかも。はは……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、残った虫も討伐した。




